9月、信州にて「ギョーカイ」つながりの友人たちと

(お顔出しくださっているみなさまには、ご承認済み)


12月31日。
2023年も最後の一日になりました。

普段は遅筆極まるみなせさんも、なぜか年末年始にはせっせとブログ記事を更新したくなる「みなせさん確変期間」を迎えます。

…こーゆーのを人は「怠け者の節句働き」と呼びます(笑)

 

毎年恒例の大晦日のご挨拶記事「一年の終わりに、こころをこめて」。

コレ、実は2006年より、当時は「ギョーカイ」専門のSNS、mixi、そして拙ブログへと受け継がれている伝統記事だったりします。

2018年
2019年

平成最終日
2020年
2021年
2022年

清水の舞台で書かれる「今年の漢字」に倣うわけではありませんが、この大晦日の記事にて自身の日々を漢字一文字で表わすことにしています。

みなせくみこの2023年。
それは、「省」の一年でした。

財務省、国土交通省、文部科学省等の「省」ではなく、ましてや3月に京都へ移転してきた文化庁とは何の関係もなく、

 

「自省」「反省」の「省」。

「かえりみる、振り返って考える」の「省」です。

年齢的にも大きな節目を迎えた今年。

毎年恒例、信州の山荘で迎える「トリプルバースデー」。

「大きな節目」なのにロリータファッションだって!?

これからは、「周りから見てどう見えるか基準」ではなく、「自分から見てどう見えるか基準」実年齢よりも「見た目年齢」なのですっ!!(><)/

 

かつて、「月五万円の収入で暮らして、あとは伝道活動に打ち込んでさえいれば、数年後には地上のパラダイスで永遠の生命♪」などとゆー、アホな宗教団体のアホゥな教えを鵜呑みにしたどアホゥな青春時代のツケを取り戻すべく。

 

また、自身と向き合う葛藤の中から生まれた、「みなせくみこ」という「いちばん自分らしい自分」を守るべく。
さらには、いわゆる「宗教二世」のひとりとして、「蘖の会」という場を作り、また守るべく…。

 

がむしゃらに、体力任せで突き進んできた十数年間に突如停止信号が灯り、立ち止まらざるを得なくなった…。
それが、わたしみなせの2023年でした。

 

  
職場において、省みる


今年6月。
他の同僚同士が起こした、おバカ極まるトラブルのあおりを受ける形で突然の部署異動を命ぜられ、仕事内容と生活パターンと収入に極めて大きな変化が起こりました。

もっとも、そのひと月ほど前から、(以前の部署で)長年携わっていた「第一線」の立ち位置を外される等の不穏な扱いを受けていた中での異動に、当初は「何の落ち度もないのに、なぜ…」などと、戸惑いと納得できない思い、屈辱感に苛まれていました。

 

たとえば、どんなスター選手であっても、時の流れと共に、活きの良い若い選手にレギュラーの座を明け渡す時が来るのが現実。

冷静に自らを「省みて」見れば、それは自分だけの考え、もしかしたら感情でしかなく、周囲から見れば、会社からすれば、それだけの処置に値する?所業はしていたのかも知れない…と、ひたすら反省するしかないことに気づかされました。

 

そうして、受け容れられない変化を受け入れるべく、新たな部署で「自分にできること」を見つけ出し最善を尽くしながら、仕事や仕事への自身の姿勢、これまでの生活内容や金銭感覚、すべて引っくるめて省み、見直し、仕分けしてゆかねばならないのかな…と真剣に悩み続けた日々でありました。

 

色々と葛藤のただ中に合った6月に、着付け教室で開催された「組みひも体験」。

無心になって紐を組んでゆく時間が、ひと時こころのオアシスになりました。

…それにしても、この頃まで「マスク」していたのねぇ(^^;

 

  
「京都蘖の会」において、省みる

 

昨年7月の、安倍元総理銃撃事件に端を発した「宗教二世」における動きも、また激しい一年となった2023年でした。

旧「統一教会」への解散請求、さらにわたしみなせも所属していた「エホバの証人」に関する各種虐待の告発等、マスメディアで報道されることも多くなり、教団としてもだんまりを決め込むことができなくなるほどに、二世当事者たちの攻勢もいっそう強まりました。

こうした激しい流れの中で6年目を迎えた、わたしみなせが世話人を務める「京都蘖の会」においても、これまでとは違う意図を抱いた、これまでとは違ったタイプの方々が参加されるようになり、そのことが思わぬトラブルを引き起こすことになりました。
注:個人攻撃と受け取られることを防ぐため、時系列をずらし、いくつかのエピソードをミックスしたり、分割したりして綴っています。
ここでわたしみなせがいちばんお伝えしたいのは、誰か特定の個人を非難、攻撃することではなく、「蘖の会」を続ける上で味わった困難です。


例えば、「同じ背景をもつ仲間たちとじっくり交流する」という本来の目的ではなく、自分自身の「ビジネス」を展開し、集客活動や顧客獲得のために「蘖の会」の場やみなせ個人を利用しようとする人。
注:確かに、これだけ社会的に注目されれば、「宗教二世」が新たなビジネスのフロンティアになるのは事実ですし、実際他の「大規模オフ会」では大いに推奨され、そのための告知時間も設けられていて、みなせ自身もその恩恵にあずかったこともありますが、「蘖の会」も同じだなどと考えてもらっては困ります。

例えば、「だれかを支配下に置いていたい、思うようにコントロールしていたい」という自らの欲求のターゲットとして、みなせ個人にロックオンする人。
注:また、みなせがこーゆー連中に若い頃から引っかかりやすいんだな、これが(苦笑)


仲間との交流よりも「私利私欲」を優先する、こうした「我利我利亡者ども」が引き起こしたトラブルに対処する中で、罵倒に限りなく近い、非常に厳しい言葉を浴びせられることもありました。

 

まさしく「餓鬼畜生」。
人はここまで醜く、卑しい性根になるのか…と。

今までやってきた「蘖の会」は何だったんだ…と。

 

しかし翻って考えると、その醜さ卑しさは自身のそれの投影でしかないことに気づき、さらにショックを受けたり…。
控えめに言っても「打ちのめされ」る中で、これまた自身を「省みる」日々でした。

この出来事をきっかけに、「広島蘖の会現地スタッフ」や「ゆるカフェサポーター」等、周囲の方々にもアドバイスをいただきながら、「ビジネス展開厳禁」始めとする参加ルールを再設定しました。

そうして次回「初夏の京都蘖の会」に臨んだものの、第2回に1名のご参加いただいたのを除き、6月に企画した「第二回広島蘖の会」、そして8月と9月に開催した「初秋の京都蘖の会」1回目、2回目と以後3回続けて「参加者ゼロ」が続きました。

もちろん歴史的猛暑等、他の要素も多分に絡んでいたとは思いますが、これだけ「参加者ゼロ」が続くと、さすがに「やけ酒ふて寝」などとネタにして笑い飛ばす余裕もなくなってきます。

追い討ちをかけるかのように、ちょうどこの頃、某・学識者の方より「とある宗教二世の言葉」として、こんな言葉を耳に入れられました。

「『大学教授』や『弁護士』、また(TV等の)マスコミに紹介されている人が主催する集まりなら安心して参加できるけど、どんな人かよくわからない一個人が主催する「オフ会」とか怖くて到底参加できない」。

…おーおー、オフ会開くのにとうとう大学の学位やら司法試験合格やらが必要なご時世になってきたらしいぜエエ時代になったもんじゃのぉどんだけハードル上げよんならどーせあたいは無学な馬の骨じゃいやアホンダラボケカス…などと、この頃は職場のストレスもMAXだったことも相まってずいぶんとやさぐれましてね。


