『毒入りチョコレート事件』*アントニィ・バークリー
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著者: アントニイ・バークリー, 高橋 泰邦
タイトル: 毒入りチョコレート事件

 

 出版社/著者からの内容紹介
 一見単純にみえる毒入りチョコレートによる殺人事件は、

 スコットランド・ヤードも投げ出すほどの難事件だった。

 その解決に乗り出したのは、ロジャー・シェリンガムを会長とする

 犯罪研究会の面々。

 六名の会員が、同一事件に対して示した六様の推理と解決策。

 本格推理文学の典型的手法を縦横に駆使した、

 アイルズ=バークリーの古典的名作。 

 

 本格ミステリとして名高い本書は……。

 未来に読み継がれる不朽の名作として名高い。

 ミステリ好きである人のオススメリストに必ずといっていいほどあるもので、

 歴史は戦前からとかなり古い。

 その古さを感じさせない物語は、未だもって新たに読む人を虜にする。

 内容は警察が解けなかった難事件を、犯罪研究会在籍の6人が

 それぞれの推理を披露するというもの。

 この犯罪研究会、これはちょっとしたもので、

 スンゴイ頭の良い人しか会員になれないらしいとのこと─

 自分に言わせてみれば、漫画「美味んぼ」に出てくる海原雄山の美食倶楽部

 (モデルは魯山人の個人料亭)を彷彿とさせる─だもんで、

 これに登場する6人はいずれも、小説家とか劇作家、刑事弁護士といった

 エリ~~トばかり

 しかし。

 上流階級のこの方々。ビックリするほどよく喋る。

 理屈はいいから早く本題に入れ!と突っ込みたくなるほど(笑)

 

 

 読んだ感想

 印象は本そのものが『古典』という感じ。

 派手なアクションもなく、ハードボイルドでもない。

 ニヒルな探偵が現れるワケでもなく、

 聞き耳をたてるのが好きなばあちゃんも出ない。

 いたって淡々と物語は進行していくので派手好みの自分には物足りない感じ。

 最後にはアッと驚く結末があるのだが、犯人を臭わせるものがなかったので、

 どこでそうなって犯人として浮かび上がったのかが

 いまいちわからなかったのが悔しい。

 しかし。

 たぶん途中にその要素はちりばめられているハズだから、

 再読するときは、犯人特定の要因を探してみようと思う。

 一度読むだけではわからない、そして読むたびに表情を変える本というのは、

 なかなかに出会えない貴重なものだ。

 たぶんこの本が長い間ベストセラーであり続けるというのは、

 こういったものも含まれてのことなんだろうなぁ。

 

 くどいようだが、ミステリは初心者。

 文学作品なら心にジワジワものでも良いが、本格の数をこなしておらず、

 エンターティメント性の高いものに慣れ親しんでいるため

 ミステリは派手さも必要だと思う。

 傾向としていうなら、自分の好みは金田一少年やコナンじゃないが、

 謎を解き、危険な目にあいながらも手がかりを自分の足で探し、

 最後の見せ場で

 「犯人はお前だっっ!!(ジャジャ~~ン!)」

 といったアクションがあるのを好む。

 これをやられると、

 「クハァっ、お前だったのかぁ!だーまーさーれぇたぁぁぁ!!」

 なんて。

 コテンパンにやられればかえってスッキリする。

 読者にストレスを貯めさせてはいかんのだ。ウム。

 ま、結局。

 ミステリは初心者ということにつき当たるのカモ。

 ちなみに。前回ご紹介した恩田陸の 小説以外 というエッセイ本。

 この本の彼女の言葉を借りて言えば、

 本格というのは、上品で贅沢・・・・であるらしい。

 つまり。

 下品で派手であれば粗末でも良いという自分はまだまだということだ。

 残念アルネ。

 

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 余談:長崎のハウステンボスにチョコレートの滝がある。

     言わずもがな、チョコレートで出来た滝で、

     高所から溶けたチョコレートがドロドロドロと流れ落ちている。

     

     鼻血でるまで食べてやると、意気込んで出かけた

     チョコレート好きなlenusであったが、実物を見て萎え。

     それが何故なのかこの謎、貴方には解けるでせうか???

