まいちょいす。 -87ページ目

『 MARIA ELENA 』


 ギター曲、アップしました  (^-^)/



http://players.music-eclub.com/?action=user_detail&user_id=186041




マリア・エレーナは作曲家ロレンソ・バルセラータが自国メキシコ大統領、
ポルテス・ギルの夫人(マリア・エレーナ)に贈った歌。

オーケストラの楽曲として半世紀以上前にヒットしたらしいです。
メロディが浮かばない方でも聞けば、あぁこの曲か、ときっとわかります。


ライ・クーダーはこの曲は、ほとんどガットギターで演奏しています。

バンド演奏でのリードプレイがほとんどで、ソロ演奏は少ないですが、
甘く甘くメロディを奏でますね。



数少ない暗譜しているインスト曲のひとつ。

(というか忠実にということはなくて、適当なんですけれど)


レギュラーチューニングから全部の弦を半音下げで、さらに

6弦を全音低くしています。だから6弦は全音半下がっています。

性能の芳しくないギターでは、6弦が芯のないでろんぺろんな音

(どんな音だ、(*_*))にしかなりませんが、

我がイッパチくん(D-18)は、なかなか歌ってくれています。 笑



拙いですが、よかったらお聞きくださいませ。




http://players.music-eclub.com/?action=user_detail&user_id=186041





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サブロク協定遵守のおかげで、深夜残業をさせることが事実上

できない状況のために、しゃんはい自身も午前様帰りはほとんど

ありませんが、それでも帰宅はほとんど零時前後。。。


ちょっと疲れ気味です。


      インフルエンザくんなよ~、 頼むよ~   (´д`lll)


『ルージュの伝言』

通勤読書:ユーミン 『ルージュの伝言』 読了。




涼しい ... んにゃ、肌寒いな。。。



すばらしい曲、ヒット曲数あるミュージシャン、

ユーミンが26年前に綴った自叙伝。



 ”昔からわたしは自分が天才だって回りに言ってきたの。”


日本人のアーティストで、しゃんはいが思う“天才”は桑田佳祐さんとユーミン。


自他共に認める“天才”ってそう多くないでしょうが、ユーミンはその稀有なヒト

でしょう。30年以上、支持をうけるということは、リスナーは世代を渡っている

わけで、それは時代にたまたまシンクロしてしまったような流行り歌などと

一線を画すのは明白です。


まいちょいす。


 ヒジョーに高飛車ですね。  内容が 笑


10代の女子ならまだならしも、25歳も回った大人の女性が言いまわす

ことば使いじゃないな~というのが感想。少なくとも、年配者をジジイ、ババア

呼ばわりするのは理解できない。そこだけ拾うと不快だった。


それでも、聴く人の心をつかむ楽曲が創造できているヒトだから、その方向

(アーティスト)から見る限り、そんなことは二の次にして問題とはならない

みたい。


幼少時代の思い出話し(「もの凄くイヤな子どもだった」と自評)。そして作品

を通して恋愛、セックス、結婚、宗教から、自殺、自己表現の姿勢などなど

諸々。そしてヒット曲のウラ話しが数多く書かれています。


“四畳半フォーク”はわたしがつくった言葉だと。
『ルージュの伝言』は30分でできた曲だ、などなど。


感性は、個性が先にたつんでしょうけれど彼女の場合、母親の影響が絶大

だと思いました。当時60歳を過ぎているとのことなので、ご存命なら85歳

以上でいらっしゃるはず。娘は「大正ロマンの人」、「モダンガール」、「ヒップ

してたひと」と表現。お二人へのインタビューもありますが、さすがこの母に

してこの娘なんだな~と感心させられました。



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抜群の感性で生み出されているヒット曲も世間には数多くあるわけだけれど、