あぁ、これも時代の流れ、「蘖の会」もそろそろ幕引きやな。
少なくとも、7年目に入ることはもうあらへん。

…そんなことを、真剣に考える日々が続きました。

2月14日、NHKーEテレにて放送された「ハートネットTV」にちゃっかり映り込んだのは、今年最大の出来事のひとつです。

 

  
助けをもらおう、手を組もう。

 

元より、みなせの「個人商店」として開催してきた「蘖の会」でしたが、こうした大きなクソッタレな流れの中では、すでにみなせ個人の手には余るのかもしれない。


とっとと白旗掲げて、他の人々の力を借りよう…と、数ある「宗教二世支援団体」の中から「陽だまり」さまへ入会の上、その活動の一環として「蘖の会」の場を提供する…という決断をしました。

 

まるで「押しかけ女房」のように、いきなり連携を持ちかけてきたみなせは、発足間もない「陽だまり」さんにとって迷惑極まりなかったと思いますが、快く受け入れていただいた理事長秋本さまはじめ、みなさまのココロの大きさには、今更ながらにただただ感謝しかありません。

…加えて、この苦しい日々の中でとりわけ力になってくれたのが、「広島蘖の会」現地スタッフとして力を貸してくださっている「広島からあげ会」の3人の仲間たちでした。

みなせがぶちまける愚痴を辛抱強く受け止めてくれたばかりか、参加者ゼロに終わった「第2回広島蘖の会」の際には「残念会」よろしく2日間に渉って時間を取って下さり、楽しい時間と暖かな励ましの言葉をくださり、その場で「第3回」の企画まで立ててくださいました。
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とりわけ、帰り際にスタッフのひとりであるMさんからいただいたメッセージには、どれだけ勇気づけられたかわかりません。

「いつかきっと実を結びますよ。
必要な人に私たちの気持ちが届く時がきっときっと来ます。」


…そして、その言葉通りになりました。
この時に企画した「第3回広島蘖の会」には、九州から1名の方が「勇気を出して」ご参加くださったのです!
(その詳細は、先の記事の通りです)

また、11月、12月に開催した「錦秋の京都蘖の会」には1回目、2回目ともに2名ずつのご参加。
とりわけ、第2回には初めて「エホバの証人」以外の宗教団体の2世さんがご参加下さり、「陽だまり」さまとの連携の成果が生まれつつあります。
(当日の詳細は、また後日記事にいたします。)

…かくして、一度はピリオドを打つことも真剣に考えた「蘖の会」でしたが、7年目となる来年も引き続き開催してゆこうと心を定めることができました。

この場を借りて、「広島蘖の会スタッフ」のMさん、Nさん、Oさん。

(アルファベット順に綺麗に並んでいることに今更ながら気づくとかw)

 

また、個人的にガイドを依頼してくださった中でお話を聴いていただき、援護射撃までしてくださった、同じ広島出身の「ほっとかめ(かぐわ)さん」と「ゆかいな仲間(笑)」さん。

秋の縁側で過ごした嵯峨野のひと時。わたし自身、心底「心のオアシス」になりました!

今更ながらに、ありがとうございました。

 

「みなせさんが長く続けてくださっているからですよ!」と、力強い言葉を下さった、「錦秋の京都蘖の会」にご参加下さった東京のKさん。

冴えないわたしに京都ガイドをご依頼くださった、ひとりひとりのお客さま。

「みなせさんだから」…と、何よりうれしいお言葉と共に、母娘で比叡山ガイドをご依頼くださったお客さま。

(お顔出しご承認済み)

 

…「広島人脈」はじめ、たくさんの人々に、わたしも「蘖の会」も支えられているのだなと、独りで抱え込む必要はないのだな…と、暖かな心持ちで自身を「省みる」日々でもありました。

 

  
地味に、泥臭く「続ける」こと。

※下記の内容はすべて「自戒」として、自分自身にへ向けて綴るものであります。

いわゆる「宗教二世」に限らず、「人を(継続的に)支援する」ことは、本来地道で泥臭いものです。

 

