ラフラフ日記

ラフラフ日記

主に音楽について書いてます。

ayumi hamasaki JAPAN TOUR 2026 A -Scapegoat-
2026年4月8日(水) 有明アリーナ




「あなたの沈黙の中にある答えを、見つけに来て下さい。」

ライブの数日前に投稿された、あゆのメッセージを見て、息が苦しくなった。

そうだ、ここ数ヶ月間、私はずっと沈黙してたんだ。でも、心はずっと叫んでた。自分が息を止めて苦しいのに、息を止めてることに気づかず、でも、息を止めてることに気づいた。そんな感じ。

先月くらいから(大げさだけど)地獄のような日々で、それこそ今回のツアータイトルである「Scapegoat」のような存在に自分がなってしまってるんじゃないかと思ってしまったりしていた。

でも、あゆの投稿を見て、自分が沈黙してること、そこで叫んでることに気づいて、ライブに行く前からして「答え」が鳴ったような気がした。息が苦しくなったのは、息を止めていたことに気づいたからで、でも同時に、気づいたからもう息ができる。

 

そうして行ったツアー初日、デビュー記念日である 4月8日のライブは、叙事詩というだけあって、まるでひとつの大きな「詩」のようなライブだった。1曲1曲が「Scapegoat」という大きな詩の一節一節であるかのように、その中で 1曲1曲が確かに命を持って生きている、そんなライブ。

あゆのライブはこれまでも、特にアリーナツアーでは、何かテーマやコンセプトがあって構成されてたけど、今回はテーマに基づいて構成されていくというよりも、ライブ自体もどこに着地するかわからないまま共に進んで行くような感覚があった。提示されるいくつかの言葉やキーワードが羅針盤や方位磁針のようになって、それを頼りに何かに向かってもがき苦しみながらも進んで行く。

こんなに「強い意志」を持ったライブははじめてじゃないだろうか。

 

そして、曲のアレンジ。
オリジナルはもちろん大好きだけど、アレンジががらっと変わっていた曲も、この曲にこんな表情や魅力があるんだ!と驚きと発見があり、挙げだしたらキリがないほど、この曲かっこ良い!この曲かっこ良い!の連続だった。ずっとワクワクしていた。

個人的に、聴きたかったある曲を歌ってくれて、これで一年前の聴きたい曲アンケートに書いた 3曲すべてを歌ってくれたことになり、昨年の4月8日からの何かが自分の中で一つ終わったような気がした。辿り着いた言葉は、結末はキミシダイ、結末はボクシダイ。

 

ツアーはまだ続くから具体的なことはまだ書かないとして――

 

どうして自分はこんなに上手くいかないことばかりなんだろうと思ったり、はみ出してしまったり、間違ってばかりいるように思える自分の今までの道のりも、「生きる」ための選択だったんだ、私は「生きる」ことを選んできたんだと思えた。

 

エレカシ「yes. I. do」の “生きる それが答えさ” が私の頭の中で鳴った。「TEKUMAKUMAYAKON」の “結論は出ない、いや、むしろ出さない 答えはこうして、生きてることさ” も。

 

いろいろな人がそれぞれに抱えるものがある中で、Aを掬えばBを掬えないということがほとんどなのに、一人一人にそう思わせる浜崎あゆみって本当に凄いよ。そんな人なかなかいない。

でも何より、私がそう思えた。

あゆが生きる時代に生まれて来ることができて良かったと心から思った。

あゆ、ありがとう。

 

「スケープゴート(Scapegoat)」には、「身代わり」とか「犠牲」という意味もあるけど、以前私はこんなことを書いていた。

 

浜崎あゆみの音楽は、
「自分を犠牲にして生きています」
ということを教えてくれるものではなく、
犠牲にした自分を甦らせてくれるものであり、自分を犠牲にする勇気をくれるものである。

 

参照 → さいたまスーパーアリーナに四月の風が吹く

 

「生きる」という選択を、あゆと一緒にずっと選び続けて生きたい。

 

あゆ、デビュー28周年おめでとう!

