まいちょいす。 -48ページ目

つたのからま~る♪

上野駅の東上野口からなら、昭和通りをはさんで、わずか300mぐらい。
旧下谷小学校。いわゆる廃校です。


まいちょいす。

奥に見えるのは、一年ぐらい前に完成した東上野4丁目オフィスビル。

(仕事ではお世話になりました (^▽^;) )

18階建ての、このビルの向こう側が上野駅になります。





まいちょいす。

近くのペットショップへよくお邪魔するので、
この廃校と、台東区役所の間の路上パーキングを利用しています。







まいちょいす。

異様な概観ですが、廃校になる以前から、

校舎の壁面には蔦が這っていました。






まいちょいす。

それにしてもすごいです。路地となる裏手から見ると錆びた外配管や

ガラスもひび割れていたり。今でも教室や校庭は利用されているよう

ですが、ここまでイッてしまうとオドロオドロシイ感じも漂います。


レトロとはちょっと次元が違いますかね (´□`。)

ずっとこの景観ですから、関係者これでヨシ、とされているわけです。




 夜景はもっと ・・・さぞかし、すごかろうとおもいます  。(´д`lll)



「延岡で朝食を」

訃報が届いたのは、台風が日本列島を横断している最中でした。

東京は寝苦しい夜でもあったのですが、電話の鳴る三十分ほど前には目が覚めていました。眠りの淵から誰かにあっさりと呼び戻されたような、日常の目覚めとは別のものでしたが、けっして不快なものではありませんでした。だから深夜に鳴りだした電話にさして驚くこともなく、その急報も実家からのものだとハッキリ理解できていました。

“虫の知らせ”というのは不思議ではありますが、こうした実体験によって理解の範疇におさまってしまうのだと思います。


台風の影響で翌日早朝の飛行機は欠航となってしまいました。一日を明かすよりも郷里へ、父の元へ少しでも近づきたかったのです。羽田空港から東京駅へとそのまま移動しました。飛び乗った新幹線は博多まで運んではくれたものの、その先の八代駅近くの土砂崩れによって鹿児島本線は不通。遠回りになるのは承知で、日豊本線を辿っての帰路を即決しました。


台風の影響は九州全土に及んでいて、大分、宮崎のダイアも大きく乱れていました。当ての無い開通をじっと待つつもりはありませんでした。急いている気持ちは前のめりなのに、駆け出したいのにまるで地団駄を踏む思いで、下り方面の掲示板に答えを求めていました。

急行列車は、運休と途中折り返しの臨時運行ばかり。何処が終点になるかも疑わしい構内アナウンスは無視して、乗車待ちの下り普通列車へと飛び乗ったのです。各駅でゆるゆると繰り返し開閉する扉さえ、まどろこしくも確実に故郷へ近づいているのだからという思いだけが、苛立つ気持ちを押さえてくれていたと思います。そして車内アナウンスは、竜ヶ水駅で起こった土砂崩れの発生を伝えてきました。それはわたしにとっては終電前に実家へたどり着ける可能性が無くなりましたと言う悲しくも事務的な車掌さんからのメッセージだったわけです。

夜半でしたが、延岡に一人暮らす伯母へ一宿一飯の恩義を願い出てみようと思い立ちました。急な電話に驚きながらも快く迎えてくれた伯母は、わが母からの連絡に鹿児島へ向かう準備もすでに済ませていました。



いくつもの選択肢を分け選びながら、郷里へ向かう道のりにあって、長らく会えないでいた伯母との再会に、不思議なめぐり合わせを感じずにはいられませんでした。伯母と枕を並べながら、どこか見覚えのある気がする天井の板目をながめつ、懐かしい柱時計の音に眠りを誘われていると、初めて訪れた伯母の家は、いつの間にか郷里の実家へと変わっています。

