ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
200万部突破!
ミリオンセラーの
の内容で、
私の印象に残ったところを、
少しずつ紹介、解説しています。
今回で、9回目ですね(^^;
この本、
哲人(岸見一郎先生)と、
悩み多き青年(古賀史健さん)
の対話形式で進みます。
前回から、
「課題の分離」
について、
紹介、解説しています(^^)
「課題の分離」
とは、
「これは誰の課題なのか?」
という視点から、
自分の課題と他者の課題を分離し、
他者の課題には踏み込まない。
という考え方です。
前回、
親子関係や仕事関係の例を挙げて、
紹介、解説しました。
ちなみに、
前回、紹介をし忘れたのですが(^^;
仕事関係で、
アドラー心理学の考え方を活かすには、
小倉広さんの本、
の2冊をオススメします!
(実践的でとても有益ですよ)
で、今回は、
「課題の分離」
を、少し違う角度から説明しますね。
この本で、
青年(古賀さん)は、
「課題の分離」
とは、
つまり、
「自己中心的に、
好き勝手に生きろということなのか???」
と疑問を呈します。
それに対して、
哲人(岸見先生)は、
こう答えます。
課題を分離することは、
自己中心的になることでは
ありません。
むしろ
他者の課題に介入
することこそ、
自己中心的な発想なのです。
「他者の課題に介入することこそ、
自己中心的な発想?」
う~ん、
どういうことなのでしょうか。
別の本になりますが、
前出、小倉広さんの、
(私が、何度も繰り返し読んでいる本です!
いずれ、このブログでも詳しく紹介しますね)
のある箇所を思い浮かべました。
引用させていただきます(^^;
以前の私(小倉広さん)は、
妻が家で機嫌が悪いと
それが許せませんでした。
その理由は、
「妻の機嫌が悪いのは
自分のせいだ」
と思ってしまっていたからです。
自分は素晴らしい夫ではない。
妻を機嫌良くさせることも
できない夫。
夫としては失格だ、
と考えていたからです。
ですから、
かつての私は
妻を変えようと必死でした。
妻は、
意味もなく突然、
不機嫌になる。
どう見ても
何かに怒っているような感じで、
話しかけても、
ほとんど返事をしなくなるのです。
せっかく楽しいはずの
旅行に行っても、
ずっとムスっとしている。
うわっ、
これ、ウチもよくある(^^;
そこで私は
妻の機嫌を取ろうと
頑張ります。
なぜならば、
ムスっとしている妻を見るのが
つらいからです。
もっと言うと
腹が立つからです。
当時は、
そんな自分の感情に
気づかずに、
「何とか彼女を笑わそう」
と一生懸命でした。
「あの観光スポット見に行く?」
「こんな美味しいものあるけど、
食べる?」
私は、孤軍奮闘、
努力します。
そして、
それは、
妻を幸せにしてあげたいという
親切心だとばかり
思い込んでいたのです。
しかし、
いまとなっては
よくわかります。
それは
妻のためではなく、
自分のため、
実際は、利己心だったのです。
単に自分の腹が立つから、
妻を変えたかった
だけなのです。
だから、
妻からその努力を否定されると
逆ギレしてしまった。
妻から
「なんでわざわざ
遠回りしてまで見に行くの?」
などと言われ、
ますます腹を立てる。
「オレがこんなに
おまえのために
してやっているのに、
なぜそれが
わからないんだ!」
こうして最後は、
私が堪忍袋の緒が切れて
怒鳴ってしまうのです。
「単に自分の腹が立つから、
妻を変えたかっただけ・・・」
うわっ、痛っ・・・
私も、旅行先で、
何度も、同じようなことをやらかしてしまった
経験があります(^^;
男女が逆のケースもありそうです。
皆さんはいかがでしょうか。
では、
妻がこのような状態だったら、
どうすればいいのでしょうか?
いまの私であれば、
妻の機嫌が悪かったら、
放っておきます。
「自分には関係ない。
彼女の事情だ」
と考えて、
機嫌が悪いままにしておいて
あげるのです。
それが、
自分と相手の間に
「境界線を引くこと」
になります。
(以上、「比べない生き方」より引用)
この場合の、
「境界線を引く」
まさに、これが、
「課題の分離」
なんですね!
妻の機嫌が悪いのは、
妻の「課題」である。
(もちろん、
明らかに自分に非がある場合は別ですが)
それに、影響される必要はない。
そこに、無理矢理踏み込まない。
相手を、変えようとしない。
すなわち、
相手が不機嫌になる権利を尊重する。
ということです。
それでも、
相手の不機嫌が、
どうしても気になる時には?
その場を外したり、
しばらく距離を置くというのも、
有効な手だと思います(^^;
境界線を引くということは、
一見すると
「冷たい人になる」
ことであるように感じて
抵抗がある人もいるでしょう。
しかし、
本当の優しさというのは、
中長期的に
その人のためになることであり、
短期的に
相手をねじ伏せて、
その場でイエスと
言わせることでは
ありません。
それは本物の優しさでは
ないのです。
(「比べない生き方」より引用)
そうですね・・・
自分と相手は、
あくまで違う存在である。
機嫌がいい時も、
悪い時もある。
相手の機嫌が悪い時は、
境界線を引いたうえで、
それはそれで尊重する。
それが、
本当の優しさかもしれませんね。
(実践はけっこう難しいですが(^^;)
今回は、
「嫌われる勇気」
の本の紹介、解説というよりも、
小倉広さんの本が
メインになりましたが・・・
次回は、
「嫌われる勇気」
に戻りますね(^^;
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊





