ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

前回から、

先日4月13日に逝去された、

遺伝子研究の世界的権威、

筑波大学名誉教授で科学者の

村上和雄先生

の本を紹介しています(^^)

 

前回は、

生命の暗号

という本を紹介しましたが、

今回は、

 

アホは神の望み


 

という本を、

紹介・解説していきますね(^^)

 

この本のキャッチには、

 

「素直で正直、

器が大きなアホであれ!」

 

という言葉が使われています。

 

たとえば、

「笑い」について

 

 

私の研究分野は

生命科学ですが、

むずかしい学問を

しているわりには、

私にはちょっと

おっちょこちょいや

軽薄なところがあって、

専門である

遺伝子と笑いの研究を、

あの〝お笑いのメッカ"

である吉本興業と組んで

大まじめに行っています。

 

その研究では、

糖尿病の患者さんに

漫才を聴いてもらい、

さんざん笑ったあとで

血糖値を測る。

 

すると、

その数値がグンと下がった

などといった

実験結果を得ています。

 

つまり、

笑いは薬、

それも

「副作用のない薬」

であることが

わかりはじめているのです。

 

 

吉本と組んで研究とは、

本格的です!

 

よく、

「病は気から」

といわれますが、

それが、

実験で証明されたんですね(^^)

 

やはり、

心と体は

つながっているのだと思います。

 

本書には、

「ブラシ―ボ(偽薬)効果」

についても触れられています。

 

偽薬でも治ることがあるという、

「思い込み」

の効果ですね。

 

もちろん、

ブラシ―ボ効果は、

万能ではありませんが、

人間には、

もともとの自然治癒力、

それによって、

遺伝子のスイッチがONになるということが

あるのだと感じます。

 

ちなみに、

この本の中で、

映画バッチ・アダムス

が紹介されています(^^)

 

私の好きな、

ロビン・ウィリアムズさんが主演の映画です。

 

“ユーモアによる治療が重要”

という説を実践し、

医学界の常識を覆した

医学生パッチ・アダムスの

半生を描いた映画。

 

ということですが、

私はまだ観たとこがありません。

 

近いうちに観てみたいと思います(^^)

 

 

村上先生は、

この本のプロローグで

こう述べています。

 

 

「人はみな

泣きながら生まれてくる」

 

とシェークスピア

はいいました。

 

それほど

人が生きていくことは

苦しい行為であると

いうことでしょう。

 

 

「人が生きていくことは

苦しい行為である」

 

五木寛之さんも、

同じことをおっしゃっていました。

 

たしかに、

これが、現実だと、

私も思います。

 

 

しかし、

だからこそ、

 

―どうせこの世に

生きるのなら―

 

しかめ面よりも

笑顔を、

泣くよりも

笑うことの多い人生を

選ぶ必要があると

思うのです。

 

同感です(^^;

 

 

こういうと、

アホなことをいうな、

そういうバカみたいに

笑っていられるかと

お叱りを受けそうです。

 

しかし、その

「苦しいときこそ

笑っていられる」

ようなアホやバカが、

いまこそ必要なのだ

ということを、

私はこれからこの本で

述べたいのです。

 

笑いが減るのと

並行するように、

世の中に利口な人が

増えました。

 

頭の回転が速く、

目先のことに鼻がきいて、

機を見るのに敏。

 

人に先行して、

競争に強く、

無駄や抜け目がなく、

合理的かつ効率的で、

どんな問題も

すばやく解いて、

決められた道を

最短距離でいくことが得意。

 

いわば、

そんな人たちです。

 

 

たしかに、

このような人が、

世の中、

幅を利かせているような気がします。

 

特にビジネスでは、

必要な要素でもありますし、

もちろん、

悪いことではありませんが・・・

 

 

しかし、

そういう利口な人たちを

見ていて

気づくことがあります。

 

一つは、

その利口や

かしこさのスケールが

どこか

「小さい」

点です。

 

頭は切れる、

学歴も高い、

知識も豊富だ。

 

しかし、

ヘンに世間知らずだったり、

人間関係が結べなかったり、

人の心の機微に疎かったり。

 

あるいは

分析は鋭いけど

視野がせまかったり、

理が勝ちすぎていて

柔軟性に欠けていたり・・・

 

 

たしかに、

こういう人、いますよね(^^;

 

 

二つ目は、

利口な人は

傲慢になりやすい

という点です。

 

つまり、

なまじ頭もよくて、

ものごとがよくわかるから、

そうでない人を

見下したり、

自分のかしこさを

振りかざして、

自分だけの力で

生きていると思い上がる。

 

おごりや増長に

陥りやすい欠点も、

頭のいい人たちには

ついて回るのです。

 

こういう小利口な人間の

こざかしさや傲慢さは、

聖書のむかしから、

神がもっとも

手を焼いてきた人間の

「愚かな罪」であり、

実は、

神さまがもっとも嫌う

ところなのです。

 

 

どきっ、

 

自分の至らなさや、

やましさに、

無自覚だということでしょうか。

 

私は、

いわゆるエリートでも、

頭が切れるわけではありませんが、

ちょっと、気をつけたいと思いました(^^;

 

たとえば、

あまり本を読まない人を、

見下す気持ちとか・・・

 

