光るクラゲ ー蛍光たんぱく質開発物語―
ある波長の光を照射するとそれに応じて様々な色を発光する蛍光は
蛍光ペン、蛍光染料あるいは分析化学の分野での蛍光顕微鏡等で
日常生活に深く浸透しているが、
ヴィンセント・ピエリボンとデヴィッド・F・グルーパーの
共著で2005年にハーバード大学出版局から出版され、
今年 青土社から滋賀陽子さんの翻訳で出された本書には、
蛍光生物の研究に没頭した研究者達へのオマージュの意が込められている。
自然界で蛍光を発する様々な生物の蛍光発生のメカニズム
また最近の医療分野の進歩に大きく貢献している蛍光物質
(蛍光タンパク)の有効性を、判りやすく的確に記載した
とても面白い本。
2008年に下村脩博士がノーベル化学賞を受賞した当時は
「オワンクラゲ」の言葉だけが印象的で、田中耕一さんが
タンパク質の構造解析の第一歩となる「ソフトレーザーイオン化」
の発見により同賞を受賞した時ほどの感動は覚えなかったが、
本書により田中耕一さんと同じような地道な努力そして
その成果としての“失敗”から下村脩博士の世界で初めての発見が、
今どれだけ科学技術の進歩に役立っているかその重要性が理解できた。
蛍光を発する生物としては日本近海ではホタルイカ、ウミホタル
があるが、これらもそしてホタルも触媒「ルシファラーゼ」と発光成分
「ルシフェリン」の相互作用により発光する事がわかっており、
1957年にこのルシフェリンの結晶化に世界で初めて成功した
下村脩博士は、その研究がプリンストン大学教授にみとめられ
フルブライト留学生として渡米し、後にノーベル賞を受賞する事となる
オワンクラゲの発光成分緑色蛍光たんぱく質(GFP)を世界で初めて
発見する事になる。
その後、多くの研究者の手により蛍光たんぱく質はサンゴ類からも分離され、
より鮮明にそしていろいろな波長に対応した色相が得られるようになり、
細胞に蛍光たんぱく質を導入することで、神経細胞等の組織の活動を可視化
する事が可能となることから、急速に発展している分子生物学の分野では
蛍光たんぱく質は必要不可欠なツールとなっている。
下村博士と同時にノーベル化学賞を受賞したマーティン・チャルフィー博士
そしてロジャー・ヨンジェン・チェン博士、
大きな貢献をしたが受賞を逸した逸したダグラス・プラシャー博士の
それぞれの個性ある研究に対する取り組み方も読み応えがあったが、
下村博士が長崎で体験した原爆のくだりにもこの著作のユニークさを
感じた。
この本の主題は「謎を解きたかったから」
緑色蛍光たんぱく質(GFP)の構造(ウィキペディア)
ザ・パシフィック 沖縄戦
65年前に沖縄の地で実際にあった、幼児、青少年を含む
銃を持たない多くの日本人が圧倒的な武器・弾薬により
犠牲となった戦争について今一度考えさせられた。
昭和20年の3月末の慶良間諸島上陸から
6月23日に沖縄守備軍司令官・牛島満中将と参謀長が
摩文仁司令部で自決するまで、
米軍は54万人が上陸し、1万2000人が戦場で命を落とし、
戦傷者は3万人と言われる。
一方、当時の沖縄には現地召集者を含む戦闘員は、
上陸した米兵の約20%の11万人に過ぎず、
60万人近い住民が米軍の攻撃に曝され、
約10万人の住民を含む約18万人が3ヶ月の戦闘で
命を落としたとされる。
ザパシフィックの第9章となる沖縄戦が12日にWOWOWで放映された。
入隊時の身体検査で心臓に問題があることが指摘されたが、
どうしても米国を守る兵士になりたくて、同期の若者より遅れて入隊し、
初戦のペリリュー島で地獄を味わったユージーン・スレッジ。
沖縄に上陸する迄、死ぬ事を恐れず刀で切り込んでくる
“軍神”日本兵を殺す事だけが生きている証左であったが、
降り続く雨の中、非戦闘員である沖縄の民間人女性、青年が無残に
惨殺される姿を目にする事で、ユージーン・スレッジは
人間の命を考える心を取り戻す。
どちらが敵か味方か判然としない戦闘シーンが多く、
製作者の意図が判りにくいともいえるザ・パシフィック。
以前も書いたが、日本兵は人である以前に国家のために
米兵を殺すプレデターのように描かれており、やや違和感も覚えるが、
今回の沖縄戦では、
汚い小さい小屋(おそらく当時は似たような状況)で米国の攻撃
により死亡する一般住民の女性、
民間人を守るべき日本軍の命令で時限爆弾を身にまとい、
乳飲み子をおとりとして米兵に近寄り爆死する若い母のような
戦争という極限状態での人の心、
恐れからくる狂気と心の余裕の発現でもある理性のなかで
葛藤する人の心が重く描かれていた。
戦争に翻弄される人々の姿が、圧倒的な戦闘シーンで
描かれてきたザ・パシフィックも次回が最終章。







