GEOMETRY.
お仕事の資料に
高層住宅のイメージが必要で、
買い物ついでにデジカメ撮影 (^-^)
毛利衛さんがおっしゃってました。
自然との乖離、都心部の人造の生活空間は、
人類が地球から離れるための手始めなのだろうって。
(千葉は、まだまだ自然もいっぱいあるけど (^∇^) )
共存するすべてを離れて、宇宙に飛び出すとき
そこで待ち受けるのは、人間がはだかで生きていく
ことなんて、ぜんぜん無理な世界。
でも実は、ホントウはその世界こそが真実だって。
地球がどれだけ「不自然」なのかは、
宇宙に行かないとわからないんでしょうね。
地震や津波は、確かに自然の驚異です。
でも文明のエネルギーは人類が選べるはず。
わたし達が選べるはず。
サンイチイチ。
一年はやいなぁ。 人生に、100年を仮置けば1/100。
震災を体験した3.11。死者、行方不明者を含めると約2万人。
祈らずにはいられません。
一年前のブログを読み直してみました。
※画像を拾いなおしてみました。
東京都の江東区は震度6弱。職場のあのときの緊張は、
「あぁこのまま揺れが大きくなったら ... 」
ビルの倒壊までホントウにイメージした初めての経験。
隣接する公団住宅の中庭が、災害時の避難場所。
避難訓練で移動したことはありましたが、当日はリアル。
避難中も余震は繰り返しあって、路上からきしむように揺れる
ビルを見上げた。
状況は分からず、避難場所に近い電気屋さんのテレビにみなさん集う。
そこには津波が町並みを田畑を飲み込む信じられない光景が。
週を明けて、自宅の被害の少なかった社員は自主的に
泊り込みの対応。本社ビルと同地区に社有するテナントビルの
空きフロアに宿泊。
仙台と郡山の事業所は営業できず、東京から復興援助に
若手の社員が向かった。
いつもなら帰宅のラッシュ時間なのに閑散とした駅。
尋常ではない異様な風景。
いつも利用しないバス路線を使って時間も倍ぐらいかかった。
バスの中でフクシマ原発の水素爆発の続報情報を知る。
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メディアでは欠かされることなく被災のそして原発のニュース。
折々にあの日を振り返りながらの一年だったように思います。
まだまだ解決していかないとならないことが山積みの日本。
“歴史”と置きざりにするわけにはいかないです。
息切れするわけにはいかない。
地球人
回覧板を受け取りに会長さん宅まで出かけた土曜の午前中。雨も降って
寒いんです、千葉 (´□`。) 往復10分もなし。でも町内の景色をたらたら
歩きながら眺め歩くのも悪くなかった。なかなか乙なもの。生活を観てない
よなぁ自分。新年度に向けて量的なものではなくて、質的なトコロで忙しいと
会議やミーティングが多くて、流れで飲む頻度も高くなるし。疲れ溜まるな。
読了
Think The Earth 【EARTHLING】 地球人としていきるためのガイドブック
ソル・メディア刊 2011年12月
「Think The Earth」は、地球にずっと住み続けるために様々な分野の方々が
集い、いろんなことを実践し、社会へ向けて働きかけているNPO。活動をされ
ている他分野に渡るその皆さんが地球への想いを語られています。
宇宙飛行士の山崎直子さんや、茂木博士とか、サッカー監督岡チャンwなど
いろんな方のメッセージが読めます。生業や研究に直結する視点あり、信条
だったり、自身の実践報告風であったり、宗教的なところもあったりと、もの凄
くオモシロイ一冊となっています。いくつか読後感を。
■前野隆司教授。前野さんの社会学識は、人工知能から宗教哲学まで幅広
く多岐に渡ります。「わたしたちは何者なのか?」はとっても面白かったです。
システムデザイン・マネジメントの研究は、簡単に言えば分野ごとの研究が分
化が進みすぎていてなかなか力としてまとまらない。まとめる学問が無いから
統合、最適化できる仕組みを考えましょー、というもの。
繫がり纏まることによって、人智と成そうというものだと理解します。同じ分野
の茂木さんのロボットの可能性、どこまで人と同じ「意識」を持たせることがで
きるのか?という意識のクオリアの話しもありました。ロボットが、「ワタシハ、
カナシイデス.」と喋ったとしてもそれ、ホントウに?感情の本質に迫るお話しで
した。意識とは何?心って何?命とは何?「わたしはだーれ?」は究極ですね。
なんで今、そこでパソコンに向っているのか。自身の生命活動っていったい何
の意味があるのか。頻度は違えど、誰もが考えはするトコロだと思います。
大切なのはそういった意識の先にあるものが、人類のこの先を考えること、こ