今は、ほとんどないつもりですが、

でも、正直に言えば、

少しは、ある、

ので(・・;)

 

 

それなら、

神が好むものは何か、

これは、

その反対概念を

考えればいい。

 

つまり、

神の好きなものは

 

「器の大きなバカ」

「素直で正直なアホ」

 

なのです。

 

 

例として、

本書には、

宮沢賢治さんの

「雨ニモ負ケズ」

が挙げられています。

 

 

世間からは、

いわゆる、

「でくのぼう」

と呼ばれながらも、

誠実に生きていくということですね。

 

宮沢賢治さんの生き方は、

なかなかハードルは高そうですが・・・

 

 

あるいは、

そんなに立派でなくても、

単純で感激屋で、

人を楽しませるのが好きで

怖さ知らず。

 

おっちょこちょいで

根拠のない自身に

あふれていて、

能天気でよく笑い、

失敗を恐れない。

 

ムダ話や寄り道が多く、

いばらず、

かざらず、

かっこつけない。

 

信じやすいが

ものごとを決めつけず、

忘れっぽいが

あきらめない。

 

そのせいで、

「アホやなあ」

「バカだなあ」、

そう人からあきれられ、

愛されもする人。

 

フーテンの寅さん

みたいな、

愚かという

「徳」をもった人。

 

そういう人が

神からも好かれ

利口な人より

時間はかかっても、

大きな幸せを

手にすることが

できるのだと思います。

 

 

フーテンの寅さんのような生き方・・・

ちょっと憧れます。

 

小心者の私には、

とうていできない生き方ですが、

たしかに、

そのような、

愚かという「徳」を持った人が、

神さまから愛されるのだと思います(^^)

 

この本では、

有名な、

スティーブ・ジョブズさんの、

スタンフォード大学で行った

卒業祝賀スピーチが

紹介されています。

 

その最後の言葉、

 

「Stay hungry,stay foolish」

(ハングリーであれ、愚かであれ)

 

まだご覧になったことのない方は、

下記、ユーチューブをリンクしましたので、

是非、ご覧ください!

 

スティーブ・ジョブス スタンフォード大学卒業式辞 日本語字幕版

(15分くらいです)

 

示唆に富んだ、

すばらしいスピーチですよ!

 

ちなみに、

今、子供向けの伝記まんがで、

スティーブ・ジョブズさんの本が、

いくつか出ています。

 

いわゆる、

昔の立派な偉人だけでなく、

このような、

身近で型破りな偉人について

知ることは、

子供たちにとって、

とてもいいことだと思います(^^)

 

 

枠にはまった優等生、

みんなから

ほめられるような

お利口さんなんかなるな。

 

こざかしく、

小さくまとまるくらいなら、

愚か者であるほうを選べ、

それも、

常識なんか

はみ出してしまう

器の大きなバカになれ。

 

 

そうですね・・・

 

私は、

中年になってみて、

何だか、

小さくまとまってしまったような

気がします(^^;

 

もちろん、

日々の生活がありますし、

背負うものも、少しはあります。

 

若い頃のように、

自由には生きられないのですが、

 

「Stay hungry,stay foolish」

(ハングリーであれ、愚かであれ)

 

これからの人生でも、

忘れたくないですね!

 

 

今回、

村上和雄先生の本を

再読することによって、

忘れかけていた気持ちを、

思い出すことができました😊

 

村上和雄先生、

有り難うございました。

 

 

最後に、

私が若い頃、

親友からプレゼントされた本、

猪木詩集「馬鹿になれ」

 

 

という詩集から、

 

詩「馬鹿になれ」

 

を引用させていただきます(^^;

 

(ちなみに、関東では、

バカとは、関西でいうアホと同じ意味で、

使われることが多いです)

 

 

馬鹿になれ

 

とことん馬鹿になれ

 

恥をかけ

 

とことん恥をかけ

 

 

 

かいてかいて恥かいて

 

裸になったら

 

見えてくる

 

本当の自分が

 

見えてくる

 

 

 

本当の自分も

 

笑ってた・・・・・

 

それくらい

 

馬鹿になれ

 

 

 

今回も

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は、

別の本を紹介します。

 

(GWでたくさん本を読めるので、

ワクワクしています(^^;)

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回、紹介・解説するのは、

 

生命の暗号

 

(写真の本はハードカバー、

今は文庫本が出ています)

 

という本です(^^)

 

著者は、

先日4月13日に逝去された、

筑波大学名誉教授、科学者の

村上和雄

先生です。

 

村上和雄先生は、

昇圧酵素・レニンの遺伝子研究における

世界的権威で、

ノーベル賞候補とも目されていた、

すごい先生です!

