苦み走った女
ここんところ、帰りの車中ではポッドキャストをipodで聴いている。主にお笑い番組中心で、あまりのくだらなさに深夜労働の疲れを大いに癒やしてくれる。
爆笑問題は兎も角、極楽とんぼ、雨上がりなどの品性なき話芸を行き帰りに聴くのも何なので、図書館で借りてきた家元の落語も週に何度かは楽しむことにした。
昨日聴いたのは家元ひとり会のCDから「現代落語論」。早口なのと録音状態がよろしくなく聴き取りにくい箇所もあったが、前編くまなく悪口で構成されている話に大いに満足した次第。
なかでも、「黒門町の師匠」の女将さんのことを"苦み走った女"と某噺家が言い切ったところは可笑しかった。
しかしながらこの検索結果を見ると、最近では色んな意味に使われているらしいので笑いも半減か。
こんな人も僅かに一名、そのうち笑えなくなる日も来るのかしらん。
爆笑問題は兎も角、極楽とんぼ、雨上がりなどの品性なき話芸を行き帰りに聴くのも何なので、図書館で借りてきた家元の落語も週に何度かは楽しむことにした。
昨日聴いたのは家元ひとり会のCDから「現代落語論」。早口なのと録音状態がよろしくなく聴き取りにくい箇所もあったが、前編くまなく悪口で構成されている話に大いに満足した次第。
なかでも、「黒門町の師匠」の女将さんのことを"苦み走った女"と某噺家が言い切ったところは可笑しかった。
しかしながらこの検索結果を見ると、最近では色んな意味に使われているらしいので笑いも半減か。
こんな人も僅かに一名、そのうち笑えなくなる日も来るのかしらん。
頑張れ某氏、そしてトマト
三週間前に植えたトマトが誰か(小生か家人或いはにゃんこ)に踏んづけられ根本近くから折れてしまうも、駄目もとで茎を植え直して再起を促してみた。「根がないと枯れちゃうよ」と帰宅した家人に嘲笑を浴び、トマト自立再生倍増支援事業も頓挫するかに思われたが、本日つぶさに観察したところ、葉や茎は萎れかけるどころかGに逆らい羽根を広げたペガサスのように大空へ羽ばたかん勢いである。しかも花までつけだした。もとになったトマトの苗も小さな芽が出だし、小菅を出所した某氏のように再起を図らんとしているようである。
ネットで調べたら、トマトは茎からちゃんと根が生えてくるらしい。目出度し目出度し。
しかしながら近くに植え直したのは失敗だったようで、夏前にはところ替えをし、丈夫で可愛い実を実らせてくれるように支援していくつもりである。
※写真左:折れた茎から根が生えてきたトマト、右:残った苗
ピンポン
熱狂的な大卓球ブームの中、ついに我が家にもその熱波が訪れた。今日から朝な夕なに俄卓球台でピンポン三昧の日々である。捨て損ねた古いテーブルの天板を利用して、卓球台の約二分の一ではあるが写真のような台を拵えてみた。車が二台ほどしか止められない車庫を物置代わりに利用しているので、あまり広くはないがそれなりには遊べるのでまあ良しとしよう。
ピンポンの経験は子供の頃や三十数年前のボウリングブームの時に予約待ちの空き時間にやった程度、あとは所謂温泉ピンポンの類しか経験はない。そういえば二十歳ごろ勤めていた会社の上階にあった印刷会社食堂でお昼休みに遊んだこともあったっけ。その会社の御曹司が学生時代卓球部にいたとかで、訳の分からんサーブや思いっきりカットしてスピンを掛けたような球を返されて、おちょくられまくった思い出もあるが、社長にはなれない定めである次男坊のよきはけ口ならば致し方ない。
どちらにせよ来月ともなれば蚊がブンブン飛び交う季節となり、とてもじゃないがピンポンどころではないので、精々今月いっぱいは巴戦で楽しみたいと思っている。
ものの数えかた本
子供の時分にお使いで菠薐草など求めるときには「おばさん、菠薐草二把よんでちょ」などと、それなりに助数詞を使ったもんである。この頃では何でもかんでも袋に入れたり容器包装してあるので一個、二個、一袋、二袋、一枚、二枚などで用が足りる。さすがにハードディスクのことを一個一枚と数えないが、そのうち個で数えるようになりだ。便利なサイトもあるので精々恥をかかぬように参考にさせてもらうことにする。
そんな折り、近所の図書館で見つけてきた助数詞の本。ものの数え方の源流や日本固有の助数詞などを歴史を踏まえて詳細に解説してあった。