の地球のことを考えていくことにつながっているんだと信じることだと感じまし
た。前野さんのお話しにいちばん共感。印象に残りました。前野教授のお話し、
立ち読みでもいいので是非オススメします。
■アニメ監督の富野由悠季さん。テレビアニメの“海のトリトン”がナツカシイ
です。虫プロ時代の初監督作品だったんですね、富野さんの。そんな夢物
語りに関わる富野さんがおっしゃるのは、この先の人類はニュータイプたり得
るか、というお話しでした。
人類の革新は必要であるけれど、それは100年とか200年のスパンではなく
1000年の先を考えると、もっと健康な地球を保つために変わらなければなら
ないということです。実践していかないとならない。千年万年、この先も人類が
地球で暮らせるように。
難しいですけれど、人類個々の我欲を抑えて生活もある意味、ガマンするとこ
ろありつつ、暮らしていく日本人となる。日本人が手本となって、経済的な成長
と縁の無いところで地球に暮らせることを実践する。できえても200年はかか
るかなーと、富野さんはおっしゃっています。
■ネイティブアメリカンに造詣が深い北山耕平さんは、作家で翻訳者。そして、
「宝島」「ポパイ」などの創刊時代の編者としても活躍された方。地球を所有物
と考えない。ネイティブアメリカンは「地球に所有されたる我々」という意識があ
る(現在では“あった”方向みたいですが)。
もう、この意識をみんなが受容できるようになれたとすれば、地球環境の再生
は、即刻始まるようにさえ感じられました。
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製造業って、地球を私物化しているようなものじゃないかと考えた頃があり
ました。今では社会的責任を果たせない企業はダメ会社です。と言っても、
本質は営利の手前のエエカッコシーもあったりするんですが。
「地球環境の悪化を人類は止められるだろうか」ということを勤め先の先代
経営者へ生前に問うたことがあります。即答。人類は、きっと乗り越えられ
ると。人類は今まで同様に、これからもきっと難局を乗り越えていく、永々と
叡智を培っていくんだ。という意見でした。
楽観的かもしれないけれど、そうありたい、あってほしいという気持ちは皆、
同じなんだろうと思いますきっと (^∇^)
じゅんじさん復活!
気にかけていましたが、このたび、HPに辿りつきました。
(ちょっと遅いですがw)
※HPからお借りしてきました。
ライブ活動もはじまっているので
いづれでかけることになるでしょう! (^-^)/
107ソングブックで、はじめてバンジョーTABで演奏して
ハマってしまったのがなつかしいなー。
まだ、クリプル・クリークは、弾けるような気がします。
アルバムも出ていて、アイリッシュフレーバ。うーんよさそう。
それも、フィドラー内藤希花さんとのデュオとのことで、
それも、それも、かわいい女の子で、こりゃまた (^-^)/(^O^)/
※イベントサイトからお借りしてきました。
現役大学生ながら腕前はピカですね。
「O'Jizo」というバンドメンバーとのことですが、
じゅんじさんが見初めた(腕前をw) のでしょうねきっと。
CD、買うことにします♪
彼女の演奏もこの先、楽しみ。
できることならこの先も、トラッド系いっぽんでいって欲しいなぁ。
それはある意味タイムトラベラー。
読了
山崎洋子【人魚を食べた女】
表装、デザインに惹かれました。雰囲気。
主人公の回想に始まり、過去の忌まわしくも悲しい体験が綴られていきます。
人魚の肉を食べ、図らずも300年を生きることになってしまった女性がキー
となる怨念話し。本ネタにされているのは「八百比丘尼(はっぴゃくびくに)」。
おどろおどろしいエアー感はあちこちにあっておもしろかったです。
主人公は、時空を飛び越える能力を備えた怪女に対抗するには、けっこう、
シンプルな戦い方で挑んでいきます。
うーん、それって、神出鬼没のモンスターに覚られないのかなぁ... (^▽^;)
先月だったかブラッドピット主人公役の『ベンジャミン・バトン数奇な人生』を
テレビで放映してましたね。途中からでしたが見ました。老いて生まれて時間
を逆走するという人生。エンディングは感動的でした。
あと、今、放映ってる「タイム」。時間があれば見たいモンですが、これも人生
の価値観を問うネタになっているようです。成人して一定年齢(26歳だったか
な)以上を生き長らえるために、対価を払わなければならないという近未来の
お話し。
はい、あなた今から歳をとりません。
300年は生きられます!