 

ツアーがはじまったけど、どうか身体に気をつけて。私もまた行きます!

 

↑撮影OKタイムあり。

 

日本にレディー・ガガもテイラー・スウィフトもいなくても、浜崎あゆみがいる!という想いがまた強くなっちゃったよ。

 

でもね、あゆのライブって、作り込まれてて演劇的なところもあるのに、ラフ(という言葉が合ってるかわからないけど)なところがあって、そこが不思議なんだ。今回のライブでその答えに触れたような気がした。

 

どんなに作り込まれてても、「完成されたものを見せられてる」という感じがしない。「安全圏でやってる」感がないというか。別に危険な感じがするわけではないけど、なんていうか、バリケードが張られていないんだよね(あるいは、あっても取っ払われる)。作り込まれているのに、剥き出し。

 

ということを、SNS に流れてくるコーチェラの様子を見ながら思った。

 

 

 

氣志團からのビデオメッセージ良かった。

あ!綾小路翔さん、「また氣志團万博お願いします!」って言った!

 

愛知公演では、仲里依紗ちゃんと浅田真央ちゃんからのビデオメッセージがあったんだって。めっちゃ見たいー!

 

サプライズで、みなみかわさん、お見送り芸人しんいちさん、キンタロー。さんが出たんだけど、お見送り芸人しんいちさんのギター「ハミングバード」を見て、あゆ(浜崎あゆみ)と靖子ちゃん(大森靖子)の形を変えた共演だぁ!って嬉しくなった。

syrup16g 30th Anniversary “Closer / Further”
2026年3月14日(土) NHKホール

 

 

12年ぶりに syrup16g (以下シロップ)のライブに行った。

 

12年前に行ったライブが再結成直後のライブだから、私は再結成後のシロップをほとんど見ていないことになる。解散後(再結成後)はじめて観る気持ちで会場に向かった。

シロップは 2008年に解散して、2014年に再結成した。

解散前は熱心に聴いていた方だと思う。いや、むさぼるように聴いてたんじゃないか。ライブも何回も行ったし、フェスでも観た。シロップでしか満たせない欲望が確かにあった。

しかし、解散してからは、糸が切れたように聴かなくなっていった。解散したって曲は好きだから聴けば良いんだけど、解散とともにシロップと私をつないでいた糸もぷつっと切れてしまい、チューニングが合わなくなってしまった。

シロップは、いつでも解散しそうで、解散しそうに思われながらも、でも解散しない、ざまあみろ!ってバンドだと思ってたから、「Syrup16g はこういうバンド」と思われるような型にそんな自らはまっていくなんて・・・とショックだったのかも知れない。それが、Syrup16g を否定する解散に私には思えてしまったのだと思う。私は、シロップが少なくともあのときは解散しないで活動を続けてたら、日本のロックシーンは今とちょっと変わってたんじゃないかと思っている。

再結成してからも、曲がリリースされれば聴いていたが、以前のようにむさぼるように聴く感じではなくなっていた。シロップが変わってしまったのか。私が変わってしまったのか。

相変わらず曲はかっこ良かったし、バンドの状態が良いことも伝わってきたけど。

それでも、ライブ行こう!と思って 2020年にチケットをとったら、コロナで中止になってしまった。

そして、この日になった。


果たしてそんな私に、今のシロップのライブ会場で居場所はあるのだろうか。ファンの熱量もすごそうだから余計に。

オープニングでバンドの軌跡を振り返る映像。ああ、そうだった。アルバムのジャケットが映し出されると、聴いてたときのことが蘇る。ああ、確かに私はここに居た。

一曲目、Reborn。

確かに、確かに私はここに居たよ。胸が熱くなった。

曲は良い。
 

五十嵐隆のギターは、キレイで、繊細で、鋭くて、魅惑的で。

中畑大樹のドラムは最高。

ああ、キタダマキだけは、12年ぶりではなく、最近もたくさん…。

バンドの演奏、アレンジ、ギターロックバンドの一つの理想形と思うほど。美しい。

 