わたしは布団に横になったまま茶の間をながめていました。煙草盆の向こうには風呂上りのステテコ姿の父。団扇を片手に笑顔の父はくつろいでいました。



まいちょいす。

                           昭和三十年 大島にて



「朝ごはんの前に散歩でんしっこんか」


促され生返事をしながら、伯母のサンダルをつっかけて外へ出ました。ひょうたん棚の間から青空がのぞいていて、木戸口まで続く濡れた飛び石には、強風に毟り落とされた庭木の青い葉が幾枚も貼りついています。昨晩おぼろなシルエットだけだった近隣の風景をあらためて見渡しながら、一人暮らしの伯母が二人前の朝餉を用意するのは、いったい何年ぶりのことなのだろうかと考えたりしました。


台風一過の延岡は、大気も町並みも掃き清められたように清々しく感じられました。大瀬川沿いの柳の新緑が美しく映える、昭和六十一年は七月十三日の翌朝のことです。





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以前、ケータイで綴っていた文を転載しています。

わが父の命日が近づくと毎年思い出す、

まことにもって個人的なお話しです。


文章にしてみたかったのです。  (^∇^) ヨカッタワー.


国民社会主義ドイツ労働党。


読了
クレスマン・テイラー【届かなかった手紙】


まいちょいす。

文藝春秋 2001年4月



重いです。
“書簡譚”、とでも呼んでいいのでしょうか。
「手紙を読ませる」という趣向は、ドロシイ・セイヤーズの「箱の中の書類」
という、ミステリーを昨年だかに読んでいますが、読者にイメージを膨らま

せさせる効果は高いと思います。余計な描写がないだけに。




ナチスドイツの狂気を、わずか100頁たらずの、それも手紙10回程度の
往復書簡で伝えてくるこの小説は、フィクションなのですが実に多くを語っ

ていると思います。


1930年代、アメリカで画廊を共同経営する心を開き合った二人は、ドイツ人

のマルティンと、ユダヤ人のマックス。マルティンは家族のために母国へと

帰り、幸せな生活を続けます。アメリカに残った独身のマックスとマルティン

は、商材の仕入れのために、書簡で近況や心の内を伝え合い、真の友情

を確かめ合います。


 そして、ヒトラーの登場にドイツは、あの狂乱の時代が始まります。




タイトルどおり最後は手紙が届きません。

事務的な郵政メッセージが最後に1ページ。

読む人すべてに100頁には、とても収まりきらない、いろいろなことを考え

させてくれると思います。戦争、平和、正義、命、友情、家族。。 きり無し。


すごい小説です。

雪上の足跡は、そやって消すのかい!


 読了
 ヘイク・タルボット【魔の淵】


まいちょいす。

早川書房 (2001/4/5)



ハヤカワポケミスは、ウラ表紙に版元メッセージ、ちょっと多めのセールス文

があるので、読むか読まないかの参考になります。

「長編密室殺人モノ歴代2位」ですもの!手にしたご縁で、読まないでか!と

いうところです。 各章冒頭には、“ソノ筋”からのあやしい詩などの引用があ

って、期待は膨らみました o(^▽^)oワクワク♪



ビジネスの利権めぐって、死んでしまった重要人物に意見させ、決着をつけよ

うと降霊会が行われます。“出やすいだろ”(笑)ということで、縁のある雪深い

山荘の中でわざわざ行われますが、幽霊、精霊登場する中で不可解な連続

殺人事件へとお話しは展開していきます。


降霊会で起こる怪奇現象のタネアカシが中途半端なままに、連続殺人のほう

へ話しは流れていきます。う~ん、例えると、夕食で好きな天ぷらを真っ先に

箸をつけて、半分ぐらい食べ食事の最後に美味しく食べようとしたら、冷め切

ってあぶらぎってしまっていて、「あぁ、こんなんなら最初に全部食べ終わりた

かった ... 」みたいな  (^▽^;) ムリナタトエダ!



