ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
評論家、翻訳家、劇作家でもある
福田恆存(ふくだつねあり)さんの著作、
を読んでみて、
私の印象に残ったところを、
紹介・解説しています。
この本の冒頭で、
愛もまた創造である。
意識してつくられるものである。
という印象深い文章があります。
今回は、この
「愛もまた創造である」
という言葉を
掘り下げていきたいと思います(^^;
「神との対話」シリーズに、
"Tommorow's God"(明日の神)
という本があります。
「神との対話」というと、
ちょっと怪しげな感じがしますが(^^;
内容は正統派スピリチュアル
といった感じの本質的なもので、
自己啓発書としても有益な本だと思います。
過去ブログでも紹介しました。
(よかったらご参照ください)
私の敬愛する心理学博士、
カウンセラーの古宮昇先生が
"Tommorow's God"(明日の神)
から翻訳された
人間関係についてのメッセージがあります。
自分がどういう人になるか、
どういう人でいるか、
それを決めるのが人生です。
そして、
前の自分よりも
さらに大きな自分になること、
さらに進化した自分になること、
そこに肉体をもって
生まれてきた目的があります。
そうですね。
私も、生まれてきた目的というのは
「どういう人であるか」
を決めて、
「魂が成長するため」
ではないかと考えています。
そしてあなたがたが、
どういう人になるか、
どういう人でいるか、
を決めるには
人間関係が必要です。
他の人が存在しなければ、
あなたという人は
意味ある存在では
なくなってしまいます。
たしかに、
他人がいてはじめて、
その人に対して、
どういう人になるか、
どういう人でいるか、
自分の振る舞い方を、
決めることができるわけです。
だから、
すべての人間関係は
聖なる関係性です。
あなたが
「良い」とか「ポジティブ」だと
レッテルを貼っている
人間関係も、
「悪い」とか「ネガティブ」だと
レッテルを貼っている
人間関係も、
すべて、あなたが
どういう人になるか、
どういう人でいるか、
それを決めるために
欠かせないものであり、
それゆえ同じだけ
聖なる関係性なのです。
そうですね・・・
人間関係の「良い」「悪い」
というのは、
ある意味、
私たちが勝手に決めつけている
「レッテル」であって、
見る角度や立場によって
変わってくるものですが、
(渦中にいると、
なかなかそうは思えませんが(^^;)
たとえ、
「悪い」と思える人間関係の中でも、
その中で、
自分がどういう人でいるかは、
自分で決めることができるわけです。
ある意味、
チャンスともいえる。
多くの人たちが、
恋愛や結婚によって
幸せを「探し」、
幸せを「見つけよう」とします。
しかし
恋愛や結婚の真の目的は
「見つける」ことではありません。
その真の目的は
幸せを「創る」ことです。
「見つけること・探すこと」と
「創ること」
の違いは大きいです。
恋愛や結婚の目的は、
幸せを
「探し」「見つける」ことではなく、
「創ること」である・・・
見つけよう、探そう、
とするとき、
あなたはそれが
自分にはないと信じています。
だからその
信念通りの結果になり、
幸せではなくなります。
それに対して
「創ろう」とするとき、
あなたは
自分のもっているものを
その関係性に持ち込もうとします。
つまり
自分にすでにあるものを
使おうとしているのです。
なるほど、
ここはポイントですね。
元々、幸せの元になるものは、
「自分にはない」から、
「見つけよう」「探そう」
とする。
一方で、
「創ろう」ということは、
元々、幸せの元になるものは、
「自分の中にある」から、
そのあるものを使って、
人間関係で、
幸せを「創り出す」。
また、別の本になりますが、
遠藤周作氏の小説
の一節を想起します。
「ここに愛がないのなら・・・」
と神父は
かすれた声で言った。
「我々が愛をつくらねば」
「我々が愛をつくらねば・・・」
これは、小説に登場する、
「コルベ神父」
に遠藤周作さんが語らせた言葉です。
この小説(の2部)は、
第二次大戦下の長崎が
中心に描かれているのですが、
並行する形で、
アウシュビッツ強制収容所も、
描かれています。
アウシュビッツは、
言わずもがな、
大量虐殺の場。
人間はこうも
非人道的な行為ができるのかと、
戦慄を覚えるほどですが、
そういう意味で、
アウシュビッツは、
最も愛が欠如した場所と、
いえるかもしれません。
愛を探しても、
どこにも見つからない世界。
その中で、
コルベ神父は、実際に、
「愛を創造」した。
(史実です)
有名な話なので、
ご存知の方も多いと思います。
今回はネタバレになるので
あえて割愛しますが、
過去ブログには掲載しました(^^;
(かなり初期のブログです)
この小説で印象的なのは、
コルベ神父が実践した、
「愛の創造」が、
影響の輪を広げていく場面です。
西のほうの地平線が
今日も薔薇色にそまった。
「作業終了」
の笛があちこちで鳴り、
囚人たちは
自分たちの掘った穴から這いあがり、
点呼を受けるため整列した。
彼等の前面には燃え上がる空と、
夕日を受けた城のような
雲が拡がっていた。
囚人たちが番号を叫んでいる間、
うるんだ硝子玉のような夕陽が
少しずつ落ちていった。
「ああ・・・」
と一人の囚人がつぶやいた。
「なんて、この世界は
・・・美しいんだ」