それを継続して創作できる人はそう多くない。それは感受性のもの凄く高い

ピークに創作されているからだと思う。常人なら、たどり着いた到達点を過ぎ

たら当然くだるだけ。そこが違うと。


アスリートに記録更新の限界点があるように、音楽に関して言えば創作能力

にも限界点があるのが常人だと思うんですね。だから、むかしの自分のヒット

曲をリメイクしての再リリースって、あ~、と思ってしまう。どうしても創作力の

枯渇を体現する楽曲になってることが多くないだろうか。
歌唱力の限界も踏まえて、歌い方を変えているなっと感じる曲でオリジナルを

上回ってると感じさせられる曲は、少なくともJ-POPでは聴いたことがない。


本当のイイ曲って作者と離れていく。時間をも超越して、

曲自身がメッセンジャーとしてその役割りを担う。



『ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズ』

 マイク・シガーさんが亡くなりました。

8月7日に亡くなっていました。 しらなかった。76歳。

私よりひとまわりぐらい上でブルーグラスやマウンテン系に
熱中されていた方たちには感慨一入ではないでしょうか。

ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズの曲はたぶん、
ナターシャー・セブンではじめて知ったところですが、
その後にオリジナルも聴きました。



ハタチ前に楽器に目覚めたのがバンジョーですからね。

これを契機に独身時代5年ぐらいは、
世間でいうヒット曲からは完全に遠のいていました。

読売ホールでのナターシャ・セブン、
日仏ホールでのトニー・ライス・ユニット、
目黒会館でのビル・モンロー&ブルーグラス・ボーイズ。。。

  際限なく楽しかった出来事やら、感動の音楽が蘇ります。




昨年4月、シアトルのフィニー・リッジにて。



日本も語り継がれるべき音楽はあります。
リバイバル・オールドタイムは必要。
そんな歌い手、語り部になりたいと思う、このごろです。




異母兄がピート・シーガーさん。90歳でご在命。
オバマ大統領の就任コンサートでブルース・スプリングスティーンと
“This land is your land ~♪”と歌ってんですからね!


  まだです。 ま・だ・で・す からね、まだっ!



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土曜日、体調不良でほぼ一日、何もせず。。。
木、金曜と撮影立会いで連日12時間以上、ほぼ立ちっぱなしの
仕事が効いたか。体力ないね、情けね~ 笑

この日曜も午前中まで引きずってしまうも、午後には復活!

ガスってしまってダメなのだ。


 いそがっし。 仕事が。


本日、今週で2本目の終電だ。。。
私鉄都合で最寄り駅に着くのが零時三十分ぐらい。



そんな中、夏休み明けからスタンバイしてもらっている会社施設の
航空写真撮影が天候がよろしくなく、まる一週間過ごして、
今週もまだ飛べないでいる。


雨とか強風ではなくて、日は差すし、晴れ間も十分あるんだけれども ...
ガスってしまってダメなのだ。



担当統括部門からは、フライト時には関係事業所へ一報いれて

欲しいと言われていて、K航空の担当からは、毎朝状況報告の

ファックスが届くんだけれど、そろそろ飛んで欲しいもんだ。

(毎朝のNGファックスも見飽きた! 笑 )


会社案内も写真待ちが長引いてしまい、総務部から現行版の再版

指示を出してもらった。

100部だと1部単価は千円超しますが。うーっ。。。




茨城、千葉の5箇所の撮影だけれど、ジョイントフライトでお願いして

いる。日時などの制約が緩ければ、セスナのチャーターではなくて、

他の案件と一緒のジョイントフライトが断然安価。

羽田と成田、両方の管制区域があって面倒、らしい。
(手続きには関係しないからよくはわからないけれど)





あす、あさってと月曜まで、終日カタログ商品撮影の立会いとなった。
担当スタッフがオーバーフロー。週末オセオセのパートがかぶって

しまい代理対応。 “責任者デテコイ”状況。。。


カメラマンのTAKEさんとの仕事は久しぶり。 

新企画カタログの校正止まるけれどしゃーない。

せっかくだから楽しくやろー。



 風呂はいって寝るっ!



