ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

前回から、

今、売れている自己啓発書、

夢をかなえるゾウ4 ガネーシャと死神

から、印象に残ったところを、

紹介しています。

 

この本、

余命三か月を宣告された、

パパが主人公です。

 

その彼に、

ガネーシャというインドの象の神様

(だけど何故かとても人間臭いおもろい神様)

から、課題が出されます。

 

ガネーシャから出された課題は、

 

「死ぬまでにやりたいことリスト」を作る

だった。

 

「できるかどうかは一切考えず、やりたいことを

二十個以上書き出すこと」

という指示どおり、

思いつくままに書き出してみた。

 

 

家族旅行をする

本を出す

昔の友人と集まって飲む

カウンターで高級お寿司を食べる

富士山に登る

息ができないくらい笑う

英語を話せるようになる

外国人の友達を作る

本場のヨガを習う

100巻以上ある漫画を一気に読む

楽器が弾けるようになる

豪華客船に乗る

自分で設計した家を建てる

ハンモックで寝ながら読書をする

猫を飼う

携帯アプリを作る

自分の会社を作る

トライアスロンに挑戦する

憧れの人に会う

ギネスブックに載るようなことに挑戦する

母校で講演する

世界遺産を見に行く

 

皆さまはいかがでしょうか?

 

私は、1年ほど前にも考えたことがあったのですが、

何だったかなあ(^^;

 

(考え中・・・)

 

そうですね、

坐禅やダイビングをやってみたかったのですが、

既にやったし、

プロコーチ(カウンセラー)

の資格も取れたし、

アンコールワットも、

万里の長城も観れたし、

 

うーん、

富士山は私も登ってみたいですね。

昔の友人と集まって飲む、も。

 

あとは、世界一周旅行かな。

四国のお遍路も興味ありますが、

妻は来ないだろうな・・・

 

歳ですかね~、

あまり欲がなくなってきた(^^;

 

でも、見方を変えれば、

おかげさまで、既に、

やりたいことがけっこうできているのかもしれません。

(仕事も学生時代からやりたかった業界ですし)

 

有り難い・・・

改めて、

支えてくれている、

身近な人たちに感謝です。

 

今後も、

その時、その時の自分の気持ちになるべく正直に、

やりたいことをやっていきたいと思います。

 

ちなみに、

ブログを書くというのも、

やってみたかったことでした(^^)

 

この本の主人公も、

「都内で働く会社員が、余命三か月を生きるブログ」

というテーマで書き始め、どんどん反響が出てきます。

 

ブログを始めたという点、

ちょっとシンクロしてびっくりしました(^^;

(私は、余命はまだ長いと信じていますが・・・)

 

あと、

「死ぬ前にやりたいことリスト」

がテーマの映画があります。

ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン主演の、

最高の人生の見つけ方

いい映画です。おすすめします!

 

同名で、

吉永小百合さん、天海祐希さんが出演する、

日本映画もあります。

 

こうやって、

ブログを書けるのも、

見ていただける方がいらっしゃるおかげです!

 

改めて、

皆様に、感謝します(^^)

 

今回もお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

少しでも、何かの参考になれば嬉しいです。

次回に続きます。

今回もご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

今回は、自己啓発書で

旬のベストセラー

夢をかなえるゾウ4 ガネーシャと死神

を紹介します!

 

最初の1巻目、

夢をかなえるゾウ1

(今は文庫になっています)

もベストセラーになりましたので、

このシリーズ、

お読みになった方もいらっしゃると思います。

 

私も読んだ記憶があり、

本棚の奥から探し出して、

奥付をみたところ、

初版は2007年8月なんですね。

 

もう10年以上前・・・

月日が経つのは早いですね~(^^;

 

今回は、4で、

「死」がテーマになっています。

 

このシリーズの特徴は、

扱っているテーマは、

とても深く本格的なのに、

とにかく、読みやすいこと(^^)

 

ガネーシャという、

インドの象の神様が登場するのですが、

神様のくせに、

何故か人間臭くて、

ホント破天荒な奴なんですよ、

これが(笑)

 

寒~いギャグの連発!

(でも、たまにツボに入ります)

 

おかげで、深いテーマの内容を、

肩をこらずに、楽しく読むことができます(^^)

 

しかも、要所要所で、

わかりやすい解説がされていて、

しっかりと課題も与えられる。

そして、

物語の後半は、

しんみり考えさせられるという・・・

 

作者、水野敬也さんの技量、

すごいですね!

 

今回は、

余命3か月を宣告された、

30代?くらいの、

平凡な家庭を持つ

(奥さんと小さな女の子と暮らしている)

男性会社員が主人公です。

 

ガネーシャをはじめ、

死神や、ちょっと変なお釈迦様まで登場しますよ(^^;

 

私が、印象に残ったところを紹介していきます。

 

まずは、

人間が死に際に後悔することです。

そして死神は、

骨の指を1本1本立てながら、

人間が死に際に後悔する内容を挙げていった。

 

1、本当にやりたいことをやらなかったこと

2、健康を大切にしなかったこと

3、仕事ばかりしていたこと

4、会いたい人に会いに行かなかったこと

5、学ぶべきことを学ばなかったこと

6、人を許さなかったこと

7、人の意見に耳を貸さなかったこと

8、人に感謝の言葉を伝えられなかったこと

9、死の準備をしておかなかったこと

10、生きた証を残さなかったこと

う~ん、まずい・・・

私は、ほとんど当てはまりますね・・・

まだまだ死にきれない(^^;

 

皆さまはいかがですか?

 

死神はいいます。

「死ぬ間際、

本当に多くの人間が、

健康を大切にしてこなかったことを後悔する。

暴飲暴食や過度の喫煙だけでない。

体の異変を感じていたのに、

『気のせいだ』

『なんとかなる』

と自分に言い聞かせ

―ほとんどの場合、

目の前の仕事を優先するためなのだが―

精密検査を受けずに病気を放置し、

回復の見込みがなくなってから

後悔する者たちのなんと多いことか」

 

そして死神は立ち止まり、

こちらに顔を向けて言った。

 

「人間にとって、

仕事いうのは相当気持ちの良いものなんだろうな。

死期を大幅に早めることになったとしても、

やめられないものなのだから」

私事になりますが、

これは、まさに私のことです。

 

十数年前ですが、

仕事優先でまったく健康を顧みず、

暴飲暴食を重ね、体を壊して入院しました。

しかも懲りずに2年連続で・・・

 

そのせいで、

死にはしませんでしたが、

今も薬を飲み続けるはめになってしまいました・・・

 

たしかに、

仕事は自分自身を成長させます。

特に、若い頃は、

限界に近いところまで頑張る経験も、

意味があると思います。

しかし、

体を壊しては本末転倒です。

 

私の場合は、

仕事を頑張る動機が、

自分の成長というよりも、

どちらかといえば、

承認欲求、

周りから認められたいという

他人軸だったと思います。

 

それと、

暴飲暴食を続けたのは、

不安に直面しないように、

現実逃避をする意味もあったと思います。

 

今となっては、わかりますが、

一度(いや二度)、

痛い目に遭わないとわかりませんでした(^^;

 

次回に続きます。

 

今回もお読みくださいまして、

有り難うございました。

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

植松努さんの著書、

好奇心を“天職"に変える空想教室

を紹介しています。

 

前回からの続きです。

 

いつか、ぼくの工場にアフリカの人たちがきてくれました。

 

ぼくの話を聴いてくれた彼らが、

帰り際に教えてくれました。

今アフリカでは

「勉強したって、努力したってどうせ無駄だ」

と自分の可能性をあきらめてしまった人たちが、

やがて人を殺すようになり、

人の物を奪うようになっているのだそうです。

 

がんばれない、生み出せない。

だから、奪うしかない。

 

暴力で奪うこともできます。

暴力以外にも、

ウソをついたり弱いふりをしたり、

人をだましたりして、

奪うこともできます。

でもみんなが奪い合ったら、

社会は簡単に滅びてしまいます。

 

みんなが奪い合う原因は何か。

 

元をたどると

「どうせ無理」という言葉に行き当たります。

 

ぼくは世界中から

「どうせ無理」という言葉がなくなったら、

いじめや暴力や戦争がなくなるかもしれない

と思ったのです。

そうですね。

たしかに、

何も生み出せなければ、奪うしかなくなる。

 

「どうせ無理」が、

いじめや暴力や戦争につながるという考え方、

わかる気がします・・・

 

誰が「どうせ無理」と教えてくれたのか。

 

それは、やったことがない人たちです。

やったことがない自分の心です。

やったことがない人たちは、

いつも適当な

「やらない言い訳」を教えてくれます。

そのせいで

ぼくたちはときどき、

なにができるのか、

なにをしていいのかが分からなくなります

「やらない言い訳」

はいくらでもいえます。

 

環境のせい、周りの人のせい、まだ早い・・・

それは、

自信をなくしたことによる、

「失敗したらどうしよう」

という怖れからくるものだと思います。

 

だから、相談する際には、

実際にやったことのある人に話すといい。

もし、身近にいなければ、

本、特に伝記を読んで、

ヒーローたちを真似るといい。

と述べられています。

 

ヒーローたちも、

たいていは、トライ&エラーの連続、

いや、ほとんど失敗の連続の中から、

めげずに立ち上がり、

成功を見い出しているわけですから、

勇気づけられますね。

 

ざんねんな偉人伝

という本には、

偉人たちが、遠い存在ではなく、

人間臭い身近な人間として紹介されています。

特に、子どもたちは、親近感が湧くと思います。

オススメです(^^)

 

あんな北海道のちっぽけな工場だって、

ロケットを作れる時代になったんだから、

自分たちもやればなんだってできるんじゃないか。

そう思ってもらいたくて、

ぼくはロケットを作る仕事をしています。

そして子どもたちにもぼくの工場にきて、

ロケットを作ってもらっています。

 

(中略)

 

ぼくはこの本格ロケットを作ってもらうとき、

最初に

「作り方を教えないからがんばってね」

といいます。

 

「わかんない」っていったらわかんなくなるからね。

わかんなかったら調べればいいんだよ。

まずはまわりの人を見てごらん。

学校ではカンニングするなっていわれるけども

社会に出たら「見て盗め」っていわれるから、

今のうちに練習しておいてね。

そして見てもわからなかったら、

人に聞けばいいんだよ。

そして見て聞いてわかったことを、

みんなでしゃべりな。

そうしたらこの世から、

わかんないことがなくなるでしょ?

なるほど。

子育てはもちろん、

部下育成にも役立ちそうな考え方ですね。

 

ただ、実際のマネジメントに生かすのは、

難易度が高そうですが(^^;

 

やはり、

植松さんのように、

あくまで人の可能性を信じるマインドがないと、

うまくいかないと思います。

 

つい、待てずに、

指示・命令をして、

動かそうとしてしまいがちです・・・

 

ぼくがそいういと、

みんなわいわいがやがやロケットを作りはじめます。

 

結果的に、

全員すごく早く作れます。

はやく作ることができた子が、

なかなか作れない子に教えてあげるからです。

教えてあげる子は、

もっと覚えます。

教えてもらった子も、

助けてもらってできたことを喜びます。

 

そして、みんな完成します。

好循環ですね。

はやくできた子も、

なかなかできない子も、幸せになる。

そして、自信がつく(^^)

 

 

「教育困難校」

で話をされたことが紹介されています。

 

「ロケットを作ろう」

と呼びかけて、

ロケットを飛ばしたところ、

暴力事件ばかり起こしていた彼らが、

それ以来、暴力を振るわなくなったということです。

 

