くさまです。
いよいよ明日が横浜市会議員選挙、県会議員選挙の投票日です。
3期12年横浜市会議員を務めて参りましたが、新たなステージにチャレンジするため、今回の選挙には出ず、しらい亮次(34)にバトンタッチすることが決定したのが2月8日。
今日で実は2か月ですが、この2か月、しらい亮次は走り続け、選挙戦最終日まで走り続けました。
僕は出馬していませんが、選挙の全ての調整と、自分も弁士として立つため、今までの選挙の中で一番正直体にきました(少しやせました)。
多くの皆さんに支えられ無事出陣。
しきだ県議の出陣式。(僕は初めて長谷川候補の出陣式にも参加)
各地での青空ミニ集会
4月2日 小倉大臣演説会
演説に加え、事前調整、警備計画の作成、調達も行う。
しらい亮次恩師の坂井学衆議院議員も駆けつける。
4月5日には菅義偉前総理も来援。警備レベルMAX.
三原じゅんこ、島村大参議院議員。
700名近い観衆
無事終了。
陣営スタッフだけで100名を超える。
雨の中での12時間街頭。
僕の3回の選挙では、一度も応援に閣僚級は来ませんでしたが、今回は小倉大臣に、菅前総理と、閣僚に加え、総理経験者が入り、しかも安倍総理の襲撃の後なので、警備が2倍くらい強力になり、陣営のボランティア警備だけでも50名を超えました。
今、都筑区には自民党の衆議院支部長が不在なので、それを僕が支援者に支えていただきながら行いましたが、カラーコーンだけでも50個調達とか、ロープ300メートル必要とか、県警の皆さんと事前から調整しながら、何とか無事に終えることができました。
正直、自分の選挙よりも大変でした。
今回、裏方で支える経験をさせていただきましたが、改めて、自分自身も含め、僕らは多くの皆さんに支えられて政治家をやっていることを再認識できました。
僕にとっても、今回の選挙は貴重な機会でした。
2011年4月の選挙で、大久保すみお先生からバトンを受け継いだ後、実はずっと、誰を後継者にするのか、しっかり引き継ぐことができるのか、それが大きな僕の責任でもありました。
自分が国政に挑戦するのは、自分の思いでもありますが、それ以上に、地域の皆さんが必死で守ってきた地域の議席を、しっかり次の器(地元の市会議員)にバトンタッチできるかどうかが、僕の大きな責任です。
初当選の時からずっと、それが何年後か何十年後か分からないけれども、頭から離れることはありませんでした。
僕の議席は僕のものではありません。
支えていただき、地域の議員をつくりだした皆さんの議席です。
僕は器であり、地域に貢献するために、その器をずっと磨き続ける義務があります。
その責任と気概が、他の政党の皆さんと違うところだと思います。
その責任と自覚も、しらい亮次にバトンタッチしなければなりません。
この9日間で、僕もしらい亮次も、多くを学ばせていただきました。
是非とも明日の投票日には、
県会には しきだ博昭
市会には くさま剛の後継のしらい亮次
そして盟友の 長谷川たくま を
どうぞ宜しくお願い致します。