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追伸:

通勤読書 久方振りのハードボイルドは 「ミッドナイト・サーカース」
       大沢在昌さん結構はまりました。3日で終わってしまった。

       再読だけど全然楽しめた~。


まいちょいす。


思い出に “ありがとう”。

上野にある「こんぱまる」(㈱コンパニオンアニマルズ)へ

家内がたくさん飼っている(笑)鳥たちのフードを買いにお出かけ。

三月に一回程度、まとめ買いのような感じ。




往路途中で、たいがい市川市にあるペット霊園に立ち寄ります。


 今日は、途中で、ガーベラ買っていきました。




まいちょいす。

ここの合同墓地に、今まで飼っていた我が家のいきものたちに

会いに来ます。フェレット、プレイリードック、わんこなどなど。。。



ペット霊園慈生院(じしょういん)さんは、竺園寺(臨済宗)の別院。

ここのお寺さんが元々、蓄霊供養をしてくださっていて、今では

動物たちの立派な納骨堂もあってお花が無いときはありません。




「あれ?今日はいないね~ 」 と、事務所をのぞくと、いました。

涼しい事務所の中から外を見ていた、 あ・い・つ が。 笑



わざわざ外に出してくださって、

まぁ、本人(本猫)も馴れたもので、ちゃんとついて来て、相手をしてくれる。

自宅は鳥たちがいるため、さすがに猫は飼ってませんが猫ももちろん好き。



こいつ(名前は知らない)も本当にかわいいんだなぁ  (*^▽^*)


まいちょいす。


                         ( ↑ 首、絞めてませんから!

                          顔を上に向けてるだけですからっ!)





いつもお線香とお花をあげて、 『ありがとう』 と手を合わせてきます。



逢坂剛さんの小説ひさしぶり。

通勤読書: 逢坂剛さんの御茶ノ水警察署シリーズ 「 しのびよる月 」



ひさしぶりというより、「百舌の叫ぶ夜」 しか読んでいないと思う。

(自信は無い、ほかも読んでいるかも知れん)




うーん。おもしろかったし、つっかかりもしなかったけど、

『 しおりを挿むのが惜しいよぅ!』 と、いうような引っ張られ感は

あまりなかった。


なんでかな~と、思うに、現代ストーリで、しかもリアルに設定背景が

見えてしまうとひょっとしてダメなのかなと。

御茶ノ水界隈の事件なんだけど、土地勘があるから地理描写が

ほとんどイメージできてしまうのも理由のひとつかな~、と思ったり。



まいちょいす。




転結って3パターンではないかしら、と思う。とても大雑把ですが。

特に原稿枚数に限りがある短編小説の場合。



 1、 登場人物が語る

 2、 解説する

 3、 どうしてか不明のまま



1、

残る数ページでキャラ設定に似合わず、明晰な判断、

口調になっていってしまったりすると あれれっ?と。


2、

複雑怪奇な人間関係も、わずか一頁ぐらいで

“ ・・・ということだったのだ。 じつは! ” みたいに

まとまると なんだかな~。


3、

判断が難しい。イメージの世界をさらに膨らませて

くれるか、みょーな残尿感で終わるか、のどっちか  笑





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昨晩は、勤め先の近隣事業所に御呼ばれしてビアガーデン参加。

楽しかったよぅ。  (^-^)/



まいちょいす。

おかしな趣味じゃないから!(たぶん)


なぜ、私たちは戦うのか?と、レイカが西に尋ねる。

西は答えず、逆にレイカへ問い質す。




 「 じゃ、地球って何? 誰が何の得があって、俺たち暮らしてんの? 」




これは深いですね。

宗教的な話しを持ち出さずにこの問いに答えることは、ちょっと難しいように

感じる。科学的に生命の根源を説いてくださる先生方はいらっしゃっても、

人類の積暦、生命活動に『誰がどんな得があるか?』という、そんな発想は

普通できないと思う。 黒い玉、ガンツの正体はいったい ... 。



倉本聰さんがオーラの泉で語られていらした。数十人の親御さんを前に

自分の子どもの命を自分の命とひきかえにできるか?との問いに挙手したの

がたったの六名。。。




(話しはさらに飛んじゃいますが)

福岡伸一さんが『生物と無生物のあいだ』の中で、 (ひょとしたら『プリオン説

はほんとうか?』だったかも)生物の定義の中で我々は命を引き継ぐキャリア

でしかない、という話しがあるんですが、人が親としての自覚に、わが子への

“命の引き継ぎ”をして、人を 『 生命を乗せ継ぐビーグル 』 と説明されている。


http://ameblo.jp/larryboy/entry-10208190384.html     読んだときの。


成人して結婚し、子を生して役回りが終わる。で、その子に子どもが生まれる

と今度はその“孫”が愛おしくてしかたなくなる。それもわが命の継承を確信で

きた、ビーグルとしての感情なのだと。。。





最近、園児ぐらいの女の子を見ると、かわゆくてしょうがないんだぁ、と本音を

家内に話したら、おかしな趣味じゃないでしょうね…って、しゃれになってない。


それも、ついつい自問自答してしまっている自分いて、ちょっと自信を無くしそう

になってしまって、悲しかった。   (´д`lll)




