新版(2023年5月発売)の過去編の変更点・追加部分の紹介です。前回は悦神武者の仮面が落ちたところまで紹介しました。

突発的な出来事に、衛兵達の足並みは乱れ、花を散らす玉女達も怯えた表情になり、金車は立ち止まります。高くて大きな白馬が蹄を上げていななき、管弦の演奏も不協和音が混ざります。

 

歩く人がいれば、止まる人もいて、歩調がすぐさま統一できず、場面は収拾がつかなくなりそうでした。

 

大通りの両側の群衆は一瞬何が起こったのか分かりませんでしたが、城楼の上にいる国主と皇后は立ち上がります。彼らが立ち上がると、他の人達も座っていることなどできず、王侯貴族達は次々と立ち上がりました。十数名のお嬢様達も驚きます。

 

国師は椅子がやっと温まったところだったのに、また冷めてしまいます。

 

戚容は手すりの上に飛び乗り、袖を捲りながら怒ります。「次はどうしたんだ?どうして列が乱れてるんだ?このクズ達は何してるんだ?馬さえまともに引けない穀潰しどもが!」

 

今にも群衆が騒ぎを起こし、大混乱が起こりそうでした。この時、悦神武者は突然立ち上がり、顔を上げました。

 

身分の高い太子殿下は、普段は皇宮の奥深くに隠されているか、山に隠れて修行しているので、ほとんど民の前で姿を現したことはありません。そのため、群衆は皆、彼の顔を一目見てみたいと思うのでした。

 

そして、一目見ると、無意識に皆は息を呑みます。

 

少年の肌は透明なほどに白く、まるでもう一目見れば割れてしまいそうな玉器のようでした。それでいても、眼差しや眉の間には朝霞のように、誇りに満ちています。

 

長い眉に美しい目をしていて、この上なく端麗な顔立ちで、眩しくてじっと見つめることができないほどなのです。それでも彼は、万人からの注目を、落ち着いて心地良く受け止めていたのです。

 

十六、七歳は、一番良い年齢です。神がどんな姿かと聞かれたら、きっとまさにこんな姿なのでしょう。

 

皆の注意力が全て引き寄せられた時、風信が大通りを一回転して仮面を拾い、儀仗隊の中に突進して低い声で言います。「乱れるな、そのまま歩け!この一周を回り終わってから皇宮に戻るんだ!」

 

儀仗隊は各自の位置に戻り、再び気持ちを奮い立たせます。妖魔を演じる慕情は、黒い雲のように空中を駆け抜け、石柱に刺さった長刀を引き抜き、悦神武者の腕の中の子供を斬る演技をしました。

 

二人はそのまま数回、斬り合う演技をして、そして何も無かったかのように、戦いながら再び台上に戻ります。

 

群衆は再び熱狂します。

 

悦神武者を演じる謝憐は、生まれて初めて、この顔に生まれて良かったと思いました。こんな大事が起きても、この顔だけでなんとか誤魔化すことができるなんて、本当に素晴らしいです。

 

片手で子供を抱きしめ、もう片手で剣を操る姿は、魚が水の中を泳ぐように、軽々と自在なのです。数回、刀の技を受けていると、胸の中の子供が「あっ」と言うのが聞こえました。

 

謝憐は剣や刃が行き交う中で、きっと怯えたんだろうと思い、しっかり抱きしめます。「怖らがなくていい!私はここにいるから、君が何かで傷つくことはないよ」

 

子供は藁にもすがるかのように、彼の衣をしっかりと掴みます。謝憐は子供が怯えたのかと思い、どちらにしても祭典は中断したので、「慕情!」と呼びました。

 

妖魔は微かに頷き、良い具合に飛びかかってきます。謝憐が剣を一突きすると慕情は剣に刺されたように装い、少しもがいて「ドン」と倒れました。こうして、妖魔は悦神武者に剣で誅殺されたのです。

 

 

群衆は天を揺るがすような歓声を上げます。祭天遊の儀仗隊一行は行進を続け、皇宮に向かいます。

興奮からか、民は先ほどのことで熱が冷めるどころか、最高潮にまで達します。

 

皆が華台について行って、皇宮に向かっていきます。

 

仙楽国主は城楼の上で、「太子殿下を守るんだ!」と言いました。

 

衛兵達では抑え込むことができず、人の波はすぐに防衛線を突き破ります。幸いこの時には、儀仗隊はもう末尾まで全て宮門に入りました。

 

朱紅の門はゆっくり閉まり、舞っていた色とりどりの旗は揺れが止まり、民は波のように門に打ち付けられ、門を叩く音と歓声は天を揺るがすほどのものでした。

 

 