 


『小説以外』*恩田陸 を読んだ。

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著者: 恩田 陸

タイトル: 小説以外

出版社 / 著者からの内容紹介
 デビューから今日に至る14年分のエッセイを集大成。
 創作の舞台裏から、読書遍歴、あまり表に出ることのないその素顔まで。
 物語に愛された作家・恩田陸のすべてが分かる、ファン必携の一冊。
 
 恩田陸が多読の人であるというのは有名な話だ。
 その読書量は、過去、年間発売される小説をほとんど読みつくすほどで、
 専業作家になった現在でも年間100冊にもなるとか。
 趣味を仕事にすると面白味がなくなる。とよく聞くが、
 小説を生み出す仕事をしながら小説を読むとは、
 けっこう器用な人なんだなぁ。

 

本の感想
 紹介文にもあるように、14年分のエッセイ集。
 読んでみての感想は率直に言って、「ふーん。なるほどね」くらいしかない。
 というのは。
 このエッセイは、たとえば、
 何かの本の特集について書かれたものであるとか、
 誰かの本のあとがきとして書かれているものであるとか、そういったものだ。
 書き下ろしでなければ言わずと知れたことだけどね。
 確かに、一遍一遍を読めば少ない字数でうまくまとめてあり、
 それぞれが面白い。
 しかし、自分はやっぱりこれらのエッセイ文は、
 先に挙げたように、何かの特集の本で読むとか、あとがきで読むとか、
 あるいは新聞記事で読むとか。
 そのエッセイが書かれたテーマの他の記事といっしょに読みたい。
 そしたらもっと、恩田陸のエッセイが生きてくるんだろうなぁと思う。

 

それを言うなら……
 この「小説以外」よりもちょっと前に発売された、同じエッセイ本、

  著者: 恩田 陸

 タイトル: 酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記


 を買ったほうが良かったかなぁ。と思う。

 しかし。

 彼女は本の装丁やら題名のつけ方がシャレてるなぁ。

 ちょっと死語っぽいけど自分たち年代で言わせると非常にナウイ

 内容だけでなく、それらで話題になりそうだ。

 

 図書館の雰囲気が好きだ。

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 しかし借りるのは苦手。

 takam16さんのブログ【本と本屋と図書館に魅せられて】の

 「本は買う? 借りる?」 という記事。

 コメントでも書かせていただいたが、

 自分は、誰だか知らない人の手垢に湿った本が苦手。

 かといって。

 潔癖というワケではない。

 そうではないのだが、頻繁に手を洗う。

 たとえば。

 自然に生えている木の幹は触れないし、苔むした岩には座れない。

 アレらに触れると手にコケが生えそうで怖いのだ。

 しかし、落ちてるお金は迷わず拾うこの矛盾。

 いかんすべきか、云々。

 

 図書館が苦手な理由は

 他にもある。

 「よし、小遣いも尽きた。ストックもなし。しょうがないから図書館で借りよう!」

 なんだかんだと言いながら金が尽きたときには、

 迷わず図書館へ行くこともある。

 金をかけずに本が読めるとは、なんて魅力的。

 悔しいが世の中は、金。

 その世知辛い世の中にあって、税金という金でまかなわれているとはいえ、

 借りるとき手出しがいらないという有難さ。

 おまけに一人10冊まで借りれるとは!!

 これが諸手をあげずにいられるかってんだぃ。

 万歳、万歳ーっ!! (違)

 

 ……な~んてこともわかってもいて。

 図書館に行く前日には、ネットで自分の読みたい本を検索してリストにする。

 マイバッグも持参して、いざ行かん。活字の国へ(違)!!

 

 物語で言えばプロローグ。そして……。

 わぁ~、市立図書館って広いなぁ。

 普通の本、昔の本、資料、地図、電話帳、新聞。

 子供図書館、レンタルコーナー。喫茶室、映画館……。

 もう、ウハウキ。一日中そこで時間がつぶせちゃうよ!!