彼らは自信がなかっただけです。

自信がなかったから、

強がって、暴力をふるっていたのでしょう。

でも「作れるわけがない」

「飛ばせるわけがない」

と思っていたロケットを作れて、

飛ばせたから、

ちっしゃな自信がわいたから、

小さい頃と同じように、

やさしくなれたんです。

 

人間は本当はやさしいんです。

そのやさしさを思い出すためにも、

ちっちゃい自信は大切だなとぼくは思います。

教育困難校を立て直すのは、

実際、簡単なことではないと思いますが、

たしかに、

このエピソードには真実が含まれていると思います。

 

人間は本当はやさしい。

そのやさしさを思い出すためにも、

ちっちゃな自信、

すなわち自己肯定感が必要だということです。

ぼくは小学校に上がってすぐ、

1年生から3年生まで、

担任の先生にものすごく嫌われていました。

 

ばあちゃんが応援してくれたぼくの夢を、

先生は

「どうせ無理」

と頭から否定しました。

 

じいちゃんがなでてくれたぼくの頭を、

先生はさんざんになぐりつけました。

 

じいちゃんやばあちゃんがほめてくれた、

ぼくの飛行機とロケットの知識を、

先生は

「そんなものを覚えてなんになるんだ」

とバカにしました。

 

毎日

「なんだそれは自慢か」

「おまえなんかにできるわけがない」

という言葉を浴びせ続けられ、

暴力を受け続けました。

 

でもぼくが先生に怒られるのは、

(ぼくが悪いからだ)

と思っていました。

だから誰にも相談しないで、

ひとりで我慢していました。

とってもつらかったです。

でもまわりに助けてくれる大人はいなかったです。

 

ぼくはその先生がよく使っていた言葉を

ずっと忘れません。

 

その言葉が

「どうせ無理」なんです。

 

今にして思えばその先生は、

家庭で旦那さんからひどい暴力を受けていたみたいです。

たまに顔にあざをつくって

学校にきていることもありました。

 

なるほどね、と思いました。

暴力には必ず自分より弱いものに向かっていきます。

だからこそ、

子どもが犠牲になるのに違いないと。

 

だからこの世から

「どうせ無理」という言葉をなくしたら、

この世から児童虐待がなくなるかもしれない。

そう思っていたら、

ロケットを作れるようになったのです。

神様が察してくれたのだと思います。

 

ぼくは暴力の連鎖を断ち切りたい。

だから、宇宙開発を続けたい。

 

(中略)

 

今日から

「どうせ無理」という言葉に出会ったり、

この言葉が心の中にわいたときには

「だったらこうしてみたら」

を考えてみてほしいのです。

つぶやいてみてほしいのです。

植松さんが、宇宙開発を続けるのは、

こんな深い意味があったのですね。

 

すばらしい志だと思います。

 

私事になりますが、

私の場合は、逆に、

学校の先生には、

比較的、恵まれていました。

 

私は、小さい頃から、

目が悪くて、

牛乳瓶の底のような眼鏡をかけていました。

からかわれたことも多々あります。

 

ただ、小学校高学年の時、

そんな私を、

担任の先生は、

「物知り博士」

と持ち上げてくれて、

ちょっとした調べ学習の課題を、

学級新聞で取り上げて

紹介してくれたりしました。

 

自信がつきました。

本当に、感謝しています(^^)

 

 

この本を拝読して、

「どうせ無理」

ではなく、

「だったらこうしてみたら」

と発想できる大人になりたい。

そして、

身近な人にもそうやって接しよう。

もちろん、自分自身にも。

と思えました。

 

なんだか、

活を入れられた気分です(^^)

 

植松努さん、有り難うございました。

思うは招く

(TEDのYouTube動画)

 

皆さま、今回もお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

今回は、

植松努さんの著書、

好奇心を“天職"に変える空想教室

を紹介します。

 

植松努さん

(アメブロもされています)

https://ameblo.jp/nyg1t10/

は、私は最近まで存じ上げなかったのですが、

小さな町工場から、

自家製ロケットを打ち上げ、

宇宙開発の常識を逆転した!

