アイディアは突然、空から降ってくる。

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 というようなことがあればどんなに楽かなぁ。

 ……なんて、また不毛な妄想にふけってしまった。

 最近は、遅ればせながらハリー・ポッターを読んだばかりなので、

 当然のように思いっきり感化された自分は、

 魔法が使えたら(自動回答羽根ペン)いいなぁ、と思ってしまう。

 しかし。

 たぶん魔法が使えたら、根っからのナマケ者である自分はきっと、

 日がな一日を布団で過ごすことになるんだろうなぁ。

 ……なんて良い話なんだ! ビバ魔法! 楽ちんマジック。グッジョブ!

 ってな感じ。


ちなみに。

 昔は忍者になろうと思って、とぉちゃんの植木鉢を飛んでいた。

 しかし一人前の忍者になる前に止めてしまったので、

 結局、なり損ないの泥棒のような忍び足と、

 見つからないように引き出しの小銭をちょろまかすことくらいの技しか

 習得できなかったのじゃ(違)。嗚呼っ!!

 今度は魔法の練習でもしてみるかね。

 まずは宝くじが当たるように呪文でも唱えてみるか。


 金っ! 金っ!! 金ェェェ!!!


 ああ嫌らしい。

 ここまでなったら人間おしまいあるね。


 あまりにもネタがないもんだから。

 ちょっと真剣に考えてみようと意気込だ。

 ブログといいつつ、更新は一週間に一回。

 それでもたくさんコメントをくださる読者の方々(主に2人:ありがとです)に

 申し訳なく思ってしまった。

 これが一週間と宣言しているのに、それすらもやらないのであれば、

 それこそブログを止めないといけない。

 存続の危機!!危険が危ないっ! 頭痛が痛い!!


 手元には今日届いた本

 「はてしない物語(ミヒャエル・エンデ)」が転がっている。

 凝った布張りの、緋色の表紙。

 壮大な物語の詰まった素敵な本が自分を見上げている。

 物語の主人公バスチアンを呼んだように……。

 戸隠は何かに憑かれたように手を伸ばし、表紙に触れた。

 心地よい手触りだ。

 確認するように数ページをもてあそびふと思った。


 ああ、気持ちよさそ・・・。ごくり。


 気がつくと。

 その本を枕にぐぅすか寝ていた(笑)。

 いやね。

 寝るつもりはなかったんだけど、あまりにも心地よかったので(爽)。

 読み継がれる世界の名作。

 読むこともさることながら、枕としても心地よし!!

 本の新しい活用法を発見した午後。


 うーん。素晴らしき哉。青春の日々。

 

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 タイトル: はてしない物語

 著者: ミヒャエル・エンデ, 上田 真而子, 佐藤 真理子, Michael Ende


 出版社/著者からの内容紹介
  バスチアンはあかがねの色の本を読んでいた。
 -ファンタージエン国は正体不明の<虚無>におかされ滅亡寸前。
 その国を救うには、人間界から子供を連れてくるほかない。 
 その子はあかがね色の本を読んでいる10歳の少年-ぼくのことだ! 
 叫んだとたんバスチアンは本の中にすいこまれ、 
 この国の滅亡と再生を体験する。 

 本が好きだ言うけど実は、本に関しては嫌ぁな思い出がある。

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 こんなブログを書いてはいるが、本を読み出したのは最近のようなものだ。

 ウチのかーちゃんは、

 「お前は幼い頃けっこう絵本なんかを手にとっていたよ」と言うが、

 小学生の時に読書感想文の宿題以外では、

 自ら進んで図書館へ足を運ぶことも、

 借りることも稀な子供だったような気がする。


 本嫌いのきっかけは一年生。

 ウチの小学校。

 図書室を利用するのは3年生からで、

 それまではクラスに20冊ほど常備されている「学級文庫」というものを借りる。

 借りるときは先生に伝え、名簿に名前と本の題名を書く決まりだ。


 あれは、家庭訪問の時期だったから5月のことだったかなぁ。

 その学級文庫にあって一度も手にとれたためしない人気本、

 「あんぱんまんとおむすびまん」がその日たまたま本棚に納まっていた。

 前から読みたいと思っていたその本。

 4月に入ったばかりのものなのに

 あまりにも人気があって休む暇もないものだから、

 たくさんの本の中にあってひとりだけ、年寄りのような顔をしていた。

 いや、顔なんて関係ない。

 若くても年寄りでもヨレヨレでも美形でもどんと来いッ!