いや、シロップのバンドとしての魅力は、ギターロックというよりも、キーボードで鳴らすような音もギターで鳴らし、それがキーボードより良い!というところにあると思うし、それを堪能できた。

 

申し分ない。素晴らしい。シロップでしか描けないバンドの美学、魔法、確かにある。

 

もしかして、私がシロップを聴かなくなってしまったのは、好きじゃなくなったからではなく、「満たされてしまった」からでは? 好きな音楽を聴かなくなるときって、案外そういうこともあるかも知れない。

 

けれど、どうして以前のようにハマれなくなってしまったのか、もう少し考えてみた。そしたら、永野がレディオヘッド(の主にファン)についてだった思うけど、語っていたことをなんとな~く思い出した。

 

「人は本当に暗いときって『キッドA』聴かないと思うんだ」と永野は書いていて(『僕はロックなんか聴いてきた』より)、シロップに対して私はそう思うようになってしまったのではないか。例えばシロップに「負け犬」という曲があるが、本当に負け犬だったらシロップなんて聴けないと。

 

そんなことを思いながら聴いてたら、以前は思わなかったような感情が沸いてきた。誰に対してでもなく、なんだよ、満たされてるのに満たされてない顔するなよ(食欲あるくせに食べるのが好きじゃないって言うなよ的な)、シロップに「負けたくない」。これはシロップに対して今まで抱いたことのない感情だった。

 

終わってみれば、すごく良いライブだった。

 

「希望」は素晴らしかった。

 

希望あつめて

洗って たたんで

いつか身にまとうその時

迎えに来てくれ

 

特にこの部分、希望を身にまとう感覚が訪れたような気さえした。

 

けれど、私の中で「むさぼるように聴いていた感覚」が戻ることはなかった。

 

シロップの音楽は、猛毒のようでもあり、解毒剤のようでもあって、そんなしょっちゅう聴けないのかも知れない。

 

でも、そういう距離感があっても良いんじゃないかなって思った。

 

【Setlist: DAY2 syrup16g 30th Anniversary “Closer / Further” NHKホール】
https://open.spotify.com/playlist/7fbOLwrZfJKpP7ay6YvI8M?si=0f1645b8fe5441c1

 

↓1日目の方のセットリストも。(私が行ったのは 2日目)

 

【Setlist: DAY1 syrup16g 30th Anniversary “Closer / Further” NHKホール】
https://open.spotify.com/playlist/1YROa6ULpdtpRlZFokpMXZ?si=1db31e169283422b

 

「She was beautiful」が「is」ではなく「was」なところに重みを感じてしまうのは私が年をとったからだろうか。

 

「Hell-see」は、エレカシとの対バンを思い出した。

 

そうそう、30周年って、そんなに経ってた? 浜崎あゆみがもうすぐ 28周年で、シロップってあゆより先輩だったっけ?(年齢ではなく)

そっか、1996年結成で、結成 30周年か。私がシロップを知ったのっていつなんだろう。『COPY』は発売されてて『coup d'Etat』は発売されてなかったはずだから、2001年ごろか。でも、試聴機で『Free Throw』を聴いたような気もするからもっと前なのかなぁ(埼玉出身ということで地元の CD屋で ACIDMAN とともにプッシュされてた記憶が…)。2002年9月の渋谷クアトロでのライブは観ていて、これがはじめてだったかも知れない。

 

 

解散ライブのときのブログを読み返してみた。

 

 

今思ったのは、シロップの音楽には、悲しみとかは感じられるけど、「怒り」とか「憎しみ」が感じられないんじゃないか? だから私は距離を感じてしまったんじゃないか?

 

バンドには、解散してしまったら、取り戻せないものってあると思う。

でも逆に、解散や休止したからこそ得られるものもあるんだと思う。

森山直太朗 Two jobs tour 2025~26『あの世でね』
~「弓弦葉」と「Yeeeehaaaaw!」~ 「Yeeeehaaaaw!」公演
2026年2月6日(金) 高崎芸術劇場 大劇場

 

 

一度観てみたかった森山直太朗のライブ、はじめて行ってきた。

 

チケットを取ろうとしたのが遅かったのもあると思うが、埼玉の大宮ソニックシティのチケットが取れず、それなら高崎が良いなと思いチケットを購入。高崎芸術劇場、宮本浩次の都道府県ツアーのときに行って良い会場だなぁと思っていた。

 

グッズにカレーがあったり、くじがあったり、グッズの飾り方も屋台みたいになってて細部に渡るこだわりというか気配りを感じて、「ホスピタリティ」という言葉が浮かんだ。縁日みたいで楽しいし、神社っぽいし、ツアーコンセプトとのつながりも感じた。

 

昨年『弓弦葉』と『Yeeeehaaaaw!』という二つのアルバムが出て、それぞれ「弓弦葉」公演と「Yeeeehaaaaw!」公演があり、一つのツアーとして同時に回っていく。ツアータイトルは「あの世でね」。二つの異なるライブを行き来しながら、「あの世でね」を織りなすという。私が行ったのは「Yeeeehaaaaw!」公演。

 

歌手であり音楽家として惹かれたわけだけど、森山直太朗には有名人とか芸能人という印象もある。音楽に興味がなくても彼の存在を知ってる人は多そうだし、テレビに出ている芸能界の人という認識も私の中にあった。そういう意味でもドキドキしてたけど、登場があまりにもさらっとしていたというか、そのままというか自然体で、不思議な感覚だった。見に来たのに見逃してしまうような? 有名人を見ているとか本人を見ているという感覚がなくなるくらい。

 

今回迷ったが、事前にセットリストをネットでちらっと調べてから行った。森山直太朗みたいに有名な曲が何曲もあると、自分の好き嫌いを越えて、あの曲やるかな~あの曲やるかな~とか気になっちゃったりするから、事前にわかっておいた方が落ち着いて楽しめるかなと思って。結果、そうなって良かったと思う。

 

バンジョーとかチェロとかいろいろな楽器の音が楽しめて、アコーディオンもあった。

 

森山直太朗はいつでも安定して歌が上手い人という印象があったけど、そうではなくて、ちゃんと “揺れ” があって生きている感じがした。

 

大きな窓枠のようなドア枠のような棚枠?が五つ(←たぶん)あって、真ん中に扉があるというステージ。お芝居とか舞台を観に来たような感覚もあった。

 

↑終演後。舞台の真ん中らへんに扉がある。

 

この扉から森山直太朗は出てきて、また扉の向こうに下がっていく。今回は「Yeeeehaaaaw!」公演だけど、この扉の向こうに「弓弦葉」の世界があるという。面白いなぁ。

こうして「Yeeeehaaaaw!」と「弓弦葉」を行ったり来たりしてる中で見えてくるものがあるんじゃないかと森山直太朗は言っていた。

 

そんな説明を聞いたからか、実際ステージにあるからか、常に扉の存在を感じて、あの扉の向こうにはどんな世界があるんだろう、「弓弦葉」公演も観たくなった。

 

ツアータイトルが「あの世でね」だし、セットリストも、「生」と「死」を感じる内容だった。「命」というか。

「生」も「死」も変わらないというか、「この世」と「あの世」を行き来するような。日本のお盆みたいな、そういう感じもあったかも知れない。「夏の終わり」が聴けたのも大きい。

 

「生きる勇気」をくれる音楽やライブはあれど、「死ぬ勇気」をくれるそれはなかなかないというか。「死ぬ勇気」と言っても、「生きる勇気」という意味での「死ぬ勇気」なんだけども。

 

フォークとかカントリーとかジャズとか歌謡曲とか民謡とか・・・

 

「どこもかしこも駐車場」をみんなで合唱するのは何なんだあれは! あんな異様なの忘れられない!

