最近 何度もアメトピに記事を掲載していただいています。

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ありがとうございます。

アメトピ経由でいらしてくださった方のための自己紹介はこちらです

自己紹介

 

もうすぐ25年勤めた大学を退職するので、毎年 学年末にやっていた学生のパーティの写真を見返していました。こういうパーティをやり始めたのは前にいた私立大学ではクラスごとのパーティを先生が企画してやっていて、かなり力を入れていたので私も新任の大学で同じことをしようと思ったからです。

 

最初の年は2年目と3年目の学生を教えて、150名くらいの学生を4−5人のTA(助手)の人と教えていました。それで3年生のクラス(約50名)のために2人のTAの人と一緒にパーティをしました。普通に最終日に教室でやったのですが、いわゆる持ち寄りパーティで私は自分でおにぎりや唐揚げなどを作って持っていきました。学生もお菓子とか飲み物を持ってきて楽しく過ごしました。それとは別に学期の最後にはTAの皆さんと食事をしたり、お菓子の差し入れをしたりしました。前の大学の時のように(当然だと思って)レシートを学部に出したら「こういうのは払えない」と言われました。

 

私の上司にあたる教授は、よく私に仕事を頼んで、お礼にと言って食事に連れて行ってくれたので私も同じようにしていいんだと思っていたのですが、そういう制度はないと言われてビックリしました。

 

それでも毎年 最後の学年に当たる3年目の日本語クラスを取っている学生と年度末パーティをやっていました。ある年「それはすばらしいですね。今年は払ってあげるから、使った経費のレシートを出して」と言われ「景気がよくなったのかな」と勝手に喜んでいました。

 

最近になってわかったことは、そんなことをやっているのは私くらいで、他の言語の先生で特に人数が少ないクラス以外は年度末にパーティなんてやっていないという事実です。私も大人数(100人以上)の初級クラスを教えていた時はパーティはしませんでした。このことをもっと前から知っていたら、毎年 一番忙しい時期に自宅で大量のパーティ料理を作ったり、お金をかけて日系スーパーで食べ物を注文して運んだりしなくてすんだのですが、こうして毎年、学生と楽しんできたおかげでたくさんのいい思い出ができたのでずっとやり続けてよかったです。

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