 

 と自分の中で思うのだろうな。

 

 「あれ? 何しにきたんだっけ?」ってな感じで。

 入ったらスコーン!と忘れてしまう。

 まぁ、自分にはよくあるんだ。店に入った途端、何を買うかじゃなく、

 何をしにきたか?を忘れること(危)。

 なーんて。

 こんな時のためにメモっておいたこのリスト。

 いざ行かん、活字の国へ!(使いまわし)

 

人生とは検索だ。みなさん、良い検索を。

 確か石田衣良の「アキハバラ@DEEP」にこんな文章があった気がする。

 ホントいいえて妙だよ。この言葉。

 なんて思いながらリストを手に検索、検索。検索、検索…。森田・・・・(自粛)


 すべて貸し出し中。くっはぁ~、やられたよヲイ。


 リストには20冊くらいあったハズなのに、おかしいなぁ(汗)。

 ってワケで手ぶらで帰ってくると。

 それが毎度のことで、一度も借りてきたためしはなし。


 ああ。これから先、図書館で本を借りれる日がくるのだろうか。

 図書館攻略作戦はまだまだ続く。


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 求ム。図書館で本を借りる方法。

   

(*独断と偏見。よくない表現が含まれております。

                   村上春樹が大好きすぎる人はサヨウナラ*)

 

 死ぬまでにたくさんの本を読まなければならないような、

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 ……そんな気がする。

 読んでも読んでも読み足りない。

 何がそんなに自分を急かしているのかわからないのだけれど、

 とにかく、なんとかして一字でも多く読まなければいけないと思う。

 妙なもんだ。

 

 一日が30時間くらいあるならきっと、それも満たされるのかもしれない。

 もし時間が30時間あったとして、本がたくさん読めるとする。

 しかしそれ以上にするべきことができるだろうから、

 (おかしなもので、時間が増えれば増えるほどやることも増える)

 結局は、いまと変わらないんだろうなぁ。

 なんて、読書の手を休めると不毛な妄想をしてみる。

 コーヒーを飲みチョコを口にほおりこむ。

 そしてまた読書をして、生活のためにすべきことをする。

 これの繰り返し。

 なのにいつまでたっても人間的には何も変わらない。

 振り返ればこの何年間、そういうサイクルで無駄に時間を費やしている。

 なんなんだか(汗)

 

 村上春樹に……

 ハマって少し経つ。

 たぶん十代くらいに出会っていれば人生ちょっとしたもんだったような

 気もするけど、二十代後半で本格的に本を読み始めたものだから、  

 自然に出会いは遅くなってしまった。

 最初に読んだのは『スプートニクの恋人』だった。

 初めて読んだ感想は、一行一行の文章が抒情的で美しい。

 しかし続けて読むにはかなりつかれる。

 登場人物の理屈っぽい会話のパターンなどがひどく目に付き、

 世間で騒がれているほどじゃない、

 こういう風な小説が有難がられているなんてナンセンスだ……と、

 こう思った。

 しかし、1冊読んだだけでその作者の何がわかるってなもんで、

 とりあえずはたくさん読んでから感想を出そう。文句を言うのはその後だ。

 だからとりあえずは黙っていようと思ったのだけど、書いてしまった。タハッ。

 ネタ切れ。

 

デビューからの青春三部作を読んでみる

 うーん。なかなかに面白い(負け)

 スプートニクの恋人で受けたあの印象はなんだったんだ?!

 思わず自分に突っ込みを入れるほど。コノッ、コノッ(意味不明)。

 その中でムショウに好感が持てた一文を抜粋。

 

 他人の故郷など土地の話を聞くのが好きだった主人公の僕が、

 話をするときの相手のことを「誰もが誰かに対して、

 あるいは世界に対して何かを懸命に伝えたがっていた」と分析し、

 それは僕にダンボール箱にぎっしりと詰め込まれた猿の群れを思わせた。

 と書きだす。

 この一文でちょっと敬遠していた村上春樹が、大好きになったのだ。

 目からウロコ。ポロリ。

 「村上春樹はこんな文章が書けるのか、好きだーーーっっ!!!」

 ってなもんで、↓コレ

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 僕はそういった猿たちを一匹ずつ箱から取り出しては丁寧に埃を払い、

