ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
今から遡ること約2000年前、
ローマ帝国時代のストア派の哲学者、
セネカさんの著作、
を読んで、私がなるほどと思ったところを、
紹介・解説しています(^^)
今回で3回目です。
前回は、
「人は、人生の多くの時間を
浪費してしまう」
という、
セネカさんの説を紹介しました。
なぜ、浪費してしまうのか。
他人や、一時的な感情に振り回され、
自分を見失うから。
それは、なぜか。
自分の心を見つめることを
しないから。
だというのです(^^;
だから、
人は、人生の多くの時間を
浪費してしまう・・・
いったい、
どうしてこんなことに
なってしまうのだろう。
それは、
あなたたちが、
まるで永遠に
生きられるかのように
生きているからだ。
どきっ・・・
たしかに、子どもの頃は、
自分は永遠に生きられると、
思っていたような・・・
いや、
今でも、正直、
自分の人生が終わることは、
実感としては、
なかなか湧いてこないかも・・・(^^;
あなたたちが、
自分のもろさに
いつまでも
気づかないからだ。
あなたたちが、
どれだけたくさんの
時間が過ぎてしまったかを、
気にもとめないからだ。
あなたたちが、
まるで豊かにあふれる泉から
湧いてくるかのように、
時間を無駄遣いしているからだ。
たぶん、
そんなことをしているうちに、
あなたたちの最後の日となる、
まさにその日が
やってくるのだろう―
まあその日だって、
[自分のためでなく]
別のだれかや、
別の用事のために
使われているわけだがね。
あなたは、
たくさんの人たちが、
こう言っているのを
耳にするだろう―
五十を過ぎたら
仕事を引退しよう。
六十になれば、
公の役目からも
解放されることだろうと。
だが、
あなたがそんなに
長生きする保証が、
どこにあるというのか。
あなたの思い通りに
計画が進むことを、
だれが許したというのか。
今の感覚だと、
65歳くらいで仕事を引退・・・
というのが、一般的かもしれませんが、
でも、考えてみたら、
そこまで生きる保証はないわけです(^^;
人生の残りかすを
自分のために取っておき、
善き精神的活動のために、
もうなんの仕事も
できなくなった時間しか
あてがわないなんて、
恥ずかしいとは思わないのか。
生きることをやめなければ
ならないときに、
生きることを始めるとは、
遅すぎるのではないか。
自分が死すべき存在
ということを忘れ、
五十や六十という歳になるまで
賢明な計画を先延ばしにし、
わずかな人たちしか
達することのない
年齢になってから
人生を始めようとするとは、
どこまで愚かなのか。
そうですね・・・
今は苦しくても、
ひたすら我慢して、お金を貯めて、
老後に人生を謳歌しようと思っても、
その時に健康である保証は
どこにもないわけです。
なのに、私たちは、
つい、人生を先送りしてしまう・・・
そして、
「いま、ここ」
をおろそかにしがちです(^^;
先見の明があると
自惚れている人たちの
意見くらい、
信用できないものがあろうか。
彼らは、
よりよく生きられるようにと、
多忙をきわめている。
生を築こうとして、
生を使い果たしてしまう。
彼らは、
遠い将来のことを考えて
計画を立てる。
ところが、
先延ばしは、人生の最大の
損失なのだ。
先延ばしは、
次から次へ、
日々を奪い去っていく。
それは、
未来を担保にして、
今この時を奪い取るのだ。
生きるうえでの
最大の障害は期待である。
期待は明日にすがりつき、
今日を滅ぼすからだ。
あなたは、
運命の手の中にあるものを
計画し、
自分の手の中にあるものを
取り逃がしてしまう。
あなたは、
どこを見ているのか。
あなたは、
どこを目指しているのか。
これからやってくることは、
みな不確かではないか。
今すぐ生きなさい。
みよ、
最も偉大な詩人が叫んでいる。
彼は、
まるで神の言葉を
吹き込まれたかのように、
救いの詩をうたっている。
哀れな死すべき人間にとって、
人生最良の日は、
まっさきに逃げていく。
先延ばしをせずに、