宮門の中では「ガチャン」と、白衣の悦神武者は手の武器を捨てます。謝憐は何層にも重なっている華麗な衣をはだけると、長い息を吐き出します。「死ぬほど疲れたよ!」

 

慕情も仮面を取り、声に出さずに息を吐いて、謝憐が引っ張っても引っ張っても衣が脱げないのを見て、たまらず手を伸ばします。「私がやりますよ、太子殿下...。このまま引っ張ったら、衣帯がまた結ばれて自分自身が締め殺されますよ!」

 

風信は華台を追って走りながら言います。「殿下、どうして子供を連れてきたんです!」子供はずっと謝憐の胸にぴったりと伏せていて、小さな体を強張らせてピクリとも動きません。

 

謝憐は悦神服の外套を肩まで脱ぐと、座って言います。「中に連れて来なかったら、外に放っておけばいいのか?大通りはあんなに混乱していて、こんなに小さな一匹を下ろしたら、きっと踏み潰されて死んでしまう」

 

そう言い終わると、子供の小さな頭を何気なく二回撫でて、笑いながら尋ねます。

 

「坊や、どこから出てきたんだい?どうして急に落ちてきたんだい?」

 

子供は瞬きもせず、何も言いません。

 

慕情は「怯えすぎて放心したのでは?」と言います。

 

謝憐は子供の髪を少し整えてあげて、「ぼんやりした子だな。風信、後で家に連れて帰ってやってくれ。包帯を巻いているし、怪我をしていないかも見てやってくれ」

 

風信は手を伸ばし「わかりました」と答えます。

 

謝憐は子供を抱き上げて渡します。しかし渡せておらず、風信は「殿下、どうして手を離さないんですか?」と尋ねます。謝憐は「手は離したよ?」と不思議そうに答え、頭を下げて見ると、どうやら子供の両手がしっかりと彼の衣を掴んでいて、離していなかったのです。

 

皆がぽかんとして、そしてたちまち大笑いしました。

 

謝憐が皇極観で修行をしている時、男女問わず皆は謝憐に一目会いたいあまりに頭を捻り、何とか一目会えばまた会いたくなり、太子と一緒に道士になれたらどんなに良いだろうかと思う人までいました。

 

こんなに幼いのに、その傾向があるのです。そばにいる道士達は次々に笑いました。「太子殿下、この子はあなたが好きで、離れたくないようです!」

 

謝憐は笑いながら言います。「そう?それはダメだぞ。私もまだやることがたくさんあるから、坊やは家に帰りなさい」

 

それを聞くと、子供はゆっくり手を離し、風信がパッと彼を引き寄せます。風信に持ち上げられても、黒い瞳はただ謝憐だけを見つめているのです。

 

その様子は、魔物に取り憑かれたかのようで、子供の眼差しには見えませんでした。それを見た人達は、妙だと思います。

 

謝憐はもう子供を見ることはなく、風信に言いました。「ガラクタを持つように持つなよ、子供が怖がるだろ!」

 

風信もイライラします。「もう笑うな。怖がっても別に良いじゃないですか。殿下は後で国師にどう言い訳するか考えておいた方がいいですよ。国師の方があなたのせいで死ぬほど怖い思いをしたと思いますよ!」

 

それを聞いてもう誰も笑いません。国師も確かに死ぬほど怖い思いをしたのです。

 

 

皇極観、神武殿にて。

 

お香がゆらゆらと立ち上がり、お経が聞こえてくる中で、梅念卿は憂いた顔で言います。

「跪きなさい!」

 

謝憐は神武大帝の金の神像の前に跪きます。風信、慕情も主人に合わせて、後ろで跪きます。

 

梅念卿は精巧に彫られた黄金の仮面を持ち上げ、ため息をついて言います。

「太子殿下よ、太子殿下」

 

跪いていても謝憐は背筋を伸ばしています。

「はい」

 

梅念卿は心を痛めながら言います。

「仙楽国史上、あんなにたくさんの祭天遊を実施してきたのに、儀仗台が三周しかしなかったことなんてありませんでしたよ。三周ですよ!」

 

上元節の祭天遊は、どの儀式にも、どの配置にも、全て意味が込められているのです。華台が城を一周するごとに、国家のために平和を一年分祈願していることになるのです。

 

そのため、回った周数だけ、しばらくはこうした盛事をしなくて済むのです。周れば周るほど、縁起も良いし、節約にもなるのです。

 

もっと最悪なことに、悦神武者の仮面が祭典の途中で落ちてしまったのです。

 

古から、万物の霊気は人に宿ると信じられており、人の霊気は首にあるとされてきました。人の霊気は頭に集まっているので、祭典中武者は必ず黄金の仮面を付けないといけないのです。

