昨日、誕生日から一日遅れでCDを買ってもらいました。

まず、バルシャイのショスターコヴィチの交響曲全集。
ショスタコーヴィチの交響曲全集は、いずれ必ず欲しくなるものだから。
何より、HMVのネット通販で5,000円がタワーの店舗で3,000円というのは、ポイント高い。
もう一つしか残っていなかったから。

これで3,000円、残り3,000円をどうするか。
これには迷いました。

ゲヴァントハウス弦楽四重奏団のベートーヴェン弦楽四重奏曲全集、3,000円。
バレンボイムのモーツァルのトピアノ協奏曲全集、3,000円。
ミケランジェリのDGボックス4,000円。
ブリュッヘンのベートーヴェン交響曲全集。
クレンペラーのロマン派交響曲集。
ルービンシュタインのショパン集。

どうしよう?

まず、ベートーヴェンのピアノソナタ全集は、先日弟が私に送ってくれた、イーヴ・ナットの全集があるから、とりあえずはパスかなと。
ブリュッヘンの全集は、とりあえずモノラルが半分とはいえ、ヨッフムの全集があるからパス。
ミケランジェリのボックス物は、値段オーバーのためパス。
ルービンシュタインのショパンは、あまり熱心にショパンを聴いていなかったので、好みに合わない可能性があるからパス。
そんなわけで、必ず一組は持っておかないと話しにならない、ベートーヴェンの弦楽四重奏全集に決まり。
ドイツの伝統的な団体のようです。
私としては、もっと即物的な演奏様式が好みですけど、これはこれで、ポイントが高いかと。

未練があるのが、クレンペラーのロマン派交響曲集。
シューベルト、シューマン、ベルリオーズ、フランク、メンデルスゾーン、四版・シュトラウス、ドヴォルザーク、チャイコフスキー。
ネットで見ると、HMVでは売り切れで注文できなくなっている。
もう、店舗で買うしかない。
何とか、給料日まで売れないで欲しい。

なにはともあれ、いい物を手に入れました。
じっくりと聴きます。
6月10日は、私の誕生日。
女友達とその姪っ子が、私にCDをプレゼントしてくれることになりました。
女友達が5,000円分、姪っ子が1,000円分、あわせて6000円分です。

さて、何を買ってもらおうか。
最近は、ボックス者が非常に安いです。
新譜が一枚に三千円するのに対して、ボックス物が、10枚3,000円なんてのもざらです。
そんなわけで、一枚ものを買うのは馬鹿らしいので、ボックス物を買ってもらうことにします。
一つ3,000円ぐらいだったら、ちょっと節約すれば、何とか決心が付くのですが、4,000円、5,000円となるとそうもいきません。
その辺を考慮して決めます。

そうすると、当然全集物です。
私の欲しいものは、ベートーヴェンの交響曲全集、ピアノソナタ全集、弦楽四重奏全集。
ブラームスの交響曲全集、ブルックナーの交響曲全集。
マーラーの交響曲全集、ショスタコーヴィチの交響曲全集です。

ベートーヴェンの交響曲全集は、今手元にヨッフムのものがあります。
ブラームスの交響曲全集とブルックナーの交響曲全集とセットになった、グラモフォンのものです。
演奏はいいのですが、ベートーヴェンの半分がモノラルです。
そんなわけで、ステレオのものが欲しいとも思えます。
そこで思い浮かべたのは、ブリュッヘンの旧全集。
古楽的アプローチの演奏を聴いてみたいからです。
4,000円。
ヴァイオリン協奏曲とプロメテウスの創造物が併録されているのもポイントが高いのですけど、交響曲に絞って、値段を抑えてくれた方がありがたいような気もします。
でも、どうしよう?
半分モノラルとはいえ、ベートーヴェンの交響曲全集はひとつ手元にあるし。

ブラームスの交響曲全集。
前述した、ヨッフムのボックス物に入っているけど、全部モノラル。
ブラームスの交響曲全集は、意外とコストパフォーマンスが悪くて、二枚三枚で四、五千円はすることが多い。
ヨッフムのボックス物として、EMIから、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーの交響曲全集と、モーツァルトの戴冠ミサとバッハのロ短調ミサとの組み合わせで5,000円。
これは全部ステレオ。
同じヨッフムの新旧を聴き比べをするのも一興だけど、同じ演奏家の同じ曲目をそろえるのもなんかなと。