 

感謝の意を込めて、

この本を、

紹介・解説していきたいと思います(^^)

 

私とこの本との出会いは、

もう20年以上前でしょうか。

 

まだ20代のころ、

書店でふと目に留まったのです。

 

私は、根っからの文系なので、

あまり科学系の本は読まないのですが、

何故か、この本には惹かれました。

 

購入後、

読み始めたら、面白くて、

夢中になって

一気に読んだ記憶があります(^^;

 

科学書というよりも、

自己啓発書に近く、

(スピリチュアルな要素もあります)

文章も平易でとても読みやすい本です。

 

この本のキーワードは、

 

・遺伝子ON/OFF

・遺伝子が目覚めるのはどんな時か

・サムシンググレート(大いなる何か)

 

 

まず遺伝子についてですが、

遺伝子は、親からの遺伝というよりも、

環境や刺激で変化するといいます。

 

引用します。

 

数十年前までは、

「遺伝」といえば、

 

「それは遺伝だから

しかたないよ」

 

などと、

親の代から受け継がれた

宿命的なものとして、

比喩的にとらえられる

くらいでした。

 

「遺伝だから、

いまさらジタバタしたって

どうしようもない」

 

という意味でもありました。

 

たとえば、

優秀な音楽家を

両親にもった子供は、

音楽的才能に恵まれる。

 

糖尿病の家系に生まれると

高い確率で糖尿病になる。

 

肥満の家系に

肥満児が生まれる。

 

ガンの家系の人は

だいたいガンでなくなる・・・。

 

これらのことは

一種の

「宿命」とか「運命」

として受け取られがちです。

 

(中略)

 

しかし、

最近の遺伝子研究から、

すごいことが

一つ分かってきました。

 

(中略)

 

「遺伝子のはたらきは、

それをとりまく環境や

外からの刺激によっても

変わってくる」

 

ということです。

 

正確にいえば、

それまで眠っていた遺伝子が

目を覚ますことがあるのです。

 

もちろん、

「遺伝」の影響が、

まったくないとは思いません。

 

影響があるのは

まぎれもない事実だと思いますが、

遺伝子が、

環境や刺激によっても、

変わってくるとすれば、

何だか、

「勇気」が湧いてきますよね(^^)

 

それまで眠っていた遺伝子が、

目を覚ます?

 

実際、働いている遺伝子というのは、

わずか5%程度といいます。

 

えっ、

たったの5%?

 

ということは、

残りの95%の遺伝子は、

まだ眠っていることになります(・・;)

 

書店で、マンガ本が、

シュリンクされていて、

読むことができない状態に

なっていることが多いですが、

それに似ているといいます。

 

では、どうすれば、

眠っている遺伝子にスイッチが入り、

ONの状態になるのか?

 

 

それは、

日常生活を

はつらつと前向きに

生きることだと考えています。

 

「イキイキ、ワクワク」

する生き方こそが、

人生を成功に導いたり、

幸せを感じるのに

必要な遺伝子を

ONにしてくれる―

 

というのが

私の仮説なのです。

 

 

「イキイキ、ワクワク」

 う

いわゆるプラス発想(思考)

ですね(^^)

 

ただし、この、

村上先生のプラス発想は、

ネガティブなことにはフタをして、

ただひたすら、

「前を向いて頑張ろう!」

というような

ポジティブ一直線!

のことではありません。

 

 

たとえば

病気をした場合、

たしかに

仕事ができなくなったり、

金銭的に負担が増えたりと

マイナス部分ばかりを

考えてしまいますが、

病気をした経験によって、

だれが自分にとって

本当に大事な人なのかに

気づいたり、

仕事ばかりにかまけて

考えもしなかったアイデアが

浮かんできたりするなど

プラスの面も

十分にあるのです。

 

実際、

大病が人生をプラスの方向に

変えたという話を、

皆さんも少なからず

聞いたことがあるでしょう。

 

病気をした経験が、

自分にとって

「よいほうに展開する」

というふうに

広い視野でとらえること。

 

つまり

自分の身に起きることは

「すべてプラス」

というとらえ方をすることです。

 

「そんなのは無理だ」

と思われるかもしれませんが、

それが現代人の

欠陥の一つでもあるのです。

 

科学は論理思考を

得意としています。

 

その科学が

あまりに進歩したため、

現代人は何事も

合理的に割り切って

考える癖を

身につけてしまいました。

 

(中略)

 

合理性は

ある段階までは大切ですが、

この世の中は

合理性だけではない。

 

合理を超えるもの、

目に見えないものが

多いのです。

 

 

自分の身に起きることは

「すべてプラス」

というとらえ方をする。

 

私事ですが、

30代のころ、なかなかの大病を患い、

今も完治はしていませんが、

今考えてみると、

たしかに

「プラスだった」

と確信までは至らずとも、

「意味はあった」

と感じることはできます(^^;

 

「マイナスの中にもプラスを見い出す」

 

私が敬愛する、

遠藤周作さんや、田坂広志さんも、

本の中で、よく述べられていますが、

私の好きなプラス思考の考え方です(^^;

 

また、

村上先生は、

元気の遺伝子をONにするためには、

 

「感動する」

 

ことだといいます。

 

 

作家の丸谷才一さんは

「最近の日本人は

泣かなくなった」

といっておられますが、

私もまったく同感です。

 

なぜ私がこんなことを

いい出したかというと、

何もメソメソ泣くことを

すすめるためではなく、

涙に象徴される

「感動」

が少なくなったということを

いいたいのです。

 

人が涙を流すのは

多くの場合、

感動した時です。

 

「人間の涙には

なんと詩があることか」

 

といったのは

ハインリッヒ・ハイネです。

 

