ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
植松努さんの著書、
を紹介しています。
前回からの続きです。
いつか、ぼくの工場にアフリカの人たちがきてくれました。
ぼくの話を聴いてくれた彼らが、
帰り際に教えてくれました。
今アフリカでは
「勉強したって、努力したってどうせ無駄だ」
と自分の可能性をあきらめてしまった人たちが、
やがて人を殺すようになり、
人の物を奪うようになっているのだそうです。
がんばれない、生み出せない。
だから、奪うしかない。
暴力で奪うこともできます。
暴力以外にも、
ウソをついたり弱いふりをしたり、
人をだましたりして、
奪うこともできます。
でもみんなが奪い合ったら、
社会は簡単に滅びてしまいます。
みんなが奪い合う原因は何か。
元をたどると
「どうせ無理」という言葉に行き当たります。
ぼくは世界中から
「どうせ無理」という言葉がなくなったら、
いじめや暴力や戦争がなくなるかもしれない
と思ったのです。
そうですね。
たしかに、
何も生み出せなければ、奪うしかなくなる。
「どうせ無理」が、
いじめや暴力や戦争につながるという考え方、
わかる気がします・・・
誰が「どうせ無理」と教えてくれたのか。
それは、やったことがない人たちです。
やったことがない自分の心です。
やったことがない人たちは、
いつも適当な
「やらない言い訳」を教えてくれます。
そのせいで
ぼくたちはときどき、
なにができるのか、
なにをしていいのかが分からなくなります
「やらない言い訳」
はいくらでもいえます。
環境のせい、周りの人のせい、まだ早い・・・
それは、
自信をなくしたことによる、
「失敗したらどうしよう」
という怖れからくるものだと思います。
だから、相談する際には、
実際にやったことのある人に話すといい。
もし、身近にいなければ、
本、特に伝記を読んで、
ヒーローたちを真似るといい。
と述べられています。
ヒーローたちも、
たいていは、トライ&エラーの連続、
いや、ほとんど失敗の連続の中から、
めげずに立ち上がり、
成功を見い出しているわけですから、
勇気づけられますね。
という本には、
偉人たちが、遠い存在ではなく、
人間臭い身近な人間として紹介されています。
特に、子どもたちは、親近感が湧くと思います。
オススメです(^^)
あんな北海道のちっぽけな工場だって、
ロケットを作れる時代になったんだから、
自分たちもやればなんだってできるんじゃないか。
そう思ってもらいたくて、
ぼくはロケットを作る仕事をしています。
そして子どもたちにもぼくの工場にきて、
ロケットを作ってもらっています。
(中略)
ぼくはこの本格ロケットを作ってもらうとき、
最初に
「作り方を教えないからがんばってね」
といいます。
「わかんない」っていったらわかんなくなるからね。
わかんなかったら調べればいいんだよ。
まずはまわりの人を見てごらん。
学校ではカンニングするなっていわれるけども
社会に出たら「見て盗め」っていわれるから、
今のうちに練習しておいてね。
そして見てもわからなかったら、
人に聞けばいいんだよ。
そして見て聞いてわかったことを、
みんなでしゃべりな。
そうしたらこの世から、
わかんないことがなくなるでしょ?