ブルックナーの交響曲全集。
前述のグラモフォンのヨッフムボックスは、ブルックナーの全集が目当てで、他がモノラルなのを目をつぶって購入。
ヨッフムのロマン派的アプローチ以外のもっといかめしいのを聴きたいので、ヴァントのものに食指が。
3,000円。
これも決心が付けば、節約して買える。
他に朝比奈のも持っているし、あまりブルックナーばかりそろえるのも何かと。

マーラーの交響曲全集。
大地の歌が収録されてなかったり、交響曲第3番のアタッカの途中でCDの面が変わったりしてなかなか納得の行く全集がないのだけど、ブーレーズの全集は、この二つの条件をクリア。
広島で一番品揃えが多いタワーレコードで7,000円。
千円足せば、買えるのだけど、HMVのサイトでは5,000円。
いくら人に買ってもらえるとは言っても、これは問題。
主だった歌曲や嘆きの歌も入っていてポイントは高いのだけど。

ショスタコーヴィチの交響曲全集。
タワーの店頭では、バルシャイのものが3,000円。
HMVでは5,000円。
いいねいいね。
でも、これも決心が付いたときにまわしてもいいかなと。

あまり交響曲ばかりというのも偏っているので、他を考えてみる。

ベートーヴェンのピアノソナタ全集。
意外と安いものは少ない。
どうしても、5,000円6,000円はしてしまう。
タワーの店頭では、ポリーニ、アラウ、グルダ、バックハウス、ケンプを見かけた。
古い録音でも、値段が安くなっていない。
ポリーニ6,000円、アラウ5,000円あたりか。
ポリーニは、以前後期の5曲を聴いたことがあり、悪くはなかった。
アラウは、変奏曲集、特にディアベリ変奏曲が付いていてポイントが高い。
他にもグルダの協奏曲とセットで3,000円、これもそそられる。
でも3,000円だったら他の機会に決心すれば。
ベートーヴェンのピアノソナタ全集は、以前バックハウスのものを持っていたのだけど、弟に持っていかれてしまった。
もしも弟が戻してくれたら、たちまちはベートーヴェンのピアノソナタ全集は購入しなくて住むかと。

ベートーヴェンの弦楽四重奏全集。
ゲヴァントハウス弦楽四重奏団のもの、3,000円。
これはポイントが高い。
でも、以前ブダペスト弦楽四重奏団のものを持っていたのだけど、弟に持っていかれた。
これも戻してくれたら、たちまちは買わなくていい。

全集物だったら、こういったところだけど、演奏家ごとのボックス物もいいなと。

グラモフォンのミケランジェリボックス、4,000円。
目当てはドビュッシーの前奏曲第1巻、第2巻。
でも、ドビュッシーの前奏曲全集は、弟の持っていかれたものなので、これが戻ってきたらパス。

ベームのグラモフォン後期録音集。
お目当ては、チャイコフスキーの後期三大交響曲とドヴォルザークの新世界。
これは7,000円。
うーむ、どうしよう?

デッカのバックハウスの協奏曲録音集。
ベートーヴェンの協奏曲の旧録音なんかが入っていて、ポイント高いけど、なぜシューリヒト戸のブラームスの2番が入っていないのか?
没。

ルービンシュタインのRCAショパン録音集大成、10枚組み。
ショパンの主だった作品はほとんどそろうのでポイント大。
3,000円だし。
でも、どうしようかな?

同じルービンシュタインだったら、ブラームス集。
協奏曲、独奏曲もあるけれど、大半は室内楽曲。
渋い。
でも、私の好きな、間奏曲作品117-1が入っていないんですよね。
これも迷うところ。

ブーレーズ、コンダクツシェーンベルク。
同じくブーレーズのヴェーベルン全集。
オーマンディーのチャイコフスキー録音集。
タワーレコードの店頭で、何を買ってもらおうかと悩んで頭がくらくら。
誕生日まで、うれしい悩みは尽きません。
先日、司法書士試験の願書を出してきました。
7月5日が試験日です。

一応全部の科目をやりはしたのですが、まだまだ不十分です。
憲法と刑法に手をつけたのはつい先月のことです。
憲法と刑法は、司法試験の時よりも、ずいぶんと易しかったです。
でも、その分面白い論点まで入り込んではいませんでした。
もちろん、試験勉強としては、深入りは禁物ですけど。

