大丈夫は自分の中にある*人生を支える意識の法則* -7ページ目
少しだけ授業を受けた息子を迎えに
行ったとき、
先生から
「お母さんにご相談があって」と
声をかけられました。
給食のことでした。
前年度の3月は本人が
学校には行かないと言っていたので、
給食を止めてもらっていたんです。
私たちの住む自治体では今年度から
小学生の給食の費用負担がなくなった
んです。
(ちなみに中学生は半額負担になりました)
私は、負担がないなら
食べても食べなくても変わらないし
気楽だなぁ、なんて漠然と好意的に
捉えていました。
でも、先生のお話は予想の上をいって
たんです。
「もし、給食を止められるのなら
給食費分の5000円くらいが
返還されるので給食の先生と、
どうされるかなぁって
話してたんです。」
とおっしゃるではありませんか。
給食を食べないのなら、
無料になっても特に関係はないと
思っていたんです。
でも、
この子育てを応援してくれる制度は
柔軟性があったんですよね。
私の推測ですが
不登校だけでなくて、
除去食を用意しないといけない
アレルギーのある子供のことも
考慮しての対応だと思うのです。
どちらにせよ、全体数から見ると
マイノリティである児童のことも
考えてもらえる時代になったんだなぁ
とあたたかい気持ちになりました。
学校に行っても、行かなくても。
給食が食べられても、食べられなくても。
親は毎日同じように
子供を見守っているし、育てています。
その子供たちを育てていることには
変わりがないし、同じように支援を
受ける権利がありますからね。
今、目新しく感じるこの制度も
一年もすれば世間の当たり前になり
常識になっていくのでしょう。
一律より、
多様性や個性が大切になる時代。
それもまた優しさや思いやりが
育まれる素敵な時代なのかも
しれません。
新年度。
動きたいけど、動きたくない。
そんな息子の葛藤する雰囲気を
感じるので、
当面は給食は止めないで様子を
見ようと思っています。
息子のタイミングを
そっと待ちながら。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
自分の心の動きをよく見ていくと
「あれ?なんで私はそう感じてるんだろう?」
と、ふと違和感を感じることがあります。
これ、自分の中の「当たり前」が
事実ではないかも、と
自分の捉え方の癖(メンタルブロック)
に気づく瞬間です。
例えば、
先日カウンセリングさせていただいた
クライアントさん。
自分が傷つきそうな場面になると、
人や場から逃げてきたそうです。
相手を腹立たせる言い方をしてしまう
からいっそのこと黙っておこうと
ご自身を制限されてもこられました。
お話を聞いていくうちに、
「傷ついても何も起きないですよね。
今まで生きてこれているし。」
とご自身で気づかれました。
そうなんです。
例え傷ついたとしても、
ずっと生傷のままではなくて
塞がっていきます。
あとが残ったとしても、
その傷あとと一緒に生きていくことも
できるんです。
だから、傷ついても大丈夫。
そう心が納得できると、
ぎゅっと自分を縛っていた捉え方
(メンタルブロック)が緩み
行動も少しずつ変わっていくのです。
傷ついてもいいから、
やってみよう、言ってみよう、
聞いてみよう、近づいてみよう、ってね。
そして、
傷ついても大丈夫という経験が
積み重なっていくと、
不安や怖さが安心に変わっていきます。
そうすると、
自分を守るために働いてきた
メンタルブロックは段々と出番が
なくなってきます。
こうやって、
「気づくこと」でメンタルブロックの
働きは一段ゆるむのです。
それほど強くないものなら、
(UMIでは小石のブロックと言います)
これだけで扱いやすくなります。
とはいえ、心の根っこに絡みついた
根深いメンタルブロックの場合は
そう簡単にはいかない場合もあります。
大丈夫だと頭では分かっているのに
強い怖さが出てきて行動できない、
何となく以前と同じ選択をしてしまう、
という場合は潜在意識にしっかりと
刻み込まれた根強いブロックがある
ということです。
こちらは、
そのブロックが必要だった過去の自分と
じっくりと向き合う作業が必要に
なってきます。
でも、無理にする必要はありません。
不快な出来事が起こったり、
繰り返される問題が出てきたり、
ご自身に必要なタイミングで
お知らせがやってきますからね。
その時々の自分にとって
ちょうどよい向き合い方があるのだと
私自身、実感しています。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
「こうするしかない」って感じる時
人は苦しくなるものです。
例えば、
「私にできる仕事はこれしかない」って
思い込んでいると、
その仕事を辞めるのはすごく怖いことに
なります。
だって、それを辞めたら
他にできる仕事がないのですからね。
嫌でも続けるしかない。
でも、そもそもの前提が
「私のできる仕事は他にもたくさんある」
だったらどうでしょう。
なんだか気持ちが楽になりませんか?
その仕事を
がんばって続けるのもよし、
辞めて違う仕事を探すのもよし、
しばらく休憩するのもよし。
ぎゅっと狭くなっていた視界が広がると、
他にも選択肢はあるということが
見えてくるのです。
実はこれ、私が社会人一年目の時に
感じていたことです。
色々失敗はするし、落ち込むし、
仕事に行くのが嫌になってしまって
いたんです。
そんな時、私の気持ちを軽くしてくれたのは
「本当に嫌になったら辞めよう」
という決意でした。
当時はそれに気づいていませんでしたが、
「自分が選べるんだ」と思うと
「もうちょっとがんばってみよう」
不思議とそう思えて、
辛い時期を乗り越えることができました。
「辞めてもいい」と思うと、
続けることを自分が選択しているのだ
という構造がシンプルに見えてきます。
主導権は自分にあるのです。
人は自分の選択に対しては
責任を持とうとするものなんですね。
その積み重ねが
誰でもない自分の人生を生きること
につながっていくと思うのです。
今日も最後までお読みくださり、
ありがとうございました

