「山田太郎 小林幹英 3年 迫力」の検索結果 - Yahoo!検索
1991年夏、新潟明訓が甲子園に初出場した時、「ドカベン」の番外編で神奈川明訓と新潟明訓が行った試合は甲子園大会ではなく、予選の前の練習試合だった。「大甲子園」の単行本5巻(1984年)で山田太郎高3夏の甲子園大会における新潟代表は上越高校となっていた。
Wikipediaに「ドカベンシリーズの世界における年表」があるが、これはプロ野球編の設定である。プロ編だと山田太郎の明訓高校入学は1992年になるが、これは甲子園球場からラッキーゾーンが撤去された後なので、高校野球編に度々ある「打球がラッキーゾーンに入ってHR」というのは別の時間軸の話である
【ドカベンの時代設定】
神奈川明訓と新潟明訓の対戦は1991年夏の予選の前の練習試合であった。劇中で山田太郎は高3で小林幹英と同学年。
【ドカベンの時代設定】
『ドカベン』では、里中智が高3春のセンバツ終了後に野球部を一時、退部(山田太郎の計らいで休部扱い)して、『大甲子園』では高3夏の予選の決勝から復帰。『新潟明訓対神奈川明訓』では予選の前の練習試合に里中が登板し、小林幹英と投げ合っていた。
【ドカベンの時代設定】
「ドカベン プロ野球編」22巻では、1998年のオールスターで、新潟明訓高校出身の小林幹英が広島カープの選手として出場、当時・西武ライオンズの山田太郎と対戦した。
【ドカベンの時代設定】
「ドカベン プロ野球編」の山田太郎は1976年(昭和51年)5月5日生まれで、神奈川明訓高校に入学したのは1992年春。新潟明訓高校の小林幹英選手は1991年度で高3だったようなので、92年春に卒業。ほとんど入れ替わりであった。
Wikipedia「ドカベンシリーズの世界における年表」(プロ野球編)に中学・高校編の設定を追加 - 歴史と娯楽のブログ2 - Yahoo!ブログ
前後一覧
2018年6月(Y!Blog)
〔平成30年6月〕(AmebaBlog)
関連語句
〔『ドカベン』の時代設定 [1]〕〔『ドカベン』の時代設定 [2]〕
ドカベンシリーズの世界における年表 ドカベン 1976年生まれ(twitter)
ドカベン 1976年 生まれ(twitter)
参照
『ドカベン』の時代設定(1970年代)
『ドカベン』の時代設定(1980年代)…『大甲子園』と『ドカベン プロ野球編』
ドカベン』の時代設定(1990年代)…各年ごとに時代設定を検証〕
『ドカベン』、山田太郎の年齢⚾ - teacup.ブログ“AutoPage”
2019/5/5 7:11
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