新版(2023年5月発売)の変更点・追加部分㉔です。前回は、花城が謝憐を慰め、誰かがやってきたところまで紹介しました。

一人の白衣女冠が悠々と現れ、目を輝かせて言います。「いたよ!太子殿下はここだ!」

 

謝憐の隣に花城を見つけると、すぐに「血雨探花!何してるんだ?き、き、貴様、太子殿下に何もするんじゃない!貴様の極楽坊は私がうっかり燃やしたんだ。不満があれば話し合おう。我々上天庭が弁償するから。もし他の人が弁償できなくても、私は弁償できるから、だから太子殿下を放せ!」

 

謝憐は泣くに泣けず笑うに笑えず、それでも感謝しながら言います。「風師殿、緊張しなくていい。実は...」

 

謝憐は花城は極楽坊のことを咎めに来たのではないと説明しようとしますが、師青玄はこっそり謝憐に目配せして、黙っててと言うようでした。

 

花城も反論せずに言います。「君吾が俺のところに間者を送ってきたこともまだ解決してないのに、何をもって俺と交渉するつもりなんだ?」

 

謝憐は分かりました。師青玄は花城に悪意がないと見抜き、でも表面上は花城が責任追及のために仙京に押し入ったことにしたのです。でないと、上天庭の中には謝憐が悪意を持って逃げたと噂する人もいるかもしれません。花城もその意図を汲み、合わせたのです。

 

でも、謝憐はそういうことにしたくなくて、口を開きます。

「もう芝居はやめよう。三郎は私を助けるために仙京に来たんだ。好意でやってくれたことをごまかす必要はないだろう?」

 

師青玄は笑いながら答えます。「もうおしまい。さっきの会話はもう通霊陣に流しておいたから。君は分かってないな。噂ってものは伝わっていくうちに、好意も最終的には悪意として伝えられてしまうから、最初から悪意にしておいた方がいいんだ」

 

花城「話がわかる人だ」

師青玄「当たり前だ。でなきゃこの風師はどうやって上天庭でやっていくというんだ?」

 

謝憐「風師殿は、どうしてここへ?」

「君を心配してだよ。ちょうど中天庭の神官二人が私のところにやってきて、殿下が見つからないから探すのを手伝って欲しいって言うもんだから、天材地宝をたくさん注ぎ込んでやっと見つけ出したよ!ほら、彼らが来たよ」

 

また足音が近づき、二人の少年が現れます。それは南風と扶搖でした。

彼らは花城を見るや否や、顔が同時に暗くなります。「奴はどうしてまたここに?」

 

謝憐「そんなに緊張しなくても」

師青玄「そうだよ、仲間だよ!でも緊張するのも無理はないさ。なんだって今の太子殿下の姿は、三日三晩虐められて泣いた後みたいなんだから。私が入ってきた時も驚いたよ」

 

謝憐は起き上がって言います。「私は一滴の涙も流してないよ!」

花城「俺が証明する」

 

師青玄「さっき千秋を見かけたよ。どうしたんだ?顔色がおかしくて、殺気立ってて、何も言わずに出て行ったよ。呼び止めても止まらないし。初めてあんな彼の姿を見たよ....」

 

謝憐はため息をつきます。

 

花城「鎏金宴の真犯人を探しに行ったんだ」

皆顔色が変わります。「真犯人だって?」

 

師青玄は内情を知らなくても嬉しいようです。「やっぱり誤解があったんだな。この風師の思った通りだ。これで君は帰っても、禁足しなくて済むはずだ」

 

南風「良かった!」

彼は随分ホッとした様子でした。そして、警戒も幾分か弱まります。

謝憐は首を振りながら言います。「皆知ってるか?真犯人は青灯夜遊、つまり戚容だ」

 

南風と扶搖は驚き、「戚容??」と聞き返します。

謝憐はそんな二人を見て尋ねます。「君たちは彼を知ってるのか?」

 

師青玄はそんな三人を見て尋ねます。「君たちは彼を知ってるのか?」

 

南風「聞いた話だと.....彼は仙楽国の貴族の一人だと」

謝憐は渋々言います。「私の従弟なんだ...」

師青玄は驚きます。「すごいなぁ」

 

謝憐は思い出すと頭が痛くなります。「あぁ、確かに彼は相当すごい」あんなに狂った人は他にいないのです。

 

