レスリー・チャン(張國榮・張国栄・Leslie Cheung)スマイル -176ページ目

ミシュラン 香港・マカオ(澳門)版 08年12月5日発売

ずっと前に、ミシュランの香港版って無いなぁ~と書いたけど、
やっぱり出版されましたミシュランガイドの香港版。
正式には、「ミシュランガイド」香港・マカオ(澳門)版だけど。

そしてやっぱり、香港では批判が続出~(笑

たまに香港に行くような観光客から見たら、
妥当なホテルのダイニングや高料金のお店が多いですね。


高くて上手いのは当たり前でしょうから、地元の人には、そりゃ不満だろうな~。
結局、評価の基準が「ジョエル・ロブション」になるのなら、納得はしないだろう。

(香港2つ星、マカオ3つ星ですが)


でも、西洋人には、無理、無理~。料理が食べられないよ。
五香粉とか香菜は、日本人だって食べられない人が多いのに・・
中華香辛料が、臭い・食べられない・嫌いな西洋人達に、地元密着の店まで評価ができるわけないと思う。


最近、香港に行っていない私でも知っているようなお店と最近出店したお店が多くて、中途半端なお店は無しみたいですね~。
それなりの定番のお店で固めた印象がありますが、
1つ星が福臨門(灣仔)
2つ星が夏宮(アイランドシャングリラ)香宮(シャンパレス)
なんてところは、観光客として納得するわ~。
福臨門からの弟子達を入れてる店だけど、独立して勤めたほうが手を抜かないのかもね。

どっちもお店は雰囲気重視のレスリー・チャン(張國榮)が行ってたお店だけどね~(笑


そして、北京版、上海版「ミシュラン」もできるそうな~。

香港・マカオ版みたいなお店選択だろうな。


●香港
3つ星…龍景軒(フォーシーズンズホテル香港)
2つ星…Amber(アンバー)、Bo Innovation、Caprice(カプリス)、
     L’Atelier de Joel Robuchon(ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション)
     香宮(シャンパレス)、夏宮(サマー・パレス)、唐閣(タンコート)
1つ星…福臨門(灣仔)、富臨飯店、胡同、利苑酒家(國際金融中心)、

      利苑酒家(尖沙咀)、明閣(ミン・コート)、珀翠餐廳、

      Pierre(マンダリンオリエンタル最上階)、富豪金殿、紫玉蘭、

      金葉庭(コンラッドホテル)、翠玉軒、桃花源小廚、ヨンキー(鏞記酒家)


●マカオ澳門
3つ星…Robuchon a Galera(ジョエル・ロブション・ア・ギャレラ)
2つ星…桃花源小廚
1つ星…金殿堂中餐廳、8餐廳、東怡軒、帝影樓



●「本場の味を軽視」=ミシュランの評価に反発-香港各紙
 【香港3日時事】「外国人に香港の味は分からない」-。2日発表されたフランスの「ミシュランガイド」香港・マカオ版の評価に対し、3日付の香港各紙は強い反発を示した。
 東京版では高い評価を意味する星が173店に与えられたが、香港ではわずか22店。星島日報は「評価されているのは料金が高いホテル内の店が多く、香港人が好む地元の店を軽視している」と批判し、太陽報も「多くの本場の美食が漏れている」と主張した。
 また、有名なコックやグルメ評論家は各紙に「外国人と香港人の味覚は違う」「このガイドは外国人観光客向けにすぎない」などと語った。(2008/12/03-15:12)
↓「本場の味を軽視」=ミシュランの評価に反発-香港各紙
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008120300608


●ミシュラン香港・マカオ版、中国人シェフに初の3つ星
ペトリュスやロマネ・コンティのコレクションが出迎える3つ星「ジョエル・ロブション・ア・ギャレラ」(マカオ) ミシュランガイド初の香港・マカオ版の掲載店が2日、発表され、フォーシーズンズホテル香港の 「龍景軒」とマカオの「ジョエル・ロブション・ア・ギャレラ」の2軒が3つ星を獲得した。
 「ミシュランガイド 香港・マカオ 2009」は23か国目で26番目のガイド。レストランは香港が169軒、マカオが33軒、ホテルは香港が33軒、マカオが16軒の計251軒が掲載された。2つ星は8軒、1つ星は18軒。28軒に計40の星を与えた。
 「龍景軒」(Lung King Heen)はヴィクトリア湾の景色を楽しめるホテルのダイニングで、味付けや素材に工夫のあるヌーベルシノワ。中国人シェフが初めて3つ星を獲得した。記者会見での総責任者ジャン・リュック・ナレ氏の発言によると、12回通って、一貫した品質の高さから、中華料理で初の3つ星を決めたという。
 「ジョエル・ロブション・ア・ギャレラ」は、マカオのカジノホテル「グランド・リスボア」にあり、ジョエル・ロブション氏が監修する正統フレンチ。ホテル・オーナーがコレクションしたペトリュスやDRC、世界中のパーカーポイント100点ワインを含む豪華なワインリストは、アジアでトップクラス。
 2つ星には、同じくフォーシーズンズホテルからフレンチ「カプリス」、マンダリンオリエンタル香港の現代フレンチ「アンバー」、アイランドシャングリラ香港の広東料理「夏宮」(サマー・パレス)、九龍側のランガムホテルの「唐閣」(タン・コート)などが選ばれた。香港・セントラル地区の「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」も2つ星で、ロブション氏は世界に輝く星の数をさらに増やした。
 1つ星には、日本にも進出している広東料理「福臨門酒家」香港店、パリの3つ星シェフのピエール・ガニェール氏がマンダリンオリエンタル最上階に開いた「ピエール」、アイランドシャングリラのフレンチ「ペトリュス」、「唐閣」系列の「明閣」(ミン・コート)、ガチョウで有名な「ヨンキー」、海鮮で有名な広東料理「富臨飯店」、唯一の北京料理「胡同」などが選ばれた。
 ミシュランガイドとしては初めて、英語と中国語の2か国語表記となった。30種以上の料理カテゴリーが掲載され、半分近くが中国料理。1ページに写真2点でレストランを紹介し、「地元の料理を出す簡素な店」というシンボルマークも生まれた。リストアップされた1200軒を訪問した調査員12人のうち中国人は2人といわれ、ヨーロッパ的な味覚に傾いている。ナレ氏は、北京と上海のガイド出版の可能性について言及した。(2008年12月3日 読売新聞)
↓ミシュラン香港・マカオ版、中国人シェフに初の3つ星
http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/drink/wnews/20081203gr07.htm



