ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
野球、侍ジャパン、
悲願の金メダル、おめでとうございます!
・・・さておき(笑)
このブログでは、
世界的なスピリチュアルリーダー、
エックハルト・トールさんのロングセラー、
の内容で、
私が「なるほど」と思ったところを、
紹介・解説しています。
今回で3回目ですね(^^;
前回、
「思考」(自動思考)
に操られないためには、
「思考を客観的にながめる」
ことだと述べました。
そのための手法として、
「マインドフルネス瞑想」や
「動作に全意識を集中させる」
ことを紹介しました。
では、
「感情」
はどうなのでしょうか。
エックハルト・トールさんは、
こう述べます。
感情は、
心とからだの接点から
発せられるものです。
感情は
思考の状態に応じた、
からだの反応なのです。
思考の状態が、
からだに、
鏡のように映し出されたもの、
と言えば、
わかりやすいでしょうか。
なるほど~
「感情」とは、
「思考」が鏡のように
体に反映されたものなのですね。
たとえば、
攻撃的な考えや敵意は、
怒りのエネルギーを
体に蓄積します。
からだは、
戦いに備えているのです。
肉体的に、
または
心理的に
自分がおびやかされている、
という考えを抱くと、
からだが収縮します。
これは恐怖心が、
かたちになって、
からだに表れたのです。
強い感情は、
からだに、
生化学的変化さえ
及ぼすことが、
最近の研究で
明らかになっています。
これも、
感情のからだへの
物理的な表れなのです。
わたしたちは、
自分がどんな感情を
抱いているかを、
いつも自覚している訳では
ありません。
自分の激しい感情から、
やっと自分の思考活動に
気づくことのほうが
多いのではないでしょうか。
たしかに、
「感情」、
特に「怒りの感情」は、
体に出ますよね(^^;
頭に血が上る感じがしたり、
体が熱くなったり、硬くなったり、
呼吸が浅くなったり・・・
では、
「思考」と「感情」
が違う場合は、
どうなのでしょうか。
たとえば、
思考は「ダメダメ」
といっているのに、
感情は「いいぞ」
といっている場合は?
自分の思考の状態を、
ほんとうに知りたいと
望んでいる時には、
からだはちゃんと、
正確な情報を
フィードバック
してくれるものです。
(中略)
思考と感情のあいだに、
明らかにギャップがある場合、
思考が「ウソ」で、
感情が「ほんもの」です。
感情は、
その人の人間性を表す、
真実というわけでは
ありませんが、
それでも
その時点での
「本音」であることは
確かです。
(中略)
自覚されない
潜在意識の活動は、
かならず感情というかたちで、
体に反映されてきます。
そこではじめて、
潜在意識の活動に
気づくのです。
「感情」は、
その時点での
「本音」。
本音が自覚されない場合でも、
「感情」という形で、
体に表面化するのですね。
あまりにも強い感情
(特に怒りの感情)
を抑圧すると、
体に影響が出る、
すなわち、
病気になってしまうことも
あるといいます。
これらの痛みが、
からだに積もったものを、
「感情の痛み」
すなわち、
「ペインボディ」
と、著者は名付けています。
この「ペインボディ」が、
(思考と同じく)
無意識に、
私たちをコントロールしてしまうことが
あるんですね。
では、
この「感情の痛み」
=「ペインボディ」
を溶かすには、
どうすればいいのか。
「思考」と同じく、
それを自覚して、
客観的にながめる、
観察することだといいます。
ただし、
「怒り」などの攻撃的な感情の場合は、
「感じて、味わう」と、
怒りの感情が増幅してしまうことがあります。
(これは、この本からではなく、
私が野口嘉則さんから学んだ考え方ですが)
その場合は、
「怒り」(二次感情)の元になっている
感情(一次感情)を探るのです。
たとえば、私、
恥ずかしながら、
今日、妻に対して、
「ムカッ」と、
感情的になってしまったのですが(^^;
怒りは「二次感情」
だとすると、
怒りの直前の感情、
「一次感情」は・・・
う~ん・・・
「妻に大切にされていないかも」
という
「悲しみ」や、
「軽く見られているかも」
という
「みじめ」
な気持ちでしょうか・・・
ただ、
その気持ちを感じることが、
正直、怖い・・・
自分が弱体化するような気がして、
受け入れられないために、
「悲しみ」や「みじめさ」
といった一次感情を、
「怒り」
という二次感情に
すり替えていたんですね(^^;
こういった、
ネガティブな一次感情って、
なかなか受け入れられない。
心理学で、
「見つめる自分」
(インナーペアレント)と、
「見つめられる自分」
(インナーチャイルド)
といいますが、
「見つめる自分」って、
「見つめられる自分」に対して、
けっこう手厳しいんですね。
「悲しい自分」や
「みじめな自分」
に対して、
「情けない・・・」
「そんなんじゃだめだ」
「それでも男か」
「もっと強くなれ」
といった感じで、
けっこう辛辣になりがちなんです(^^;
(自分の弱さを受け入れらない、
ほんとうの意味で強くないからなんですが)
だから、
「怒り」の感情に転化してしまう・・・
では、どうすればいいのか?
「見つめる自分」
が受容的になればいいんです(^^)
たとえば、
今日の私の場合だとすると、
怒りの感情が湧いてきたら、
「そりゃ、ムカッとするよね」
「ムカッとするのも無理はないよ」
と支持する。
一次感情が見えてきたら、
「悲しかったんだね」
「そりゃ悲しいよ」
「みじめな気持ちを
味わいたくなかったんだね」
「うんうん、わかるよ」
「みじめな気持ちを
感じてもいいんだよ・・・」
といった感じで、
湧いた感情を受け入れるんですね。
これは、
実際はなかなか難しくて、
その場面では、
とっさには、なかなかできないものですが、
(私もご多分に漏れずです(^^;)
少し時間を置いてからでもいいので、
感情を受容的に感じることを意識すると、
「怒り」に振り回されにくくなりますよ。
ちなみに、
カウンセリング用語で、
クライアントさんの考え、感情、
行動の妥当性を認め、
理解を示すことを、
「支持」といいますが、
私も、実際にカウンセリングや
コーチングをさせていただく際には、
それをとても重視します。
「自分の感情を感じて味わう」
自分一人では、
なかなか難しい時には、
信頼できるカウンセラーに
共感的に話を聞いてもらうと、
それが、
手厳しい「みつめる自分」
(インナーペアレント)
が徐々に
「みつめられる自分」
(インナーチャイルド)
に対して受容的になることに
つながっていくと思います(^^)
次回に続きます(^^;
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました。








