ドラえもんの秘密道具の一つに「ほんやくこんにゃく」がある。これを食べると自分の発する言葉が相手の言葉に翻訳され、相手に食べさせると相手の言葉が自分の言葉になって、たとえ宇宙人とでも自由に会話できるようになるという優れものだ。
今や、このドラえもんの「ほんやくこんにゃく」が現実のものとなってきた気がする。
いろいろな翻訳ソフトが開発され、長い文章でも、いろいろな国の言葉に瞬時に翻訳してくれる。翻訳ソフト自体は以前からあることはあったが、ほとんど使い物にならない代物であった。しかし、今ではかなり正確に翻訳してくれ、ちょっと手を加えれば問題なく使えるようになってきた。
また、文章の形だけでなく、話し言葉も聞き取って翻訳してくれるソフトもある。これなどは、まさに「ほんやくこんにゃく」そのものだ。まだ、滑舌が悪いと全然違った訳になることはあるが、日常会話ではかなり有効なものだ。
先日、電車を待っているときに、外国人からどこどこへはどの電車に乗ればいいのかというような質問を受け、下手な英語で説明したが、英語が分からなかったのか私の下手な英語が通じなかったのか、よく理解してもらえなかったような時があった。
後で思ったのだが、その時にスマホに話し言葉を訳してくれるソフトが入っていたので、どこの国の人か聞いて、それで会話すればよかったのにと残念な思いをしたことがあった。
今後、外国の人に何か聞かれたら、是非ともこの「ほんやくこんにゃく」を使ってみようと思う。
汽車道沿いの水域で、水質浄化や生物多様性に向けた実験的な取組が行われています。
汽車道は、もともと緩い傾斜の護岸となっており、その護岸沿いの水域に覆砂を施し、様々な生物が棲みつけるような環境づくりを行うというものです。
今年の3月に砂を撒き、10月には、アマモの植え付けが行われました。この間に、観察された生物の種類は、28種類に倍増したそうで、汽車道を歩いていて魚やカニを間近に見ることができたら素晴らしいことだと思います。
私は子供の頃見た、引地川の河口が、まだ自然の状態で水もきれいで、海に向かって砂の浅瀬が広がり、そこに稚魚の群れが泳ぎ光り輝いていた光景が、今でも目に焼き付いています。
今の子供たちにも、そのような体験をさせてあげられれば、大人になっても良い思い出となって、よみがえってくるのではないかと思います。
我々人間も宇宙人ではあるが、地球外知的生命体として俗にいう宇宙人も、姿かたちは多かれ少なかれ、人間と変わらないのではないかと思う。
地球に棲む動物とりわけ海のクジラやイルカなどは別として哺乳類などは、一様に同じような身体的特徴を有している。
頭、胴体、手足で構成され、頭には目が二つあり、その下に鼻が一つ、口が一つある。目は両目で見ることにより、立体感と距離感を得られるようになっている。鼻は、食べ物や異性を嗅ぎ分け、また口でものを食べるときに、腐ってはいないか、美味いか不味いかなどを一瞬にして識別できる。
人間や猿などは、手でものを掴んだり、投げたりできるし、四足動物では足と一体となって早く走ることができ、獲物を取ったり、襲ってくる動物から逃げたりすることができる。
これらは、神の所業というよりも、とてつもなく長い年月の間、自然淘汰でこのような形になったと考えられる。
これらの点から類推すると、他の星に生物がいる場合、重力や大気など地球とは置かれている環境が異なるであろうから、かつて想像された火星人のような宇宙人もいるかも知れないが、おそらく人間と基本的構成は変わらないのではないかと思う。
立冬を過ぎ、朝の冷え込みで、なかなか布団から抜け出せない日々が続いている。
起きても、すぐストーブのスイッチに手が行ってしまう。
街を歩くと、道端で年賀状を販売していたりして、いよいよ年の瀬も近いと感じられるようになってきた。
確かに、日中、小春日和の中にいると、一瞬、正月の風景がオーバーラップすることがある。破魔矢を持ったカップルが現われそうな気がして。
歳を重ねるごとに一年は早くなるようだ。特に、いろいろあった年は、時間に追われていたこともあり、あっという間の一年に感じてしまう。
たまには、時計の針が止まった世界に行って、ゆったりと過ごしてみたいものだ。