↓前記事2007-11-25 ミシュランに香港版はない。
http://ameblo.jp/lcing/entry-10057126246.html

渋谷「カクタスクラブ」が来年1月末に閉店。ネット販売は継続

95年から開店してたお店だから古い中華ファンには懐かしいお店ですよね。

たしか、アンディ・ラウ(劉徳華)ファンの二人が

香港にイベントで良く行くので、現地で買いつけて日本で売ろうと始めた店だったはず。
始めた方達は、もうかなりの年齢じゃないかなぁ・・?

毎日、お店を開けるのは大変だよね・・。


当時は、簡単に香港の雑誌とかを買えなかったから、利用した人が沢山いると思います。
CDやDVDなどの映画ドラマ関係は、簡単にネットで購入できるけど、
今でも雑誌関係は、そんなに簡単にネットで買えないのでは?
送料がかかるしね・・雑誌は需要があるような、ないようなところがあるのかも。

数日経つとネットで画像が上がるから、あんまり雑誌系から情報を必死に集めることってないでしょうね。
今は、好きな明星のことなら、新聞情報が毎日毎日たくさん入手できるものね・・。
レスリー・チャン(張國榮)ファンには関係ないけどさぁ。。しょぼん。


怪しい感じでいかにもマイナーな中華のお店で良かったのにね~(笑

「カクタスクラブ」の入っていたビルは、今は宮崎県知事になっているそのまんま東が16歳との淫行事件で捕まったお店があるビルで、ニュースを見て同じビルだったから中華ファンに話題となっていました~。ビックリしたよー。


中華系ショップは閉店してしまった店ばかりかな。。

旺角の信和中心にあった店が、日本のブームを狙って下北沢に出店してた「ケイセイ・ジャパン」ていう生写真のお店もありましたね。
トニー・レオン(梁朝偉)やアンディ・ラウ(劉徳華)がサイン会をやったことあるシネ・シティもとっくに閉店したし、中野のジャスミンティーだかも閉店して、実際に手に取って見れる店舗形式のお店はもうほどんとないのかしら?
「カクタスクラブ」と同じビルに神戸から「香港王」が出店してたようですが、残りはこの1店舗だけかな?
神戸が本店ならば、そろそろ難しいのかな?どうなのかしら?
昔と違って店舗をかまえると経費もかかって大変でしょうね。。


●重要なお知らせ
いつも「カクタスクラブ」をご利用いただきましてありがとうございます。
突然ですが、1995年に開店以来丸13年にわたりお引き立ていただいてまいりました渋谷の店舗を2009年1月末に閉店することになりました。
これまで13年の長きにわたりお店を続けてこられたのも、ひとえに皆様のご愛顧のおかげです。心より感謝を申し上げます。
本当に長い間ありがとうございました。

つきましては、12月2日(火)より全品半額セールを行います。
在庫がなくなり次第終了になりますので、お早めにご来店ください。
※新入荷商品・お取り置き商品・お取り寄せ商品を除きます。
※半額商品のお問い合わせ、ご注文はお電話のみで受け付けます。
 TEL.03-3496-5821 
メールでのお問い合わせには対応が出来ませんのであらかじめご了承ください。
尚、店舗は閉店いたしますが、インターネットでの通信販売は『田中』が引き継いで行います。至らない事も多々あるかと思いますが、今後とも末永くよろしくお願いいたします。


↓「カクタスクラブ」
http://www1.odn.ne.jp/~cak96160/

カクタスクラブ
火曜日~金曜日 : 12:30頃~19:30
土曜日・日曜日  : 12:00~19:30
月曜定休(祝日の場合は営業します)
〒150-0041東京都渋谷区神南1-11-5ダイネス壱番館渋谷702
TEL.03-3496-5821  FAX.03-3496-5822

ノキアNokia 携帯端末 販売終了 日本からほぼ撤退

ドコモのノキア製端末で12月新発売の「docomo PRO series Nokia E71」は発売中止だそうで、日本では、ノキアはダメだったね~。

今すぐの完全撤退をしないのは、現在もノキアの携帯端末を使っている人達のメンテナンスサービスとかをしないといけないからなのでしょう。


香港や外国だとノキアが圧勝なんだけど、
レスリー・チャン(張國榮)もノキアのイベントに出席してたので、ノキアの携帯を使っていたのになぁ。

レスリー・チャン(張國榮)が携帯電話を使っている姿は何度も見ているけど、異国の携帯だと外観だけ見て携帯の型番まではっきり解らないし~。レスリー・チャン(張國榮)ならプレゼントでノキアから貰ったノキア携帯をそのまま使っていたのだと思うけどね。


一番印象にある携帯姿は、昔、外国で見たときの、やたら大きい携帯を使っていたレスリー・チャン(張國榮)の姿が思い出にあるな~。
唐さんにでも電話をかけていたのだろうか?それはなさそうだったけど(笑
丸い型抜きのメロンを食べてたレスリー(笑