 尻をパンと叩いて草原に放してやった。

 彼らのその後のゆくえはわからない。

 きっと何処かでどんぐりでも齧りながら死滅してしまったのだろう。…・・・

 _______________________________

 

 これが猿の気持ちを思うとちょっと可哀相だけど、

 とにかく丸々太った猿たちがキレイにされて、

 お尻をパンlッと叩かれるのを合図に、

 青々とした草原に駆け出す彼らのことを想像すると、

 たとえ先に死滅することがわかっていても、

 その瞬間は、解き放たれた喜びでいっぱいの猿たちの眩しい笑顔が

 見えてくるようだ。すごく素敵で衝撃的。

 主人公「僕」のいわんとしている事柄がすんなり想像できる。

  

 読み手なんて勝手なものだネ。

 

 もちろん、嫌いな文章もある。

 たとえば「風の歌を聴け」の中で、

 鼠の父親が作って売った虫除けクリームをつけた日本兵が

 南方で死体の山となっているのだろう、みたいなくだりだ。

 それはいくら小説とはいえ、自分には許せないギリギリのライン。

 (これはきっと自分が「ビルマの竪琴」を観たからだろうと思う)

 

 あとは「海辺のカフカ」。これも面白かった。

 けれど「ノルウェーの森」。これはどうしても読めなかった。

 すごく絶賛されているけれど、自分には退屈で退屈で欠伸が出る。

 もしかしたら。

 あの退屈さを乗り越えてこその結末があるのかもしれないと思って、

 何度も挑戦してみるけどやっぱり退屈。

 ま、だいたいが派手なアクションのある小説ではなく、

 じわじわと心に浸透していくタイプみたいだね。

 ウーム。

 

 結局

 よく考えてみると、自分はラブロマンスは好きではないんだなぁ。

 もしかしたらそういう受け入れ切れないものが、そのまま読み方として、

 現れているのかもしれないなぁと思うんだよね。

 だから、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」

 「海辺のカフカ」など人間が成長するいわゆる人生の冒険的な話は

 面白いと感じるのかもしれない。

 

 さて、次はどこにとりかかったら良いのやら。

 願わくば、村上春樹愛好家にアドバイスをいただきたいなぁと思う自分は、

 彼らにとってはあまり近寄りたくない読み手であるかも(笑

 

 「寝る前に読書をすると寝つきがいい」というのはよく聞く話だ。

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 人の寝静まった夜更け、読書灯の小さな明かりだけで物語に没頭するのは、

 騒がしい昼間にはできないショボイ集中力の自分にとって特別な時間である。

 しかし、そこには問題が発生する。

 実は、自分は「寝る前に本を読むと興奮して寝つきが悪くなる」タチ。

 読書はもちろん、同じくらい寝るのも好きだ。

 明日の予定と相談なのは言わずもがな。

 今日は寝るか?読むか?というヘッポコな戦いを繰り広げなければならない。

 おまけに。

 なんとも恥ずかしいここだけの話。過去、本を読んで眠れなくなった夜。

 刻々と迫る起床時間に悲しくなって、さめざめと涙を流したことさえある。

 

 おっと、大の大人が泣いちゃうなんて…、と笑うでない。

 それは夜の魔力が作り出すナチュラルハイなテンションの仕業であり、

 夜の読書の魅力もここにあったりする(ちょっと言い訳)。

  ・・・んではなかろうか?と思うのであ~る。

 

「人間、眠くてたまらなくなると箸が転げても笑えるもんだ。

 あの感覚に陥ったヤツは下手な三流芸人を見るよりも面白い。……。」

 と言ったのは小学校6年生の時担任をしていたA先生だった。

 彼は大学を卒業して2年目くらいの熱血先生で、

 自分は東大に行ったぞ! と力を込めて言い、みんながスゴイと関心したあと 

 ・・・・・・いや、行って門をくぐっただけだが、いやぁやっぱ違うね東大は。

 ハッハッハ。

 なんて笑ったのが新任の挨拶だったと記憶する。

 そのA先生の

 「人間、眠くてたまらなくなると箸が転げても笑えるもんだ。…」

 と言ったその言葉は、

 深夜の魔力を知らない子供だった自分にはとても強烈で、

 先生の鼻の穴の黒さとともに、深く胸に刻まれた。

 (いまでも、この言葉を思い出すと先生の鼻の穴が目蓋に浮かぶ・・・複雑)