 やっと借りられるこの機会。

 「今夜は帰さないよ」

 ってな臭い台詞も吐きそうなくらい感極まり。

 拳突き上げろ! トキの声を上げろ!ってな感じで

 ヤッターーッッ!と叫んだ記憶がある。

 しかし。

 次の瞬間にはガクリ。

 なぜなら、先に触れたように借りるためには先生に一言伝えなけりゃいかん。

 その肝心の先生は家庭訪問のために、すでに学校を発っていたのだ。

 ということはつまり。


 「今日は無理だ」ということ。マタコンドネ... ...


 な~んて簡単に諦められるハズもなく……。

 何度も何度も本の前をウロウロした。

 読みたくて読みたくてたまらなかった。

 読みたいけど借りられない。借りたいけど借りられない。 

 幼心にいろんな葛藤と戦ったんだよね。

 勝手に持ち出すのはいけないというのは分かっているから

 手を出したり引っ込めたり。

 そんなとき。

 別の先生が来て「早く帰れ!」と強く言った声が引き金になって、

 とうとうその本をランドセルに押し込み、教室を駆け出したのである。

 

 (……持ってきてしまった)


 心臓が高なっていたのはなにも走ったせいだけではなかった。

 歩くたびにランドセルの中でコトコトと音をたてる、あの本のせい..... ...。

 (やっぱり返して来よう)

 思ってランドセルから取り出した本。

 そこでそのまま返しに行けばよかったのに、

 せっかくだからと、ちょっと開いてみた浅はかさ。

 結局。

 物語の面白さに良心の呵責はどこへやら。

 気がつくと、本を読みながら家へと向かっていた。


 よくない思い出。

 「あんぱんまんとおむすびまん」。

 いや~、面白かった。道ゆく車の音も耳に入らないほどである。

 二ノ宮金二郎の時代ならまだしも。

 本を読みながら歩道のない道路を歩くのは今の時代、はなはだ危険だ。

 けれど止められない。

 読みながら溝に落ちても、それはそれで自業自得。

 それよりもむしろ。

 ここで続きを読めないということこそ、恐れるべきものだった。

 気がつけば、物語もクライマックスに差し掛かっていて、

 ふと陽のかげりに顔を上げたとき、

 自分の前に担任の先生が立っていたのである。


 思わずも何も、あまりにも驚いて本を隠すことも忘れていた。

 呆然と見上げる自分に、

 先生は、まず本を読みながら帰ったら危ないと言った。

 それから本に視線を落とし怪訝な表情で、


 「戸隠さん。本を借りること、先生に言わなかったでしょ?

  勝手に持ってきたら泥棒と同じじゃないの!」


 と本をひったくるように取り上げた。

 戸隠。勝手に本を持ち出したのは事実。返す言葉もない。


 「借りるときは先生に言うと決まっているでしょ?

  今度からきちんと言いなさい。わかった?わかったら返事!」

 

 返事、と言われてもあまりのショックで声も出ない。

 悔しいやら情けないやら、

 涙をこらえたウウッという戸隠の情けないうめき声の後、

 先生は取り上げた本を手にさっさと車に乗り込み、

 あっという間に帰っていった。 

 ……ガックリ。


 持ってきたほうが悪い。

 そういわれりゃそれまでだけど、何もひったくってかえらなくとも……。

 クライマックス云々というよりも、なんだか悔しくて悔しくてたまらなかった。

 勝手に持ってきたら泥棒と同じ。

 という先生の言葉がグルグルまわって、言い訳めいているけれど、

 悪いことをしたと自分でも思っていただけにかなりのショック。

 勝手に持ってきたら泥棒と同じ=あなたは泥棒です。

 

 それ以来。

 本は絶対借りなくなった。

 戸隠は先生曰く

 「変に意固地で大人を睨みつける生意気な子供」らしかったので、

 もうほとんど意地だったのかもね。

 学年が代わっても。

 借りようかと思うとそのことが頭をよぎって結局かりずじまい。

 そのうち。読み本に対する興味も薄れ、もっぱら漫画本へと注がれていった。


 ってなことがあったもんだから。

 読み本を再び手にとったのは、高校生。

 コスプレマニアの友人に池波正太郎の真田太平記の話を聞いてからだから、

 まだ10年くらい。初めて買った小説は↑というわけ。

 だから他の方のブログで。

 古典やら児童文学をたくさん読んで育ったような人の話を見ると、

 うらやましくてうらやましくてしょうがない。

 だって。

 子供の時に読むのって大人になってから読むのとまるで違うだろうと思う。

 感動の度合いや物語が心に浸透する力。

 現実になれてしまった今になってはもう、物語と一体化するのはとても難しい。

 押入れを開けると違う世界に続いてるなんて、

 純粋に想像することもできないからなぁ。

 子供の頃にそれらに親しんで培った感性って、

 大人になってから手に入れられるものじゃないって思うからさ。

 それを持って大人になった人ってスゴクうらやましいと感じる。

 文章の節々に現れてるもんなぁ。かなわないよ。 


物語を手に取らなかったのは自分のせいだけど。

 もし自分が先生だったら、

 注意はしても絶対にあそこで本は取り上げないけどなぁ。

 