今どき、いつの時代だよ?というくらい大きな携帯で、
あれを見て日本の携帯って世界で進んでるなぁ~と思った。
きっとレンタルの海外携帯用だったから大きかったのだと思うけどね。


ノキアの携帯端末を持っているわけでもないので、自分には直接関係ないし、

新しい携帯端末が発売されれば、昔の端末は香港でも日本でも発売されなくなるけれど、

レスリー・チャン(張國榮)にゆかりがあるような事柄なので、ちょっと寂しいかな。。



●ノキア、日本市場での事業展開を見直し
11月27日18時32分配信 Impress Watch
 ノキアは、日本での携帯電話端末の販売および販売活動を打ち切ると発表した。
 発表によれば、日本では端末販売および販売活動を打ち切るものの、日本に拠点を置くR&Dセンター(開発部門)や部品調達事業は今後も展開していく。同社の高級ケータイ部門「VERTU」については対象外とのことで、予定通り進められる見込み。
 同社上級副社長のティモ・イハムオティラ氏は「現在の厳しい世界的な経済傾向の中では、日本独自の製品展開のための投資を続けていくことはできないと判断した」とコメントしている。
 ノキア・ジャパンによれば、今回の販売打ち切りの対象は、ノキアブランドで提供する直販の携帯電話端末だけではなく、キャリアブランドで販売されるモデルも含んでいるとのことで、日本国内での端末販売・供給から一切手を引くことになる。2009年上期中に販売活動を取り止める。
 発売済みの現行モデルについては、今後もユーザーが不自由なく利用できるようサポートしていく。発表済みで未発売のモデルについては、「キャリア提供の端末であり、先方と話しながらどう進めていくか検討していくことになるため、ノキア単独ではコメントできない」としている。
 NTTドコモでは、「店頭にある現行モデルについては今後も販売し、アフターサービスも継続していく。新機種として発表したE71については、販売中止を含め、両社で今後検討していく。現時点で決定した事項はない」としている。一方、ソフトバンクモバイルでは「28日発売予定のN82については予定通り発売する。今後については、これからノキアと話し合いを進めていく」としている。本誌が27日夕刻、家電量販店を調査したところ、28日発売予定のソフトバンク端末「N82」の予価は6万4320円、24回払いでは1回あたり680円と案内されていた。 最終更新:11月27日18時32分

↓ノキア、日本市場での事業展開を見直し
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081127-00000041-imp-sci


●ノキア、普及モデルの販売撤退 豪華端末で富裕層向けに
 世界最大手携帯電話端末メーカー、ノキア(フィンランド)は27日、日本での携帯の普及モデルについて、販売から撤退すると発表した。日本では高機能化が進んだ国内メーカーの携帯が圧倒的な人気で、ノキアはシェアが低迷していた。富裕層向けの豪華端末の販売に集中する考え。

 ノキアの携帯はNTTドコモとソフトバンクモバイルが取り扱っている。ノキアは撤退の理由に関し、世界的な経済悪化を踏まえ「日本向け製品展開のための投資を続けられない」と説明している。

 ノキアは来年春にもNTTドコモから通信回線を借りるMVNO(仮想移動体通信事業者)方式で、携帯通信事業への参入を計画中。豪華端末など富裕層向けの一部サービスを実施する方針。【共同通信】

↓ノキア、普及モデルの販売撤退 豪華端末で富裕層向けに
http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008112701000702.html

再度、レスリー・チャン(張國榮)のフィギア「紅・レッド」

また、レスリー・チャン(張國榮)のフィギア販売のご案内がきました~。
2000年情熱ツアーでの「紅・レッド」を歌っているレスリー・チャン(張國榮)のフィギアですが、今度は、正面の写真が送られてきました~(笑
まあーあのーどうなのかしら?この顔・・・なんだかインド人みたいです(笑
ウエストもくびれ過ぎて、まるっきり女性体型ですね~(笑


そういえば、アメリカでレスリー・チャン(張國榮)のコンサートのポスター写真(横顔のあれです)のチラシを見てホテルのフロントの人が、
「彼女は綺麗な人だね」と言っていたので、
「ちがうよ~、彼だよ」って言ったら
「え?この人女性じゃないの?男なの?レスリーって名前だから女でしょ?」

とビックリしてて、男か女か再度聞かれたことあったな。
「へぇー男なの!」って感じで、マジマジとチラシの写真を掲げて見ていた。
「これ、男なんだって」とフロントの人同士でしゃべってた。
レスリー本人が泊まっているんだから男か女かくらいは確認しといてよ(笑

アメリカ人から見たら名前と写真から女性にしか思えなかったみたい。
レスリーって名前は、男性も女性も使うけれど、最近は、女性の名前で使うほうが多いみたいだし。
マッチョな男がカッコよいアメリカ人からは、随分と方向が違う写真だからなぁ。
もしかして、フロントの人達は、
ニューハーフとか性転換者とかを勝手に思っていたのかも知れないけど(笑


フィギアは、再度のご案内が来るほどなので、どうも売れてないみたいですね。
売れていないのは、ちょっと可哀想なんだけど、
肝心のフィギアの出来が・・??だしね・・・。。
出来が良くても、私には買う根性がありませんけど(笑

レスリー・チャン(張國榮)ファンで、お人形のレスリー・チャン(張國榮)
でも可哀想だと思う優しい収集マニアの方は、いないのでしょうか~(笑 

香港の会社なのかと思っていたら、アメリカの会社だそうで。
世界限定500ユニットだそうです。

もうちょっと早く販売していたら、まだファンが残っていたと思うけど・・。
中華芸能ファンはいるのだけど、
レスリー・チャン(張國榮)だけのファンとなると、そんなにいないですからねぇ・・。
今更だと数量500は難しいと思いますが・・。

レスリーチャンのフィギイア レスリー・チャンフィギア正面から

↓優しいファンの方、参考にどうぞ~。
Paypalで払えます。でも、日本でPaypalってポピュラーじゃないよね。
Paypal手数料は、アメリカは無料だったはずだけど、日本でも、最近無料になったのかな?しかし、自分のPaypalへ入れとくお金の入金手数料は必要だったはず?日本では、あまり一般的なものではないので、個人で要確認してください。

FINALCAST ( United States) produced a limited edition collection,Just launched on market the first edition of of Concert series Including the four products.
The world's limited edition: 500 unit.