漢字がいっぱいで且つ夫々にルビが振ってあり、行間も半角しか空いておらず読みにくいことこの上ないので中途で放読了。本のカバーには「数の世界を分かりやすく解いた“数え方事典”」と書いてあったが、索引もついていないので事典としての使い途はなさそうである。
宛名ガキ
請求書や納品書は二十年も前からエクセルで作成しているから手書きで書くことはないのだが、それを入れる封筒の宛名書きはいまでもボールペンを使って書いている。職業柄ギャラが発生する仕事であればそれなりの字を書いているのだが、元来悪筆なので宛名書きや記帳などで頭の悪そうな字を書いて恥じ入ることが多い。メモ帳なども漢字の知識がないのをばれないように、自分ですら判読できないミミズが酔っぱらって蛇行しているような字を書いている。
懇意にしているH医者のH先生、SK助手に宛名書きを頼んだところあまりに酷い仕事ぶりに退職を迫らんばかりに激怒。チラッと見せてもらったが、小学生が初めて書いた年賀状のように大胆且つ奔放な書きように、雇用する人間に思い通りの仕事をさせることの大変さをつくづく思い知った。
某ディーラから車検証在中封筒が送られてきた。封筒の大きさはA4サイズが余裕で収まる角二サイズ、五十円と八十円の切手が貼ってある定形外郵便物であった。
写真でお分かりの通り、久方ぶりに大胆且つ奔放な宛名書きを見せつけられてしまった。件の女性が転職したとの噂は聞いていないが、この世にこれだけ大胆な宛名書きの出来る人物が二人と居まい。同一人物に違いないと感じつつも、ひょっとして既にこれらの宛名書きが、もうすぐ民営化される郵政公社のポストなどではフツーに蔓延し始めているやも知れぬのではとも思えてきた。
ゆとり教育の弊害なのか、ゲーム脳の影響なのか、はたまたマーガリンの成分に問題があるのだろうか。
どちらにせよ社員教育は諦めて、企業の早急なるOA化とIT化とマルチメディア化とWeb2.0化を望むものである。
ふいんき(雰囲気)
なにかと噂のこの言葉、本日初めて耳にしました。
爆笑問題のポッドキャスティング配信を見つけたのでダウンロードし楽しんだ後、関西の漫才師が水曜日に担当している分も落として聴いてみた。
期待に違わず面白く、聴き入っていたら、頭のかたちが尋常ではない方の漫才師が「ふいんき」と口走っていた。小生なら舌を噛みそうな「ふいんき」であるが流石に滑舌な人気漫才師、実にさらっと放ってくれた。
関西地方で配偶者のことを「嫁」という言い方も、相方が散々テレビなどで言い散らかしたので、いまじゃ中部地方はもとより関東地方でもよく使われるという。
こうしていろんな情報がマスメディアを通じて伝播していくんだなとつくづく思う次第。
爆笑問題のポッドキャスティング配信を見つけたのでダウンロードし楽しんだ後、関西の漫才師が水曜日に担当している分も落として聴いてみた。
期待に違わず面白く、聴き入っていたら、頭のかたちが尋常ではない方の漫才師が「ふいんき」と口走っていた。小生なら舌を噛みそうな「ふいんき」であるが流石に滑舌な人気漫才師、実にさらっと放ってくれた。
関西地方で配偶者のことを「嫁」という言い方も、相方が散々テレビなどで言い散らかしたので、いまじゃ中部地方はもとより関東地方でもよく使われるという。
こうしていろんな情報がマスメディアを通じて伝播していくんだなとつくづく思う次第。
実写版
鉄腕アトムの実写版は原作者、制作者、出演者、視聴者、スポンサーの何れをも幸せに出来なかったような気がしたが、今回の汚い漫画を割と綺麗なアニメに仕上げた人気番組の実写版はよろしゅうございました。
中学生日記のおふざけ小学生版という感じだが、脇を固める配役のキャラクタ作りは完成度も高く、流石にお台場のテレビ局は出来が違うなと大いに楽しませてもらった。
言うまでもないことだが高橋克実やモト冬樹にヅラを被らせる演出にも感銘を受けた。どうせなら、笠井アナも出演していることだし、お父さん役には小倉さんを配して欲しかった。
中学生日記のおふざけ小学生版という感じだが、脇を固める配役のキャラクタ作りは完成度も高く、流石にお台場のテレビ局は出来が違うなと大いに楽しませてもらった。