 そういえば。

 「風と木の詩」(美しい少年愛の名作よん)に、

 大事なのは罪を犯すことではなく、罪を犯すまいとして真実を見誤ることだ。

 みたいな言葉があったなぁ(うろ覚え)。

 そもそもどこまでが罪でどこまでが許されるのかっていうのが難しいけれど、

 今の自分が善悪を判断できると仮定したら、

 知的好奇心によってちょっとだけ本を拝借したあの出来事は、

 罪を犯したことにはならないのではないかなぁ。

 むしろ、本人にとっては良かったのかも?

 なはーんて。

 過去のことをどうこう言っても仕方ないけど、

 自分の子供の本への好奇心を叩くような者がいたときにゃ、

 ちょっとガツーンと食らわしてやらんとね。

 だてにキャッツ・アイごっこでトランプ投げる練習はしてないわよっ!

 エイッ!(アホ)


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 備考:キャッツ・アイごっこは次女のヒトミ役をにーちゃんと取り合っていた。

    いま思えば、兄貴。なぜ女役?

 『よかろ八兵衛』という言葉がある。

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 うっかり八兵衛ではない。念のため。

 『よかろ八兵衛』

 意味は、何でも人の言うことにヘイヘイと生返事をし、

 適当に物事をこなす人のことをいうのである。


 もしかして自分たちとこだけの方言かもしれず、

 いわれも知らないから元はどういう意味か知らないが、

 大方、上記したとおりの意味で我々は使う。


 使い方としては、

 『あの人。けっこうよかろ八兵衛やんね。あてにならんよ』

 ってな具合。

 語呂がよくて自分としてはけっこう気に入っているが、

 言われると腹がたつんだよね。けっこう複雑。


 八兵衛。

 いいなぁ。この響き。

 兵衛。なんたってこれで「べえ」だもんなー。

 あ、でもこれだけだと「ひょうえ」っていうか。

 「六三四の剣」で出てくる古沢兵衛もこの字だっけか。

 (宮本武蔵を師匠と仰ぎ、二天一流の殺人剣を放つ世捨て人)


 ちなみに。 

 よかろ八兵衛の仲間で『ぬらりおうどもん』 という奴もいる。

 こいつは、よかろ八兵衛よりもタチの悪い男で(性別関係なし)、

 たとえば仕事ができるくせに出来ないフリしてやらないとか、

 非常にセコい真似をする信用ならんやつだ。

 こいつのせいで正直者が馬鹿をみたりする。

 そういうとき『ぬらりおうどもん』は心の中でほくそ笑んだりしているのだ。

 っか~~っ!!なんちゅうヤツや。

 ってね? つい言ってしまいたくなるでしょ?ぶはっ。


 言葉の意味は、「ぬらり」=のらりくらいという意味の「ぬらり」。

 「おうどもん」=横道な者(道理に反すること。よこしまなこと。

 また、そのさま。邪道。) がつながってできたと思われる。

 「もん」は方言で「者」の意。


 こういうやつらがいたら……
 
たまらん。

 おかしな話だが、だいたいどこに行っても一人は必ずこういうやつがいる。

 しかしけっこう美味しい目にあっていたりもするもんだから、

 本当に正直者が馬鹿を見るハメになるんだよなぁ。

 

 ♪正直じーさん掘ったらばぁ~、大判小判がザックザクぅ♪


 な~んて。いまの世の中正直じーさんは損ばかりしているような気がする。

 たとえば。

 「したきりすずめ」で欲を出して大きな葛篭を持ち帰ろうとしたばーさん。

 話では途中で蓋を開けてお化けが出てくるが、

 いまの世の中では、それを教訓に大きな葛篭を無事に持ち帰るばーさんが

 いるもんだから、やっぱりそれらが得をしているように感じるな。

 ちくしょうぅっ!