という、すごい方です。

 

あるブログの記事をきっかけに、

思うは招く

というTEDのYouTube動画を拝見したのですが、

これが、とっても勇気が湧いてくる!

(クリックして一度ご覧あれ!)

動画でしたので、

興味をもって、本も読ませていただきました(^^)

 

動画でも述べられているのですが、

この本でも、

 

「どうせ無理」と戦う

ということが述べられています。

 

言葉を使って人の可能性を奪うことも、

人の命を脅かすことと変わりない、

恐ろしいことだと思っています。

 

そして人の可能性を奪おうとする、

象徴的な言葉が

「どうせ無理」

です。

 

簡単な言葉です。

すぐ楽ちんになれる恐ろしい言葉でもあります。

この言葉をつぶやくだけで、

なにもしなくて済んでしまうからです。

たしかに・・・

なにもしなくて済んでしまう。

いわゆる「ドリームキラー」というやつですね。

 

他人から言われることもあれば、

つい、自分自身につぶやいてしまうことも・・・

 

でもこの言葉こそが、

人に「努力なんて無駄だ」

と思わせる最悪の言葉です。

他人からこの言葉をくらうと、

人は大変なことになります。

 

なぜなら人の“自我”というもの、

つまり

「自分は自分だ」

という確信は、

とっても弱いものだからです。

私も、他人から否定的なことを言われると、

すぐに、ぐらっときて、落ち込んだり、

怒りの感情が湧いてきたりします・・・

 

自我というものは、

ただの思い込みです。

思い込みの「自分」を守りたいから、

自分はつねに

「変じゃないんだ」

「必要とされているんだ」

と思っていたい。

 

ところが、この

「どうせ無理」

という言葉をくらうと、

「きみをあてにしていないよ」

「きみなんていらないよ」

という意味を受け取ってしまいます。

う~ん、

たしかに、自分を否定されたように感じますね。

 

「きみなんていらないよ」

といわれた人が、

自信を持ち続けるとこはできません。

自信がなくなるとまずいです。

自信がなくなると、

なにをしていいのかが分からなくなります。

自分になにができるのかもわからなくなります。

 

(中略)

 

自信がないと不安になります。

不安だから友情とか愛情に

“証拠”を求めたりするようになります。

 

(中略)

 

LINEでメッセージを送った後

「既読マークがついているのに、返信してくれない」

と悲しむ人もいるようです。

 

でも友情や愛情の“証拠”は、

たいてい“束縛”です。

この束縛がさらにエスカレートしていくと、

「友だちなんだから、いうことを聞くのは当たり前だろう」

などと、

とんでもない思い違いを

生み出すこともあります。

そして、

“束縛”をするのは、

「自信がない人」たちです。

 

LINEなんてものはなかったのですが、

私の中高生時代を思い返すと、

たしかに、

「どうせ無理」

という形で、

束縛し合う関係性というものはあった気がします。

 

中高生特有の、

照れ臭さもあったと思いますが、

努力することや、向上心を持つことに、

お互いにブレーキをかけて束縛しあうという関係性。

 

たしかに、

お互い、自信がなかったからだと思います。

それは、「どうせ無理」

という同調圧力の中で育ったからかもしれません。

 

自信はとっても大切なものです。

自信をなくして「しまった人の中には、

自信がほしいから、

自信をお金で買ってしまう人がいます。

ある人は流行ばかり気にして、

自分の身を飾るようになります。

そしてお金をどんどんなくしていきます。

自慢をするようになる人もいます。

人を見下すようになる人もいます。

他の人ががんばったらこまるからと、

人の努力を邪魔するようになる人もいます。

「他の人ががんばったらこまるからと、

人の努力を邪魔する」

 