感極まると

なぜだか涙が出てきますが、

生理的に言えば、

涙が出るのも

遺伝子がはたらいている

はずです。

 

ここからも

心のはたらきが

遺伝子にいかに

影響を及ぼしているかが

わかります。

 

感動で涙をこぼすと、

人はよい気持ちになります。

 

たとえ悲しいときでも、

ワンワンなくとさっぱりする。

 

これはよい遺伝子が

ONになったということです。

 

 

作家の五木寛之さんも、

同じようなことを

おっしゃっていますね。

 

私も、

小説を読んだり映画を観た時に、

感極まって、

涙がでることがありますが、

心の中で、どこか、

「いい大人の男が、情けない」

と思ってしまうところがあります(^^;

 

だけど、

泣いていいんですね(^^;

 

どんどん泣きましょう!

 

ただ、私は、

やっぱり照れ臭いので、

なるべく人知れず、

こっそりと、にしますが・・・(笑)

 

 

村上先生は、

本書で、

科学と宗教は同根だと述べられています。

(遠藤周作さんも

同じことをおっしゃっていますね)

 

私も同感です(^^)

 

そして、

3つの生き方を提案されています。

 

1、「志を高く」

2、「感謝して生きる」

3、「プラス発想をする」

 

 

1、「志を高く」

とは、

サムシング・グレート

が喜ぶ生き方をする

ということです。

 

サムシング・グレートとは、

「大いなる何か」ということ。

 

定義は、

いろいろできますが、

私は、

「大自然」「宇宙」

のようなものだと考えています。

 

ギブ&ギブ、

すなわち、

利他の生き方をする。

 

それが、

天に貯金をすることになり、

あとで、

1万倍になって返ってくることになる、

 

と述べられています。

 

 

2、「感謝して生きる」

 

生き物が生まれる確立というのは、

一億円の宝くじに

百万回連続で当たったのと

同じくらい、すごいことだといいます。

 

奇跡的なことなんですね(^^;

 

そう考えると、

私たちは、

生きているだけでも価値がある、

「有り難い」

という感謝の気持ちが湧いてきます。

 

「生きてるだけで丸儲け」

(明石家さんまさんの名言)

 

ほんと、そうですね!

 

 

3、「プラス発想をする」

 

さきほども申し上げましたが、

 

「マイナスの中にもプラスを見い出す」

 

ということです(^^)

 

 

たとえば、

ものすごくつらい立場に

立たされたようなときでも

 

「これは大自然からの

何かのメッセージであろう」

 

と考えるのです。

 

そんなことはできないと

思われるかもしれません。

 

だが

サムシング・グレートが

あらゆる生命体の

生みの親であることを

考えれば、

本当に親が子供のために

悪いことをするはずが

ないのです。

 

そういう考え方をすれば、

どんなことも

「天からの試練」

として受け止められる。

 

自分にとって

不利な状況の時こそ、

プラス発想が必要なのです。

 

 

頭ではわかっていても、

この境地に至るのは、

なかなか難しさも感じますが(^^;

苦しい時こそ、

このように考えたいものですね・・・

 

そうすれば、

眠っている遺伝子の一部が、

ONになるかもしれません(^^)

 

 

 

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以上、

村上和雄先生の、

生命の暗号

という本の中から、

私が印象に残ったところを、

紹介・解説してきました。

 

「遺伝子ON」

という観点から、

科学者らしからぬ(?)

「生きる知恵」

を、わかりやすい言葉で

教えていただける本です。

 

文庫本も出ていますので、

皆様も、是非、

GWにご一読されるのは

いかがでしょうか(^^)

 

あっ、

もう一冊、

おすすめの本がありました(^^;

 

アホは神の望み

 

 

タイトル、いいですね(笑)

 

「素直で正直、

器が大きなアホであれ!」

 

次回、紹介・解説しますね(^^)

 

今回も、

最後までお読みくださいまして、

誠に有り難うございました😊

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

200万部突破!

ミリオンセラーの

 

嫌われる勇気

 

 

の内容で、

私の印象に残ったところを、

少しずつ紹介、解説してきました。

 

今回で、

最終回です(^^;

 

この本、

哲人(岸見一郎先生)と、

悩み多き青年(古賀史健さん)

の対話形式で進みます。

 

前回は、

「共同体感覚」

「勇気づけ」

について触れましたが、

 

今回は、その

「共同体感覚」

を持てるようになるために必要なこと

を中心に、

解説していきますね(^^)

 

「共同体感覚」

とは、

 

「自己の執着」

「他者への関心」

に切り替えること

 

ですが、

それには、

3つの要素が必要になるといいます。

 

(1)「自己受容」

(2)「他者信頼」

(3)「他者貢献」

 

(1)自己受容

 

自己受容は、

自己肯定とは違います。

 

<哲人(岸見先生)>

 

自己肯定とは、

できもしないのに

「わたしはできる」

「わたしは強い」と、

自らに暗示をかけることです。

 

これは

優越コンプレックスにも

結びつく発想であり、

自らに嘘をつく生き方でも

あるといえます。

 

一方の自己受容とは、

仮にできないのだとしたら、

その「できない自分」を

ありのままに受け入れ、

できるようになるべく、

前に進んでいくことです。

 