Who are interested can log on: http://www.fc-toy/ to enjoy more pictures.

You can directly logon ebay: Search the Item: "Legend of Red ",With Paypal payment.

↓前記事 レスリー・チャン(張國榮)のフィギア 「紅・レッド」
http://ameblo.jp/lcing/entry-10159472382.html

男装の麗人 川島芳子をめぐる生存情報が出てきた。

川島芳子の生存説は、国民党政府により「漢奸」(反逆通敵罪)として1948年(昭和23年)に北京で銃殺された直後からもう出ていて、長年、噂として話されていたことなのですが・・。
日本でも陸軍特務・吉薗周蔵の手記(真偽わかりません。ですが・・)で、生きていたという話しが浮上したりもしてます。


今回のニュースでは、遺骨を埋葬している話も出ていますので、

遺骨らしきものや埋葬したという場所が確定できるならば、

今の化学ならDNA鑑定などで、比較的簡単に真偽の確定をしようとしたら出来てしまうと思うんですけどね~。
それには、中国側がどこまで協力するか?だから、永遠に謎になるかもしれないけれど・・・。
中国政府としたら、当時の発表が嘘だったということになってしまいますから、メンツまるつぶれなことに協力するかなぁ?(笑


李香蘭として活躍していた元参院議員山口淑子さんがコメントされているのが、ちょっとビックリしました。
なんだか、こういう話しって「眉唾」と言ってすぐ否定されてしまうことが多いのに・・、不確定な中国情報にもコメントをされるほど、山口淑子さんは、川島芳子への思い出が強いのだろうなぁ・・。

山口淑子さんは、88歳でもまだとってもお元気なようなので、

元気なうちにいろいろな思い出話をもっともっと細かく書いた本を出してもらいたいな。

貴重な20世紀の貴重な生き証人です。


李香蘭が映画「蘇州の夜」の主題歌を歌ったレコード、日本風の絵画や関東軍関連の資料などのほか、銀製のかんざしやフランス製望遠鏡などは、
かなりのお金がある人でないと入手できない物ばかりですよね。


妹さんで、20年以上も刑務所と強制労働生活をさせられていた「清朝の王女に生まれて」の著者愛新覚羅顕琦(あいしんかくら・けんき) さんは、お元気なのでしょうか?
このニュースを聞いてどう思っているでしょうかね・・?


没後60年経ってもいつまでも日本と中国で話題になっていることに、

さびしがりやの彼女は満足してるのではないかなぁ~。

川島芳子と李香蘭が会った天津の中華料理店「東興楼」が今も存在していたら行ってみたかったです~。


川島芳子


●『東洋のマタ・ハリ』川島芳子 78年まで生存?
2008年11月16日 朝刊
 【北京=池田実】旧日本軍のスパイとして一九四八年に北京で処刑されたはずの「東洋のマタ・ハリ」、川島芳子が七八年まで中国吉林省長春で生きていたとの証言が飛び出した。同省の日刊紙、新文化報が十五日までに報じた。「男装の麗人」とも言われた芳子をめぐっては、処刑直後から替え玉説がささやかれていたが、新文化報は芳子生存を裏付ける証言などを連日のように報道している。
 同紙によると、証言したのは長春市の女性画家、張〓さん。張さんの母は残留日本人孤児で、一歳の時に長春に住む男性の家に引き取られた。男性は二〇〇四年、八十六歳で他界したが、亡くなる直前、張さんに「小さいころ一緒に遊んでくれた方おばさんは川島芳子だ」と打ち明け、芳子が描いたという絵を託したという。
 男性は戦時中、旧満州国警察局長の日本語通訳を務めており、芳子とも接触があったという。処刑場で芳子を別人にすり替え、男性は元同僚と三人で長春にかくまったという。
 張さんは幼いころ、「方おばさん」から日本語や日本の歌を教わったが、教わった歌の中には芳子が作詞した「蒙古の歌」などもあったという。
 男性が死亡した後、自宅壁に隠されていた箱が発見され、中から「方おばさん」が描いたという日本風の絵画や関東軍関連の資料などのほか、銀製のかんざしやフランス製望遠鏡など当時の中国では入手困難だったものも含まれていたという。
※〓は金に玉
↓『東洋のマタ・ハリ』川島芳子 78年まで生存?
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2008111602000092.html