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奥浩哉さんの3D漫画 『 GANTZ 』。


週刊漫画も含めてマンガはほとんど読まないけれど、ガンツだけは、

新巻コミックが出ると買っている。先の夏休み、家内の実家で新巻を

読んでいないという、三月ぶりに帰ってきた息子とガンツで盛り上がった。


現在26巻目。いよいよ人類の滅亡、カタストロフィーの到来なのか!?



原作、どなたか、SF作家の方、お願いします。活字にしてくださいっ!
直接的なグロテスクな描写がスポイルされる分、登場人物のキャラクタ

や、心情が、もっと前に出てくるとテーマがテーマだけに面白い小説になる

と思うんだけれど。


まいちょいす。

テイラーGC6 とK12 。

6月にTaylor GC7 を弾かせてもらって、印象悪くなかった。

http://ameblo.jp/larryboy/entry-10282622489.html


で、ネットで調べたら、船橋のITO楽器さんとこにTaylorの看板挙がってた。

灯台下暗し。買い物か何かのついでに寄らせてもらおうと考えていて、
家内が東武デパートの商品券が何たら、とかで車を出しました。


ITO楽器さんには、ハナッから、GC6とK12を弾かせてもらうつもりで伺う。





TAYLOR GC6 トップはシトカスプルース。
サイド&バックが、メイプル!

まいちょいす。


シダートップの GC7とは、材違いでスロテッドヘッドも含め同一スタイル。
だから材の違いが音色に良く出るところと思う。
サイド・バックがメイプル。なんかマイナーコードは似合わないような気がする。
メイプルの明るい材は、一般的なローズウッドの色味と対照的な個性だ。
感じとしては、ポーンと音色がカタマリとなって鳴るように思う。 (妻評も同じ)
ぐるんぐるん回るような残響や、サスティンは弱い代わりにキレが良い音。
思うにラグタイムアレンジがメインのプレイヤーには最適じゃないでしょうか。
表示価格は10%OFFで\349,650 。





Taylor K12 トップはイングルマンスプルース。
サイド&バックが、ハワイアン・コア。


まいちょいす。

弾いてみたかったハワイアン・コア。(正面しか見えなくてごめんさい)
おもわず弾かずに膝の上にギターを置いて、ネックを軸に回して、サイドと

バックを眺めた。う~ん 綺麗だぁ。カーリーコア。

適度な大きさの縞は近くでも離れても見ていて飽きがこない。
チューニングがイマイチ定まらなかったのは、弦が若干錆びぎみだったから

だと思うけれどそれでも良い音色。こんなに小ぶりでスケールも短いのに

音が広がる、広がる。バックの硬質なコア材とスプルーストップのマッチング

がもたらす音響でしょうね。
倍音のふくよかさはマーティンではないね。  (表現あたりまえすぎ 笑 )


コアシリーズは定期的に生産していないとのことで、このモデル自体、国内に

数本しかないらしい。ちなみに他店で入手できるシリーズモデルは年度ごとの

限定モデルで、カッタウェイにPU付きの仕様になっている。

だから“流行”で言えばちょっと外れるモデルかもしれない。


車のエンジンで例えるなら、トルキーだと思う。
大排気量ではないけど、オイシイところにトルクバンドを持ってこれている感じ。
トルクフルなんだけれど、けっしてロングストロークではないね。
トルクカーブも超スムーズ。



表示価格は\ 548,100。定価の10%OFF。

あー、このギター欲しい。 (もっと安くして!)