師青玄「彼がすごいんじゃない、君がすごいと言ってるんだ。太子殿下、ほら、風信・慕情はかつての君の小弟(年下男性への親しみを込めた呼び方)で、千秋は君の弟子で、青鬼は君の従弟で、血雨探花は君の一見如故な(初対面なのに旧友のように気が合う)兄弟で、この風師は君の...素敵な弟だ!天上天下、すごくないか?」

 

謝憐はこの一連の''弟弟弟弟弟''で強引に韻を踏まれ、危うく爆笑するところでした。風師は本当にその名のような人なのです。風が吹けば、心の暗い霞も吹き飛ばされます。

 

花城は眉を跳ね上げ、同意しかねるような様子でした。

 

そして扶搖はこの''小弟''という呼ばれ方に何か意見があるような様子でした。

「''一見如故(初対面なのに旧友のように気が合う)''は''如故(旧友)''とは限らない!太子殿下、もしもう何もないなら早く戻りましょう。上天庭では皆あなたが帰って説明するのを待ってるんです」

 

花城はははと笑います。

 

扶搖「何を笑ってるんだ?」

花城「回りくどいのを笑ってるんだ。殿下に俺のような妖魔鬼怪と一緒にいてほしくないんなら、どうしてそう言わないんだ?自分に言う資格も立場もないことが分かってるんだな」

 

南風は反発しながら言います。「太子殿下は潔白なんだ、貴様...」

 

師青玄は突然ドンっと、二人の肘にぶつかります。その瞬間、南風の顔は鬼を見た時よりも一万倍恐怖に満ちた顔になり、その場で長い罵声を浴びせてから、崩壊したかのように続けます。「クソったれ!貴様、何する!」

 

扶搖もその瞬間、十万八千里後ろに退きます。

どうやら先ほど師青玄が二人にぶつけたのは胸のようでした。

師青玄は払子を振ります。その優雅な姿からは、先ほどどんなあられもないことをしでかしたのか、まるで想像がつきません。

 

師青玄「こっちのセリフだよ、喧嘩したいのか?太子殿下と血雨探花が仲良いの、見れば分かるじゃないか。そんな敵意を持ってどうするんだ?」

 

南風の顔色は真っ青で、壁に当たって壁が人の形に凹んで、その中に埋まっていました。「もうあんなことをするな!二度とするな!聞こえたか?」

 

扶搖も遠くの方から言います。「風師殿、自重してください。俺の修行を害さないでください」

 

二人が蠍や蛇を見たかのような姿を見て、自分の美しさと瀟洒な風格にかなりの自信がある師青玄は少し落ち込みます。

「分かった分かった!君たちは損しないのに、なんて態度なの?」

 

師青玄は体裁が悪くなったように感じ、男相に変わります。

 

 

謝憐は乱石の中から芳心を取り出し、一行は地洞を出ます。

 

師青玄は両手を腰に当てて言います。「この山は青鬼が新しい巣窟として使っていて、山全体に妖魔鬼怪がいるんだ。何人か武神を呼んで綺麗にしてもらった方が良い」

 

花城は頷きながら言います。「上天庭の手際だと、処理が終わるのが来月頃だろうな」

扶搖「自分が一瞬で終わらせられるように言いやがって」

 

花城はどこからか傘を一本取り出します。傘の面は楓のように赤く、炎のように艶やかなのです。でも謝憐にはこの傘がすごいことがわかります。火の海や刀の山でも渡れるし、血雨を遮ることができるのです。

 

花城は片手で傘を持ち、自分と謝憐の上方に差します。傘に照らされて二人の頬が赤く染まります。

謝憐は不思議に思って尋ねます。「三郎、これは?」

 

花城は傘を少し謝憐の方へ寄せて、目を細めながら言います。

「待ってて。すぐに空が変わるから」

 

言葉を言い終わるや否や、空から大雨が降り注ぎます!