 

 実行したのは高校の修学旅行。

 ウチの家、就寝時間は夜の9時と決まっていた。

 それは「早く寝るようにクセがつくと、子供は非行に走らない」という、

 かぁちゃんの躾のためだ。

 余談だが、それを嫌というほど身体にすりこまれた自分は、

 テスト勉強で深夜まで起きていたら次の日は寝不足でゲロを吐き、

 十代になっても二十代になっても夜は眠くて遊ぶどころではない。

 悔しいことにそれは今でも続く。

 いくつになっても、まんまとかぁちゃんにしてやられるというワケだ。

 だから家にいるときには実行できなかった

 寝不足ハイテンション計画の実行は、高校の修学旅行と決定したのである。

 名づけて「オールナイト豚のシッポ作戦-睡魔ヲヤッツケロ-」

 

 この計画は前もってに友人数名に伝えておいた。

 つまり、トランプのゲーム「豚のシッポ」で一晩明かそうじゃないか。

 といういたって簡単なものである。

 ここで注意することは酒の持ち込み不可。

 酒があるとナチュラルハイではなくなってしまうからだ。

 酔っ払ってハイになるのはわかりきった事実だ。

 (テンション下がる人もいるか?)

 

 豚のシッポというゲームは、

 よく切ったトランプをぐるっと豚のシッポ状-円になるように重ねて-広げ、

 それを仲間で取り囲む。

 時計周りがその逆で一枚づつトランプを引き、表にして真ん中においていく。

 同じ数字なり、マークなりがそろうとそのトランプに手を置く(カルタみたいに)。

 一番最後やお手つきした者は、

 中央に溜ったカードを引き受けなければならない。

 最後に手持ちが多かった者の負け、ちゅうことで。

 それを延々と繰り返したんだなぁ。

 しっかし、われながらよく続いた。

 夜の9時くらいから始まって気がつくと時計の針は明け方の4時を指していた。

 船のハメ殺しの丸窓に見える空が、夜とも朝ともつかぬ複雑な表情をして-。

 

 そのとき事件は起こった。

 ゲームは確実に進行していた。

 しかし、その時間までに5人いた仲間も1人減り、2人減り……。

 気がつくと3人になっていた。

 ゲームは進む。しかし気のせいかスピードがのろい。

 ゆっくり、ゆ~っくりと動くスロー再生のビデオのように、

 トランプを叩く手も鈍い。

 と、突然。お手つきをしたE。

 ふと顔を見ると、もう眠気に負けそうだ半分は目蓋が閉じかけている。

 「あ、間違った~」

 そういいながらEはヒャッヒャッヒャと老婆のような笑い声を上げた。

 それがあまりにもおかしかったのだろう、

 もう一人のYを見るとヘッヘッヘッヘと変な口の形で肩を揺らし、

 時折見せるEの白目に気がつくと自分もケケケケケッと笑っていた。

 それはノンストップ。

 今風に言うと各駅停車のきちんとした列車が、

 マツケンサンバに乗っ取られた形で暴走していくような、そんな感じだった。

 

 結局。

 我々は笑い疲れて寝た。

 最終的にはお互いの顔を笑いあうという不実で不毛な行動であったが、

 やっぱり箸が転げてもおかしいという先生の言葉は当たっていた。

 

 深夜の読書の魅力を・・・。

 知ってしまったら、寝る前は読まずには眠れない。

 それは先には書いたように

 夜の魔力が作り出すナチュラルハイなテンションの仕業であり、

 読書の魅力もここにあったりする。

 日中に読むのも良い。

 だけど、夜に読むとまた違った感情移入があって面白いと思う。

 それが自分が悩む理由なんだよね。

 

 さて、今日はどうするか。

 生きるか死ぬか、いや、読むか寝るか、それが問題だ。

 

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 他の人はどうなんだろう? やはり寝る前に読むと寝つきが良いのか?