 良し、決めた。

 戸隠は今日から、ちょっと横着に生きることに決めた。

 まずは、ばってん荒川でも見習ってみるか。フム。

 ・・・・ウワッ!それも嫌だなぁ。

 青島幸男が良いか・・・ウッ!それもチョット・・・。

 いったいどうしろってんだヨォ。ウワァ~~ン(泣)。

「本と本屋と図書館に魅せられて」。 takam16さんは最新記事で……

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  「本の読み方」について書いておられた。

 内容はtakam16さんの腹のゼイ肉の話ではなく、

 斉藤孝さんの「読書術」や清水幾太郎という方の「本はどう読むか」

 という本の内容から、

 ご自身の回答付きで気になる箇所を抜き出し、紹介しているというもの。


 本の読み方。内容は違えどこれも本の読み方。

 自分は本を読むとき、まず「あとがき」「解説」から読む。

 ただ、最初の1ページを開くのがあまりにも楽しみなもので、

 眺めたり透かしたり、物語を読み始めるまでにすごく時間がかかるのだ。

 物語を始めるにふさわしいシチューエーションかどうかにこだわるのも、

 一つの理由。

 読み始めのワクワク感が尿意などでぶち壊しというのは極力避けたい。

 たとえ。

 尿意をこらえ頑張って読み進めたとしても、

 ストーリーに集中できないばかりか、登場人物の脳内イメージではみな、

 内股でコソコソ歩きソワソワすることになるからだ。

 オシッコを我慢してしながら謎解きをするエルキュール・ポワロや、

 便意に顔を歪めながら悪人を裁く鬼平なんて見たくない。

 であるから。

 気になるがまだ読み始める時期じゃない。

 時期じゃないがちょこっと読みたい。

 という気持ちが、「あとがき」や「解説」から読ませるということになる仕組み。

 ・・・・だと思う(笑)。

 

 潜んでいる問題点。

 もちろん。

 本をページ順に読まないということは、危ういことではある。

 たとえば。だいたい読書愛好家はご存知だろうが、

 たまに物語の筋やヒントが書いてある。ことだ。

 親切なものでは、

 ここからはストーリーが書いてあるので、

 読んでない人は読み飛ばして・・・・・・。なんてものがあるが、

 不親切なものになると、さすがは著者の何某だ!

 謎解きのヒントを女性のお喋りに盛り込んでくるとは・・・・。

 とキッパリ書いてあったりする。

 かといって。

 そのヒントとして挙げてある女性のお喋りの箇所を読んだところで、

 パーの自分には謎は解けないのだが、

 謎解きミステリーというのは、犯人が分かったときどこにヒントがあったのか?

 というのを探すのも一つの楽しみである。

 これは「あとがき」や「解説」から読む人の悲劇といえよう。ウム。


 ちなみにウチのかーちゃんの場合

 彼女の読み方はかなり独特のものがある。 

 びっくりすることもないと思うが、彼女の場合。

 まず本を3分の1ほど読み、最後の3分の一を読む。

 それから残りの途中に手をつけるといった具合だ。

 本人曰く。

 「まずどんな事件が起こったかを知り、犯人を知る。

 それからどうしてそういうことになったかを、

 じっくり読む。するとどこで犯人がどう動いているのかが分かって面白い。」

 らしい。

 ま、そういう読み方もあるかなと思う反面。

 彼女の性格を考えれば結局のところ、辛抱できないだけじゃないのか(笑)。

 下手に弁だけが立つので、何の意味もないことに、

 さも大儀があるように他人を説得するのは彼女の得意技である。

 

 ま、それはいいとして。

 自分以外にも違う読み方をしている人がいると思う。

 読書をする人をつついたり、踏み込んだりするのは失礼なことだけども、

 そういう個人個人の読み方を聞いてみたいと思う。

 本は最初から読むだけじゃない、

 いろんな楽しみ方というのがあるいは発見できるではないだろうか?

 と思うのである。

 (漬物石代わりとか、踏み台の代わりとかね(違))


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 余談

 ちなみにtakam16さんの上記した記事には、

 清水幾太郎「本はどう読むか」にある文章で、


 「人間の精神の成長は、しばしば飽きるという形で現れることがある」


 を挙げていらっしゃいます。

 もしこれをそのまま受け止めるならば、

 「あらすじ」「解説」だけで読んだ気になって飽きる自分は、

 非常に成長しているとなる。なんだか慰められた気分だ。

 ありがたいねぇ。

 喜んだり落ち込んだり、怒ったり泣いたり慰められたりと、

 一文だけで人間の感情を左右するってスゴイなぁ。

 読む人が感銘を受けて書いてあることを実行するって実は、

 作家に操られているんだろうね。

 関係ないようだけどふとそう思った。

 「ロビターッ!ロビターッッ!!戻っておいでぇぇぇぇっ!!!」


 