●川島芳子の「生存」示す書簡か=遺骨も? 救出者から愛人あて-中国
 【長春(中国吉林省)17日時事】旧日本軍のスパイで、1948年に北京で処刑されたはずの「東洋のマタ・ハリ」川島芳子が処刑を逃れ、中国吉林省長春市で78年まで生きていたという証言をめぐり、芳子の消息を記したとみられる書簡と、遺骨とみられる燃えがらが見つかった。書簡は、証言をした張◆(金ヘンに玉)さん(41)が義理の祖父から託された七宝焼の獅子像の中から見つかった。芳子を救出した男性が、処刑されずに生きていたことを芳子の秘書で愛人だった小方八郎氏に伝えようとして書いたとみられる。
 張さんから委託を受けて調査している吉林省の元芸術学校長、李剛さんが17日、明らかにした。獅子像は手のひらに乗るほどの大きさで、李さんが16日、張さんらの立ち会いの下、底の封蝋(ふうろう)を開けてみたところ、縦12センチ、横7.5センチの黄ばんだ紙が出てきた。紙には古書体の篆書(てんしょ)で「芳魂西天至未帰来国悲九州遠今奇才 秀竹 敬具 小方閣下 広幸」と読み取れる文字が書かれていた。
 書簡は張さんの祖父と一緒に芳子を北京の監獄から脱出させた「秀竹」と呼ばれた男性が書いたとみられる。李さんは、「書簡は『芳子の魂は極楽にあるが、いまだ国(日本)には帰っていない』という意味に読み取れる。『秀竹』は、川島芳子が処刑を逃れて30年間生き、その後亡くなったことを小方氏に伝えたかったのだろう」とみている。(2008/11/17-18:59)
↓川島芳子の「生存」示す書簡か=遺骨も? 救出者から愛人あて-中国
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200811/2008111700690

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●奇妙な縁に「心安らぐ思い」=川島芳子生存説に山口淑子さん
 旧日本軍のスパイで、1948年に北京で処刑されたはずの「東洋のマタ・ハリ」川島芳子が処刑を逃れ、中国東北地方の吉林省長春市で78年まで生きていたという証言について、旧満州で歌手兼女優の李香蘭として活躍し、芳子と親交があった元参院議員山口淑子さん(88)は18日、「信じられない気持ちがある一方で、あり得ない話ではない」と当惑しながらも、「もし証言が本当なら、あーよかった。心が安らぐ思いがする」と語った。
 「妹のようにかわいがってくれた」。山口さんが芳子と初めて会ったのは16歳の時、天津の中華料理店「東興楼」でだった。芳子は「君も『よしこ』か。ぼくも小さいときに『よこちゃん』と呼ばれたから、君のことを『よこちゃん』と呼ぶよ」と最初から打ち解けた。山口さんは13歳年上で、りりしい男装姿の芳子を「お兄ちゃん」と呼んだ。
 「方おばさん」として処刑から30年生き延びたとされる芳子が形見として残したものの中に、李香蘭が映画「蘇州の夜」の主題歌を歌ったレコードがあった話を知ると、「そう言えば、お兄ちゃんと最後に博多で会ったときに、李香蘭のレコードを擦り切れるまで聞いているよ、と言ってくれたのを思い出した」。「生存情報とともにレコードが残されていたということも縁を感じる」と感慨深げだった。
 清朝の王女ながら日本人の養女となり、日本籍を取得していなかったため、中国人として死刑判決を受けた芳子。中国で生まれ育ち、中国名で活躍した山口さんも終戦後、中国で「売国奴」として裁判にかけられたが、国籍が日本だったため帰国を果たした。
 「国籍という紙切れで、私とお兄ちゃんは運命が変わった」と山口さん。「78年まで生きていたのなら会いたかった。でも、隠れて暮らしていたんでしょうから、会えなかったでしょうね。切ない思いもする」と声を詰まらせた。(2008/11/18-17:26)

↓奇妙な縁に「心安らぐ思い」=川島芳子生存説に山口淑子さん
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200811/2008111800673

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●「立ったまま往生」=川島芳子?の最期で証言-中国
11月20日2時35分配信 時事通信
 【長春(中国吉林省)19日時事】「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれ、1948年に北京で処刑されたはずの旧日本軍のスパイ、川島芳子が処刑を逃れ、中国吉林省で78年まで生きていたと証言した画家の張※(※=金ヘンに玉)さん(41)が19日までに長春市で取材に応じ、芳子とされる「方おばさん」は「立ったままテーブルにもたれ、目を見開いて動かなくなっていた」と最期の様子を明らかにした。
 張さんによると、78年の旧暦1月15日の元宵節(げんしょうせつ)の日、11歳だった張さんは日ごろかわいがってくれた方おばさんの同省四平市の家に遊びに行っていた。「刻みたばこを買ってきて」と言いつかり、買い物をして帰ってみると、方おばさんはつえを突いたまま動かなくなっていた。そこへ張さんの義理の祖父で、芳子の監獄からの脱出にかかわったとされる段連祥さん(2004年に86歳で死亡)がやってきて、死亡を確認。死因は肺気腫に伴う心臓発作だったという。
 遺体は火葬され、張さんが遺骨を運んでいた時に雪道で転び、遺骨の一部を地面に落としてしまった。段さんから平手打ちされ、「祖父にぶたれたのは最初で最後だったので、よく覚えている」という。張さんは「方おばさんに日本の言葉や歌を教えてもらった。自分が画家になったのも、絵が好きだった方おばさんの影響かもしれない」と振り返った。
 張さんの母で、残留日本人孤児として段さんの養女となった段続★(★=檠の「木」を「手」に)さん(64)は「2000年に養父から、方おばさんが川島芳子だと打ち明けられた。驚くと同時に信じられなかった。養父から口外しないよう言われていたので、娘ともこのことで話をすることはなかった」と述べている。 11月20日2時35分

↓「立ったまま往生」=川島芳子?の最期で証言-中国
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081119-00000216-jij-int

