はじめに

 みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、十二国記再読の続きで、新潮文庫では7巻になる「華胥の幽夢」についてです。短編ごとに感想を綴りたいと思います。未読の方は、ネタバレご注意ください。十二国記の再読、初回はこちら。それでは今回も、十二国の世界へ参りましょう!

 

「冬栄」

 「風の海 迷宮の岸」の後日談のような短編。自分の力不足に悩む泰麒が、自信を取り戻していく様子が描かれる。驍宗を始め、正頼や阿選、潭翠など、戴国の面々との穏やかな日々に、思わず笑みがこぼれる。

 

 その一方で。胸がどうしようもなく締め付けられる。それは、この後の展開を知っているからだ。「黄昏の岸 暁の天」だけだったときならともかく、ここに「白銀の墟 玄の月」までも加わると、無性に切なくて、泰麒や驍宗、李斎に阿選といった人々の明るい声が、胸に染みる。どうして、この平穏な空気の流れる戴国のままでなかったのだろうかと、考えても仕方がないことを、延々と考えてしまうのだ。これから戴を襲う運命を思うにつけ、こんな日々がまた訪れてほしいと願わずにはいられない。1人の姿は、永遠に欠けて返ってこないのだと分かっているのに。

 

「乗月」

 一方こちらは、峯王仲達が討たれたあとの芳国である。時系列的には、「風の万里 黎明の空」の少しあとといったところだろうか。反逆の盟主となった恵州侯月渓の葛藤が描かれる。その中で、慶から訪れた青辛という施設。彼は、景王から、そして元芳国公主、祥瓊からの書簡を携えていた。

 

 月渓は、果たして仮王として玉座に着くのか。彼自身の心情と、芳国の混乱が、事細かに書かれていく。

 

 相変わらずの考え抜かれた構成に、毎回驚いてしまう。月渓という、これまではさして華々しい活躍もなかった彼ですら、こんなに悩みを抱えている。考えてみれば当然で、その世界に生きている人々、一人一人にそれぞれの背景があり、暮らしがあり、未来がある。だからこそ、そこまで設定しきっている作者には、尊敬の念を抱かずにはいられない。十二国記のリアリティはこのことこまかな設定から来ているのだろう。

 

「書簡」

 今度は、少し時間を遡って、「風の万里~」の直前といったところであろう。雁の大学に通う楽俊と、景王陽子のやりとりだ。些細な日常の瞬間を切り取ったような、そんな短編である。

 

 相変わらずの楽俊と、陽子。今では出会ったときに比べ、立場は全く異なるが、それでもお互いの間にある信頼に、癒やされる。いつも通りの景麒の生真面目な一面が、陽子の口調から見えて、微笑を誘われた。

 

 慶の王宮は、陽子の元に収まるのだろうか。まだまだ目が離せない慶の、息抜きの瞬間とでもいうような感触を抱いた。

 

「華胥」

 続いては、才が舞台となる。采王砥尚の王朝は、短命に終わろうとしている。采麟の失道が、今まさに起こっていた。暴虐をつくした先王、扶王を討とうと旗揚げした砥尚たち。その仲間であり、今も役人となって彼を支える朱夏の視点から、才の王宮で起こる事件が描かれる。どうして砥尚は、みすみす失道を招いたのか。何がいけなかったのか……。そんな中で、砥尚の父の死体が発見される。砥尚の弟は姿をくらましていた。

 

 ファンタジーの世界ではありながらも、歴としたミステリーといえるだろう。朱夏とその夫、栄祝の下官であり、兄弟も同然である、青喜の活躍が著しい。こういうことは、絶対にちゃちな設定のファンタジーではできないことだと思う。その世界を舞台にして、別のジャンルの小説を書くというのは、ファンタジーにだけ許される特権かもしれないと思ったりする。

 

「帰山」

 この短編集の最後は、柳である。ある国の王族と、ある国の王が出会う……ということだが、もったいつけずに言ってしまうと、利広と延王である。

 

 これまで、私の十二国記の再読を、特に「東の海神 西の滄海」「図南の翼」の感想記事を読んでくださっている方ならお分かりかも知れないが、私はこの二人が十二国記の数ある魅力的なキャラクターの中でもとにかく大好きなのである。その二人が、出会うのだ。

 

 この短編が、好きでないわけがない。お互い、飄々としていて、それでいて自分の責任をはっきりと自覚しており、どこか似たところを持つ二人。この二人の交わす会話に、永遠に耳を傾けていたいくらいだ。

 

 という私の個人的な好みはおいておいて、慶の状況が聞けるのもまた魅力の一つである。陽子の率いる慶が、どんな風に進んでいるのか。それは、陽子以外の視点から良い評価を聞けて、安心できる短編でもある。

 

おわりに

 というわけで、「華胥の幽夢」についてでした。次回は、この壮大な物語もとうとう佳境に向かいます。数々のキャラクターが出そろう、「黄昏の岸 暁の天」お楽しみに!