ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
200万部突破!
ミリオンセラーの
の内容を、
紹介、解説しています(^^)
この本、
哲人(岸見一郎先生)と、
悩み多き青年(古賀史健さん)
の対話形式で進みます。
今回は、
「対人関係」
についてです。
アドラーはいいます。
「人間の悩みは、
すべて対人関係の悩みである」
えっ・・・
悩みのすべてが、対人関係?
私もはじめは
「そうとも言い切れないだろう」
「ちょっと極論かな?」
と思いましたが、
この本を読んでみると、
あながち、
間違っていないかも
と思えてくるから不思議です(^^;
たとえば、
この本では、
「劣等感」について、触れられています。
哲人(岸見先生)は、
身長が155センチしかないんですね。
それを思い悩んで、
友人に相談したら、
「くだらない」と一蹴されたそうです(^^;
友人はこう言いました。
「お前には、人をくつろがせる
才能があるんだ」
背が低いから、
警戒心を抱かせない、
(ほっとする)というのですね。
その言葉を聞いて以来、
哲人(岸見先生)は、
自分の身長で思い悩むことは
なくなったといいます。
<哲人(岸見先生)>
たしかに
155センチメートル
という身長は
平均よりも低く、
なおかつ客観的に
測定された数字です。
一見すると、
劣等性に思えるでしょう。
しかし問題は、
その身長について
わたしがどのような
意味づけをほどこすか、
どのような価値を与えるか、
なのです。
<青年(古賀さん)>
どういう意味ですか?
<哲人>
わたしが自分の身長に
感じていたのは、
あくまでも
他者との比較
―つまりは対人関係―
のなかで生まれた、
主観的な
「劣等感」だったのです。
もしも
比べるべき他者が
存在しなければ、
わたしは
自分の身長が低いなどと
思いもしなかった
はずですから。
たしかに、
劣等感とは、
他者との比較、
つまり、対人関係から、
生まれる・・・
あなたもいま、
さまざまな劣等感を抱え、
苦しめられているのでしょう。
しかし、
それは客観的な
「劣等性」
ではなく、
主観的な
「劣等感」
であることを
理解してください。
身長のような
問題でさえも、
主観に還元されるのです。
<青年>
つまり、
われわれを苦しめる
劣等感は
「客観的な事実」
ではなく、
「主観的な解釈」
なのだと?
<哲人>
その通りです。
(中略)
主観には
ひとつだけ
いいところがあります。
それは、
自分の手で選択可能
だということです。
自分の身長について
長所と見るのか、
それとも短所と見るのか、
いずれも主観に
委ねられているからこそ、
わたしはどちらを
選ぶこともできます。
「主観は、自分の手で選択可能」
たしかに・・・
選択可能ですね(^^)
少し、この本からは脱線しますが、
という心理学の手法が浮かびました(^^)
ある枠組み(フレーム)で
捉えられている物事を
枠組みをはずして、
違う枠組みで見ることを指します。
よく言われるのが、
コップに水が半分入っているのを、
もう半分しかない・・・
と捉えるか、
まだ半分も残っている!
と捉えるか、
捉え方によって、
意味が変わってくる
ということですね(^^;
たとえば、
「かっとしやすい」
をリフレーミングすると、
「情熱的」
「正義感が強い」
「一生懸命」
「変わっている」
をリフレーミングすると、
「味のある」
「個性的な」
「独創的」
「気が弱い」
をリフレーミングすると、
「慎重」
「用心深い」
「人を大切にする」
などなど・・・
こちら↓にたくさん載っていますので、
よかったらご参照ください。
(勝手ながらリンクを張らせて
いただきました(^^;)
リフレーミングは、
特に、自己嫌悪に陥ったときに、
おすすめします!
自分のダメだと思うところを
リフレーミングすると、
勇気が湧いてきますよ(^^)
あとは、部下や、
子どもたちを見る手法として、
活用するのもいいと思います。
みんな、短所と長所があり、
それは、コインの裏表ですから(^^)
ちょっと本から脱線しましたが・・・
次回に続きますね(^^;
今回も、
最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊


