くさまです。

 

前回のブログで、選対副本部長として汗をかいている参議院全国比例候補「えりアルフィヤ」さんのことを書きましたが、ではなぜ応援しているのか。

 

36℃のセンター北街頭

 

暑さで目がやばい。

 

最初は今から1か月と5日前に、河野太郎事務所から「ご協力ください」とご連絡をいただきました。

 

僕は何を隠そう、12年前は神取忍参議院議員の第一秘書として、比例代表の選挙を経験していて、その際には河野太郎先生に大変お世話になり、僕らの世界の筋として、選挙の御恩は選挙で返さなければなりませんので、えりアルフィヤさんのことは全く知りませんでしたが、快諾させていただきました。

 

これはまさに、僕らの世界の義理の話です。

 

ただ、その時からこれまで、えりアルフィヤさんのキャンペーンを通じ、この人は、これからの日本の国政に絶対に必要だと確信しました。

 

何より、自民党にこの人材が必要だと思いました。

 

まず、33歳の若さで今まで経験してきたものです。

 

男性議員を含めても、33歳、日銀から国連に転職し、7か国語を話し、国連事務次長補特別補佐官を辞めて国会議員になった人をみたことがありません

 

こういう人が国政でどのように活躍できるかが、未来の日本の外交にかかっていると思います。

 

そして、えりアルフィヤ、そのもののアイデンティティです。

 

プロフィールにあるように、えりアルフィヤは福岡県北九州市生まれ。両親はウイグル自治区出身で、父親はウイグル系日本人、母親はウズベク系日本人。平成11年に家族で日本に帰化されています。

 

いわゆる帰化一世です。

 

両親はウイグル自治区出身、本人も子供のころから何度も訪問しているそうですが、2000年代になってからの、民族浄化ともいえる弾圧に大きな問題意識を持っています。

 

また、本来、ウイグルへの問題意識が強い層の日本人の一部からもTwitter上で「外来種」と差別されるなど、今回、選挙に出ることで、多くの犯罪に近い批判も受けています。

 

日本の国力が相対的に下がってることに対し、僕を含め多くの国民が危機感を持っていますが、この現象は、アメリカがトランプを生んだ時代背景と似ていると感じています。

 

反グローバリズムの感情と、それと比例するように湧き上がる民族感情の高揚、外国人排斥。

 

政治の世界全体を覆いつくすポピュリズムの波を、政治の中にいる1人として肌で感じています

 

多様性への批判が表に出てきています

 

様々な政党で意見の違いがあるのが民主主義の正常であって、意見が違う人たち同士が議論し、公論を形成していくのが重要だと考えますが、多様性を認めないという意見が大きくなってくることに、危機感を持っています。

 

 

 

 

えりアルフィヤは、自民党内の”多様性”の象徴になる存在です。

 

こうした人が国民に選ばれるならば、まだ日本の民主主義は機能すると思いますし、機能させていかなければなりません。

 

今回の参議院選挙、比例区では、僕も多くの関係している候補者がいますが、こうした理由からも、えりアルフィヤを応援しています。

 

自見はなこさん、長谷川ひではるさん、神谷まさゆきさんなど、関係されている方がいらっしゃる方は是非その方々を全力で応援いただき、候補者のご関係が無い方は、是非、2枚目の投票用紙に「えりアルフィヤ」とお書きくださいますよう、よろしくお願いします。

 

 

くさまです。

 

参議院選挙告示から1週間が経過しました。

 

僕は今回の参議院選挙、かながわ自民党所属の議員として、神奈川選挙区の三原じゅん子候補浅尾慶一郎候補の当選を目指し活動しているのと共に、

 

急遽、全国比例の「えりアルフィ」前・国連事務次長補付特別補佐官の選対副委員長として駆け回っています。

 

告示後の第一声は国連大学前で。

 

日本のメディアはいないけど、ニューヨークタイムズの取材班がいるという。

 

僕のほうが話してた。

 

日銀職員時代によく来たという日本橋三越前。

 

僕の中学の同級生がビルから出てくるという。

 

2日目は横浜に!

 

有志で桜木町街頭。

 

アルフィアじゃなくてアルフィヤ!

 

だから、アルフィアじゃなくて、アルフィヤ!!

 

JICA横浜の移住資料館で、ウイグルの境遇も教えてくれました。

 

河野太郎先生と外苑前駅。

 

だいたい僕が司会。

 

たまプラーザ盛り上げてくれました!