 

けど後日、ライブの余韻に浸りながら電車の中で「どこもかしこも駐車場」を聴いていて、ふと周りを見たら、みんなスマホを見ていて、そういう私だってスマホで音楽を聴いていて、誰も彼も…どこもかしこもスマホで、嗚呼こういうことかぁって一人思っちゃった。

 

それで――。

 

今回「商品お渡し会」というのがあって、『弓弦葉』を買った。「Yeeeehaaaaw!」公演だから『Yeeeehaaaaw!』にしようと思ったけど、実は私が最初に惹かれたのは『弓弦葉』だったから、『弓弦葉』にしようと当日決めた。そして、本人から直接手渡してもらえた。じーん……。

目を合わせてくれた森山直太朗は、美少年で美青年で、びっくりしてしまった。

 

そのとき、「初めて」観たことを伝えることができた。

 

公演後、こんな投稿があって、とても嬉しかった。

 

 

出会ったことない人なんていない 巡る命なら

(森山直太朗「High-five」/『Yeeeehaaaaw!』)

 

会場を出たら、セットリストがあったよ。

 

 

森山直太朗のライブ、また行きたい!!

(「弓弦葉」公演も行きたいんだけどスケジュール的にどうだろう…うーむ…)

 

 

 
 
森山直太朗「弓弦葉」「Yeeeehaaaaw!」アルバム特設サイト
「COMMENT」に眞名子新からのコメントがあります。眞名子新のライブでは森山直太朗がサプライズで影アナを。
 
 
映画『素晴らしい世界は何処に』オフィシャルサイト
デビュー20周年ツアー『素晴らしい世界』を記録した映画のサイト。この森山直太朗のコメントがすごく心に響いて。

Lady Gaga: The MAYHEM Ball
2026年1月25日(日) 東京ドーム

 

すっごい良かった、レディー・ガガ。

カッコ良くて、可愛くて、真面目で、面白くて、ハートを撃ち抜かれてしまった。

行ってから何日も余韻が続いて、しばらくずっと頭の中がレディー・ガガだった。

 

 

行く前に、下記の記事などを読んだ。

 

 

私、レディー・ガガに好感は抱いてたけど、曲にそこまでハマれなくて。なんというか、格好とかは奇抜かも知れないけど、曲はそんなに冒険してなくない?と感じてて。

けれど、昨年のアルバム『メイヘム』を聴いたら良くて、ライブ行きたい!と思った。この記事を読んだのも大きい。全長270メートルの巨大ドレス、墓場でゾンビと舞踏、チェス盤上でもう一人の自分と戦い……チェス盤上ってあゆのこれじゃんって思ったし、何よりこのツアー観たい!日本に来てくれー!

前回のベルーナドーム(西武ドーム)のときも行きたいとは思ったんだけどね。

 

そして今回ライブ観たら、メッチャ良い!曲良い!音楽良い!

曲にハマれなかっただなんて、平謝り。冒険してないんじゃなくて、真っ当にカッコ良いんだぁ。革新的に見えて保守的かと思ったら古典的みたいな?

 

↑開演前。このレディー・ガガが去ったらはじまるというワクワク。

 

レディー・ガガはダンスミュージックというかエレクトロポップっていうイメージあったけど、めちゃくちゃロックじゃん! 今回のアルバムがそうだからかも知れない。とにかく私はロックを感じた。でもそりゃそうか、レディー・ガガという名前、クイーンから来てるだけある。でもそうすると、さっきの話からすると、ロック=古典的ということになってしまうが、ロックにもいろいろあって、とにかく私はレディー・ガガのロックを感じた。

 

凄すぎて笑ってしまうところもあり、歪(イビツ)なところもあった。

 

↑ピアノの弾き語りぐっときた~。テイラーのときの弾き語りを思い出す。

 

終盤、アリーナの客席に降りてサインしてて、それをスタンド席から見てたんだけど、わぁ!ガガって左利きなんだぁ!とかキュンとしちゃった。完全にファンになっちゃってます。

 