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●川島芳子の処刑に関して吉薗手記
周蔵と親しかった藤山愛一郎は、昭和34年、岸内閣の外務大臣として訪中したが、それに先立ち、周蔵に懇請してきた。
「吉薗さんは、昔周恩来総理が日本におられた時、親しかった、と言っていたねえ。そこで頼みがあるんだが、この藤山なる男は吉薗周蔵の古い友人だと、周総理宛に一筆書いて頂けないか」
「承知した、書きましょう。ただ、周総理に会ったら、一つだけ聞いてきて欲しいことがある」
周蔵は承諾したが、条件を一つ出した。それは
「川島芳子は生きているとの噂ですが、本当ですか?」
と尋ねて欲しい、ということであった。
(中略)
芳子は男装をして「キミ、ボク」と甲高い声の男言葉で話し、多くの日本軍人を手玉に取った。その奔放な行動と満州建国における活躍から「東洋のマタハリ」と呼ばれた。その相手の一人甘粕から周蔵は昭和18年頃、芳子に関する驚くべき秘話を聞くが、その内容は後日語る機会もあるだろう。
戦後、国民党の戦犯裁判において芳子の国籍が問題となった。日本籍なら戦犯として裁判を受けられるが、中国籍なら漢奸(国家反逆者)として即時死刑を免れない。川島浪速が出廷証言しなかったことと、正式に
養子入籍していなかったことから、芳子は後者と断定され、昭和23年刑場の露と消えた、とされている。
(中略)
帰国した藤山外相は、周恩来の言葉通り周蔵に伝えてきた。
「そんなこと、答えられるわけがありません。ただ、吉薗先生には一言だけ『マルです』とお伝え下さい」
ということであった。
平成8年8月、外務省出身の某議員の言に、川島芳子が金条(延べ棒)5本によって死刑を免れ、以後は国内に軟禁されていたと聞いた。塚田という海軍関係の特務機関員から聞いたというのである。
(ニューリーダー 1997.10月号掲載分より)
http://homepage2.nifty.com/hokusai/rekishi/yoshiko.htm


↓「男装の麗人~川島芳子の生涯~」08年12月6日21:00放送

http://ameblo.jp/lcing/entry-10169133652.html

「男装の麗人~川島芳子の生涯~」08年12月6日21:00放送

●「男装の麗人~川島芳子の生涯~」
2008年12月6日(土)21:00~テレビ朝日系列で放送
川島芳子の没後60年の記念作品のようです。

川島芳子の若い頃は、黒木メイサ。
川島芳子の38歳以降の人生を真矢みきが主演。


西島千博の奥さんは、お仕事でたくさんオファーがあるね~。
黒木メイサは、ちょっと川島芳子のイメージからだと綺麗過ぎでは?
役としては、宝塚の男役出身の真矢みきは、川島芳子にぴったりだと思う。
どんな感じに演技するのか楽しみです~。


「李香蘭 私の半生」にあるような山家亨と川島芳子のエピソード等は面白いけれど、どうも山家さんはテレビには登場してこないみたいです?


レスリー・チャン(張國榮)の演じた「さらば、わが愛/覇王別姫」の主人公達や李香蘭、梅蘭芳が生きたこの清朝末期からの時代は、興味がある時代なので、テレビで関連した題材が放送されていると見てしまいます。


日本には大陸に夢を見ていた人達がたくさんいた時代・・日本人っぽくない大陸浪人みたいな人達がたくさん出てきて、良い悪いは別にして、ドラマティックな生涯でドラマの題材になる魅力的な人達がたくさんいた時代です。日本軍、国民党、共産党、中国シンパの日本人、あっちが味方だと思ったらこっちが味方になったり・・敵だったり・・。
中国にいた日本人は、上手に中国語も操り中国も好きだった人達がたくさんいたのだろうし、簡単な感情では割り切れない中国への思いが大陸にいた人達にはあったんだろうなぁ~。


川島芳子の題材は、アニタ・ムイ(梅艷芳)主演で香港映画「川島芳子」にもなっています。
香港でなら男装の麗人は、アニタ・ムイ(梅艷芳)だったのだよね・・。アニタも男前!って感じの意思の強い印象があるけど、女性らしい細~い人だったな。。


↓公式「男装の麗人~川島芳子の生涯~」
http://www.tv-asahi.co.jp/dansou/

09春公開『三国志』のアンディ・ラウ スタント杜奕衡 (ドー・インフン)

日本題名『三国志』原題『三国之見龍卸甲(三国志 龍の復活)』でアンディ・ラウ(劉徳華)の替身(スタント/替え玉)を07年の敦煌などの撮影時にしていた杜奕衡(芸名:豆豆) (ドー・インフン) 。


替身は、普通に訳せば「スタント」なので、危険なシーンをするいわゆる専門職の「スタント」になると思いますが、
この場合は、違うみたいに思います。

スタントではあるだろうけど、「替え玉」という感じではないかな?
CDデビューして中国大陸のテレビ等にも一応名前が出て出演している歌手が、

危険な専門スタントの仕事をするとは考えられないです。

アンディ・ラウ(劉徳華)のそっくりさんでマスコミに売りこみたいという事務所の押しがあったのでは~(笑
たぶん、アンディ・ラウ(劉徳華)の遠めのシーンとかアップにならなくてもいいようなシーンで、本当の専門職であるアクションスタントを使わなくても良いシーンで出演していたのではないでしょうか?