 

朝からセンター南北にも多くの皆さんに来ていただきました。

 

桜木町率、結構高いです。

 

三原先生と電車でGO。

 

遊佐君が司会。僕は旗持ち。

 

くさま君、何やってんの?と思われるかもしれません。

 

そうなんです、えりアルフィヤさんとは、実は今まで一度もお会いしていなく、友人という訳でもなく、ちょうど1か月前に初めてお会いしました。

 

そしてアルフィヤさんも、国連職員を辞めて、1か月と1日前に帰国したばかりです。

 

 
なぜ、こんなに応援してるのか?という訳は、次のブログに続きます。
 
やること多すぎて・・・・

くさまです。

 

サッカーチュニジア代表に日本代表が完敗した当日、横浜ではチュニジアデイin横浜が初めて開催され、多くの皆さんにご来場いただきました。

 

構想2年、実施は数か月という、やろうやろうと言っていて、コロナが起こり、また、ウクライナで戦争が起こり、所管である国際局がバタバタの中で、何とかこのタイミングでできたイベントでした。

 

スクリーンタイトルが、バタバタ感を物語っています。

 

チュニジアワインもほぼ完売。

 

地球の歩き方などでよく見るチュニジアの工芸品も販売。

 

レトルトのクスクスのルー。

 

レセプションでのエルーミ大使とアフリカ議連メンバー。

 

チュニジア名物ブリック 是非次はできたてをどうぞ

 

大使館からシェフも来ていただきました。料理は全ていただきました。

 

デザートの1つ。

 

チュニジア大使館の外交官、外務省、城副市長と僕ら。

 

エルーミ大使閣下。

 

8月末のアフリカ開発会議はチュニジアで行われますが、コロナなどの関係で、アフリカ開発会議の強みである多彩なサイドイベントは、ほぼオンラインという方向です。

 

前回アフリカで開催した6年前のケニアでは、警備上の問題で殆ど市民セクターが参加できなかったので、開催国であるチュニジア大使館は気合を入れて、3年前に横浜で開催したTICAD7を勉強いただき、いかに多くの皆さんを巻き込むかということに注力していました。

 

このままだと、日本国民にチュニジアを知ってもらう機会の多くが失われてしまうという危機感もあり、

 

また、僕らとしては、「日本で最もアフリカに近い都市」を目指す中で、アフリカの玄関であり、食料基地でもあり、若者が多くいるチュニジアとの関係はこれからの横浜の国際都市としての成長に欠かせないという思いから、力を入れています。

 

一昨年は横浜ライオンズクラブで初めてチュニジアコンサートを開催していただき、昨年はオリンピックのホストタウンとして、大変な制限がありましたが、キャンプを成功させました。

 

柔道チームと白幡小のオンラインイベント。

 

アーチェリーチーム「more than host town」

 

チュニジア大使館は非常に安定的で、尊厳があり、優秀で、腐敗を感じません。

 

他の国で一部あるように、大使が変わって大きく方針が変更になるとか、援助だけ要求されるとか、そういう国ではありません。

 

僕らがアフリカ各国とお付き合いする中で、なかなか単年度や2,3年ではプロジェクトも成果を出せないので、重要なのは継続性です。

 

そうした視点からも、チュニジア大使館との関係は長期間でものごとを進められる土壌をつくれたし、つくっていただいたので、未来があります。

 

信頼しあえるパートナーとして、これから更に関係を進化していきたいと思います。

 

それにつけても、ウクライナ避難民対応で国際局は大変な状況です。

 

コロナのように、他局からの応援はないようです。

 

今回のイベントも、なんかランナーズハイのような感じがしていましたし、これからアフリカ開発会議に向けて、まだプロジェクトがありますので、もつか心配です。

 

山中市長、どうにかしてください。

くさまです。

 

横浜市会も第2回定例会が終わり、価格高騰対策の臨時会が来週開催されますが、よこはま自民党としては、昨日から市内50団体を対象としたヒアリングを始めています。

 

食料、燃料、建築資材が軒並み高騰していて、切実な声が寄せられています。

 

さて、第2定例会は人事議会となっており、僕も政策・総務・財政常任委員会委員長職を全うし、令和4年度は水道・交通常任委員会の副委員長を拝命しました

 

また、特別委員会は引き続きデジタル推進特別委員会に配属されました。

 

水道・交通などのインフラ系公営企業については、初当選時から大きな関心を持って、たびたび、局別の予算委員会で登壇していました。

 

水道の料金改定については、まだ議会の俎上に乗る前から、全国で危機が起こっている水道事業の状況をみて、「値上げする前にできる全ての改革を」と訴えてきました。

 

正直、この前の料金改定ですべてが終わった訳ではありません。

 

横浜もいよいよ人口減に突入しましたが、水道を使う人が減り、節水機能は益々高度化していく中で、どのように水道インフラを維持していくか。

 

ダムから長距離の水道管を敷くのではなくて、水を直接配達したり、空気から水をつくる技術を進化させて各家庭に設置すればいいというような提案も、本気で出てくる時代です。

 

水道事業は、まさに岐路に立たされています

 

そして、交通事業は、コロナで戦後最大のダメージを負っています

 

 

経営改善をどうにか図っていかなければなりません。

 

10年越しで今年、グリーンラインの6両化が始まりますが、今だったら絶対に無理でした。

 

また、計画進行中のブルーラインの新百合ヶ丘までの延伸も、コロナ前に決まっていなかったら、絶対に計画自体が無理でした。

 

コロナによる経営へのインパクトはそれほど強く、正直、初当選からグリーンラインの6両化を訴えてきて、また、川崎の福田市長とブルーラインの延伸を固められたこと、いまではなく10年前に僕が当選させていただいたことの意義をとても感じています。

 

交通局の今年のテーマは経営改善。

 

そして、横浜市全体としては、「誰が市民の足を支えるか」、組織的な責任の所在をしっかりあきらかにしなければなりません

 

委員会や自民党の団会議で繰り返し問題提起していますが、政策局、都市整備局、道路局、そして交通局、横浜市の地域交通の縦割りの弊害が思いっきり出ています

 

恐らく、政策局も、都市整備も、道路局も、本気で自分たちが横浜市民の足を支えるんだという意識を持っていません。

 

最終的には交通局でしょ。という感覚なんじゃないでしょうか。

 

様々話を聞いていると、地域交通政策に対するリーダーシップというより、誰が本気で考えるかというマネジメントが欠けています。

 

委員会でも提案しましたが、コロナが落ち着いてきたところで、交通事業責任者を経験した城副市長が、現状の課題を踏まえた中で、他のセグメントを巻き込んで解決していくのが最善だと思います。

 

 

また、今期は鈴木太郎団長を支える市議団副団長の1人になりました。

 

鈴木太郎団長にモノ言える議員の1人として(生意気という意味ですが)、しっかり支えていきたいと思います。

 

僕らも、あり方が問われています。

 

くさまです。

 

横浜市、5月31日発表の陽性者は490(先週比-316)累計293107。

 

市内の重症者は2、中等症は84、自宅療養者は3581。2人の死亡が確認され、死者累計1014。

 

さて、「日本で最大の政策コンテスト」として定着してきた、マニフェスト大賞

 

今年は17回目となりますが、今大会の実行委員長に就任しました。

 

マニフェスト大賞の実行委員会は、全国の超党派地方議員と、早稲田大学マニフェスト研究所が事務局になっています。

 

オンラインで開催される実行委員会。

 

オンラインで開催される審査委員会。大変勉強になります。

 

マニフェスト大賞実行委員長の任期は慣例で2年なので、17回・18回を担うことになります。

 

歴代実行委員長には、今川崎市長を務めている福田紀彦さんや、熊本市長を務めている大西一史さん、横浜市会では黒川勝議員も過去に務めました。

 

審査委員長はずっと北川正恭先生が務めていますが、実は、僕の社会人としての初めての仕事の1つが、早稲田大学マニフェスト研究所に入所してからの、第1回マニフェスト大賞の立ち上げでした。

 

僕が就職した早稲田大学マニフェスト研究所は、当時、全国のマニフェスト首長の皆さんが加入していたローカル・マニフェスト推進首長連盟、そしてマニフェストを推進する地方議員で組織するローカル・マニフェスト推進地方議員連盟(僕も2015年に共同代表を務めました)の事務局を担っていました。

 

大学院で北川教授に師事した僕が、そのまま北川教授の研究所に就職し、確か23歳くらいだったと思いますが、当時、マニフェスト運動を推進していた地方議員の皆さんや、毎日新聞の皆さんと共に、マニフェスト大賞の事務局として、駆けまわっていました。

 

不祥事以外は殆どニュースにならない地方議会の活躍にスポットライトをあてることで、全国の地方議会で善政競争を誘発し、民主主義の向上に資する

 

第1回のマニフェスト大賞は地方議会部門のみが表彰対象で、お金が無いので、毎日新聞社の地下にある毎日ホールを会場に、当時増田知事と向き合っていた岩手県議会がグランプリを受賞しました。

 

マニフェスト大賞って何?ということから始めなければならないので、全国の先進事例にこちらから連絡し、時には現地に赴いて説明し、121件の応募を集めました。

 

毎日夜遅くまで頑張っていましたが、当時、駆けまわった日々は、私の財産になっています。

 

第1回目、第2回目の実行委員長は東京都議会の伊藤悠さん(現在・都民ファーストの会共同代表)、3回目・4回目の実行委員長は福田紀彦さん(現在川崎市長)が務められ、こうした皆さんと多くの時間を共有しました。

 

当時はまさか17回まで続くとは思いませんでした。

 

僕も議員になってから、複数回、僕自身、また、僕の参加するプロジェクトでマニフェスト大賞の各賞を受賞させていただきましたが、今回、初めて実行委員長として運営に参加します。

 

来年、北川教授がローカル・マニフェストを日本で提唱してから20年の節目の年になります。

 

マニフェスト大賞を持続可能なものにするために、また、更に進化するために、この2年間、全国の皆さんと共に全力で努めていきたいと思います。