 読む前の心構え

 与太話フォルダを作りました。

 本のことや本関係のネタが切れたときに、

 とりあえずの繋ぎとして書こうと思って。ほら一応ブログだし。

 でも毎回頑張って書いてると疲れるなぁ、じゃっ、普通に書くかってんで、

 自分が日常的に使ってる言葉で独り言を書いてしまえ!ってことに決定。

 難解なところ読み飛ばし。

 アホな所はご愛嬌。

 口は悪いが顔がいいということで(ウソ)ご勘弁してネ。ブチュっ。



日本の携帯普及率ってどんくらいやっけ?***********************************************************

 なんて思ったんよね。

 なんでかっちゅうたら、そらウチが携帯もっとらんけんがで。

 まぁそいけんが

 「携帯の番号とメアドを教えて」とか言われたら、

 いちいち持っとらんとば説明した挙句、

 教えてもらったとば手書きでメモ帳に書かんばごとなる。

 他の人がワンギリのごたっとで教え合いよるとき、

 自分だけボサーっとその光景ば眺めとかんばと、そういうわけよ。

 おまけに。

 自分で書くっていうとがけっこうあてにならんもんでね。

 せっかく教えてもらったメアドにせっせとテストメールば書いたら、

 そんまんま、戻ってくるったいね。


” さっきはありがとうございました。テストメールです(笑)”


 戻ってきた自分のメールば読むことほど、馬鹿んごたることはなか。

 な~んが有難うございますか。笑わすんなって!こん馬鹿が。

 面白うものぉして、屁も出らんばい。

 ・・・・っちゅうワケで。


 そいけどパソコンのあるしね。

 言うごと、そげん不便じゃなかったい。

 まぁ、一歩外に出たら追跡できんごとなるっていう、

 逃げたカナリヤ状態になるとが玉にキズやけど、だいたい家におるしね。

 仮に、エマージェンシーってサイレンばヒーホーヒホー鳴らさんば時は、

 他人の携帯ばあてにすりゃそかろ。

 だってたいてい持っとるやろし。

 ・・・なんちゅう奴や。人間のカスやね(一人ボケ&ツッコミ)


_____(与太じゃない話ここから)________________________________________________


 先日事故現場に居合わせた。

 スーパーに入ろうと車で待っていた時。

 といはいえ、別に事故の瞬間を目撃したとかではなく、

 事故が起きて救急車を待っているというとき。

 被害者は2歳くらいの子供で、とてもじゃないけど正視できない状態。

 跳ねられたみたいで顔中が血だらけ。

 後日談、人の話ではお母さんは22歳。

 若いお母さんだなぁって思っていたけど、そこまで若いとは。

 いや、それが悪いとかそういう意味ではないし、どうのってわけじゃない。

 事故の詳細も知らないし、若いに限ったことではないけれど、

 

 お母さんが子供の手も引かんと携帯電話に夢中になっている。


 光景をよく見かける。

 それが携帯を自分が持ってないからあんなことはしないぞ、

 と高飛車になって言っているとか

 持っているから子供に怪我させるんだ、とか非難しているワケではない。

 ただ、子供は飛び出す。

 そうでなくとも自転車が来るかもしれないし、溝に落ちるかもわからない。

 実は、先の事故も子供の飛び出しという話だし……。

 たとえ。

 加害者の危険予測に落ち度や前方不注意があったとしても、

 他人事じゃないんだよね。

 不可抗力で撥ねてしまった人も、撥ねられた人も泣かないといけなくなる。

 自分なんか見ただけで泣きそうだったよ。

 そしてそれを自分の身に置き換えたときに、絶対、堪えられないと思った。

 だからせめて。

 道路を歩くときは、絶対、小さい子供は手を引いて欲しい。絶対ね。

 そして。

 車を運転する時も、最大限に注意をはらうように心がけたい。

 心から思った、そんな出来事。


_______(与太じゃない話ここまで)_______________________________________________


 って、ちょっとシンミリなってしもたばってん、

 ま、そげんこつでなんの実もないlenusの与太話。

 流すところは軽く流してチョンマゲ!(古ッ

 ヒロシです… ヒロシです… ヒロシです…(偽)


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事故話のこと追記

 友人の話によれば、

 残念ながら、被害者の女の子は今日お亡くなりになったそうです。

 ご両親の悲しみはいかばかりか御心中はかりしれません。

 自分も現場を見ただけに、いたたまれない想いがします。

 それでも、これを我が身に置き換えて考え、事故には気をつけよう、

 我が子の手は離すまいと肝に命じました。

 ご冥福をお祈りいたします。