レスリー(張國榮)が「影響を受けた人」と言っていた黎 小田(マイケル・ライ)について
5歳から映画に出演していた1950年代の子役スターで16歳で英国留学してから作曲家になった人。
お父さんが有名な作曲家で、50年代にたくさん北京語の音楽映画を作った作曲家の黎 草田。
黎 小田(マイケル・ライ)の本名は黎 田英。
子役で活躍していたら、その当時の芸能界にも知り合いが多かっただろうけど、黎 小田(マイケル・ライ)のお父さんが、有名な作曲家だったら息子も芸能界で力?があって当然ですね。当時は彼のお父さんも存命だったろうから、結局はマイケル・ライのお父さんのコネでレスリー・チャンもマイケル・ライも仕事してたってことじゃないの?(笑
黎 小田(マイケル・ライ)はアニタ・ムイは俺が有名にしてやった。レスリー・チャンは俺が有名にしてやった。とか言う人らしくて、なんだか、金持ち坊ちゃんでおだててないと扱い難いのかもしれないけど?
俺が俺がと声を大きくして言っていかないと香港では金儲けできる時期がすぎれば、知らん振りになっちゃうからなのかもしれない?そういうのが香港社会 なのかもしれないし・・。
まあ、コネであれ(香港の仕事は全部コネだから)作品がよければよいわけですが。
レスリー・チャンは、黎 小田(マイケル・ライ)のことを「ガーフィールドみたい」と言っていました。
お坊ちゃんで憎めない人なのかもね。
レスリー(張國榮)とは関係ないですが、本屋で思ったこと
昔の雑誌を整理していても
香港映画関係の本はなんとまあつまらないのでしょうと思います。
どうしてこうかたよっているのか、映画関係のものになると解説書になってしまって読んでいてもまったく面白くないな~。
映画の歴史や統計ばかりで映画講座みたい。
映画の解説や統計、歴史みたいな本も大切だとは思うので、必要だとは思うけれど、昔の本はそればっかりで、これじゃーレスリーファン(レスリーに限らず)香港映画ファンが興味を持つようなものじゃないよな・・。
昔は、こんなものでも本当に情報がなかったからチョッピリとレスリーが載っていた!と買うしかなかったし、日本の雑誌に載っていることだけでも嬉しかった時代だから何でも情報が欲しくて買っていたのですよね。
こんな本しかなったから香港映画や中華映画がすたれちゃうんだな~(それだけじゃないでしょうけど)
評論家が評論家にむけて書いているような本ばかり。
あ、これは昔の日本映画にも言えると思ったけれど。
中華映画は、ファンが変な意味で全部個人評論家になったからファンがいなくってどんどん廃れてきているのかもしれないな~。
ファンに向けての本じゃないんだよね。
ファッション関係の本のほうが購買者というか売上を第一に考えていてファンが興味をそそる、買いたいと思うようなものを載せてくれていて面白いんだよね。
純粋にこの映画好き~。○×好き~。というハッピーな気持ちのミーハーファンが楽しめる本じゃないんだよね。
ファンの興味がどこにあるかを無視して「映画とは」で作ってるのも、当時はそういう時代じゃなかったといえばそうなのかもしれない。
まだ、映画雑誌は映画に真面目に取り組むみたいな時代(笑
それにくらべて今日、本屋に行ってみてびっくりしたのは、
韓国芸能人の本の多さ。どれもこれもちゃんと本1冊が、ぺ・ヨンジュンとかサンウとか天国の階段とかテーマごとに1冊作られているわけです。
時代が変わったといえばそうだけど、韓国次芸能人の本がV6とか嵐とかジャニーズ本と同じところに置いてあるわけですよ。内容もそういうミーハーファンが知りたい芸能人のあれこれという内容なわけです。
時代は変わったというか、テレビの力にはビックリしましたよ~。
遅れていてすみません。
レスリー(張國榮)「覇王別姫」「6本目の指」を切られる子役:馬明威(マー・ミンウェイ)4
レスリー・チャン(張國榮)「覇王別姫」で「6本目の指」を切られる子役
馬明威(マー・ミンウェイ)について
消息を知ったのは、中国のあの子役達は今どうしてる?という記事で、大陸の70年代、80年代、90年代からの主にヒットした少年少林寺ドラマに出てたような子役達を扱った記事で、そのなかに紹介されていました。
日本でよく年末の週刊誌で特集する「あの人は今?」という企画ですね。
大陸映画でカンフー映画とかが中心なので、私は少林寺の子役等他の人はまったくわかりませんでした。
それによりますと、現在は、オーストラリアに在住しているようです。
「覇王別姫」の撮影後に1本映画に出ていますが、
その後は、芸能界にかかわっていないで普通の人になったようなので、
現在の写真もないとなっていました。
参考↓
http://ameblo.jp/lcing/entry-10026427295.html
http://ameblo.jp/lcing/entry-10026443213.html
レスリー(張國榮)「覇王別姫」「6本目の指」を切られる子役:馬明威(マー・ミンウェイ)3
レスリーがやった程 蝶衣(チョン・ティエイー)小豆子の幼年時代の子役
馬明威(マー・ミンウェイ)のもう一つの映画
<<「中国のお母さん」>>95年