むかし手品師だったから、むかし体操選手だったから、ってそれは 。。。



ヘイクさんの長編作品は2作のみ。短編ちらほら。作品は多くは無いようです

からこの先、他の作品を読める機会は少ないかなぁ。

このあとに続けて電車内で読みました「届かなかった手紙」の印象があまりに

強烈すぎて残念。 ヘイクさん、ごめんなさいです。




五木寛之ノベリスク。

作家の個人全集が、アプリだけで発行されるのは国内初だそうです。


電子書籍は多くありますが、他のメディアと重複していたらしいですから、

完全にiPhone、iPad、Android系アプリ、電子書籍で配信開始するのは

初めてとのことです。


先進的だなぁと思いましたが、そこはそれ、五木寛之さんなので、いろん

なことをいっぱい考えていらっしゃるのでした。もちろん、電子メディアへ

のご本人の関心(現状は不満、落胆の)もありつつ、読書層裾野の拡大、

読んでもらえるなら、版権放棄してもよろしいとまでおっしゃっています。


※詳細は「Impress Watch」でどうぞ。


 講談社、五木寛之氏の個人全集をiPhoneアプリや電子書籍で配信



図書館の本にしても、修繕したりせずに汚れればさっさと捨てられてしま

うという悲しい現状。(本の扱いのヒドイ利用者も残念ながらいますし... )

“上製本”でしっかり仕上っている古い書籍を手にすると、なぜか背筋が

のびる、気持ちがしゃんとするような気持ちになることがあります。


ブックオフなどで、東西グラフィック・アーツの古本など150円とかの値

がつけられていると、出版に関わったであろう、たくさんのヒトのコダワリ

とか、価値観が邪見に扱われているようで残念な気持ちになることがあ

ります。不憫な境遇を思ってしまって、買って帰ってしまう本もあります

し.。千葉に越したときから興味を持っている、里見八犬伝や広重とかの

浮世絵など、世界文化社「日本の古典シリーズ」も、そのくちです。


まいちょいす。


35年近くむかしの本。当時はDTPなんて定義も無い、アナログ編集って

そもそもデジタル編集も意味不明時代ですから、本文レイアウトにしろ、

文字組みにしろ、見返しのデザインにしろ、印刷の発色はオリジナルへ

近づけるための職人ワザがあったでしょうし、用紙の選定から、製本、

製函のコダワリとか。きっとたくさんこの本にあるはず。




と、言いつつも、このわたしだって(笑)

「スマートフォンいいなぁ。」 なんて、息子のiPhoneをいじらせてもらい

ながらそう思っていますもの。 ・・・いずれ、わたしのショルダバッグの

外ポケットに文庫本や、無理やり押し込んだハードカバーが顔を覗か

せている状況からタブレット端末が顔を覗かせるようになっているかな

などと、ちょっと思ったりします。


でも、「本」の魅力は、“Texts”とは別のところにもあると思いますし。

少なくとも、電子書籍は“本”ではないですもの。(あたりまえっぽいこと

言ってますが)カタログ編集をする仕事の中で思うのは、索引にしろ、

目次にしろ、本文の章分けにしても、ニンゲンのソート能力は、もの凄い

ものがあって、コンピュータでも太刀打ちできないところがありますね。


そのあたりは前提としてレイアウトにも苦心しているわけです。マルチメ

ディアは、ユーザビリティという、デジタルいかにもの定義で組み立てら

れていますが。(追記: あぁ、ページレイアウトだってようは同じでした)


“斜め検索”とか、“このあたり検索!” なんて紙媒体ならではの部分は

ありますから。“行間を読む”なんてことは、電子書籍では意味を成さなく

なる気がします。例えば、作家さんでも、京極夏彦さんのように、文末の

収まりが自分の納得いくようにするために、小説本文そのものをいじって

しまう(!)ような文字組みへの強いこだわりを持たれている例もあります。




 ちなみにですが、このニュースは「新聞」で知りました  (^▽^;)


本の展示会。


またまたやってきます。  「東京国際ブックフェア」




まいちょいす。

昨年のブログから。



読書推進セミナーはふたつ。

臨床心理学を専攻される教授、和田秀樹さん。「自己愛の構造」という

本を読んでます(持ってます)。 そして、作家の曽野綾子さん。何冊か

読んでると思いますが、図書館でお世話になっているくちです。


今年はセミナー申し込みませんでした。例年、なんだかだと他のイベント

と重なるし(昨年は山崎ハコさんのライブ!)、出店ブース回りも駆け足

気味なので今年は、久しぶりにゆっくり展示場を回ろうと思っております。

出版社がジャンルをわけてレイアウトされているので、興味のあるエリア

は、何度も行ったり来たりです (^▽^;)


本も安いのです。だいたい2割引き。半額とかも時にあるので、ごっそり

全巻まとめて買って帰る来場者もいます。セコハン別として、書籍雑誌

って定価売りですからね、こういう機会は得した気になります。


7月10日、天気に恵まれるとうれしいです♪




昨年7月12日あわただしい一日 (^∇^)


ムズカシイ、メロ (^▽^;)

コブクロ歌ってみました (´∀`)

一番だけです。短いのでお時間あれば聴いてやって下さい。




メロディがムズカシイです。

譜面もあったのですが、オリジナルは、
譜面とニュアンスがけっこう違うものです。

サビのコブシが(笑)聴かせどころかと。。。



・・・もっと練習しましょ。

一人でハモってみる予定です。
ちゃんと歌えるようになったら、ですが。

地球環境とホモ・サピエンス。


読了

丸岡照幸 【96%の大絶滅】


まいちょいす。

技術評論社 2011年4月




SFではなくて、地球科学の博士が素人向けに書いてくださった、そのスジ

の最新情報。


もう少し情緒的な文を織り交ぜていただけると、読み物として違う方向にも

いけそうですが、ざっくり言ってしまうと、論文をデス・マス調にしただけ。

平叙文だったら、もうそのまま学会レポートになりそうな内容です。


“そのとき”地球上の96%のイキモノが絶滅。

それでもしぶとく生きながらえたたった4%が、人類の祖先につながってい

くわけですね。






私たちの生活は二極があって、それは精神哲学世界と、科学物理学の

世界。そう個人的に考えています。相見える部分もあるから対極ではない

のでしょうけれども。


地球に生命が生まれたのは46億年前です。地球科学によって地球生命体

は、これまでに5回の大きな絶滅を確認しているそうです。


隕石の衝突によって恐竜たちが死んで哺乳類の繁栄に切り替わったのが、

白亜紀から第三紀への環境変動。中生代から新生代と名づけられた時代

の境目です。5600万年前だそうです。


それ以前の大量絶滅は、ペルム紀からトリアス紀の境界。古生代から中生

代への移行。こちらは2億5000万年ぐらいむかし。その要因は、未だ議論

の域をでていないそうで、現代の科学でも、あまりに時間が遠すぎて、どう

しても特定しようにも幅広く、正確な測定はできていないそうです。

それでも、丸岡さんはこの先10年の科学に期待はされています。




著書に解説はないのですが。
ビッグファイブと呼ばれている5つの環境変動のスパンは、もっとも短いの

が、先のペルム紀末と、トリアス紀末までの5000万年に満たない期間で

した。つまり、すでに過去のビッグファイブのスパンの中に地球が最後に

経験した地球生命体の大絶滅の期間を過ぎているということ。


このままだとやっぱり6番目の大絶滅事件の主犯は我々人類になってしま

うのかな、と。・・・このままだと確信犯ですね (´□`。)



種の絶滅が声高な昨今ですが、丸岡さん解説によると、現代のそれは地球

史上の絶滅とは、一桁少ないそうです。但し、現代のこの未曾有が(人類の

叡智によって)数十年で収まるのか、はたまた、ずっと続いていくのか、それ

はわからないですね。



大絶滅のシーン転換では、それ以前と生命種の勢力構図が変わってきてい

るとあります。つまり、恐竜が絶滅して人類の繁栄が成立したように、次の

地球環境の大変異のあとには、人類に換わってなんらか新しい種の勢力が

台頭することがあり得るということ。


やっぱり、古生代から生きながらえているゴキブリさんたちが、次の世紀に

つないでくれるのでしょうか。・・・でも、



 いやだなぁ。



ゴキさんたちにバトンタッチしたくないな  。(´д`lll)




 (ソコかいっ!)