ありますね。

中高生時代だけでなく、

社会に出てからも。

 

私自身は、

行動には移していないつもりですが、

心の中には、

その気持ち、ないとはいえません。

 

これは、いじめの原因ではないですか。

こういう人たちが、

みなさんのまわりにもいるかもしれません。

いじめられる人もかわいそうですが、

いじめをしてしまう人も、

誰かに自信を取られてしまったかわいそうな人たちです。

そのかわいそうな人たちが、

自分の自信を守りたくて、

しょうがなく、他の人たちの自信を奪っているのです。

大人たちの、

「どうせ無理」という風潮が、

子どもたちの

「いじめ」

にもつながっている・・・

 

あるような気がします。

 

 

次回に続きます(^^;

 

今回もお読みくださって、

有り難うございました。

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

泰岳寺副住職

泰丘良玄さんの本、

人生はブレていい。 - 平成の一休さんのポジティブ・トンチのすすめ

を紹介しています。

 

今回で6回目(最後)になります。

 

中国の有名な故事に

 

「人間万事塞翁が馬」

(じんかんばんじさいおうがうま)

 

があります。

ご存知の方も多いと思いますが、

簡単におさらいします。

 

中国の北方に、

ある老人が住んでいました。

 

ある日、老人の馬が異民族の住む方へ逃げていきました。

近所の人は、

「せっかく高く売れる馬なのに、

もったいない・・・」

となぐさめましたが、

老人は悲しそうなそぶりを見せずこう言います。

「このことが幸福にならないとも限らない」

 

するとある日、逃げた馬が異民族の国から、

いい馬をたくさん連れて帰ってきたのです。

近所の人は喜び、

お祝いしに行くと老人はこう言います。

「このことが災いにならないとも限らない」

 

すると、老人の息子が馬から落ちて骨折してしまったのです。

近所の人が、お見舞いに行くと、

老人はこう言いました。

「このことが幸福にならないとも限らない」

 

それから一年が経つ頃、

異民族たちが襲撃してきました。

多くの人がその戦争で死んでしまいましたが、

老人の子どもは足を負傷していたから、

戦いに行かずに済んで無傷だったのです。

「人間万事塞翁が馬」

私の座右の銘のひとつです(^^)

 

プラスがあれば、マイナスもある。

マイナスがあれば、プラスもある。

(陰と陽)

 

これは人生の真実だと思います。

 

若い時には、なかなかピンときませんでしたが、

歳を重ねると、少しずつ分かってきました。

 

目先のことに一喜一憂しすぎない。

執着しない。

 

「生きているだけで、まるもうけ」

と明石家さんまさんもおっしゃっています(^^)

日本のリーダーはなぜ禅にはまるのかより)

 

「そもそも、幸せ」

だということを前提に、

嫌なことがあっても、それにとらわれ過ぎず、

また、いいことがあっても、舞い上がりすぎず、

中道の精神で、

「いま、ここ」を感じ、

そこで、今できることに最善を尽くす。

 

そうやって人生を歩んでいきたいと思います。

 

 

お釈迦様は亡くなる直前、

弟子に

「師が亡くなったら、

何に頼って生きていけばいいのですか」

と言われたとき

こう答えたそうです。

最後の教えと言われていて、

まさにお釈迦様の遺言です。

 

「自灯明 法灯明」

 

他者に頼らず、

自己をよりどころとし、

仏法を拠り所として生きなさいという意味です。

 

ここで、「法灯明」ではなく

「自灯明」が先に来ているのはなぜだと思いますか?