・あらすじ
東北地方の工業都市の女性労働者:王秀琴と夫には息子の耿輝がいます。
息子の耿輝は学校の中で学問品行ともに優れた三好学生で、一家は親戚近所も羨ましい幸せな家庭です。
9歳の息子:耿輝が書いた作文の“私のお母さん”が区の中で一等賞をとりますが、授賞式で彼の聴覚に問題が発生したことを発見します。
お母さんは彼を連れて病院に行って診察を受けますが、やぶ医者が彼のために放射性の治療を採用した後に、病状はかえって悪化してしまいます。その結果完全に聴覚の能力を失ってしまいます。お母さんはお金を借りて、休暇を取って彼を連れて北京に行って医者を探すことにします。やっと専門家に診察してもらったところ、耿輝の耳の病気は良性だったのに、やぶ医者が誤診をして誤った治療をしたために、もう聴覚を回復することができなくなっていました。そのうえ話しをすることもできなくなるかも・・。
でも、そこからお母さんはがんばります。日雇いの仕事を昼夜して息子に治療を受けさせてます。中学しか出ていないお母さんは、教授の助けを借りて医学書を自分で勉強して、やぶ医者を訴えるために裁判を起こします。息子には発音発声の勉強をさせて普通高校に入学させます。またたくまに7年がたって医療事故の訴訟をお母さんは勝ち取ります!母の激励と助けのもとで、耿輝はすべての人の予想に反して優秀な記者になりました。
というあらすじだそうです。
注意:私の適当な解釈での中国語訳なので違っていたらごめんなさい。
レスリーの子供時代を演じた2人の小豆子が一緒に出演しています。
それから考えても「覇王別姫」93年を見て出演のオファーがいったのではないかと思います。
たぶん、あらすじから推測すると
9歳の時の耿輝を「覇王別姫」で6本指を切り取った子役の馬明威
大きくなってからの16歳を「覇王別姫」の少年時代の子役の尹治
が演じたのではないかと思います。
話しの内容と題名からなんとなく
コン・リー(鞏俐)出演「綺麗なお母さん」99年を思い出しませんか?
でも、「中国のお母さん」は、95年の作品なので「中国のお母さん」の方が先に撮影されているのです。
コン・リー(鞏俐)主演「秋菊の物語」92年の映画のテイストは入っているような気がします。
もしかしたら、「中国のお母さん」が「綺麗なお母さん」の元本なのかもしれません
私はレスリー以外の映画はあまり見ないのでそこらへんの事情がわかりません。
「綺麗なお母さん」に詳しい方、よろしかったら教えてください。
つづく
レスリー(張國榮)「覇王別姫」「6本目の指」を切られる子役:馬明威(マー・ミンウェイ)2
レスリーがやった程 蝶衣(チョン・ティエイー)小豆子の幼年時代の子役
馬明威(マー・ミンウェイ)のもう一つの映画は
「中国のお母さん」95年1月1日公開です。
私は見ていないので絶対に馬明威が出演したとは確認できないです。
買おう思ったこともありますが、探せませんでした。
95年当時の中国ではVCD海賊版作成もまだ難しい時代だったでしょうから、
このVCDそのものが売っていないのだと思います。
気長に待っていたら昔の作品がDVD化されて発売されることも多いので
再発売されるかもしれません?
レスリー・チャンが亡くなったときには、
レスリーに関係した昔の映画が色々とTVで放送されましたが、この映画もテレビで放送されているので、最近どこかでDVDになっているかもしれません。
どなたかDVDを持っている人がいたら確認してみてください。
あらすじはわかっているのですが、見たことがないです。
映画のあらすじに、つづく
レスリー(張國榮)「覇王別姫」「6本目の指」を切られる子役:馬明威(マー・ミンウェイ)1
「覇王別姫」の幼年時代の子役:馬明威(マー・ミンウェイ)は、子供時代の子役達のなかでは一番ひかっていたと思います。
レスリーがやった程 蝶衣(チョン・ティエイー)小豆子の幼年時代の子役たちごくごく普通の学校の北京郊外の小学生たちだったそうです。演技の経験はまったくありませんでした。ということです。馬明威もそうだったようです。
幼年時代の石頭の子役だけは、京劇学校の生徒なので、ファーストシーンで大道芸のシーンが出来たんですよね。
少年時代の子役達は、みんな京劇学校の子供達だそうです。京劇学校の子供達でないと京劇は無理ですよね。
「覇王別姫」を見たら絶対に幼年時代のあの子(馬明威)を使いたいと思うでしょうから、きっとオファーがあったと思います。
馬明威のきりりとした綺麗な眼の輝き、それなのに暗い深い何かを心に秘めたような眼差しは、映画の導入にかかせなかったと思います。
その後は1本映画に出ているそうです。
でも、普通学校の子供なら一人っ子で受験戦争に必死でしょうから、その後は親が芸能には進ませなかったのでは?と思います。
あの子役が写っている他の時の姿では、北京で「覇王別姫」のプレミアの時にレスリーと一緒に写っている写真(おしゃれな洋装で写っています)があるので、プレミアまでは協力してたのだと思います。
中国では「覇王別姫」自体がホモが内容にからんでいる映画なので、やはり親御さんとしては敬遠したい考えができたのではないでしょうか?