みんな黙っていた。
ああ、
なんてこの世界は美しいのだろう。
昨日までこの世界は
愛もなく喜びもなかった。
ただ恐怖と悲惨と拷問と
死しかない世界だった。
それが今日、
この世界はなんて美しいのだろう。
彼らはその世界を
かえてくれたものがわかっていた。
愛のない世界に
愛を作ったものを・・・。
それから長い間――、
収容所のなかで
ヘンリックの記憶の底から、
あのこわれた丸い眼鏡をかけた
コルベ神父の顔が
たびたび浮かび上がった。
ヘンリック(創作上の人物)は、
自分だけは何とか生き延びようとする
エゴの塊のような人間
なのですが、
(こんな状況化では無理もないですが)
やがて、
ヘンリックは・・・
・・・
そんな頃、
彼と寝台を共にしている男が
目立って衰えてきた。
顔に白い粉のようなものが
吹き出て、
皮膚がカサカサになり、
腹だけが奇妙にふくらんでくる。
栄養失調で
死ぬ一歩手前であることは、
もうヘンリックたちに
わかっていた。
・・・
(あの男に、
君のパンをやってくれないか)
この時、突然、
彼の耳に思いがけぬ
ひとつの声がきこえた。
ひくい囁くようなその声は
聞きおぼえがあった。
コルベ神父の声だった。
(あの男は死ぬかもしれん。
君のパンをやってくれないか)
ヘンリックは首を振った。
今日あてがわれた
たった一つのパンを他人にやれば、
倒れるのは自分だった。
(俺はいやだ)
(あの男は死ぬかもしれぬ。
だから死ぬ前にあの男が
せめて愛を知って
死んでほしいのだ)
哀願するような
コルベ神父の声。
ヘンリックはその時、
八月の夕暮、
身代わりになるために
列外にのろのろと進み出た
神父の猫背を思い出した。
ヘンリックはパンを
その男にやった。
男は眼にいっぱい泪をためて
「ああ、信じられない」
とつぶやいた。
ヘンリックができた愛の行為は
これだけだった。
それでもヘンリックは
愛を行った。
コルベ神父が
「愛を創造」したことが、
ヘンリックに影響を及ぼし、
ヘンリックの中に
眠っていた愛を呼び起こして、
彼は、ちょっとした愛を実践、
(この状況下では
すごいことだと思いますが)
すなわち、
「愛を創り出した」のですね。
愛とは、
元々、私たちの中に
備わっているものだと考えます。
ただ、それは、
普段は眠っていて、
具体的に表現しないと、
なかなか表面には現れない。
もともとあるものを、
体現化すること。
それが、
「愛を創造する」
ということなのかと思います。
もっとも、
コルベ神父の愛の創造は、
究極の愛の行為であり、
私には到底できるレベルでは
ありませんが(^^;
まずは、
ヘンリックの愛の創造を目標に、
人生を歩んでいきたいと思っています。
ちなみに・・・
「愛」について
いろいろと考察されたい方には、
飯田史彦氏の、
という本があります。
この本は、
スピリチュアルというよりも、
さまざまな「愛」が
論理的かつレベル別に
紹介されており、
自分のレベルに応じて、
目指すべき「愛」がわかるという
大変有益な本です(^^)
いつかこのブログでも
紹介させていただこうと思いますが、
よかったらお読みください。
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以上、
福田恆存(ふくだつねあり)さんの著作、
からは、
かなり脱線してしまいましたが(^^;
今回は、
「愛もまた創造である」
という言葉をテーマに
考察をさせていただきました。
自分のできるレベルに応じて、
まずは、身近なところで、
「愛を創造」していきたいものですね😊
追伸
この本を読んで、
浮かんできた曲がありましたので、
紹介します(^^)
尾崎豊さんの
「町の風景」
(CDアルバムの「街の風景」とは、
アレンジと歌詞の一部が違いますが、
これはこれで素敵なバージョンです)
「~人生は時を演じる舞台さ♪」
高校生の時に創った曲だそうです。
やっぱり彼は天才ですね!
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今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました。
また、今年一年間、
大変お世話になりました。
何とかブログを続けることが
できているもの、
読んでくださる皆さまのおかげです。
有り難うございます。
感謝申し上げます。
来年も皆さまにとって、
素晴らしい年でありますように😊
よいお年をお迎えください!
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おまけ写真集(^^;
丹沢の三ノ塔に登りました!
ヤマトタケルの足跡を越えて・・・
おお、今日は富士山ばっちりか!
二ノ塔を越えて、
この上が三ノ塔・・・
着きました!
富士山絶景・・・
こっちは、大山。
江ノ島が見えますね!
もう少し先まで行きます。
秦野、小田原方面をのぞむ。
行者岳。
日が短いので、
今日はここで折り返します。
吸い込まれそうな景色・・・
三ノ塔に戻りました。
富士山アップ!
ああ、美しい・・・
(これ年賀状の写真にしました)
下山します。
蓑毛大日堂に立ち寄り。
平安時代の素朴な仏像が、
安置されています。
(隙間から覗けます)
隣の寳蓮寺、
まだ紅葉がきれいでした!
では、
皆さま、よいお年をお迎えください😊





















