 

それは一番良いものを天に献げる意味があり、武者の顔は神にしか見せることができず、凡人には見る資格がないのです。

 

 

梅念卿は、謝憐が持てる能力を十分に発揮できなかったことを悔しがりながら言います。

 

「今までの悦神武者は、最低五周は回っていたんですよ。多い人は二十周回っていました。あなたは?目を閉じていても百周できるでしょう!でも結果的にわずか三周の中で、自分で自分を絞め殺したんです。太子殿下はこれで歴史に名を残すことになるでしょうね!」

 

殿の中には百名ほどの道人が列をなしていましたが、言葉を発する度胸がある人は誰もいません。

 

そんな中、ただ謝憐だけが口を開きます。

 

「国師、こう考えてみてください。もし祭天遊の時に血が流れる事故が起これば、それも不吉の象徴になりますよね?少なくとも、体裁良く終わったのだから、最善の結果だったはずです」

 

梅念卿はそれでも気持ちを楽にすることはできずに言います。

「あなたでないといけないわけではないでしょう!あんなにたくさんの皇家の武士がいるんだから、誰でも受け止めることができたでしょう!」

 

謝憐は笑いながら答えます。

「でも、確かに私でないといけなかったんです。私以外に受け止めることができた人がいたと思いますか?」

「.....」

 

それも事実なので、言い返す言葉が見つかりません。梅念卿は謝憐が嬉しそうなのを見て、怒りたいような笑いたいような気持ちになり、「ちゃんと跪きなさい!言っておきますが、太子殿下、償いは必要です!」

 

「それは...」

 

「あと、もう一つ」

 

祭天遊のことより大きな厄介ごとはないだろうと思いながら、謝憐は言います。

「どうぞ、おっしゃってください」

 

「今日、国主と皇后がまた、例のことを聞かれました」

 

謝憐はすぐに視線を逸らします。それは本当に厄介な事でした!

 

例のこととは、太子殿下の婚姻のことなのです。

 

梅念卿は冷たく笑いながら言います。

 

「今日祭天遊の観礼台の上から、貴族のお嬢様が並んでいるのが見えました。公主もいれば、由緒ある家のお嬢様もいれば、名家のお嬢様もいるし、皆あなたを見ていました。陛下お二人からの伝言で、彼らが全国から集めてきた名家のお嬢様達なので、時間がある時に、意に沿う方がいるかどうか見に行くように、とのことです」

 

謝憐は真剣な顔になります。「私は修行に専念していて、俗世の楽しみを追い求める気持ちはないので、そのことをお伝えください」

 

「国主と皇后は、急かさないから、この女性達は皆出身も容貌も上の上だから、太子妃の候補になる人がいるかもしれないとおっしゃっています。活発な方が好みなら剣蘭お嬢様もいるし、高貴なお嬢様が好みなら小蛍公主もいるし、どんな方でもいらっしゃいます!両陛下は、毎日一人ずつ会ってみても良いと。今晩は早速、小蛍公主を手配....  ちょっと待って!しっかり跪いて!まだ立っていいと言ってません!太子殿下、太子殿下!」

 

謝憐はとっくに二人を連れて、どこかに行ってしまいました。この件になると、謝憐は殿前の礼儀などには構わず、すぐに逃げるのです。

 

国師はどう呼び止めても無駄で、この大事な愛弟子は高貴な身分で、彼に対してはどうしても腹を立てることができず、こんな時はただ自分の髪を掴んで、頭皮の痛みで心の憂いを紛らわすことしかできないのです。

 

 

三人は太子殿下の為に作られた仙楽宮に戻りました。謝憐はやっと儀式で着た華やかな衣を脱ぎました。

 

上元節の祭天遊では、悦神武者の衣や冠などは厳格に決められており、身につけるものの一つ一つに意味があり、一つも乱すことは許されないのです。

 

例えば、外服の白は「純聖」を意味し、中服の赤は「正統」を意味し、金冠の髪留めは「王権」や「財富」を表し、白羽は「飛天」を意味します。袖からひらひらと漂う帯は、「万人を連れていく」意味があるのです。

 

着るにしても脱ぐにしても、一層一層、煩雑極まりないのです。

しかし、謝憐は自分でする必要はなく、慕情が一つ一つ脱がせるのを待っているだけで良いのです。

 

「父王と母后はまた私を騙して下山させようとして、また妃を選ぶように言ってるんだ。しかもたくさん候補を探してきてるんだ!」

 

風信は笑うのを堪えながら言います。「小蛍公主も剣蘭お嬢様も、名の知れた美女ですよ。陛下達が手配してくれたのに、本当に会いもしないのですか?」

 