ハワイアン・コアはウクレレでも使われるけれど、やはり奏でる楽曲は、
その土地の木材を使った楽器ほうが良く聴こえそうな気がする。
だから、ハワイアンとかスラックキーとかは、ハワイアン・コアのギターが

一番、相性が良いのではないか?と考えます。



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今回、母ちゃん評は 「(K12は)イイ音よね。」、のわずか一言。

50万超えのギターにちょっとひかれてしまった感あり。
(当人は大いに“惹かれ”てしまっているんだけれど 笑 )


いずれ手に入れるつもりで小ぶりなギター探しているし、まぁ暗に

“来春には買うことになっている”状況は何とか保持しているつもり。

息子から写メ届く。

息子から写メ届く。

息子は、昨年から西方の某TV局で仕事をしている新人くん。


メールは、

番組のエンドロールに名前がはじめて出るから見てくれー、との内容。


残念ながら関東域では放送されないんだなぁ、と伝えるとビデオ映像の

テレビ画面を撮ってくれた。    ※都合モザイクとなってます


まいちょいす。


確かに、見覚えのある名前が。

  (そりゃそうだ、俺がつけた名前だからな 笑 )



 よかったなー。 



仕事も縁だとすれば、クリエイティブな仕事に就けるのは良縁だな。

それでもサラリーマンなら“天から降ってくる仕事”もある。
好きコノミどころか、巻かれないとならない時もあるし。
(名高い芸術家なら別だろうけれど)




オヤジも同じような経験があるんよ。


はじめて自分が企画した広告が、メジャー専門誌に掲載された時。
行く先々の本屋さんでその本の広告ページを開いて眺めたっけ。


今と違って、当時は企画担当がすべてに関わっていられた。
アイデアも、コピーライティングも、版下作成も、写植の指定も、
色指定も、イラストレーターやカメラマンとの仕事も、
撮影の素材を調達したり、時には自分でイラストも書いたり、
広告代理店のやりとりも、ぜーんぶ、一切合財をやった。

楽しかった。これで給料もらっていいのか?ってぐらい楽しかった。




今のスタッフは、こんなやり方は全員が未経験。


現在は、ひとつの仕事をシェアするやり方。
イントラネットでプロジェクト登録して配下にタスク設定。
予めスケジュール登録して、パート分けして仕事を進めていく。
なんでこのパートが30分で終わらないの…? なんていいながら。