どうでしょうか。 (+_+;)
IDカードはアラビア語。
(それは、2月最後の貴重な一日のデキゴト。 )
正午過ぎまで雪が降り続いたものの、徐々に小振りとなり、みぞれも雨に変わったことで、道路のシャーベット状態の雪は、ほとんど無くなりました。
いつもより早めに乗れた千葉行きの電車は21時前。降雪のせいでしょうね、いつもより空いていました。肩が触れ合わないですむぐらいの混み具合の乗車率って、どんなパーセンテージだったけかなぁ (^∇^;)
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★追記更新。
(人道的立場とは別に、避けなければならないことも付け加えます。
出血、嘔吐などある場合、接触してはいけません。初級救命で
教えてもらう基本です。。。)
今朝の車中で読み始めた久しぶりの有栖川有栖さんは、「長い廊下の
ある家」。家路で開く頁の行は人里離れた廃屋で、すでに事件は起き
ていて、いよいよ推理小説家と教授の登場となる、おきまりの場面だ。
ふと、頁末の視野に入り込む乗車口付近の床に、色彩の異なる何かを
確認した。
男性は下半身が縒れたまま上半身をうつぶせに倒れこんでいた。彼の
目の前には、樺色の似たようなステンカラーコートを着た二人のサラリ
ーマンが立っているし、乗車口側にはもう一人の男性、そして反対側に
は女性。倒れこんだ男性の四方を囲むように乗車していた。
わたしは、ラッシュの時間帯には座れなくなる三人掛けのベンチシート
の前で、摑まり立ち用のポールに寄りかかって小説を読みふけってい
たわけで、彼に正対するためには120度ぐらい振り返らないとならな
い。見回すも誰一人、彼を引き起こすどころか、視野にも入れていない
雰囲気だった。
(酔っぱらいなら、足蹴にされても文句は言えまい。自業自得だから。
早い時間でつぶれちゃったもんだな。恥ずかしくもこりゃ醜態だわ... )
などと思いながら、小説家の推理を辿りなおそうとしたが、やはり気は
漫ろである。しばらくして振り返るも状況に進展なし。まったくもって、
大人気ない乗客だらけなのだろうか、と思う。
(おい、目の前に居るだれか、確認しろよ!) ・・・と思う。
屈んでのぞき込むと、うつ伏せの状況は、片頬は床に密着して唇さえ
触れていて、呼吸をしていることも怪しかった。酒のにおいを確認しよう
としゃがみこんだ。酔ってはいないようだった。
座している目の前の青年にも確かめてもらえるように頼んだ。日テレの
鈴木アナ似の彼も「酒の匂いはしない」と首を横にふった。
肩をたたいて呼んでみるが反応が無い。乗り込んでふた駅目の停車と
なった。ドアが開く。ここで下ろさないとマズイかもしれない。次の駅ま
で路線では一番長い距離でもあって焦った。
立膝に背中を寄りかけるように両肩を引き上げて上体を起こす。背中
から羽交い絞めの形で両肩を引き上げた。クタクタと弛緩した人間とい
うのは、ホントウに重く扱いに余る。座らせると、胸元にIDカードを確認
できた。縦型のそれを見て驚く・・・アラビア語だった。人相をあらためて
確認しなおすも、色黒ではあるがやはり日本人の顔立ちではないか。
IDカードを裏返すと、あぁ日本人の名前が英語で綴られていた。きっと
そのほうの貿易商社か、プラント関連の仕事なのだろうと想像すること
ができた。
駅員を呼ぶように回りに声をかけようと車窓越しにホームを見ると、すで
に誰かが通報に駆け出してくれたようだった。ホームの客たちにもこの今
の車内の異様な空気が伝播していくのが分かる。徐々に騒然としてきて
いるのが分かるのだ。
駅員はなかなか来なかった。実際には然程のものではなかったろうけれ
ど意識の無い男をつかんで待つ身としては、隣の駅からでもやってきた
のかと疑うほど時間をかけて集まった駅員4名だった。これで預けられる
ものと思っていたが、担架も持たずなんと手ぶらである。あろうことか、車
両に乗り込むでもなく、彼らは一人を残して居なくなってしまう。
残った駅員が前から、わたしは後ろから支え上げるようにして、何とか立
位をとらせたが歩ける状態にはなかった。歩み寄ってきた女性は、手首で
脈を確認してくれた。もう一人の女性は大丈夫ですかと、繰り返し声をか
けながら肩甲骨の間を相当、力強く繰り返し叩きはじめてくれた。看護師
の方たちなのだろう、きっと。頼もしい女性たちである。
ホームから片足を乗車口にかけたふたりの駅員に彼の体を受け取らせる。
戻ってきた駅員の一人は、乗車口近くに相変わらず突っ立っているサラリ
ーマンに、どうやって倒れたかを尋ねた。ひとつ前の駅で乗り込んできて