謝憐は少し考えて答えます。「やめておこう、今修行しているのは純陽の身(童貞)を守らないといけない''道''で、結婚なんてできないんだ。最初から会わなければ、修行に集中したいから誰にも会わないと言えるけれど、もし誰かに会って、それで結婚しないと言えば、相手にとっては格好がつかないだろう」

 

 

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少しキリが悪いですが、力尽きました。大雑把な大体の意訳です。

 

この場面での大きな改変としては、慕情の連絡がうまく伝わらなかったくだりが削られています。

 

旧版では太子殿下が華麗に登場することにしようとしたのを、前日に慕情が国師に伝えに行ったのですが、普段から師兄達から好かれていないのもあり、通してもらえず、部屋の外から国師に伝えたことが描写されています。新版ではそれが丸々削られています。

 

慕情が好かれていなくて、度々意地悪をされている描写も、慕情の人物像を理解する上で参考になる部分なので、個人的にはそれも残しておいて欲しい箇所でした。

 

旧版では、皇極観には、国師と三人の副国師が登場していたのですが、他の三人は元々大した会話もなければ動作もないので存在感が薄いですが、新版では国師一人だけになっていました。

 

旧版では終盤の方で、この三人の副国師について言及される場面があるので、そこがこの改変によってどう変わるのかが楽しみです。

 

そして旧版にはなかった、謝憐が結婚を急かされる描写や候補のお嬢様の描写が増えています。これも後々響いてきます。

 

また、謝憐もまたこの時は、じっと見つめることができないほど眩しい美しい少年であることが描かれています。旧版に比べて謝憐に関する描写が増えています。

 

「少年の肌は透明なほどに白く、まるでもう一目見れば割れてしまいそうな玉器のよう」

「眼差しや眉の間には朝霞のように、誇りに満ちている」

「それでも彼は、万人からの注目を落ち着いて、心地良く受け止めていた」

 

つまりこの時の謝憐は、自信と誇りに満ち溢れていて、周りからどんな風に見られているのかもある程度分かっていて、それを心地良く受け止めることができていたのです。この追加は、後の挫折の時の落差を鮮明にする重要な描写だと思っています。

 

このあたりの謝憐は、まだ挫折を知らず、磨かれていない「原石」なのです。

 

城から落ちる子供を、何も考えずに救う優しさがあり、自信や誇りに満ち溢れていて、何の陰影も抱えていなくて、自分が間違っていないと思えば何の忖度もなく堂々と国師に物を言う、そんな謝憐なのです。

 

こんな原石の謝憐は、このあたりでしか見ることができないので、この場面はそんな風に楽しんでいます。

 

 

細かい部分では、国師に「あなたでないといけないわけではないでしょう!」と言われて、「私でないといけなかったんです。私以外に受け止めることができた人がいたと思いますか?」と返す場面がありますが、ここは旧版の方が分かりやすいと思いました。

 

旧版では、「あの状況下では私以外に反応できる人はいないし、無傷で彼を受け止めることができる人はいない。受け止め損ねたら一人死に、受け止めたら二人死にます」と答えているので、こちらの方が分かりやすく感じます。

 

やっぱり新版と旧版は、両方参考にして読むのが一番分かりやすいです。

 

 

慕情の「このまま引っ張ったら、衣帯がまた結ばれて自分自身が締め殺されますよ!」の追加は、後のどこかの場面で、風信か慕情が「俺を追い出した次の日には、太子殿下が衣帯で自分自身締め殺されそうになったことが皆に伝わりますよ」みたいなことを言う部分の伏線だと思います。(うろ覚えです。後に出てくる場面どこだったかな...)

 

毎回少しずつしか紹介できなくてもどかしいですが、個人的には少しずつ吟味していく楽しみもあります。

 

 

訳に関して少し補足です。

 

「十数名のお嬢様達も驚きます」の「驚く」の部分の原文は''花容失色''となっています。直訳は、''花のように美しい容貌(顔)が色を失う''と書いて、主に女性が驚くことを示す言葉です。

 

なのでこの部分は、「お嬢様達の、花のように美しい顔が、驚きのあまり色を失った」というニュアンスが近いと思います。でも簡単に訳してしまうと「驚く」の一言になってしまうので、こうしたニュアンスの取りこぼしが、勿体無いなぁと思ってしまいます。

 

他にもいくつかこうした面白みのある表現がありますが、プロではないので自分の言葉の認識や説明が正しいかは自信がありません。

 

間違った説明を紹介してしまうと怖いので、なかなか全部は紹介できないのですが、原文の言葉のニュアンスも結構素敵なものが多いのをお伝えしたいのです。