三国之見龍卸甲アンディ本人とアンディ替身 杜奕衡

アンディ・ラウ(劉徳華)と杜奕衡 (ドー・インフン)
三国之見龍卸甲のアンディ・ラウ本物 アンディ・ラウ(劉徳華)本人


三国之見龍卸甲のアンディ替身 杜奕衡 スタント杜奕衡 (ドー・インフン)
三国之見龍卸甲のアンディ替身 杜奕衡 スタント杜奕衡 (ドー・インフン)
三国之見龍卸甲のアンディ替身 杜奕衡とマギーQ

杜奕衡 (ドー・インフン)とマギーQ
三国之見龍卸甲のアンディ替身 杜奕衡 スタント杜奕衡 (ドー・インフン)

わざと似るようにしているワケですが、かなり、そっくりですね。

杜奕衡 (ドー・インフン)は、《歓楽総動員》でアンディ・ラウ(劉徳華)そっくりさんになったので、内地のアンディ・ラウ(劉徳華)と言われているそうな。

杜奕衡(豆豆) (ドー・インフン)のCD

学友大哥(雪狼湖) と杜奕衡(豆豆) ジャッキー・チュン(張学友)と杜奕衡

04年、05年は、ジャッキー・チュン(張学友)のミュージカル《雪狼湖》B組刑務所の役人で大陸ツアーを回っていて、リハーサルではジャッキー・チュン(張学友)の替わりにもなって他の劇団員の相手をしており、自分の役も演じて、主役の替わりにもリハーサルで歌ってと大変だったようだ。《雪狼湖》ツアーで中国大陸を回っていたが、地元の広州公演までが終了したので、自分の歌の特別CD曲『七月七』の録音製作の為に《雪狼湖》は退出したそうです。05年1月18日広州記者会見。
05年広州学友大哥(雪狼湖) 後ろ杜奕衡 女主役 04年12月22日記者会見

ジャッキー・チュン(張学友)は、記者に杜奕衡 (ドー・インフン)は「偽アンディ・ラウ(劉徳華)か?」と聞かれたのに対して、「杜奕衡 (ドー・インフン)は、偽アンディなんてことはない。歌も悪くないし、とても努力している役者だよ。」と言っている。

学友大哥(雪狼湖) と杜奕衡(豆豆) ジャッキー・チュン(張学友)と杜奕衡

学友大哥 雪狼湖メンバー と杜奕衡(豆豆)

ジャッキー・チュン(張学友)ミュージカル《雪狼湖》の人達


↓レスリー・チャン(張國榮)と一緒の写真 杜奕衡 (ドー・インフン)

http://ameblo.jp/lcing/entry-10166982915.html


↓アンディ・ラウ(劉徳華)主演『三国志』09年早春 日本公開

http://ameblo.jp/lcing/entry-10166529132.html


レスリー・チャン(張國榮)と一緒の写真 杜奕衡 (ドー・インフン)

アンディ・ラウ(劉徳華)主演『三国志』原題『三国之見龍卸甲(三国志 龍の復活)』で

アンディ・ラウ(劉徳華)の替え玉をしていた杜奕衡(芸名:豆豆) (ドー・インフン) が

10年前にレスリー・チャン(張國榮)と一緒に写真を撮りました。


レスリー・チャン(張國榮)の髪型からすると「九星報喜」の撮影で大陸に行っていた時かな?

キムタクを真似てるロンゲだと言われていた(笑
杜奕衡 (ドー・インフン)は、97年から芸能活動していて

07年まで(今もかも?)広州に住んでいるので、

所属会社が広州だし、お金持ちの所属会社社長の紹介で、

撮影に来ていたレスリー・チャン(張國榮)に会ったのかな?


写真の下のほうにカゴにフルーツみたいな物が見えるから、

ホテルはホテルだと思うので・・、香港での撮影ではないと思う。

香港での映画撮影なら、ホテルはとらないから・・・。


レスリー・チャン(張國榮)がロンゲにしていた時期だと、

97年の広州のコンサートもこの髪型だったけど、

レスリー・チャン(張國榮)のコンサートを杜奕衡 (ドー・インフン)は、生で見てないような感じがします。

広州コンサートの時に会って写真撮影して、広州コンサートを見ていたら、

ビデオで見てる告別コンサートの話しよりも、

自分が直接体験をして見ことがあるコンサートの時の事を思い出として話すと思うし・・。


髪型は「九星報喜」の撮影時(97年12月頃)よりも97年6月の広州コンサートの時の髪型によく似てはいるんですけど、髪型はどっちの時もほぼ同じなので髪型だけではなんともなぁ・・。
どちらかというと、レスリー・チャン(張國榮)の顔の感じも余裕ある感じだから、

「九星報喜」の大陸に滞在してたロケ撮影時で当たりかなぁ・・と思います。

ちょっと長めに滞在してたから、映画も気楽な旧正月映画だったし余裕があってもおかしくないよね。
どちらにしても97年の撮影ですね。

杜奕衡(豆豆)とレスリー・チャン 杜奕衡 (ドー・インフン) とレスリー・チャン
キムタクロンゲのレスリー・チャン(張國榮)と一緒に撮影してもらっている人は、

ほとんどいないだろうから貴重ですね~。

九星報喜(原題:九星報喜 英題:NINTH HAPPINESS)公開98年旧正月なので、

杜奕衡(芸名:豆豆) (ドー・インフン) のCDデビュー前ですね。


●杜奕衡 (ドー・インフン) は、歌手。
鄧建国の巨星会社の所属、第一号歌手。

97年から芸能活動
03年に『一天一滴涙』 CD を出してデビュー。
04年05年ジャッキー・チュン(張学友)の音楽舞台劇《雪狼湖》ツアー出演
05年『七月七』『香水』等、単曲CD

杜奕衡(豆豆) (ドー・インフン) 英名はウイリアムなのか(笑
杜奕衡(豆豆) (ドー・インフン)
杜奕衡(豆豆) (ドー・インフン)

鄧建国の巨星会社
・成功者は広東省の映画館映写技師上がりの鄧建国さんである。鄧さんはテレビドラマの製作、発行に頼って急速に成金となった。

広州の大金持ち鄧建国氏は、自分の財力と品位を証明するために、約1億元人民元(日本円14億円)を投じ、広大な土地に、10数棟の豪邸を建てた。屋根は円形で、外観はもちろん、屋内外の家具や照明装備、地面、街灯、ブランコ、イスまで真っ白で、長年のアメリカホワイトハウス建設の夢をかなえた。