ドアに向き直ったら、すぐによろけだして倒れこんだのだと、“その一部始
終を眺めていた男”は、そう説明した。
急患のために遅れを詫びる車内放送は、救護へ協力頂いたお客様へお礼
申し上げます、とマニュアル通りのメッセージを発してマイクを切った。
電車は走り出す。3分の遅れを取り戻そうとする加速は、意識不明の男の
イメージを振り切るかのようで、それはきっと乗客達の思いでもあったに違
いないと思った。
倒れた男を無表情に見下ろしていた親父連中も、帰宅後は関白なご主人
なのだろうか。幸いにもどんな顔だったかもう忘れた。
訳者のご努力に感謝。
読了
【現代カンボジア短編集】
大同生命国際文化基金 2001年1月
訳 岡田知子
カンボジアといえば、アンコール・ワット。何年か前に日本人が現地へ
道路の整備をやりにいくというテレビ番組があったのを思い出します。
時代のカンボジア作家5人がつむぐお話し13篇。
作品もさることながら、カンボジア人作家の邦訳がまとめられたのは
初めてのことだそうで、複数の作品をまとめて読めることは楽しいで
すね。文士もいれば、学校の先生、ジャーナリストなど本業はいろい
ろです。
いわゆる「道徳的な物語り」がほとんど。
善行は報われる、悪は応酬さる、自業自得、そんな基本的な倫理観を
わかりやすいお話しで悟してくれています。それでも、1960年の時代
を考えると、ユニークな作品も混ざっています。
女性への偏愛(変愛でいいw)を描く、「僕に命令しておくれ」や、「おぼ
しめしのままに」 の二作品は、・・・ぶっ飛んでいます (^▽^;)
カンボジアは、王さまを元首とする立憲君主制国家。20世紀の歴史は
政治体制が五回も変わり、国民は経済だけでなく、学ぶことも抑制され、
立法や思想に関わるような人たちも抑圧され、数多くが殺害されていま
す。物語りを楽しむような文化も、捨て置かれた半世紀だったわけです
ね。
驚かされるのは、半世紀ちょっとの動乱で、国民の1/3が死んでいる
という事実でした。うーん、ちょっと想像もできないです。両親と子ども、
たったこの最小単位でも、一人が死んでしまっているという例えをして
みて、自分で驚いています (´□`。)
たそがれの街は雨に濡れるのだ。
Acoustic Guiter Magazine.
リンテンさんのアレンジ譜は、黄昏のビギン。
1959年ですから、
私の生まれる前ですけれど、
リバイバルも数多くて、
CMのBGMもあったようですね、
よく憶えはしませんが。
で、ちあきなおみさんの黄昏のビギン。
メロディは、まるで 和・洋・中の折衷。
いい曲だなぁ。 (^-^)
「失う」こととは。
読了
アン・マイクルズ 【冬の眠り】
早川書房 2012年1月
訳 黒原敏行
古代エジプト文明の象徴、アブ・シンベル神殿の移設と言うリアルな歴史的
事業を背景に、夫婦の絆の解きほぐれが語られる長編小説。“喪失”をキー
ワードに文明の歴史、生活の移ろい、そして男女の心の機微がナイル川の
雄大な景観描写の中に織り交ぜて綴られていきます。
夫妻の名は、エイヴァリとジーン。神殿の移設に従事する技術者の夫と、花
や木々を愛する妻。詩的なくだりも多くて読者を楽しませてくれます。
うーん。久しぶりに、壮大なスケールを感じさせてくれる物語りに出会いまし
た。王族の歴史、文化、神殿移設や、ダム工事の技術的なくだりから、自然、
植物のお話しなどなど。どれもが奥深くて、関わる章単位も長いから、時に
は土木工事の専門書を読んでいるがごとき気分になったりしましたw
(このあたりに限ればスキキライというか、楽しめる個人差がきっとあるんじ
ゃないかなと。もちろん情愛にふれるところも情緒豊かに染み入ってきます。
ナイル川流域の水害対策として、アスワン・ハイ・ダムの建設が計画された
のは1960代。伴って水没の危機に瀕したアブ・シンベル神殿は細切れの
立方体(といっても数十トン単位ですが。)に分けられ、数百メートル離れた
高台に再構築されたわけです。当時、世界中から国際的な救済活動が行
われたのですね。
人々の営みそのものが“水没”していく描写も物悲しいです。日本でもダム
の湖底に沈んでしまう歴史ってやっぱり残りますね。
先祖代々の畑や、村の鎮守さまや、学校とか。そんな心穏やかに思いを馳
せることができるふるさとの全部が消えてしまうなって、想像しただけで悲し
い。(当事者でなければわからないなぁ、きっと)
じっくり読めば必ずや感動があります。
なんて、通勤電車で読んでいる輩が語ったところで
説得力ないかっ (^▽^;)



