自らに嘘をつくものでは

ありません。

 

もっとわかりやすくいえば、

60点の自分に

 

「今回はたまたま

運がわるかっただけで、

ほんとうの自分は

100点なんだ」

 

と言い聞かせるのが

自己肯定です。

 

それに対し、

60点の自分を

そのまま60点として

受け入れた上で、

 

「100点に近づくには

どうしたらいいか」

 

を考えるのが

自己受容になります。

 

 

「自己肯定」と、

「自己受容」の定義は、

いろいろありますが、

 

この本でいう

「自己肯定」は、

安直なプラス思考に似ていますね(^^;

 

それでは、

いずれ行き詰ってしまいます・・・

 

対して、

「自己受容」

は、地に足が着きつつも、

とても前向きな気がします(^^)

 

「変えられないもの」

に注目するのではなく、

「変えられるもの」

に注目するということですね。

 

有名な、

「ニーバーの祈り」

が引用されていますが、

過去ブログ

 

 

でも取り上げていますので、

よかったらご参照ください(^^)

 

(2)「他者信頼」

 

「信用」と「信頼」

は違うといいます。

 

「信用」

とは、条件付きの話ですね。

 

たとえば、

銀行の融資には、

担保が必要になるといったことです。

(信用調査とか、いいますよね)

 

対して、

「信頼」

とは、無条件に相手を信じること。

 

無条件?

 

う~ん・・・

 

それで、裏切られたら、

けっこうショックだし、

傷つきますよね。

 

 

<哲人(岸見先生)>

 

あなたはいま、

しきりに

「裏切られたとき」

のことばかり

心配している。

 

そこで受ける

傷の痛みばかり

注目している。

 

しかし、

信頼することを

怖れていたら、

結局は誰とも

深い関係を築くことは

できないのです。

 

 

たしかに・・・

 

裏切るかどうかは、

他者の課題であるといいます。

 

でも、

裏切られた時の

怒りや悲しみはどうすればいい?

 

 

<哲人(岸見先生)>

 

悲しいときには、

思いっきり悲しめばいいのです。

 

痛みや悲しみを

避けようとするからこそ、

身動きが取れず、

誰とも深い関係が

築けなくなるのですから。

 

 

・・・岸見先生は、

容赦ないですね(笑)

 

「信用」と「信頼」

については、

 

 

で詳しく解説していますので、

よかったらご参照ください(^^)

 

(3)「他者貢献」

 

「他者貢献」とは、

仲間である他者に対して、

なんらかの働きかけをしていくこと、

貢献しようとすること、

ですね。

 

しかし、

自己犠牲をしてまで、

周りに尽くすということでは

ないんです。

 

 

<哲人(岸見先生)>

 

他者貢献が意味するところは、

自己犠牲ではありません。

 

むしろアドラーは、

他者のために

自分の人生を

犠牲にしてしまう人のことを、

「社会に過度に適応した人」

であるとして、

警鐘を鳴らしている

くらいです。

 

そして

思い出してください。

 

われわれは、

自分の存在や行動が

共同体にとって

有益だと思えたときにだけ、

自らの価値を

実感することができる。

 

そうでしたね?

 

つまり

他者貢献とは、

「わたし」を捨てて

誰かに尽くすことではなく、

むしろ

「わたし」の価値を

実感するためにこそ、

なされるものなのです

 

 

「わたし」の価値を実感するため。

 

すなわち、

他者貢献するのは、

「自分のため」

でもあるんですね(^^)

 

で、他者貢献とは、

必ずしも、

目に見える貢献でなくとも、

かまわないといいます。

 


<哲人>

 

あなたの貢献が

役立っているかどうかを

判断するのは、

あなたではありません。

 

それは

他者の課題であって、

あなたが介入できる

問題ではない。

 

ほんとうに

貢献できたかどうかなど、

原理的にわかりえない。

 

つまり

他者貢献していくときの

われわれは、

たとえ目に見える貢献

でなくとも、

「わたしは誰かの役に

立っている」

という主観的な感覚を、

 

すなわち

「貢献感」を持てれば、

それでいのです。

 

(中略)

 

「幸福とは、貢献感である」

 

それが、

幸福の定義です。

 

 

「幸福とは、貢献感である」

 

う~ん、

その通りですね・・・

 

たしかに、

貢献感を感じられるときは、

幸福感も味わえる気がします😊

 

この貢献とは、

必ずしも、他者の承認は必要ない、

いわば、

自己満足でいいのです(^^)

 

そう考えると、

ちょっと気がラクになりますね(^^;

 

また、

貢献は、特に生産的でなくとも、

かまわないと思います。

 

たとえば、

私たちは、みな、

年老いたら、

生産的な活動はできなくなります。

 

しかし、

存在すること自体で、

貢献することはできます。

 

たとえば、

「共感」や「感謝」の言葉を、

他者に伝えることはできます。

(勇気づけ、ですね)

 

ちなみに、

私の老後の理想は、

他者に、

「共感」や「感謝」の言葉を

惜しみなく伝えられる

爺さんになることです(^^;

 

 

でも、述べさせていただきましたので、
よかったらご覧ください(^^;
 
とはいえ、
私は、まだ人生の正午。
 
まだまだ老後は先(^^;
 
元気なうちは、
なるべく社会通念にとらわれることなく、
自分なりの最高価値に生きる!
(すなわち、心ゆたかに生きる)
 
そして、
その行動やアウトプットを通じて、
他者に貢献する!
 