というわけで、詳しくはオフィシャルレポートを一番下に貼っておくとして、私はこれを書かなければ。

 

それは、「パパラッチ」の演出。

 

ガガは長いヴェールを身に纏って歌った。

 

長いヴェールは、浜崎あゆみ(以下あゆ)もずっと前からやってて、そのことはファンじゃない人にも比較的有名ではないだろうか。

 

実はこの日、あゆファンの友達と行って、開演前に話してた。ガガにしろ、海外の女性アーティストの演出とかでわぁーーーっと盛り上がってたりすると、「これもうあゆやってるんですけど!」ってなるときあるよねって。友達は最近行ったケイティ・ペリーでも感じたらしいし、ピンクパンサレスのライブ動画をちらっと見たときにもあゆ?って思ったりした。

その度に、あゆってすごいんだなぁ、日本で先駆者だなぁ~とか思って。でも、なかなかわかってもらえないよね~とか話してたんだよ。「な~にが “日本でテイラーやガガは生まれないのか” だよ」って。まぁ、あゆファン同士で楽しく言いたいこと言ってただけなんだけど、これで盛り上がるなら、あゆでももっと盛り上がれよ日本!みたいな。そんなことをガガのライブ会場で語ってたの。←迷惑

 

そしたら、ガガが長いヴェールで歌った。

 

 

何より、2010年に『Mステ』でレディー・ガガと浜崎あゆみは共演していて、そのときに長いヴェールで歌う浜崎あゆみのライブ映像を見てガガが「浜崎さんのこの演出、私もやろうと思ったんですけど、(そのときは)出来なかった」って言ったんだよ。ガガ本人が。

 

そして今日、ガガがこの長いヴェールで歌って。私はそれを目撃して。

 

信じてた事 正しかった(by amazarashi「無題」)って心が叫んだよ。

 

これだけではない。最後の晩餐を思わせる演出、大きいドクロが出てきたときは大きい象を思い出しちゃったし(ちょっと違うかもだけど笑)、通じるところをたくさん感じた。

 

むろん、こういうショー的な演出は、誰がやっても様になるわけではなく、特にポップスターがやるとお遊戯会とか学芸会とか言われてしまうことがあるけど、そこに果敢に挑む意義や意志を感じたし、それはあゆだってそうだと思った。賛否両論あれど、日本であゆほど様になる人いる?って思ってしまう。そういう意味では、シンプルなステージと同じかそれ以上に、こういうステージにもリスクがある。

 

そうそう、あゆのカウコンのとき「情報量」の話をしたけど、今回のレディー・ガガのライブも情報量すごかったと思う。けど、東京ドームの遠い席だったことや言語の壁もあって、そこまで気にならなかった。席が遠いからそんなに見えないし、本人を見失うときもある。英語だからわからなかったりもする。けど、それによって情報量が緩和するんだなぁって。だからといって、見えない!とかやきもきもあまりしなくて、ずどんと伝わってきた。そのときの自分の許容量もあると思うけど、近ければいい、見えればいいってわけじゃないんだなぁ。

 

でもそれは、ガガの歌のパワーがすごかったからだろう。凄いセットであり演出なんだから、そりゃ見えた方が良いけど、ガガの歌の力がそれを上回る力強さだったから伝わってきたんだ。

 

あゆがこのステージを観たらどう思うだろう…と思ったら、あゆも行ってた!

 

 

そして、日本がどうたらなんて書いちゃったけど、藤井美保さんがしっかり書いてくれてた。

 

 

 

そうだ、久保憲司さんだって「先駆者は浜崎あゆみ」「ガガ様あゆを研究してないすかね」と書いてたし、伝わってるんだよね。

(参照: https://tower.jp/article/series/2011/05/25/78446 )

 

ガガ、日本公演の後、グラミーでパフォーマンスしてた。

 

 

「レディー・ガガ」 宮本浩次も名前を出してたなぁ。

 

 

 

 