 

それは、

「説いた法にだけ頼らず、

まずは何より自分自身を拠り所にしなさい」

という思いをこめたからだと思います。

「まずは何より、あなた自身を拠り所としなさい」

すばらしい教えですね(^^)

自分自身を拠り所にするとか、

自分に寄るというのは、

要は、自分を大切にして生きていくことです。

 

(中略)

 

突き詰めると、

「そもそも自分を大切にするって何だろう?」

って思いませんか。

 

僕は、

自分を大切にするというのは、

自分を愛して、自分を信じて、

自分の思う通りに生きることだと思います。

 

悩んだり、迷ったり、立ち止まったりしかけたら、

つい誰かの意見を鵜呑みにしそうになるときがありますが、

最後は、

「私はどうしたい?」と問いかけ、

自分で答えを出していきたいものです。

 

そうすれば、たとえ失敗したとしても、

自分で納得することができると思うのです。

同感です!

 

そもそも、

自分を愛していないと、

他人を愛せないといいます。

 

悩んだり、迷ったら、

世間体や、他人の目ではなく、

自分自身を見つめ、

「私はどうしたい?」

を大切にしていきたいですね。

 

悔いのない人生を送るためにも。

 

 

僕たちは、

人生という名のレールに沿って歩いているように

錯覚するときがあります。

多くの人が、すでに誰かに敷かれたレールほど

好んで歩きたがります。

 

(中略)

 

偏差値の高い学校を出て、

給料の高い大企業に就職して、

適齢期と言われる頃に結婚する。

その後、

家を買って子どもに恵まれて、

その子も同じようにいい学校を出て、

いい企業に就職して・・・

というループを繰り返すのです。

 

(中略)

 

それが、

“幸せのスタンダード”だと、

なぜかそういう刷り込みのもとに生きています。

そうですね。

このような、

幸せのスタンダードと呼ばれるレールの上を、

一歩も踏み外すことなく、

順調に歩んでいける人なんて一握りしかいないのに、

(しかし、そんな人も、

たいてい見えない悩みを抱えていたりします)

それを歩むのが、やはり理想だ、

というような社会通念ってありますよね。

 

最近は、だいぶ薄れてきた気もしますが、

まだまだ根深いものがあります。

 

これだと、多くの人が幸せになれないですよね。

 

幸せの形は人それぞれです。

これが正解だという型は一つもありません。

 

そもそも、

あなたの目の前に道はないのです。

 

レールが敷かれていると思うことが大きな勘違いです。

目の前には空間しかなくて、

今、自分が歩いたことろが、道になるだけです。

アントニオ猪木さんの言葉を、

想起しました。

 

この道を行けば

どうなるものか

危ぶむなかれ

危ぶめば道はなし

踏み出せば

その一歩が道となり

その一足が道となる

迷わず行けよ

行けば分かるさ

猪木詩集「馬鹿になれ」より)

 

これも私の座右の銘(^^)

友人から教えてもらった大好きな言葉です!

(余談ですが、

この言葉をモチーフに友人と曲を作ったことがあります)

 

そういえば、

これは、もともと、

一休禅師の言葉でしたね(^^)

 

人生はブレていい。 - 平成の一休さんのポジティブ・トンチのすすめ

に戻りますが、

この本の最後の部分を紹介します。

 

道に迷いそうになったとき、

仏教(禅)的な視点から見ると、

指針になるのは主に次のようなことです。

 

・他人ではなく、自分に寄っているか?

・ほどほどのラインの中道近くにいるか?

・視点を変えて柔軟な心で考えてみたか?

・過去でも、未来でもなく、「今」を生きているか?

 

仏教は、

これらの真意について

手を変え品を変え教えてくれるものと

言えるかもしれません。

 

あなたの前には道はない。

歩いたところが、道になる。

 

あなた以外には絶対に歩めない、

その素晴らしい人生を一歩ずつ進んでいきましょう。

 

仏教を解説した本には、

すばらしいものがたくさんありますが、

この本は、とても身近なテーマを題材にして、

仏教(禅)の深い叡智を、

分かりやすい言葉で説いてくれます。

 

泰岳寺副住職

泰丘良玄さんの本、

人生はブレていい。 - 平成の一休さんのポジティブ・トンチのすすめ

おすすめします!

 

今回もお読みくださって、

有り難うございました。

 

次回は、別の本を紹介します(^^;