そんな人生を歩んでいきたいと、
考えています😊
 
 
---------------------------------------------
 
 
以上、
今回、だいぶ駆け足になりましたが、
計12回にわたって、
の内容を、
紹介、解説させていただきました(^^;
 
まだ、本の後半、
ラスト部分の
 
「幸福について」
「自己実現について」
「普通であることの勇気について」
「人生について」
 
は紹介していませんが、
そこは、
是非、実際に
本をお読みいただければと思います!
 
(読了後、霧が晴れたような、
前向きな気持ちになれますよ!)
 
ちなみに、
既にお読みになった方は、
続刊的な位置づけの、
 
 
はいかがでしょうか。
 
「岸見アドラー心理学」
がより深く理解できますよ(^^)
 
シンプルに、
アドラー心理学を解説している本だと、
 
 
があります。
 
ほどページ数がありませんので、
入門書として、おすすめです(^^;
 
また、
アドラー本では、
過去ブログでも紹介した、
小倉広さんの一連の本、
 
小倉さんの本は、
とても文章がわかりやすく、
ご自身の失敗談が多いので
親近感が湧きます(^^;
 
特にビジネス関係で、おすすめです(^^)
 
また、
岩井俊憲さんも
多くの著作を出されており、
おすすめします(^^)
 
 
のブレイク以来、
アドラー心理学ブームが続いていますが、
時代の要請というか、
今こそ、
アドラー心理学の叡智が、
求められている気がします。
 
 
今回も、
最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊
 
おかげさまで、
読んでいただける皆さまがいるからこそ、
こうやって、ブログを書くことができます😊
 
改めて、感謝申し上げます!
 
次回は、
別の本を紹介させていただきます。

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

200万部突破!

ミリオンセラーの

 

嫌われる勇気

 

 

の内容で、

私の印象に残ったところを、

少しずつ紹介、解説しています。

 

今回で、11回目になりました(^^;

 

この本、

哲人(岸見一郎先生)と、

悩み多き青年(古賀史健さん)

の対話形式で進みます。

 

前回から、

 

「課題の分離」

から

「嫌われる勇気」

 

の考え方を、

紹介、解説してきましたが、

 

今回は、

「共同体感覚」

から

「勇気づけ」

 

の考え方を、

紹介、解説していきたいと思います(^^)

 

「課題の分離」

は、

対人関係のスタートにすぎないといいます。

 

では、ゴールは?

 

「共同体感覚」

です(^^)

 

 

<哲人(岸見先生)>

 

もしも他者が

仲間だとしたら、

仲間に囲まれて

生きているとしたら、

われわれはそこに

自らの

「居場所」

を見い出すことが

できるでしょう。

 

さらには、

仲間たち

―つまり「共同体」―

のために

貢献しようと

思えるようになるでしょう。

 

このように、

他者を仲間だとみなし、

そこに

「自分の居場所がある」

と感じられることを、

共同体感覚といいます。

 


課題を分離しただけでは、

たしかに、

人間は孤独に陥るイメージ

があります。

 

そこで、次のステップとして、

他者を仲間だとみなし、

そこに、自分の居場所があると

感じられる必要があるということですね。

 

では、

どのようにして、

共同体感覚を育んでいくのか?

 

カギになるのは、

 

「横の関係」

 

という概念だといいます。

 

どういうことか。

 

たとえば、

親子関係の場合は、

ほめてもいけないし、

叱ってもいけないといいます・・・

 

ええっ?

 

よく人は、

ほめて伸ばせといいますよね。

 

叱ってもいけないというのは、

わかるような気がしますが、

ほめてもいけないというのは、

どういうことなのでしょうか?

 

 

<哲人>

 

ほめるという行為には、

「能力のある人が、

能力のない人に下す評価」

という側面が

含まれています。

 

夕飯の準備を

手伝ってくれた子どもに対して

「お手伝い、えらいわね」

とほめる母親がいる。

 

しかし、

夫が同じことをした場合には、

さすがに

「お手伝い、えらいわね」

とはいわないでしょう。

 

 

う~ん、

 

確かに、この場合、

子どものことを

無意識に低く見ているというのは、

あるのかもしれません(^^;

 

これは、

「横」ではなく、

「縦の関係」

なんですね。

 

もちろん、

「縦の関係」

も大事です。

 

親子関係は、

家族心理学の観点からみると、

健全な世代間境界、

すなわち、

「縦の関係」

も必要ですし、

(母子連合ではなく、

夫婦連合をしっかり形成するということ)

 

会社組織でも、

実際に動かす指揮系統としては、

一定の上意下達、

すなわち、

「縦の関係」

が現実的には必要です。

(ただ、今後は

緩くなっていくとは思いますが)

 

しかし、

人間関係は、

やっぱり、

「上から目線」の

「縦の関係」

ではなく、

上も下もない、対等な、

「横の関係」

だという意識を持っていた方が、

スムーズにいくケースが

多いように思います。

 