【THE SETLIST:レディー・ガガ 2026年来日公演「Lady Gaga:The MAYHEM Ball」】

https://open.spotify.com/playlist/6bbl731VFEV6mHp58tfdHS?si=b31cfa7cbc974334

HandMade In Japan Fes' 冬(2026)
2026年1月17日(土) 東京ビッグサイト 西1・2ホール

 

 

「HandMade In Japan Fes」というフェスに眞名子新(まなこあらた)を観に行ってきた。

ビッグサイト、はじめて行った気がする。そしてもちろん、はじめて観る眞名子新。

 

眞名子新にとっても、2026年の初ライブだったようで嬉しい。

 

15時台という時間(眞名子新は)、1300円というチケット代。ふらっと行けて良いな。屋台にたくさんの作品。ゆっくり味わえなかったけど、素敵なフェスだなと。ワッフルおいしかった。

 

眞名子新がはじまる少し前から、前方にちらほら人が集まってた。私も前方へ。

 

歌声が素晴らしい!ギターが素晴らしい!

 

ギター一本で、リズム、メロディ、グルーヴ、抑揚、広がり、余韻……こんなに表現できるなんて。

 

はじめて観るなら、弾き語りとバンドどっちだろうと悩んだけど、弾き語りで良かった。

 

「弾き語り」のイメージを一新するかのようだった。

 

弾き語りが凄いと言えば、私の中で、大森靖子とか、それともちろん、宮本浩次なんだけど、その二人が「ロック」から来た弾き語りだとすれば、眞名子新はまた違うところからやって来たという感じ。フォーク? それともカントリー?

 

私ってフォークやカントリー好きなのかもと昨年思ったのは眞名子新に出会ったからで、「2025年 私的年間ベストアルバム」で眞名子新を 1位に選んだくらいなんだけど、同じく昨年、「大森靖子はフォークだから苦手」とか「日本人はフォークが好き」というのを見かけて、考えてしまって。

 

大森靖子をフォークだとは私は考えなかったけど、大森靖子を苦手とする人の中にある「フォーク」のイメージというか。その人が言う「フォーク」って何だろう。それを考えてたら、ブランキーとミッシェルの違いは「フォーク」かどうかなのでは?とか思いついて。ブランキーはフォークで、ミッシェルはフォークではない。だから私はブランキーに惹かれるんだ、とか。や、ミッシェルも好きなんだけど。

 

そんなことを行きの電車で考えてしまったのよ。フォーク好きだけど、フォークから逃れられないのかぁみたいな。

そんなことを眞名子新をはじめて観に行くときに考えるなんて、それも必然な気もして。

 

そうしてこの日、眞名子新を観たら、

 

フォークだけど、フォークじゃない!

 

って思いました。

 

自分でも何が言いたいのかよくわかってないけど、何かが一新されていくのを感じたということだよ。

 

新しい年のはじまりに景気の良い曲をということで、「健康」ではじまって、本当に良かったなぁ。面白いよ、眞名子新!

 

それと、チャーミング!

 

2025年の私のテーマソングと言える「さいなら」が聴けたとき、涙がつーっと流れてきて自分でびっくりした。イントロからやばいやばい、来る来るって、波が押し寄せてくるようだった。

 

終わった後、軽く放心状態だった。

 

グッズも買っちゃった。受け付け、谷朋彦さんだったかも。プププランド、ソングバーズ。

 

またライブ観たい! 弾き語りでもバンドでも!

 

 

 

↓昨年 9月のワンマンライブの記事。

 

 

素晴らしいライブ記事で、素晴らしいライブだったんだな~。

 

で、これ、サプライズで森山直太朗が影アナやったの!? うわあ良いなー! 聴きたかった!行きたかった!

 

「令和が生んだカントリー野郎」

そっか、フォークうんぬん書いたけど、カントリー野郎か。

 

そして先日、こんなニュースも。

 

 

良いねー!

 

 

おまけ。

 

 

↑宮本浩次の武道館に行くとき地下鉄で思わず撮った写真。眞名子新に「A2出口」って曲があって、カッコ良いのよ。