まいちょいす。 -83ページ目

シカラムータ


 子守唄、童謡~・・・から、どうつながったのか分らないけれど、

  シカラムータにたどり着いたよ ♪


6月に開催された、調布市でのイベント。 『第2回 JAZZ ART せんがわ』




仙川駅前商店街をオープニングパレードする、ジンタらムータ編成。

ピンキーとキラーズの”恋の季節”で、途中で“恋のバカンス”。

 ザ・ピーナッツの。







先月のイベント参加のステージ映像も、見っけ。。。

『第3回東京都食育フェア』  だそうな。



※こっちもジンタらムータで。3:30ぐらいから登場。ベリーダンサーも踊る ♪


  すごいぞ。   (ある意味、えぐいのですが)


しかし、このステージプロデュースも“東京都”なんだろうか。。。
会場は東京農大だって。時間があるなら一日、観ていたいと思う。


大熊ワタル率いるジンタらムータさんにバックバンドやってもらった、
“おののこみちライブ” の時の4月のブログ。


まぁ、わざわざ身内の宣伝もなんだかなぁ...、とも考えましたが、
これだって、ブログテーマ『まいちょいす』に反することはないか~
、ということで。 (^^;)ヾ



シカラムータはこちらから ♪

やっぱりライブ。


  週末は、勤め先の仲間で飲むセッティングがあって、

  数少ない音楽話しができる幾人かと雑談、楽しかった ♪





♪ジャズ好きSさんから、コットンクラブで、パット・マルティーノのライブに
行ってきたとの話し。・・・ええな~。
何でもパット追っかけもどきの親戚がいるとのことで、当日もパット本人か

ら、「チャージはいらんから、たくさん飲み食いしてってぇな!」と言われたと。
次に機会があるときは絶対、声かけてなっ!とお願いしてきた。



♪むかし、山崎ハコさんのファンだったIさんと、今度ライブに行くことを約束。
なんでも2,3日前にラジオ番組で生演奏を聴いたばかりとのことで
そっから話しが盛り上がった。スケジュールチェックしとこーっ。



♪門前仲町の「リムショット」で春先にギター買ったというHさんとギター話し。
9月に岸部眞明さんのライブ行ってきた話しと、今度ギターをとっかえっこ
しましょう、という話し。



♪A参事に赤坂カントリーハウスへ連れてって~!と強請る 笑

Aさんベーシスト。で、娘さんオリジナルレーベルでピアノを弾き語るシンガー。





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早速、ハコさんライブチェック。。。


http://www31.ocn.ne.jp/~hako/



九州じゃ2本も続くのに、35周年ライブって年内は都内はもうないみたい。
11/28中州と、11/29大分市内。地元だもん、しょうがないね。

神奈川県民ホールは12/2。ホールか。。。ライブハウスのほうがいいなぁ。


今から年内のスケジュール拾っても、予約は無理か (>_<)



月日は百代の過客。

読了
小泉八雲【神々の国の首都】
小泉八雲【明治日本の面影】




すごいよ。二冊で本文約900ページ。
しかも改行がもの凄く少ないからたっぷり。




「英語教師の日記から」


現代は、なんだろうね。 欲の多様化とでも言うのだろうか。
欲するものは手に入ることができる、じゃない...
「手に入れ・させ・られる」というか。


100年前のそれとは、確実にギャップがあると思った。軍国に暮ら

す人々は悲しいけれど、当時の欲はもっと純だったんだと思う。
全部がそうじゃないにしても。




松江の尋常中学校と、師範学校で英語教師となるんだけれど、
栄養状態のよくない時代で子どもたちも赤痢や結核などの病で
幼くも亡くなる生徒がいるんですね。出雲には一年ぐらいしか

いないのに、そのあいだにも親しい生徒たちが死んでいくんです。




「あぁ、わしは学校へ行きたいがなぁ. がっこが見たての. 」



貧しいのだけれど学業に長け、幸いに援助を受けながらも臥して

しまう少年は、学校に行きたい、一目学び舎を見たい、とせがむ

んです。家人に負ぶわれて、夜中に学校へ行く。


翌日彼は黄泉へ旅立つ。



     (´□`。)






