ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
前回から、
評論家、翻訳家、劇作家でもある
福田恆存(ふくだつねあり)さんの著作、
から、
私の印象に残った箇所を、
紹介・解説しています(^^)
前回、
人生を舞台、演劇に例えるとすれば、
大事なのは、
登場人物の「役割」であり、
ストーリーの「必然性」である。
そして、
生きがいとは、
必然性のうちに生きているという
実感から生じる。
という、
興味深い文章を、
引用させていただきましたが、
では、
この「必然性」というのは、
どう考えればいいのか・・・
著者はこう述べます。
劇の進行とともに
堆積されてきた現在は、
それ自身を完全燃焼
させなければならないのだ。
そのための必然性は
固く守られなければならない。
現在は偶然の帰結であり、
偶然の可能性をはらみながら、
しかも、
幕切れにおいては、
すべてが強度の必然性をもって
甦る。
ちょっと難解な文章ですが(^^;
つまり、
劇の途中では、
単なる偶然の出来事だと
思われていたことも、
最後の幕切れの段階では、
「ああっ、あの出来事は、
起こるべくして起きたんだ。
「あの出来事は、
必然だったんだ・・・」
と腑に落ちるようになる、
ということでしょうか。
「必然性」
をもう少し突っ込んで考察してみます。
白石一文氏の小説、
(私が人生で大きな影響を受けた
小説のひとつ、おすすめです!)
(これは単行本の下巻、文庫も出てます)
は、この「必然」というのが、
小説のテーマのひとつになっています。
小説の中で、
ガンに侵されて余命宣告を受けている、
辣腕編集長がこう述べます。
「・・・
これは無理だなって
思うことでも、
それが自分にとって
必然であれば
きっと実現するんだ。
人の力や、
まして神様の力なんて
借りずに、
僕はそうやって
自分がそうなって
しまうだろう人生を
しっかりと生きたい。
すでに決まっていることを
自分で決めるんだよ。
必ず過去になってしまう未来を、
過去にはせずに、
現在という一瞬一瞬で
完全に食らい尽くす。
言ってみればそういう人生かな。
過去がなくなれば
当然未来もないだろ。
そうなれば
人生には現在しかないって
いうことになる。
そうやって現在しかない人生を
送るというのが、
必然を生きる
ということでもある」
・・・
「もっと嚙み砕いて言えば、
何かをするたびに
『自分がこれをやっていると
いうことは、
すでに決まっていた
ことなんだろうか?』
と自分に尋ねるんだ。
そして、
『いや、これは行き当たり
ばったりでやっているだけだ』
と気づいたら、
そんなことすぐに止めちまう。
そういうことだよ」
人は、死を意識すると、
ほんとうに大切なものが見えてくる
といいます。
一瞬一瞬を大切に、
「今ここを生きる」ようになる。
それが、
「必然を生きる」
ということなのかと思います。
私は、正直、
まだ本気で、
死を意識することはできませんが(^^;
「自分にとって、ほんとうに大切なこと」
すなわち、
「自分の価値観」
というものは
明確にしておきたいと思っています。
人生の最期で、
「ああ、私の人生は必然だったんだ」
と思えるように・・・
に戻りますね(^^;
引用します。
私たちは、
自分の生が
必然のうちにあることを
欲している。
自分の必然性にそって
生きたいと欲し、
その鉱脈を掘り当てたいと
願っている。
劇的に生きたいというのは、
自分の生涯を、
あるいは、その一定の期間を、
一個の芸術作品に仕たてあげたいと
いうことにほかならぬ。
この欲望がなければ、
芸術などというものは
存在しなかったであろう。
役者ばかりではない。
人間存在そのものが、
すでに二重性をもっているのだ。
人間はただ生きることを
欲しているのではない。
生の豊かさを
欲しているのでもない。
ひとは生きる。
同時に、
それを味わうこと、
それを欲している。
現実の生活とはべつの次元に、
意識の生活があるのだ。
それに関わらずには、
いかなる人生論も
幸福論もなりたたぬ。
現実の生活とはべつの次元に、
意識の生活がある・・・
作家の遠藤周作氏は、
「生活」と「人生」
の2つがあるといいましたが、
人は、生きていくために、
「生活」から逃れるわけにはいかない。
炊事、洗濯といった、
日々の雑務もこなさなければならないし、
何より、
食べていくための収入が必要です。
ただ、
「現実の生活」だけの生き方は
いかにも味気ない。
「意識の生活」
すなわち、
「人生」を感じるもの、
たとえば、
文学や映画、絵画、演劇といった
芸術作品に触れることは、
日々の生活に彩を添えますし、
時には、自ら、
「特権的状態」を味わうことで、
人生の「意味」を感じられる。
だから、
生きていくうえでは、
「生活」と「人生」
の両方が必要である。
遠藤周作氏が、
素人劇団「樹座(きざ)」
を主宰したのも、
こういうことかと思います。
前回、
この本の冒頭で述べられている、
愛もまた創造である。
意識してつくられるものである。
という文章を
引用させていただきましたが、
人生を意味のあるものにするためには、
やっぱり
「愛を創造する」
ことなのだと思います(^^)
(ちょっと大きく
出てしまいましたが😅)
では、
「愛を創造する」とは?
・・・次回に続きますね(^^;
********************************
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました。
次回もこの本を題材にします(^^;
********************************
おまけ写真集(^^;
大山を右手に眺めながら、山歩き・・・
経石。
巨大な岩の裏に穴が空いています。
そこに弘法大師が経文を納めたという伝説が・・・
経ヶ岳着きました!
標高は633mですが、
なかなか眺めがいいです。
2種類の別の木が混じり合っている?ので、
「異種格闘木」
と書いてあります(^^;
華厳山。
「西山」(この一帯の山)
を守る会の方たちの、
手作りグッズが無人販売されていました。
「アクリルエコたわし」を買いました!
紅葉がまだ残っていました(^^)
高取山。
その先の発句石から。
ここ絶景スポット!
ちょっと拡大しましたが、
遠くに、横浜みなとみらいのランドマークタワー。
(たぶん)
こちらの先は、おそらく東京のビル群。
(たぶん)
湘南、伊豆方面を臨む。
帰り道、ごそごそすると思ったら、
遠くに猿の群れが!
小さな赤ちゃんをおんぶしていました😊
(ピンぼけ拡大写真で見えにくいですが)
やっぱり自然はいいな!
おかげさまでリフレッシュできました。
愛川町の勝楽寺。
立派な山門です!