会社組織の中でも、

「役割」としては、

上下がありますが、

「人間」としては、

あくまで対等なわけですから(^^;

 

だから、

「横の関係」

として考えると、

「ほめてはいけない」

ということになるのでしょうが・・・

 

ただ、


ちょっと、

そこは、私、

最初にこの本を読んだ時から、

いまいち腑に落ちない

ところがありました。

 

「どんな場合でも、

ほめてはいけないのか?」

と。

 

ずっと、

そこがモヤモヤしていたのですが、

野口嘉則さんから

カウンセリングの考え方を学ぶ過程で、

私なりに

「なるほど!」

と思うことができましたので、

シェアさせていただきますね。

 

それは・・・

 

たとえば、親子関係の場合だと、

 

親主体の「ほめる」は×

子ども主体の「ほめる」は〇

 

ということです(^^)

 

どういうことか?

 

親主体の「ほめる」とは、

たとえば、

子どもが、

手伝いをしてくれたときに、

親が、

「えらいね!」

ということです。

 

これは、

上の人が、下の人を、

「操作」

する狙いがあるといいます(^^;

(無意識かもしれませんが、

たしかに、そうかも)

 

それによって、

また手伝いをするように

仕向けたいという意識がある

ということでしょうか。

 

これを繰り返すと、

ほめてくれない限り、

手伝いをしなくなるという

恐れがあります。

 

では、

どうすればいいのか?
 

この場合は、

「感謝」や「尊敬」を表現する、

 

すなわち、

 

「ありがとう!」

「助かったよ!」

という感謝の言葉を伝える

 

ということです(^^)

 

さらに、

Iメッセージで、

 

「嬉しいよ♪」

 

という言葉も加えると

いいかもしれません(^^)

 

それによって、

子どもは、

「誰かの役に立っている」

という

「貢献感」を

自然に感じることができます。

 

それが、

「共同体感覚」

につながります。

 

ほめられなくても、

誰も見ていなくても、

再び、お手伝いをすることになるでしょう。

 

これが、

いわゆる、

「勇気づけ」

なんですね😊

 

(「感謝」は、

最大の勇気づけになるといいます)

 

では、対して、

子ども主体の「ほめる」とは、

どういうことでしょうか?

 

たとえば、

子どもが、逆上がりがなかなかできず、

ようやくできるようになった。

 

「おかあさん、みてみて、

逆上がりできたよ!」

 

この場合、

先ほどのように、

親が、

「ありがとう!」

「嬉しいな♪」

というのは、

ちょっと不自然ですよね・・・(^^;

 

この場合は、

子どもが主体なので、

「うわっ、すごいね!」

と素直に、

ほめてあげればいいんです(^^)

 

この場合は、

ほめることが、

最大の

「勇気づけ」

になると思います😊

 

ですので、

「ほめてはいけない」

は、あまり厳密にとらわれすぎず、

おおまかな考え方として、

 

自分(親・上司)主体の「ほめる」は×

相手(子・部下)主体の「ほめる」は〇

 

ということを覚えておくと、

有益だと思います。

 

参考にしていただければ嬉しいです(^^)

 

ちなみに、

カウンセリングの場合も、

同じ考え方で、

 

カウンセラー主体の「ほめる」は×

クライアント主体の「ほめる」は〇

 

となります(^^;

 

カウンセラー主体で、

クライアントをほめるのは、

いわゆる「操作主義」「誘導」につながります。

 

ほめることによって、

「早くよくなってほしい」

「それによって自分の有能感を感じたい」

これは、

カウンセラーのエゴです(・・;)

 

一方、

クライアント主体のほめる、

 

すなわち、

クライアントが、

ほめてもらいたくて

自分から話をした場合は、

 

(子どもが逆上がりができるようになったのを、

ほめてもらいたいときと同じような場合)

 

大いに、ほめて差し上げることが、

(映し返して差し上げることが)

クライアントの心を満たすことにつながります。

 

コフートの自己心理学の、

「映し返し」

「3つの極」

を満たすということですね。

 

ちょっと専門的な話になりましたが・・・

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回で、

この本の紹介は、

最終回にしますね(^^;

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

200万部突破!

ミリオンセラーの

 

嫌われる勇気


 

の内容で、

私の印象に残ったところを、

少しずつ紹介、解説しています。

 

中身の濃い本なので、

今回で、10回目になってしまいました(^^;

 

この本、

哲人(岸見一郎先生)と、

悩み多き青年(古賀史健さん)

の対話形式で進みます。

 

前回から、

 

「課題の分離」

 

について、

紹介、解説しています(^^)

 

今回は、

この本のタイトルでもある、

 

「嫌われる勇気」

 

について、

述べられているところを、

紹介しますね(^^)

 

いわば、

この本のクライマックスです!

 

 

<哲人(岸見先生)>

 

すなわち、

「自由とは、

他者から嫌われることである」

と。

 

<青年(古賀さん)>

 

な、なんですって!?

 

 

うわっ、

ズバリ、きましたね(^^;

 

ちなみに、

私が持っている本は、

2刷(まだブレイクする前)ですが、

帯に、この言葉、

 

「自由とは、

他者から嫌われることである」

 

がキャッチで使われています(^^;

 

 

(なんと、伊坂幸太郎さんのコメントも、

入っていますよ!)