ニュークリアス。


 帰宅してテレビをつけると、報道ステーション。



村上春樹さんのスピーチは日本語でしたね。
聴くことのできたスピーチでは「効率」がキーワードでした。


英語にすると、核も、原子力も“Nucleus”。
一緒でしょと言っているのだと、コメンテーター。



一昨年(3年前?)のエルサレム賞では、システムと言う壁、

壁と卵なら、私は卵側に立つのだと話されました。


 で、システムが生み出すのが、そう、 「効率」。



考えないといけません。そう思います。

・・・3ヶ月になりますが、徐々に明らかになる嘘っぱち。
ニュースは引き続き、原発事故を伝えています。




真実が、こんなにも伝えられないでいたのかと、

腹立たしい。 いや、裏切りに等しい。


呆れる段階をすでに通り越してます (´□`。)


私的流行。

サラリーマンのお昼ごはんは  “早くて安い”。



近くの蕎麦屋さん、トンカツ屋さん、ラーメン屋さん。 手軽にエーピーで

お弁当。駅前まで行けば、なか卯、松屋に、吉野家と、リンガーハット。

たまに駅ビル入ってフードフロアに行ったり。


職場からエレベータで一階に下りるまでの間に、途中からのほかフロアの

知人とツルんでラーメン屋さん目指すこともよくあります。





春先から、大衆割烹 「春義」の日替わりお弁当がとっても気に入ってます。

このところ、週に2回ぐらい食べさせてもらっています。灯台下暗し的な場所

にあって、仲のいいご夫婦の美味しい手料理なのです。お味噌汁の美味しさ

に、はじめての日にやられちゃいました。おもわず(おいしい!)と口をついて

しまいました。家庭的なポテトサラダもいいし、茶碗蒸しがまた、うまいです。


立て込むことの多いお昼時なので、写真で紹介できないでいますが、美味し

くて、リーズナブルなのです。昼時からお刺身に茶碗蒸し、天ぷら等と豪勢

な(笑)昼食なのですが、780円!

器が変わってしまうだけで2倍の値段でも、ナットクできるお料理だと思って

います。日替わりなので、メインのお料理は変わるのですが、わたしは気に

かけず、確かめもしないで、「日替わりっ!」と暖簾を分けております (^∇^)





で、さらに 最近のマイ・ブーム・ランチ。



まいちょいす。

10分ぐらい駅とは逆方向へ歩きますと、なんやかやの複合施設。一階に

スーパーマーケットがありました。“ありました”と言うのは、目指して行って

いないことを暗にお伝えしたかっただけなのですが、その中のパン屋さんが、

気に入ったのでした♪





店内には、それ、どこにでも用意されている自由に席を使わせてもらえる

スペースもあるのですが、わたしは、紙カップのホットコーヒーをこぼさない

ように注意しながらココへ来ます。


まいちょいす。

横十間川。奥にみえるのは錦糸橋。




JRの電車がちょっとうるさいのが玉に瑕なのですが、緑の木陰で出来たて

のカレーパンや、サンドイッチをパクつきながら、緩々と、くつろぎのお昼の

ひと時を過ごしています。オフィスの自分のデスクや、会議テーブルを社員

どうしで囲みながら、コンビニの冷やし中華ずるっているよりも、よっぽど

リフレッシュできている気がします。



良いところ、見つけました (^-^)/ 


とうぶんの間、だれにも教えてあげないっ (笑)