スキルだなんだ云うけれど、結局は七転八倒しながらでも
痛い目を経験することが一番の近道なんだけどな。ほんとは。

夜中までやったり、助けてもらったり、喧嘩したり、
タイムカードなんて気にしないでね。



今は、“「痛い目」に遭わないために、どうするか?”という
なんとも小ざかしい仕事の教え方、憶え方になってしまっている。




自分の頭の中でイメージしたものが広告という『 実 』になる達成感。


また味わってみたいもんだ。




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通勤読書: 筒井康隆さんの短編ホラー集 「 くさり 」



シュールな笑いと恐怖は紙一重なんだな。
筒井さんの“怖モノ”読んでいるとそう思う。



「お助け」 はなんでこのストーリーが“お助け”なのか最後の最後でわかる。
チープな感じのタイトルだけれども、SFとしてはやっぱ、一級でしょう。


「くさり」 は盲目の少女が主人公。そのため文作はそうとうに練られている。
文字から冷たさ、生臭さ、エアー感が伝わってくる文章ってザラにはない。


「台所にいたスパイ」 はナンセンスストーリー。家族が町内会のみんなが
国際スパイで工作員っていう話しでホラーか?というと違うか。でも面白い。


「鍵」 編纂最後を締めるのがこのお話し。主人公と一緒に思い出の場所へ。
これを読むと、どこを閉ざしているか分からないカギが見つかると怖くなる。



まいちょいす。

『おかえりなさい』


 1985年8月12日。


社宅の最上階、8階の北側の端がわたし達の新居だった。

十二分な陽当たりとは言えないが、テラスから望む江戸川対岸、

千葉方面の景観は、2LDKの慎ましい生活の中で何にも代えが

たい安らぎをもたらしてくれていた。




夏期休暇前の追い込み中にしては、仕事の段取りも上手く行き、
その日は少し早めの帰宅ができた。

7時30分に帰宅すると、妻は床についていた。聞くと、仕事を終え

て帰宅してすぐに気分が悪くなり、何も手をつけられないまま、と

にかく布団を敷き横になったのだと言う。

保育園の勤務は遅番だったため、妻の帰宅は、7時より少し前の

はず。枕しているのは30分ほどということになる。


夕食の支度ができていないことを床から詫びる妻に冷蔵庫の有り

合わせで適当に食事を済ませることを伝え、先に入浴するつもり

で、そのまま風呂場へ行き湯をはった。

夏の夕刻はまだ明るさの残る時間帯で、寝ている妻のことも考え

て室内の電灯は点けないまま風呂に入った。


私は、妻の食事をどうしたものかと風呂上りの後のことに思いを

めぐらしながら一日の疲れを流した。湯船に体を沈め、心地よい

疲労感を楽しんでいるころには、窓からの光は消えうせ、外は徐々

に夕闇に溶けていく。やがてバスルームの折り戸に差し込む室内

は仄暗くすっかり暗闇に落ちていった。




突然、前触れも無く妻が脱衣所まで小走りできたことがわかった。
具合が悪くなり嘔吐のために起きてきたのかと考えたが、妻は

洗面台へは向きあわなかった。
返事を求めるまでもなくそのまま折り戸に手をかけた。


  「 今、誰か来たの! 知らない女の人が二人! 」



私は、その震える妻の言葉を聞くまでもなく、彼女の表情からどん

な訪問者なのか理解できてしまっていた。

妻の霊感は強い。
実家での体験、勤め先や旅行先でのエピソードにはコト欠かない。

被るようにバスタオルで頭部全体を覆い、どこそこ区別なくガシガシ

と拭きながら、いくつかの出来事を回想していた。

新居となったこの部屋は、心ながら悪い印象はなかったし、何も起

こらないみたいよと、喜んでいた妻の様子は入居したての半年ほど

前の出来事として思い出された。
 


風呂から上がると、さらに詳しく妻は話しを続けた。

耳鳴りと金縛り。その後に何が続くのかを知っている妻は、身を硬く

した。布団の回りにせわしい複数の人の気配を感じて枕元の右上を

見上げると、白っぽいブラウスの二十代と思わしきストレートヘアの

女性が何かを言いたげに立っている。 

さらに気配を覚え首を回すと、左側にも柄物のアンサンブルにパー

マネントヘアの中年の女性が居たのだった。

彼女は、膝から下を闇に溶かし宙に浮いているような位置から覗き

込む。まばたきもせず妻に視線を投げ続けていた。


特徴は表情や人相にまで至り、今まさに会っていなければ説明のし

ようが無いほど克明な描写だった。若い女性のソックスのレース柄

まで憶えているのは “リアル” だ。


私は妻の語るイメージを近親者に重ねていた。思い当たる女性が浮

かばなかったのは幸いだった。

一通り話し終えた妻は落ち着きを取り戻した。しばらく容態を看て、

具合も悪いほうに向いていないなと思いながら隣の部屋へ移り、夕

食を摂ることにした。





日本航空123便の墜落事故を知ったのは、テレビドラマの中のニュー

ス速報だった。


夜更けに向かい、詳しい情報がニュース番組の中で伝えられた。

それは航空史上に残る大惨事となった。墜落の時間は、妻の帰宅し

た時間、突然に具合いの悪くなったその時に一致していた。



 「事故に遭ってしまって帰らねばならない、
  会わなければならない人の居るところへ向かう途中で
  わたしのところへ立ち寄ってくれたのよ。


  きっとわたしに言いたいこと、
  伝えて欲しいことがあったんだと思うわ。」
 




窓を開けると、京葉道路の喧騒は、湯浴みの熱が残るわたしの体を

やさしく通り抜けた。

夏の夜空には、呼び合うような点滅を散らす2機の旅客機。ここから

見える空路は成田空港へ向かう機体を鉛直に降下させる。

ゆっくりと、ゆっくりと降りていく...


いとしい人、愛する家族に会いたい思い。そんな悲しくも切ない一途

な思いを感じたことで、この夜の体験は、恐れのようなものではなく、

慈愛にも似た澄んだ心を呼び込んでくれた。

事故現場につながっているであろう夜空を見上げつつ、不慮の事故

に遭われた方たちを想った。


首都高速七号線の水銀灯の列は、

房総半島へ流れ込むように地平線へと消えていく。



私にはそれが、飛行機を導く滑走路の誘導灯に見えていた。




〈おわり〉