誰かのために生きる


というのが正義だった時代が長かったし


今だってそれはあるし


誰かのために生きる人生があっても良いと思う。





今、この世に生きている人たちみんながみんな


誰かと関わることで自分を知っていくし


誰かを通して世の中を見ることも多分にあるし


誰かの代わりにということだってある。




そういう中で



自分を育てるための人生もあるよなぁと思うのです。



多くの方は



それなりの年齢になったら、結婚をして子どもを持って子育てして…



という人生プランを持っていると思うし



特に深く考えてなくても、きっと人生なんてそんなもんだろうと



流れに乗るし乗れるし、疑問にも思わず



普通とか当たり前とかの感覚で生きていける人たちも大勢いると思う。



だから



ご結婚は?

お子さんは?

親御さんは?

お孫さんは?



という会話が当たり前に飛び交っていたし飛び交うし



これらは普通持ってるものだ、というバイアス前提の人付き合いがあったし

 



そうじゃない人たちは、誰もができそうもないことをやってる特別な人か



普通の人生が送れない社会不適合者みたいな扱いを受けてきていた。




だけど現実には



子どもを持ちたいと願って努力をしても授かることに難儀がある方々だっているし



色んな経験を経て、結婚という形は取らないと決めてる方だっているし



実子を持つことを諦めた方々だっている。




それは悪いことなのだろうか?




というのが、実はわたしは長年ずっとモヤモヤしていた。




今世では


自分を育てることが最優先事項、という人だって大勢いると思うし



そういう人生があったっていいし、あるべきだとさえ思う。




つまり



あの人には、お子さんがいなくて可哀想とか



あの人は親の縁が薄くて気の毒とか




そういう、先祖代々縦型従属社会目線だけで物事を見るのはもう時代遅れだし



正義じゃないよなと思うのです。


 


確かに先祖はあるし



未来に血筋を残していくことだって大事。



子どもを持って、子育てを通して社会を見て自分を育てていく人生も大事。



だけど、選択肢ってそれだけじゃないよね?という目線を持っていたい。




じゃないと



先祖があって、親がいて、結婚していて、子どもがいて、孫がいる。



この人生だけが正解、他は不正解になってしまう。







今、現在進行形で自分を育てるために生きている人たちは



ワガママと思われたり窮屈と感じることが多いかもしれないけれど



日本版家族、というカテゴリーに囚われすぎては欲しくないと個人的には思うし




いわゆる「普通」と言われる形態で人生に参画している人たちのことも、心から応援しています。




今って、そういう意味では過渡期なんだろうなぁ…。






ルンルンおしらせルンルン
 
 
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