先日ためしに憲法の過去問を解いてみました。
全問正解でした。
憲法の学習は、ずいぶんとブランクが空いていたのですが、私の憲法感覚はさび付いてはいませんでした。

次は、刑法の過去問を解いてみたいと思います。
刑法は出題数が少ないので、あまり時間はかけられないので、これ一回だけ過去問をといて、本番に臨みたいと思います。

それにしても、不動産登記法、商業登記法の難しいこと。
こっちを追い込みをかけなければいけないのですが。
マーラーの交響曲全集が欲しい。
でも、なかなか思い通りにはいかない。
なぜか?
それは、どの全集にも欠陥があるから。

まずは、交響曲の1番から10番まで、できれば10番はクック版でもその他の版でもいいから5楽章版がいい。
そうすると、ショルティが失格。
10番がない。

次に、これは大事なことなのだけど、交響曲「大地の歌」があるかどうか。
大地の歌にはいわくつきで番号がついていない。
そんなわけで、形式的に、大地の歌が欠けている全集がいかに多いことか。
失格があまりにも多い。
クーベリック、スヴェトラーノフ、小澤、若杉、アバド、マゼール、アブラヴァネル、シャイー、ギーレンそのた大勢。
バーンスタイン、シノーポリは、別の機会に録音したのを加えているから許す。
一番むかつくのは、ジンマン。
大地の歌の録音があるくせに、なぜか全集では、大地の歌が省かれている。
誰が買うものか。

でも、一番の不満は、交響曲第3番の扱いについて。
交響曲第3番は全6楽章の構成で、第4楽章から終楽章までアタッカ、すなわち切れ目なく演奏されるべき作品。
ところが、今発売されているマーラーの交響曲全集で、第4楽章から終楽章まで切れ目なく収録されているのは皆無。
みな、アタッカのところで切っている。
切るべきでない所で切っている。
たとえ、一枚多くなってでも、そのことは譲りたくない。

そんなわけで、マーラーの交響曲全集に買いたいというものが皆無。
レコード会社よ、そのことをまじめに考えろ!
今はCDは安い。
居酒屋二三回ぐらい我慢すれば、、全集が変えるのに。
費用対効果を考えると、全集を買えば、個別の演奏に飛びつかなくてすむので、結果としては経済的なのに。

ともあれ、この条件、第10番、大地の歌があること、第3番のアタッカが切れ目なく演奏されていること。
この件がクリアされていれば、飛びつきます。
今日、嬉しいことがありました。
突然、携帯が鳴りました。
長崎からでした。
前回の一斉地方選挙で市議に落選した人からです。
いったい何事があったのだろうかと、不安な気持ちで電話にでました。

すると、何のことはない、携帯の操作を間違えて、私にかけてきたようです。
嬉しい間違い電話です。

前回の選挙では、私も選対に入って支援をしました。
その結果が、落選でした。
私も非常に落胆しました。

でも、今日の電話では、声に活力がありました。
今回の選挙に賭ける意気込みが感じられました。
短い時間でしたが、お互いに近況報告をしました。

この短いやり取りで、こちらまで力が漲って来るようでした。
後三ヶ月。
もうすぐです。
陳舜臣が死去しました。
夕方、今日の新聞の死亡欄を見て知りました。
しばらく紙面に眼が釘付けになり、愕然とするともなく、なんとも妙な脱力感がありました。
陳舜臣は、私にとって、大切な作家でした。

阪神淡路大震災があったときに、真っ先に考えたことは、叔父一家のこととは別に、陳舜臣と朝比奈隆は無事だろうかということでした。
幸いにして、叔父一家も陳舜臣も朝比奈隆も無事でした。

私の思うに、日本語を学ぶ外国人に日本語の小説は何を読んだらいいかと聞かれたら、まず陳舜臣の小説をお薦めするでしょう。
陳舜臣は、非常に読みやすく風格のある文章を書く人です。
陳舜臣は、中国の歴史を扱った小説を多く書く人ですが、その作品は、中国史について知識のない人が読むことを前提として書かれています。
たとえば、日本の小説家が戦国時代を扱ったとき、信長だとか家康だとかを描くとき、ついつい読者が信長だとか家康だとかがどんな人物かを知っていることを前提として書きがちです。
陳舜臣は、中国の歴史を知らない日本人が読むことを前提として書いています。

蛇足ながら、陳舜臣は歴史小説家として知られていますが。、元々はミステリー作家として登場したことを忘れてはいけません。
その発想力が、歴史小説にも発揮されています。
たとえば、「三国志秘史」などがそうです。
多くの人が手垢がつくほど扱ってきた三国志の世界に、陳舜臣のミステリー作家としての発想力が加わって、三国志のマニアほど楽しめる作品になっています。