突然のザーザーとした雨の音で、謝憐は呆然とします。でも花城の傘の下に大人しくいたので、一滴もかかりませんでした。

 

南風と扶搖にはそんな幸運はなく、二人の少年は無防備に頭から脚までずぶ濡れになってしまいます。

さらに不幸なことに、この雨は血の色でした。そのため、二人はそのまま真っ赤な血まみれの赤い人になったのです。

 

体の上から下まで、大きな目だけが白い状態でした。師青玄はたまたま木の下にいたので、難を逃れましたが、呆然とするあまり言葉を失って、払子を振るのも忘れます。

 

血雨は降るのも早ければ止むのも早く、二人の少年はやっと我にかえり、顔を拭いますが、依然として赤いままで何も変わりません。

謝憐「これは....」

 

花城は傘をしまい、はははと笑いながら、言います。

「一瞬だ。どうだ?」

 

その短い一言の間に、数歩ゆっくり歩き出し、謝憐はまだ袖の中から拭くものを探し、師青玄は払子から毛を抜き、同時に沈黙したままの二人の少年に差し出します。

 

花城が歩き出すと、謝憐はすぐそばに人がいなくなったのを感じ、数歩歩きます。

「三郎!鬼市に帰るのか?」

 

花城は振り向きます。「もう解決したし、あなたも仙京に戻るんじゃないの?」

彼はいつでも謝憐が一番必要とする時に現れ、一番適した時に離れるのです。

 

花城は半分冗談で言います。「でも、兄さんもし俺と一緒に行きたいなら、それも大歓迎だ」

そんな彼の表情を見て、謝憐は笑います。「見送るよ」

 

二人は肩を並べて歩きます。

「今度鬼市に行ったら、極楽坊の修繕のために煉瓦を運ぶよ」「煉瓦を運ぶ人は足りてるんだ。足りないのは別にある」

「何が足りないんだ?」

花城は笑いながら何も言いません。

 

しばらく歩いて謝憐は尋ねます。「三郎、どうして君は初めから鎏金宴の真犯人は戚容だって分かってたんだ?」

「俺は、奴がやったって分かってたわけじゃない。でも、絶対にあなたじゃないことは分かってた」

 

謝憐は笑みを収めます。「真犯人が私だとは思わなかったのか?どうして私が心の中ではそうしたいと考えていたとは思わなかったんだ?」

「考えていたら何?あなたはそんなことをしない。俺も幼い頃は毎日全ての人を殺したいと思っていたけど、俺もそうはしていない」

 

後半まで聞いた時、謝憐は泣くに泣けず笑うに笑えず、やはり別格な少年だと思います。

 

その後、きつく口を閉じ、少ししてから言います。

「私は本当は...」

「いいから話してみて」

 

少し躊躇ってから謝憐が言います。

「他の人に対して大きな希望を持たない方がいいと思うんだ」

 

花城は「そう」と一声言ってから続けます。

「''大きな希望''は何を指すの?」

 

「誰かを美化しすぎない方がいい。知り合って仲良くなるうちに、ある日自分が思っていた姿とかけ離れていることに気がつくと、きっと大きく失望してしまう」

 

「他の人が失望するかどうかなんて知らない。でも一部の人にとっては、ある人がこの世に存在するだけで、それ自体が希望なんだ」

 

この言葉にははっきりと指しているものがなく、何気なく答えたように聞こえますが、謝憐の心はふわりと浮き上がります。

 

 

謝憐は足を止めて突然尋ねます。「三郎、君は一体何者なんだ?」

花城も足を止めて振り返ります。

 

謝憐は彼と視線を合わせ、真剣に言います。

「君は私のことについて全て知っているし、たくさんのことを知っている。もしかしたら、もっと知っているかもしれない。ずっと君が昔の知り合いのような気がするんだ。でも以前、君にどこで会ったのか覚えていないのも確かなんだ」

 

花城のような人物は、一回でも会えば絶対に忘れることがないのです。謝憐は今まで頭を打って記憶をなくしたこともないので、覚えていない理由が見当たりません。

 

花城を見つめて不思議そうに尋ねます。

「君は一体誰なんだ?」

 

花城は答えず、ただ微笑みました。

 

謝憐はすぐにこの問いが適切ではないと気が付きます。鬼の名前は秘密で、簡単に他の人には教えません。

 

「すまない、気にしないでくれ。なんとなく聞いただけだ。君が誰であっても関係ない。君が君であれば十分なんだ」

 

「どうだろうね。そのうちわかるよ」

 

これは謝憐が以前、花城に答えた時の言葉なのです。今同じ言葉を返されて、謝憐はどうしたらいいのか分かりません。

 

少しして、ゆっくり言います。

「千秋のことは、何はともあれ、本当に感謝してる。どうするのが正しいかわからないけれど、こうするのも悪くなかったと思う」

 

「考えすぎだ」

 

謝憐はきょとんとします。

 