未来に期待せずに、
「今を生きる」
スティーブ・ジョブズさんは、
「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」
マハトマ・ガンジーさんは、
「明日死ぬと思って生きなさい。
永遠に生きると思って学びなさい」
という名言を残されましたが、
今を大切に生きることが、
結果的に、
充実した人生を過ごすことにつながることは、
間違いないと思います。
う~ん、でも・・・
そうはいっても・・・
なかなかそこまで、
日々、「明日死ぬかも」
という覚悟を持って生きるのは、
しんどいですよね。
たまには、無駄なこと、
浪費や息抜き、
寄り道もしたいし・・・(笑)
日々の生活の雑事もありますし・・・
では、どうすれば・・・
ヒントになる考え方として、
名著、「7つの習慣」では、
第3の習慣として、
「最優先事項を優先する」
という考え方が紹介されています。
過去ブログ記事、
でも紹介させていただきましたので、
よかったら参考にしてください。
「緊急ではないが、重要である」
という
「第二領域」を優先させるということですね。
そのコツとしては、
スケジュールを立てる時には、
「第二領域」から埋めていくということです。
(大きな石のたとえで説明されています)
これは、私も実践しています(^^;
それから、
私が敬愛する、
小説家の遠藤周作さんの
「生活」と「人生」は別。
という考え方があります。
これも、過去ブログ記事で、
紹介させていただきました(^^)
「生活」とは、
食い扶持を稼ぐ仕事や、家事、日々の雑事など、
生きていくために必要なことです。
(いわば、現実論)
「人生」とは、
自分らしく、自分の価値観で生きることでしょうか。
(いわば、理想論)
もちろん、「生活」は大事です。
マズローの欲求5段階説でも
述べられているように、
やはり、まずは衣・食・住が充実していないと、
「人生」どころではないと思います。
私は、スタンスとして、
決して、「生活」は軽視しません。
「生活」に追われつつも、
食べるために必死で生きている人たちには、
親近感を抱きます。
(私もそうなので(^^;)
しかし、
「生活」だけで生きるのは味気ない。
やはり、せっかく生まれてきたからには、
「自分らしい人生」も謳歌したい。
そのためには、
「生活」の中に、うまく、
「人生」の要素を組み入れていくことが、
悔いのない一生を送るためのポイントだと
考えています。
最近だと、
山口周さんと尾原和啓さんが、
という本の中で、
「ライスワーク」と「ライフワーク」
という考え方を語られていました。
アフターコロナの時代、
たとえば、仕事で考えると、
「ライスワーク」
(食い扶持を稼ぐ仕事)
だけでなく、
副業や兼業として、
「ライフワーク」
(精神的に満たされる仕事)
を組み入れていくことが、
豊かな人生を過ごすために
重要だとおっしゃっています。
共感します・・・
仕事に限りませんが、
皆さんには、
「自分らしい人生」
「ライフワーク」といえるものは、
ありますか?
・・・ちなみに、
私のライフワークは、
「カウンセラー」(メンタルコーチ)として、
引き続き、心の学びと実践を、
続けていきたいと考えています(^^;
それから・・・
仕事というわけではないのですが、
たとえば、このブログは、
おかげさまで、
「心ゆたかに生きる」
という「ライフワーク」のひとつとして、
楽しませていただいております(^^)
これも、ひとえに、
読んでくださる読者の方がいるおかげです。
・・・何だか、
感謝の気持ちが湧いてきました🍀
皆様、いつも、
本当に有り難うございます😊
次回も、もう少し、
この本から引用させていただきますね(^^;
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)
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長野県別所温泉にある、
八角三重塔で有名な
「安楽寺」さんという
お寺の入り口にあった標語です。
・・・たしかに😊