紀行とも言えるし、エッセイでもあるし、

ある意味、日本文化の歴史書でもあろうね。




 まぁ、 だれもの人生、それが旅なのかもしれないよ。 






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訳者の注記で知るところなんですが、
けっこう、事実と異なる、若しくは一部を伏して記されているんですね。


小泉八雲より先にチェンバレンさんは日本国を語っていて、まるで

天国のような日本を語る八雲と対極のレポートとなっているらしい。

古事記の英訳とかは、八雲の好奇心に寄与してたようです。



確かに冒頭、美化されすぎている日本が語られていると感じる。

日本人として、こそばゆい。読み進めるに従って、賛美の形容の中

に醜悪なとか、臭いとか、汚いとかの表現が目についてきます。

こんなところに彼のこころもちの移ろいが垣間見れました。


でも、明治時代の日本をイギリス人がレポートする本として、その文体

を織り成す感性鋭い日本語は、読み継がれる必要があると思います。

訳者のセンスに負うところ大きいでしょう。若い方もいらっしゃる。



おもしろかったです。(^-^)




(現代日本史、どっかのガイジンさん、面白く書いた本ないかなぁ~)



小松川境川公園

土曜日 なのにお仕事でした (^-^;)




今朝の小松川境川公園。


まいちょいす。


江戸川区は、都内で一番公園の数が多いらしいです。
ここは人工の小川なんですが、区内を横断するながーい公園。

太極拳やってる年配のグループとも遭遇。


散歩には格別でしょう ♪

犬のお散歩も多かったです。


いいな~。


こんなところで、おいしいコーヒーでも飲みながら、本でも読みたいな。









松山ケンイチファンと白土三平ファンが連れ立って
夕方から千葉ニュータウン、ワーナーマイカルシネマ、


『カムイ外伝』。




もう観る人いないね~。我々含めてたったの5人だよ。。。
18:00台にたった一回しか上映してないし。


スガル役の小雪さん、頑張ってワイヤーアクションやってました。
しかしスタイル良過ぎ。貧しい漁民のかっこ、似合わないね~。

漁村に、もしもこんな美人がいたら大騒ぎだろうに。


    (まぁまぁ、映画だから、おとうさん。。。 Σ\( ̄ー ̄;) )





『どろろ』と、どっちがおもしろいだろーね?、と観ましたが
退館後、お互いその件には触れず。。。





原作本編『カムイ伝』は、えぐい部類の漫画。

外伝は小学生の当時、少年サンデーかなんかで読んだと思うけど

子ども向けのタッチではなかったね。おとなの漫画って感じで。



こいぬ:2

こんな仔が、




まいちょいす。


食べて 食べて、 食べて 食べて ...






まいちょいす。


寝て 寝て、 寝て 寝て。。。









      成長します ♪










がるるうぅーっ !




まいちょいす。




憐れみたもうぞありがたき。

小泉八雲 【神々の国の首都】


結果的に1894年【 Glimpses of Unfamiliar Japan 】上下巻を原著に、
もう一冊の【明治日本の面影】と合わせて、約3/4を収録している。
奥付けチェックすると、残りの1/4は版元が異なるところからの

編纂を確認。


ハードカバーは家でごろごろ読むときはいいんですが、電車で読む

にはキビシイ。やっぱり気楽に上着のポケットにもはいるほうがイイ ♪




文庫本になる時って、出版社都合などで、再編されることがあります。
場合によっては本編の内容が異なってくることもあります。
だから、ペーパーブックは、解説とか奥付けをチェックします。
特に古い作品はそうしたほうがいい知恵がついてますっ。




最後の作品が「さようなら」。   (うしろから先に読んでる 笑)