言うまでもないことだが高橋克実やモト冬樹にヅラを被らせる演出にも感銘を受けた。どうせなら、笠井アナも出演していることだし、お父さん役には小倉さんを配して欲しかった。
風呂敷
御歴々が団扇だの羽子板だの古くから伝わる品々のデザインを現代風にアレンジした展覧会が時々開催せれている。
今度はFUROSHIKIだそうで。
小学校時代はランドセルが必要のない始業式とか休日の行事などで登校する際に、風呂敷包みをよく利用した覚えがある。あるいはまぼろし探偵のマフラーになり、月光仮面のマントになり忍者の頭巾となったりもした。風呂敷の柄やデザインは覚えていないが紺色系の無地だったような気がする。
あの当時こんな柄の風呂敷包みで登校したら苛めの集中砲火を浴びそうな日本を代表する作家の作品を見て、やはり風呂敷の柄は唐草模様に尽きるとつくづく思う。
風呂敷に荷物を纏め上京してきた東京ぼん太、抜き足差し足で塀を乗り越える窃盗の被疑者。いずれも風呂敷を背負い、伝統的な唐草模様でもって確固たるアイデンティティを示してきた。不意の家出や獲物の大小・多少に係わらず、持ち運びが便利な風呂敷のリーディングキャラクターらがこぞって唐草模様を選択しているということは、注目に値するのではないだろうか。
それにしても宇野亜喜良の風呂敷はいいですね。
となりにある先生のデザインはどんな使途に利用できるのかしらん。葬祭用にしてはデーハだし、かといってこれでは弁当も包めんしなぁ。
そうだ!七色仮面のマントなら使えそうである。good job.
今度はFUROSHIKIだそうで。
小学校時代はランドセルが必要のない始業式とか休日の行事などで登校する際に、風呂敷包みをよく利用した覚えがある。あるいはまぼろし探偵のマフラーになり、月光仮面のマントになり忍者の頭巾となったりもした。風呂敷の柄やデザインは覚えていないが紺色系の無地だったような気がする。
あの当時こんな柄の風呂敷包みで登校したら苛めの集中砲火を浴びそうな日本を代表する作家の作品を見て、やはり風呂敷の柄は唐草模様に尽きるとつくづく思う。
風呂敷に荷物を纏め上京してきた東京ぼん太、抜き足差し足で塀を乗り越える窃盗の被疑者。いずれも風呂敷を背負い、伝統的な唐草模様でもって確固たるアイデンティティを示してきた。不意の家出や獲物の大小・多少に係わらず、持ち運びが便利な風呂敷のリーディングキャラクターらがこぞって唐草模様を選択しているということは、注目に値するのではないだろうか。
それにしても宇野亜喜良の風呂敷はいいですね。
となりにある先生のデザインはどんな使途に利用できるのかしらん。葬祭用にしてはデーハだし、かといってこれでは弁当も包めんしなぁ。
そうだ!七色仮面のマントなら使えそうである。good job.
ラヂオ
今年のプロ野球を平日にテレビで見られないのは残念であるが、開幕以来ここ出張先においてノイズがたっぷりまぶさったラヂオを聞いて、落合ドラゴンズを応援している。
いまのところ悲しい思いで帰宅したことは一度もない。今晩も四球・四球・ゴロというちょっぴりショボイ点の取り方でサヨナラゲームが聞けた。
思い出せば三年前、深夜早朝と平原綾香の死にたくなるような曲ばかりを流して、暗い気持ちに追い打ちをかけるが如く、オンザエッジに佇む小生の背中を押さんばかりのラヂオ放送。
いまその局が喧しいアナウンサーの声を介して、一人寂しく仕事をする小生に夢と希望を届けてくれている。やはり深夜のラヂオというのは、人の心を和ましてくれて、よろしゅうございますということか。
とは言うものの、あややが始まる前には帰りたいんですけどが。
いまのところ悲しい思いで帰宅したことは一度もない。今晩も四球・四球・ゴロというちょっぴりショボイ点の取り方でサヨナラゲームが聞けた。
思い出せば三年前、深夜早朝と平原綾香の死にたくなるような曲ばかりを流して、暗い気持ちに追い打ちをかけるが如く、オンザエッジに佇む小生の背中を押さんばかりのラヂオ放送。
いまその局が喧しいアナウンサーの声を介して、一人寂しく仕事をする小生に夢と希望を届けてくれている。やはり深夜のラヂオというのは、人の心を和ましてくれて、よろしゅうございますということか。
とは言うものの、あややが始まる前には帰りたいんですけどが。