 

<哲人>

 

あなたが誰かに

嫌われているということ。

 

それはあなたが

自由を行使し、

自由に生きている証であり、

自らの方針に従って

生きていることの

しるしなのです。

 

<青年>

 

い、いや、しかし・・・

 

<哲人>

 

たしかに

嫌われることは苦しい。

 

できれば誰からも

嫌われずに生きていたい。

 

承認欲求を満たしたい。

 

でも、

すべての人から

嫌われないように

立ち振る舞う生き方は、

不自由きわまりない

生き方であり、

同時に

不可能なことです。

 

自由を行使したければ、

そこにはコストが伴います。

 

そして

対人関係における

自由のコストは、

他者から嫌われること

なのです。

 

(中略)

 

他者の評価を気にかけず、

他者から嫌われることを

怖れず、

承認されないかもしれない

というコストを

支払わないかぎり、

自分の生き方を

貫くことはできない。

 

つまり、

自由になれないのです。

 

<青年>

 

・・・先生は、

わたしに

「他者から嫌われろ」と?

 

<哲人>

 

嫌われることを怖れるな、

といっているのです。

 

 

もちろん、

あえて、他者から嫌われるように

振る舞う必要はないと思います。

 

嫌われないに越したことは

ありません。

 

特に職場では、

やっぱり、極力、

敵は作らない方がいいですし・・・

 

しかし、

すべての人から好かれようとすると、

疲れるし、しんどいし、

いずれ、ボロが出て破綻してしまいます。

 

それは不可能です(^^;

 

よく、

人が10人いれば、

 

2人は、あなたのことが好き、

6人は、どちらでもない、

2人は、あなたのことが嫌い、

 

だと言われます。

 

これは、

場所を変えても、人を変えても、

同じだと思います。

 

私は、けっこう八方美人タイプなので、

嫌われることを、

怖れてしまいがちですが(^^;

 

「嫌われる勇気」

 

正確には、

 

「嫌われることを怖れない勇気」

 

を持ちたいです!

(と、自分に言い聞かせています)

 

<哲人>

 

(中略)

 

ただ課題を分離するのです。

 

あなたのことを

よく思わない人がいても、

それはあなたの課題ではない。

 

そしてまた、

 

「自分のことを、

好きになるべきだ」

 

「これだけ尽くして

いるのだから、

好きにならないのは

おかしい」

 

と考えるのも、

相手の課題に介入した

見返り的な発想です。

 

 

課題を分離する以上、

相手の課題にも踏み込まない

(変えようとしない)

ということですね。

 

 

哲人(岸見先生)は、

対人関係のカードは、

常に「わたし」が握っているといいます。

 

<哲人>

 

多くの人は、

対人関係のカードは

他者が握っていると

思っています。

 

だからこそ

 

「あの人は

自分のことをどう

思っているんだろう?」

 

と気になるし、

他者の希望を満たすような

生き方をしてしまう。

 

でも、

課題の分離が理解できれば、

すべてのカードは

自分が握っていることに

気がつくでしょう。

 

これは新しい発見です。

 

(中略)

 

対人関係というと、

どうしても

「ふたりの関係」や

「大勢との関係」

をイメージしてしまいますが、

まずは自分なのです。

 

承認欲求に縛られていると、

対人関係のカードは

いつまでも他者の手に

握られたままになります。

 

人生のカードを

他人にゆだねるか、

それとも自分が握るのか。

 

課題の分離、

そして自由について、

もう一度

ご自宅でゆっくりと

整理されてみてください。

 

 

対人関係は、

まずは自分、

自分がどうあるか、

 

そして、

対人関係のカードは、

常に「わたし」が握っている。

 

他者がどうするかは、

他者の課題。

 

忘れないようにしたいですね(^^;

 

 

最後に、

 

 

でも、紹介いたしましたが、

野口嘉則さんが

自分を勇気づけるために書かれた「詩」が、

とても好評だったので、

再度、引用させていただきますね(^^;

 

よろしければ、

繰り返し、

味わいながら、

読んでみてください・・・

 

 

「僕がすること」

 

僕が僕の欲求を

大切にすることによって、

僕を嫌う人がいるとしたら、

僕を嫌いになってくれたほうが

いい。

 

僕が僕の気持ちを

大切にすることによって

僕から離れていく人が

いるとしたら、

離れていってくれたほうが

いい。

 

その人たちが僕を嫌って

離れていってくれたら、

僕はますます

自分のことを大切にしやすく

なる。

 

逆に、

その人たちと

仲良くし続けようとしたら、

僕は自分の欲求や気持ちを

永遠に抑え続けなければ

ならない。

 

だから、

僕が僕を大切にすることに

よって、

僕を嫌って離れていく人が

いるとしたら、

そうしてくれたほうがいい。

 

だれが僕のことを

嫌いになろうとも、

だれが僕から

離れていこうとも、

 

僕がすることは

僕自身を大切にすること。

 

僕自身の味方になること。

 

僕自身をゆるし、愛すること。

 

 

 

 

今回も最後まで、

お読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回に続きます・・・