当時の中国の時代を考えますと同性愛はタブーですから、当局からカットされての公開だったり上映審査とかが問題になった映画ですから、「覇王別姫」以降にまで、あまり映画業界に関わるのが親御さん達がイヤだったのではないでしょうか?進学に差し障りのない年齢までは、映画会社との縁と義理とご恩で活動させて、その後は芸能活動をNGにしたのでは?
レスリーがなくなった時もコメントとか一切見たことないです。もし芸能界に入っていたら絶対に話題になっていると思いますが、私が知っている限りでは、その後に1本映画に出演したということからは、まったく姿が上がりません。
映画に出演したという話しも聞いたことがありません。
以上、憶測ありーのですけれど、今のところまでの知っていることです。
馬明威がもう1本出た映画について、つづく
レスリー(張國榮)「ブエノスアイレス(春光乍洩)」での様子2
・昔の記事発掘・
http://ameblo.jp/lcing/entry-10026363257.html
↑の記事でトニー・レオン(梁朝偉)が語った時のことが
ウォン・カーウァイ(王家衛)監督からの↓の「ロックンロールみたいな・・」の言葉につながるわけですね。
写真集より
最初のラブシーンから撮影を開始する。二人がアルゼンチンの北部を旅行しているという設定で、場所は南回帰線にほど近い小さな町のラブ・ホテルだ。レスリーの役名はポーウィン(私の撮影助手の名前だ)。トニーの役名はアーミン(こちらは特機係の名前からとった)。ふたりは部屋の羽目にハートの形を描き、そのなかに自分たちの名前を掘り込んでいる。
トニーとレスリーは、このシーンでどんな情感を出せばよいのか迷っている。私も途方に暮れる。「ここ、ミロンガの気分なんだよ」とウォンが不平をこぼす「ロックンロールみたいな動きをするのはやめてくれないかな」
現場から人払いをする。部屋に残ったのは、ウォンと私と「ふたりの恋人」だけだ。どんなふうにしてそうなったのか。なぜそんなことになったのか。事情も理由もわからないが、トニーがレスリーの上になっている。しかも私は、挑発的でありながらつつしみぶかいという、理想的なキャメラ・ポジションをとっている。どんなふうにしてそうなったのか。なぜそうなったのか。こちらも理由はわからない。
美しく官能的なシーンだった。ベッドでもつれるとニーとレスリーは、じつにすばらしい。しかしトニーは、撮影が終わると心底ぐったりした様子だ。
「キスだけすればいいって、ウォンはいったんだよ」トニーは、私にそう打ち明ける。「なのに、こんなことまでさせられちゃってさ」
一方、昂揚したレスリーは、すっかり意地悪オカマの気分になっている。「わたし、これまでずっと、女の余分な穴に自分のアレを入れたいってふりをしてきたのよ。わかるでしょ、わたしがどんなにいやな気持ちでいたか」
*
ウォン・カーウァイ(王家衛)は、トニー・レオン(梁朝偉)に父親探しの話しだと説明してブエノスアイレスに連れてきて、撮影初日にゲイ役でレスリー・チャン(張國榮)とベットシーンをさせています。
レスリー(張國榮)「ブエノスアイレス(春光乍洩)」での様子
・昔の記事発掘・
トニー・レオン(梁朝偉)インタヴュー電影双週刊97年
トニー・レオン(梁朝偉)が語る↓
相手役が誰でも、僕は本当にかわまないんだ。しっかりしたいい相手役は、もちろん演技の助けになってくれるし。相手役がよくないと思ったことは今までないけど。
よく覚えているのは、アルゼンチンでの撮影1日目がベットシーンだったことだ。僕はむやみにバタバタして飛び上がって、レスリーと思い切りキスした。彼の反応は「君はこんなんで本当に楽しいの?」次の日から、撮影に入るレスリーはいつもこっそり身構えている様子だった。僕はただ、よかれと思ってしただけなんだ。彼との戦いじゃない。
*ふ~ん、トニーにこんなことレスリーは言ってたのね。
ノーマルなトニーに拒否されるかもと思ってレスリーはちょっと身構えてたのかな?
そういえば、レスリーは落ち込んでたトニーに、他にもすごい余計なこと言ってたよね~(笑
つづく
レスリー(張國榮)出演チャイニーズ・ゴースト・ストーリー監督程小東(チン・シウトン)どろろ2
程小東(チン・シウトン)は、2007年公開された妻夫木聡&柴咲コウの「どろろ」のアクション監督をしていました。
ヒットしたので、「どろろ2&3」製作決定だそうです。
また、海外で撮影で来年から撮影するそうです。
それも一度に「どろろ2&3」にするとのこと。
「ロードオブザリング」にように考えていたそうです。
「どろろ2&3」製作決定!妻夫木&柴咲コンビも続投!
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20070222-OHT1T00066.htm