「宗教二世」の大きなうねりと社会の注目の中、数多くの「二世支援団体」が、多数の記者やカメラマンたちを前に華やかに発足してきました。

 

確かにゼロから「作り上げ」、「立ちあげる」ことは大変素晴らしいことです。

 

しかし、その立ち上げたものを5年、10年と「継続」することは全く別問題であり、それがいかに困難で力が要るかは、わたしなりに身に沁みています。

「時の流れ」というものは、ほんとうに恐ろしいです。
ここ二年ほど大きなうねりだった「宗教二世」も、やがて耳慣れた呼称となり、目新しさ、センセーショナルさは薄れ、やがて支援活動は目立たない地道なものへと収斂し、さらには淘汰の動きさえ起こってゆくのではないか…と思います。

「陽だまり」という支援団体のひとつに所属し、その活動に携わるひとりとして、下記の点は常に自分自身へ厳しく問いかけ続けたいです。

 

つまり、自身が「宗教二世」支援活動に携わる動機は一体何なのか…と。

「虎の威を借る狐」よろしく、団体の名を借りて「界隈」でもてはやされたり、あわよくば「有名」になることなのか。

教団追及の「最前線」に立つ、アタマのおよろしい人たちに追従して、なんとなく「スゲエことやってる気になって」自己の空虚で貧弱な自尊心を満たすことなのか。

それとも、地味で地道に、時に泥まみれ血まみれになる思いをしながらも、5年10年という長期スパンでこの二世問題と「取っ組み合う」覚悟があるのか…と。


これもまた、自らを「省」みるべきことなのでしょう。
 

  一年の終わりに、こころをこめて…

 

2024年の新たな日々。
年が改まっただけで、何かが劇的に変わるわけではありません。

しかし、この一年、公私にわたり、特に「蘖の会」については相当に苦しんだ日々が、さらなる前進への原動力になってくれる…。

いえ、絶対にそうして行かなければなりません。

12月、お世話になっている着付け教室の「修了式」(=謝恩会)。

ジャンケン大会で、反物を引き当てましてね。

色々と苦しいこと続きだった今年の日々が、報われたように感じます。

 

昨年の大晦日、「2023年は根を張り巡らす一年」と書きました。

 

時間がかかっても良いです。
深く、広く広がった根っ子から、いつの日か大輪の花が、豊かな実が実りますように…。

 

その日まで、いえ、その後もずっと。

 

「その人自身」を大切に、出会い、つながってくださっているひとりひとりとのご縁を大切にすること。
「京都ガイド」と「蘖の会」の活動を継続すること。
「陽だまり」の一員として、宗教二世支援活動を地道に続けること。

大してアタマも良くない、力も金もない、ヘボいわたしですが、

いちばんわたしらしい「みなせくみこ」として、社会と時代の激流の中で残された人生の日々を全うしてゆきたい…。
そう決意しています。

「広島からあげ会(広島蘖の会現地スタッフ)」の大切な仲間たち。
「陽だまり」のみなさま。
「京都蘖の会」並びに「広島蘖の会」へご参加くださった、また関心を寄せてくださっているみなさま。
京都ガイドをご依頼くださったみなさま。

いつも元気とパワーをくださる、着付け教室の先生方姉さま方。

信州の別荘始め、「ギョーカイ」にてつながっていてくださるみなさま。
そして、日々さまざまにつながってくださっているすべてのみなさま。


わたしみなせくみこは、出会い、つながってくださっているひとりひとりとの「ご縁」で作られています。

今年一年、ほんとうにありがとうございました。
新たな一年も、どうぞよろしくお願いします。

こころをこめて…
みなせくみこ

 

この記事、実は湖北を旅しながら、スマホポチポチして綴っていたんだな。

道々に、美味しそうな鮒寿司が並んでいましたわ…。