なるほど。
子育てはもちろん、
部下育成にも役立ちそうな考え方ですね。
ただ、実際のマネジメントに生かすのは、
難易度が高そうですが(^^;
やはり、
植松さんのように、
あくまで人の可能性を信じるマインドがないと、
うまくいかないと思います。
つい、待てずに、
指示・命令をして、
動かそうとしてしまいがちです・・・
ぼくがそいういと、
みんなわいわいがやがやロケットを作りはじめます。
結果的に、
全員すごく早く作れます。
はやく作ることができた子が、
なかなか作れない子に教えてあげるからです。
教えてあげる子は、
もっと覚えます。
教えてもらった子も、
助けてもらってできたことを喜びます。
そして、みんな完成します。
好循環ですね。
はやくできた子も、
なかなかできない子も、幸せになる。
そして、自信がつく(^^)
「教育困難校」
で話をされたことが紹介されています。
「ロケットを作ろう」
と呼びかけて、
ロケットを飛ばしたところ、
暴力事件ばかり起こしていた彼らが、
それ以来、暴力を振るわなくなったということです。
彼らは自信がなかっただけです。
自信がなかったから、
強がって、暴力をふるっていたのでしょう。
でも「作れるわけがない」
「飛ばせるわけがない」
と思っていたロケットを作れて、
飛ばせたから、
ちっしゃな自信がわいたから、
小さい頃と同じように、
やさしくなれたんです。
人間は本当はやさしいんです。
そのやさしさを思い出すためにも、
ちっちゃい自信は大切だなとぼくは思います。
教育困難校を立て直すのは、
実際、簡単なことではないと思いますが、
たしかに、
このエピソードには真実が含まれていると思います。
人間は本当はやさしい。
そのやさしさを思い出すためにも、
ちっちゃな自信、
すなわち自己肯定感が必要だということです。
ぼくは小学校に上がってすぐ、
1年生から3年生まで、
担任の先生にものすごく嫌われていました。
ばあちゃんが応援してくれたぼくの夢を、
先生は
「どうせ無理」
と頭から否定しました。
じいちゃんがなでてくれたぼくの頭を、
先生はさんざんになぐりつけました。
じいちゃんやばあちゃんがほめてくれた、
ぼくの飛行機とロケットの知識を、
先生は
「そんなものを覚えてなんになるんだ」
とバカにしました。
毎日
「なんだそれは自慢か」
「おまえなんかにできるわけがない」
という言葉を浴びせ続けられ、
暴力を受け続けました。
でもぼくが先生に怒られるのは、
(ぼくが悪いからだ)
と思っていました。
だから誰にも相談しないで、
ひとりで我慢していました。
とってもつらかったです。
でもまわりに助けてくれる大人はいなかったです。
ぼくはその先生がよく使っていた言葉を
ずっと忘れません。
その言葉が
「どうせ無理」なんです。
今にして思えばその先生は、
家庭で旦那さんからひどい暴力を受けていたみたいです。
たまに顔にあざをつくって
学校にきていることもありました。
なるほどね、と思いました。
暴力には必ず自分より弱いものに向かっていきます。
だからこそ、
子どもが犠牲になるのに違いないと。
だからこの世から
「どうせ無理」という言葉をなくしたら、
この世から児童虐待がなくなるかもしれない。
そう思っていたら、
ロケットを作れるようになったのです。
神様が察してくれたのだと思います。
ぼくは暴力の連鎖を断ち切りたい。
だから、宇宙開発を続けたい。
(中略)
今日から
「どうせ無理」という言葉に出会ったり、
この言葉が心の中にわいたときには
「だったらこうしてみたら」
を考えてみてほしいのです。
つぶやいてみてほしいのです。
植松さんが、宇宙開発を続けるのは、
こんな深い意味があったのですね。
すばらしい志だと思います。
私事になりますが、
私の場合は、逆に、
学校の先生には、
比較的、恵まれていました。
私は、小さい頃から、
目が悪くて、
牛乳瓶の底のような眼鏡をかけていました。
からかわれたことも多々あります。
ただ、小学校高学年の時、
そんな私を、
担任の先生は、
「物知り博士」
と持ち上げてくれて、
ちょっとした調べ学習の課題を、
学級新聞で取り上げて
紹介してくれたりしました。
自信がつきました。
本当に、感謝しています(^^)
この本を拝読して、
「どうせ無理」
ではなく、
「だったらこうしてみたら」
と発想できる大人になりたい。
そして、
身近な人にもそうやって接しよう。
もちろん、自分自身にも。
と思えました。
なんだか、
活を入れられた気分です(^^)
植松努さん、有り難うございました。
(TEDのYouTube動画)
皆さま、今回もお読みくださいまして、
有り難うございました。