思えば、陳舜臣の膨大な作品のうちでも、私の読んだことのあるのはごく一部です。
まだまだ楽しみがたくさん残っていると思うと、わくわくします。
でも、本当はもっと長く生きて、もっとたくさんの作品を残して欲しかった。
欲を言えば、ミステリーを書いて欲しかった。
近年、ポツリと書いた、ミステリー作品の「夢ざめの坂」が心に残ったから。
あれなどは、陳舜臣以外には決して書けない世界でありましたから。

司馬遼太郎について言えば、司馬史観などということが言われていましたが、陳舜臣にも陳史観とでも言うべきものがあったと考えます。
それについては、また改めて考えてみたいと思います。
中国語は、声調言語です。
音の高い低いで、意味を区別します。
おなし母音子音でも、声調が違えば、全く意味が異なってしまいます。
また、声調を無視すれば、全く意味が通じなくなってしまうのです。

ところで、中国語の歌では、声調がメロディーにのって、消えてしまうとされています。
それでは、中国語の歌は、なにを歌っているか、意味が分からないのか?
そうではありません、聴いていて、意味が分かります。
それはなぜか、声調が消えているのに?

そのことに、一つ思い当たる節があります。
実は、声調というものは、音の高い低いだけではないということ。
同じ母音子音でも、声調が違うと 音の高い低い以外に、力の入れ方加減で音色が違うということ。
無意識のうちに、その事を聞き分けているので、歌を聴いても、歌詞の意味が分かるのではないのかと。

もしかしたら、声調というものは、力のいれ具合による音色の違いにその本質があるのではないかとふと思ったりもする、今日この頃です。
中国語の学習をするにあたって、と言うよりも、中国人と接するときに、不幸な人がいます。
同じ漢字を使っているということによります。
実は、私も不幸な人の一人です。
理由は後述。

まず、名前の意味が、中国語で悪い意味になる人。
たとえば、「我孫子」さん。
「我孫子」と言う言葉は、中国語では人を罵る言葉です。
大きな誤解を生む恐れがあります。
また、丑年を意味する「丑」の字を使っている名前の人。
「丑」と言う字は、中国では「醜」の字と発音が同じなので、「醜」という意味で使います。

もう一つは、中国では使われない文字を使った名前の人。
国字を使っている人などです。
「辻」さん、「畠山」さん「峠」さんなどなど。
いずれも国字なので、中国人に名乗るときには、ややこしくなります。

私の不幸な理由は、名前の中の「梶」の字が、現代の中国では、すでに使われなくなっていることです。
文字コードにもありません。
康煕字典には載っているはずなんですけど。

不幸だ。。。
中国語には、日本語や英語と違って、清音、濁音の区別がありません。
その代わり、同じ清音で、無気音、有気音の区別があります。
息を飲み込むか送り込むかの違いです。

ところで、無気音は、息を送り込まないので、有気音と違って弱弱しい音と誤解する人が多いです。
有気音は、息を吐き出すので、強い音だと考えているのです。
そのため、無気音の発音が、有気音に比べて弱くなりがちです。

しかし、それは違います。
無気音は、決して弱弱しい音ではありません。
有気音と同じく強い息を送り込んで、それを強制的に吐き出さずに息を飲み込む音です。
ある意味、有気音よりも力強い音でも思われます。

私も、以前は無気音を弱弱しく発音していましたが、ある日北京の人の発音を聴いて、そのことに気がつきました。
それからは、無気音を有気音とおなじく強く発音するように心がけています。

これもまた、ひとつのコツです。
中国語の発音で一番難しいのは、反り舌音です。
反り舌音は鬼門です。
長く中国語の学習をしている人でも、「zhi」「chi」「shi」「ri」が「zi」「ci」「si」「ず」になってしまう人が多いです。
もしかしたら、中国人でも、反り舌音のできる人よりも、出来ない人の方が多いかもしれないかと思ってもみます。
ソプラノ歌手の藍川由美が中国語の歌を歌った録音を聴いたことがありますが、反り舌音が硬かったのが印象に残っています。

そんなわけで、反り舌音を身につける方法です。
それは、一日24時間起きている限りいつも、舌を上あごに突けるよう心がけることです。
必ずしも、中国語の学習をする時間には限りません。
意識している限り、24時間いつも舌を上あごにつけていることです。
こうすることによって、無理をせず力をいれず意識をせずに反り舌音を発音することができるようになります。

反り舌音ができるだけで、ずいぶん垢抜けた印象を持たれることになるので、お勧めです。