島根から熊本へと転任するときの、知人や同僚先生、校長、そして

生徒たちとの別れの話しです。“先生と生徒”という図式には、ある

ていど形が入ると思うのですが、そのお互いの別れを惜しむ気持ち

の表現には、もっと深いものが伝わってきて胸に迫るものがあります。


生徒たちから日本刀一振りを贈られる。その感謝の文章には、日本

人のこころを感じてしまいます。三島由紀夫氏がこの作品あたりへの

シンパシは、察するところあります。。。




栞を若いページに差し替えて読みすすんでます。横浜ではじめて

日本を感じる【東洋の土を踏んだ日】そして、【地蔵】、【盆踊り】。


子どものような好奇心で目に映るものすべてに興味が尽きない

情景が伝わります。




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比較には及ばないと分かっているんですが、



ドイツで一人っきりで、ブレーメンの街を朝から晩まで徘徊る一日を

思い出して、懐かしみました。

“観光地”っていうのは万国共通なもんで、当然ドイツ人のみなさんも

いろんなとこから観光にきているわけで、そんな人たちとのささやかな

交流とかもあって楽しかった。
民宿のハノーバーから100km、DBで。


「あぁ、今、自分を知っている人、このまわりにはだれもいないんだ ... 」

という実感がじわじわっと。石畳から沁みあがってきて。




   あぁ、帰国後に思いを書き留めておけばよかったー


   って思い直し、残念な。



こいぬ:1


  こんな仔が、



まいちょいす。




  遊んで 食べて、 食べて 遊んで


まいちょいす。





  成長します ♪


まいちょいす。





  お母さんのおかげです。



まいちょいす。

『 My First Day in the Orient. 』

二週間でお楽しみの図書館通い ♪


今回も閉館ぎりぎりになってしまった。




小泉八雲【神々の国の首都】
小泉八雲【明治日本の面影】
R・キャンベル編 【新編 真ク・リトル・リトル神話大系7】
阿刀田高【ものがたり風土記】

アルバートA【性格は変えられないそれでも人生は変えられる】※
野崎六助【宮部みゆきの謎】※

※週連続



まいちょいす。




【神々の国の首都】面白そうです。 今回のアタリ本と思われます。

(【民話 伝承の現実】からひきづってきてます)


一章目 『 My First Day in the Orient. 』 はラフカディオ・ハーンが日本の地に

はじめてきたときの印象が書かれています。憧れの地を実際に自分の肌で

何を感じたのか。それ以降の彼の生活、仕事がいったいどんなものになって

いくのか。おもしろそうだったのでチョイ読みやめました。ちゃんと読もう。




【新編 真ク・リトル・リトル神話大系7】 ! これはナツカシイ!!


巻末のエッセイは、出版社の国書刊行会時代の朝松健さん。ク・リトル・リトル

神話集の日本語訳本で奔走した張本人だったんだ。。。知らなかった。




阿刀田高【ものがたり風土記】 楽しく読めそう ♪♪♪


第六章は鹿児島紀行だー。大石兵六の物語りがあるぞ!(チラ読みしてるし)

※「ひょうろく餅」ってお菓子があるんですが、そのパッケージに描かれていて

  地元では有名。




前回(貸し出し期間は二週間!)、はんすうしないと消化しきれない(消化不良

でしたが... )中身の濃い本が多かったため、読みきれなかった分はイッテコイ。

借りすぎだろう、というのも当然アリ。


アルバートA 【性格は変えられない、それでも人生は変えられる】
野崎六助 【宮部みゆきの謎】は、週連続。


いつでも読めるって考えれば、執着することはないんだけれど、手に取って持

ち帰ったまでの縁があったのに読まないままでは、なんとはなく気が晴れない、

そんな気分でした。他から予約がなければ、連続で貸し出しできますよ、と言

われて、2冊は持ち帰り ♪




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作品の外延にたどり着くために、手段は大きく二つあると考えているんです。



  ① 著者の叡智、所産たる作品をとにかく読み干す、繰り返し読む。
  ② 著者自身の経歴を知る、作品の背景を探っていく。




① は、視野があまりに狭まる(傾倒する)と作品に飲み込まれる。。。
読者として作品に内包されてしまう危険性大、というよりも読んだ本を忘れる

危険性が高いので、どうしても選べない 笑


② は、情報に翻弄され(この時代頓に)作品の評に飲み込まれる可能性大。
評論家の考えが自分の意見、感想だって勘違いしてしまうことが起こりうる。




     バランスが大切。  (どっかのファイナンスかい ... )



電車に和服の女性達と... Ⅱ

おとといの続きです。






     「和装は文字通り日本の文化です!」


     「伝統と異する新しい意匠もあったり

      個人的にはそれは否定的な意見なんだ!」




と言いました。   



えぇ、確かに言いましたが、  うそでした。。。




申し訳ありません。












まいちょいす。



 わたしは、とっても寛容です     (自爆)