↓杜奕衡(豆豆)的加油站
http://blog.sina.com.cn/duyiheng


↓アンディ・ラウ(劉徳華)主演『三国志』09年早春 日本公開

http://ameblo.jp/lcing/entry-10166529132.html

アンディ・ラウ(劉徳華)主演『三国志』09年早春 日本公開

アンディ・ラウ(劉徳華)主演でティ・ロン(狄龍)やサモ・ハン・キンポー(洪金寶)のベテラン達も出演している『三国之見龍卸甲(三国志 龍の復活) 』が、日本題名『三国志』で09年早春、東京・日比谷シャンテシネほかにて公開です。

監督のダニエル・リー(李仁港)は、張國榮(レスリー・チャン)と 常盤貴子主演 『もういちど会いたくて/星月童話』を撮影した監督さん。
もともとアクション映画の監督さんだから、

こういう古装物のアクション映画のほうが監督さん好みの映画なんだと思う。
ダニエル・リー(李仁港)は、劉德華(アンディ・ラウ)と常盤貴子主演の『ファイターズ・ブルース』でも監督してます。


オリジナルの登場人物多いみたいなのに、そのまんま『三国志』とは、

これまた、ストレートな題名をつけたなぁ~(笑

ジョン・ウー(呉宇森) 監督監督のレッド・クリフがヒットしているから、

F4のヴァネス・ウー(呉建豪)ファンもいるし、

思っている以上に日本人の三国志ファンがいると見込んでの、日本公開なのでしょうね~。
公開すれば、映画2本を比べて見てみる三国志ファンが多いような気がする。
女主役がオリジナル人物(マギーQの役)だと、三国志を真面目に好きな人には、ちょっと違和感が出て物語に浸れないかもね?


●日本題:『三国志』
原題『三国之見龍卸甲(三国志 龍の復活) 』(英題、Three Kingdoms; The Resurrection Of The Dragon)
監督・脚本:ダニエル・リー(李仁港)
製作国:2008年中国、韓国、香港映画
趙雲:アンディ・ラウ(劉徳華)
曹操の孫娘・曹嬰(オリジナル人物):マギー・キュー(Maggie Q)
羅平安(オリジナル人物):サモ・ハン・キンポー(洪金寶)
関羽の息子・関興:ヴァネス・ウー(呉建豪)
関羽:ティ・ロン(狄龍)
上映時間:1時間42分
配給:プレシディオ
日本以外では、2008年4月公開しているのでDVDなどはもう販売してます。


●「三国志演義」の中でも最大の戦いといわれる“赤壁の戦い”をジョン・ウー監督が2部作で映画化した「レッドクリフ」の前編「レッドクリフ Part I」が今月1日から日本で公開され、早くも興収18億5000万円(11月10日現在)という大ヒットを記録しているが、そんな中、もう1本の「三国志」映画の公開が決定した。こちらのタイトルはそのものズバリ「三国志」。

「レッドクリフ」はトニー・レオン、金城武らアジアの豪華スター共演でも話題だが、こちらの主演はトニー・レオンと双璧をなす香港のスターで、「インファナル・アフェア」「LOVERS」「墨攻」などで知られるアンディ・ラウ。共演は「M:i:III」「ダイ・ハード4.0」などハリウッド映画でも活躍する香港の女優マギー・Q、「燃えよドラゴン」でおなじみ香港アクション界の大御所サモ・ハン、台湾の人気アイドルグループ“F4”のバネス・ウーと、こちらも豪華な面子。

さまざまな武将が活躍し、小説、漫画、ゲームなど多ジャンルにおいてそれぞれの視点で作品化される「三国志」だが、本作では蜀の名君、劉備に仕え、五虎大将軍のひとりに数えられる猛将・趙雲にスポットを当て、彼の壮絶な生涯と、彼を取り巻く乱世を迫力の映像で描く。監督・脚本は「ブラック・マスク」「ドラゴン・スクワッド」のダニエル・リー。

趙雲といえば、荊州の長坂で迫り来る曹操軍に劉備軍が敗走する中、君主・劉備の息子の阿斗(後の劉禅)を単身救出するシーンは「三国志演義」の中でも名場面といわれ、「レッドクリフ Part I」でも趙雲(フー・ジュン扮演)の見せ場のひとつとしてしっかりと描かれていたが、本作では勇猛で義に篤い武芸の達人である趙雲の生き様が、アンディ・ラウの演技によってどのように表現されるのか? スクリーンで確かめてほしい。09年早春、東京・日比谷シャンテシネほかにて公開。

↓「レッドクリフ」だけじゃない!もうひとつの「三国志」映画が公開
http://eiga.com/buzz/20081112/7

JAL・ANAが燃油サーチャージ「燃油特別付加運賃」料金を値下げ

JAL・ANAの日系もやっと燃油サーチャージ料金を値下げしてくれた。
NHKニュースでひとあし先に値下げの報道をしていたけど、
金額がはっきり出てなかったのでどのくらい?と思っていたのですが。。


一瞬往復での表示値段かと思ったけど、JALの表示してある値段は片道でしょ。
まだ、まだとっても高いです~(笑
燃油サーチャージ料金「燃油特別付加運賃」と航空保険特別料金と空港税金と相手国の空港税が全部2倍をした料金だと考えないといけないし・・。

もっと安くなってください~。

↓JAL国際線「燃油特別付加運賃」の改定を申請
http://press.jal.co.jp/ja/release/200811/001055.html


全日空と日本航空、燃油サーチャージを2009年1月から最大で片道1万円以上値下げ
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00144221.html