「やりたいようにやればいい」

 

言い終わると花城は振り返って、手を振ります。

 

ほどなくして、赤い衣の姿は山の前から、月の下から、そして謝憐の目の中から跡形もなく消えます。

 

そして、ただ、一つの小さな小さな白い花がゆっくり舞い降ります。

 

 

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ここで現在軸が一旦終わります。

 

このあたりは、大筋は旧版と同じものの、多少順序が変わっていたり、全体的にコンパクトになっていて、会話も一部改変されています。

 

旧版の「今まで千秋は誰が話しかけてもすぐに返事をしてて、中天庭の若い神官が質問しても一度だって放置したことなんてなかったのに」という描写などが削られていて、あった方が分かりやすいので、新版だけでなく旧版も併せて読む方が理解が深まるという印象です。

 

旧版では風師と風信が現れましたが、新版では風師と南風・扶搖に変わっています。どうしてそう改変したのかも、吟味の余地がありそうです。

 

この二人の挙動や反応、受け答えから、正体については謝憐も見当がつくのでは....と思わずにはいられません。二人の正体に関する伏線がより分かりやすくなっています。

 

血雨を浴びたのも二人揃ってになりました。

 

 

削られた部分と残された部分を見ると、作者がこの場面でより伝えたかったことは何かが鮮明になります。

 

小説と被っている描写や会話も多いので、訳しにくいところは小説の表現を拝借したり、前回までの文体や表現と揃えるために、あえて自分なりの意訳で通したところもあります。

 

 

そして特筆すべきは、花城の「煉瓦を運ぶ人は足りてるんだ。足りないのは別にある」の言葉!!

 

ここは隠れた甘い部分だと思っています。

 

謝憐に何が足りないのか尋ねられても、結局笑いながら言わずじまいだったのですが...

 

さて足りないものは何でしょう...?照れ

 

 

そして、最後の「赤い衣の姿は山の前から、月の下から、そして謝憐の目の中から跡形もなく消えた」という部分も、

 

謝憐がずーっとずーっと、花城が見えなくなるまで背中を見送り続けてたってことですよね。

 

その姿に感謝と、遠ざかる名残惜しさや寂しさなど、いろんなものを感じます。

 

何だか素敵ですね。

 

 

この場面で現在軸が終わって、過去軸に続くので、旧版のような中途半端な場面での区切りではなくなりました。

 

新版のこの終わり方、結構しんみりして好きです。

 

 

花城の言葉、「どうだろうね。そのうちわかるよ」というのは、謝憐が以前花城に言った言葉だと描写されていますが、それらしいのを探すと、記事69で紹介した、新版の謝憐が初めて花城に出会った夜の会話のあたりかなぁと思います。

 

「仙楽太子についてどう思う?」「君吾に嫌われてるんだろうな。でなきゃ二回も追放されないでしょ?」「世の中のことは単純に好き嫌いではなく、悪いことをしたら罰を受けないと。君吾は責務を果たしただけ」「じゃあどう考えればいいの?」「複雑だから、じきにわかる時が来るよ」の''じきにわかる時が来るよ''の部分かなぁ。

 

もしかしたら探しきれていないかもしれませんが、今思い当たるのはこの部分です。

 

 

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とても迷ったのですが、次回からは、引き続きこのまま過去編の改編部分を紹介していこうかなぁと思っています。

 

実は、自分が読み返す時は、現在軸→現在軸の順番で読んで、後から過去軸→過去軸で読んでます。読み返す時は、考察や仮説を検証したいが多いので、その方がわかりやすいのです。

 

でも日本語小説の読み返し、海外版の小説、魔翻訳などで追ってくださっている方もいるし、過去軸もコンパクトになってるので、このままの流れで紹介してしまっても良いのかなと。

 

過去軸は人気がなくて、サラッとしか読んでいない方も多いようで、だからこそコンパクトになって分かりやすくなった新版を紹介することで、より理解が深まったり、コメントを通して語り合う中で、新しい発見が多くできる箇所なのかなと思っています。

 

最近紹介してきた部分は、改変が大きいので物語風の紹介ができたのですが、過去編は順序が変わっていたり、削られてまとめられた部分は多いものの、ここまで改変が大きくないので、もしかしたら物語風の紹介ができないかもしれません。

 

辛い部分が多く、糖度が少ないので、自分なりの考察とか発見とかをできるだけ挟んでいけたらと思っています。