『太郎吉とお松』

 読了【民話 伝承の現実】


まいちょいす。




書承文芸と口承文芸は、交錯しているんですね。


書籍を読み語る、というのは時代をさかのぼると一般(ほぼ農民)ではありえ

ないんですね。読み書きがままならない農民も多い時代ではやっぱり、語り

部のおばあちゃんのまわりに子供たちが集まって、その話しを聞く、という図

式が当たり前だったわけだ。



ところが、近代は違うんですね、けっして一方通行ではない。


研究者のみなさんは、草の根を分けて口承文芸を集めているんです。
○○村に○○さんという語り部がいる、と聞くとどんなところへも行ってその

話しを聞いてくるんですね。そういうことが行われている。それが文章になる。

現代では録音、録画の手段でデジタルソースになっていろんな媒体で公開、

供されることになっているわけなんだね。


しかしまぁ、研究されてる方々の努力というか、探求心には頭が下がります。

すごいです、ほんと。いろんなことに没頭する人って偉大だと思う。




「翻案」ということばに惹かれました。 「翻訳」ではないんですね。



外国の小説とか戯曲とか、あらすじや事件の概要はそのままに地名とか、
風俗とか、登場人物の名前などをすっかり自国用に改作することを「翻案」と

いうのだそうだ。知らなかったぞ。


また、「民話」は古い継承だけを指すのではなく、現在進行形も対象とされて

いるのが意外、というかよく考えれれば、○年前までが民話、ってことはなく

て当然だよな~。

グリム童話が日本の文化に入り込んで、様々な物語りを派生させているのは

知られたところですが、様々なシュチエーションの中で、とてもスムーズに

享受される地域があれば、逆に排斥されてしまう、若しくは全然違う物語りに

変わっていってしまう地域がある、というんです。


おもしろいなぁ、これ。




1902年翻案された『ヘンゼルとグレーテル』は、『太郎吉とお松』に変わってる

のだ~ 笑 研究者は、やはり、こういった「翻案」がいつ、だれによってなさ

れたかを重要視してます。

富山の薬売りも一役買っているって。特別話し好きな薬売りも居たわけだな。





中盤の章に「現代の視座」“「語り口」論”がありました。


  「口承文芸の時代はすでに終わったか、終わろうとしている」


著者の大島氏は、『日本文芸研究』に掲載されたという、とあるこの著名な

研究者の話しに異を唱えていらっしゃる。

語り部は確かに少なくなった。けれども、現代でも方言か標準語なのかを

区別する必要がありはすれど、大人が子どもに語り聞かせる、読み聞かせ

る機会というのは皆無ではない。現代も継承されていて、憂うことではない、

というような意見が述べられています。わたしも同感。




読みながら 『あぁ、ズボさん、この本読んでるのかな~』 と独り言。

彼はすでに八割がた、ここで論ぜられている正統法をすでに実践していま

す。もし読んでいなければ是非に読んで欲しいなと思うところ。


岐阜で、むかしばなしを弾き語る、歌うたいのズボさん。

彼は、実行者のひとりだ。とてもすばらしいことです。口承文芸法によって、

自分たちの故郷の昔話しを聞くことができる子供達はラッキーだとも思う。



だってそんな機会は今の時代、なかなかないから。

ズボさんのむかしばなしを聞いた子供たちが、大人になって息子、娘に

話してあげる。希望としては、同じように語り部として口語文芸を継承する

語り部になってくれるものなら申しぶんないね。そんな未来の情景を思うと、

ズボさんには、すごいぞ、もっと頑張れ!とエールを送りたいと思うのです。


http://blogs.yahoo.co.jp/katarinagara



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残念だったのは、

“以下話しを要約する”ってことでストーリーを箇条書きに説明されて

しまっていて、頁の都合ということは理解できなくも無いんだけれど、

やっぱり、引用されているたくさんの民話は、オリジナルストーリで

読んでみたいよな~と思った。




けっきょく、なんだ、



    小泉八雲 『Yuki_Onna』  読んでみたくなったね  (^∇^)