kpoint_newsのブログ -21ページ目

久しぶりの早起き

 四時半起床。
 いつもは七時半頃ゴミ出しに出かけるのだが今日はちょっと早めの六時すぎ、既に先客の袋が三つほど置いてある。溢れんばかりにゴミ袋が散らかっているいつもの光景とは異なり、集積カゴの隙間から背高泡立草の成長が見て取れ、季節の移りかわりを肌で感じることができた。やはり早起きはしてみるものである。普段気付かない何かを感じることができた。

 日本のゴールシーンが見られたのも大満足。

わや

 子供の頃はよく使った言葉に「わや」というのがあるが、最近では滅多に口にしなくなった。
 仕事であまりにも「わや」にされるのことが多いので、慣れっこになってしまい使わなくなったのかなと自問する。
 
 で、この「わや」って一体どこの方言なんでしょう。
 
 方言じゃないと思うのだが、多くの方がふるさとの方言辞典に載せていらっしゃる
 。
 そういえば「たわけ」を名古屋弁だと言っていた知人がいたっけ。名古屋弁だと「た~け」だわね。

食べ物で遊ぶな

 どうも年寄りには馴染めませんが人気のあるブログみたいです。

 この季節、なんだか傷むのが早そうな気がする。

めのあたりにする

 "めのあたりにする"この言葉を口に出していったことはないが、あの忌まわしき幼少の日々を振り返るときには頭をよぎる。蛙のめのあたりに小便を引っかけ、ミミズの目のあたりにも小便を引っかけて挙げ句、お宝が大変なことになったあの出来事を思い出すときにだけこの文言が頭をよぎる。
 
 昨日のラジオ放送でザボンを胸に詰め込んだような女性パーソナリティが「あの光景をめのあたりにして云々」などとしゃべっていた。
 耳で学習したのではなく読んで学習した結果なのか。それとも周りのぉばヵさんがそう言っていたのか。なんにせよ、またぞろおかしな日本語を目の当たりにした。

どうも銭を溜め込んだ奴はいけすかない

 一泊入院の暇つぶしのために単行本十冊、十四の雑誌を購入したことを自慢するblog
 食べられる分だけお皿に盛るということを忘れがちな金満家ならではの道楽。
 ブランド品を棚買いするのとは、ちと違うような気もするが性根は同じなんでしょう。

おいてけぼり

 成田からロサンジェルス、乗り継ぎでシカゴ空港に降り立ちバスでカラマズーに向かう。約二十時間の行程でヘトヘトになりながら翌朝はギブソンの工場見学に同行。

 工場内の写真撮影を依頼されるも具体的な指示なく闇雲に撮りまくる。振り返るとゴーンみたいなおっさんが何事が怒鳴っている。同じく同行してきた旅行者の兄ちゃんに通訳を頼むと「あれこれパチパチ撮るんじゃねぇ」ということらしい。そこからはづっとゴーンが後に張り付いたままでの写真撮影。角度を変えて同じシーンの撮影をしていると後からシカゴ訛で声を掛けてくる。「Once again」とかなんとか言っただろうか拙い英語で許しを請うた。何度も同じような遣り取りのなかついにゴーンがブチギレる。「まあ一本、まあ一本とたいがいにしとかなかんよ」多分そんなこと(山田昌かよ)をいっていたと思うが、近くに通訳さんもいないので満面の笑顔でスルーして撮影を続ける。手のひらを上に向けたジェスチャーで呆れ果てながら何処へと去ったゴーンを尻目に概ねの任務を遂行。
 明くる日からはシカゴに戻り楽器の展示会を視察、三日間滞在の後飛行機でナッシュビルに移動して同じく工場視察をし、翌日にはロサンジェルス市内の楽器店を視察するためまた飛行機で移動。余りの強行軍にヘトヘトになりながら早朝のナッシュビル空港で暫し微睡む。搭乗時間の三十分前、ホテルでやりのこした用を足すため、旅行中知り合った大阪の楽器店員に荷物の番を頼んでからご不浄へと向かう。
 食習慣の違いなのだろうか米国滞在中は快便から見放され、硬軟織り交ぜての用足しがつづく。この度は頭に血が昇りそうなくらい踏ん張ら無ければいけない事態。
 十分ほど格闘しただろうか、なんとか用を足してロビーに戻る。
 
 忽然と姿を消した日本人ツアー客三十余名。メガネを掛け首からカメラをぶら下げた大勢の日本人の姿がそこにはなかった。ロビーの椅子には番を頼んだ荷物のみが無惨に放りだしてある。
 
 近くにいた外人に尋ねようと考えるも話す術無し、あたりを見渡すもそれらしき人影無し。
 
 そういえば先ほど唸っている最中、なにやら館内放送があったのを思い出した。
 可能性としては飛行機の搭乗時間が早まったか搭乗ゲートが移動になったこと。あるいはロビーに雷が落ち、時空間を超えて彼ら三十余名が天正時代にタイムスリップしたことくらいしか思いつかない。
 
 兎も角、その年の恵方に向かってただひたすらに駆けだすことにした。日本人はほとんど見当たらず、言葉も通じないこんな田舎町で放り出される恐怖に震えながらただひらすらに駆けた。
 
 彼女もさぞ心細かったであろうが、あの時小生が味わった絶望感には遠く及ばないであろう。

吹けよ神風

 馬券などに投票する場合、かなり妄想した絵を描いてしまうことがあります。

 こんな予想があったんですね。

ソフトパン○

 仕事場への行きしな夜食を準備しようと家の近所にあるスーパーに比べ一割程高い複合店の食品売り場で、賞味期限の切れた安売りの弁当を物色する。
 売り場に向かう途中、ある売り場の前を横切った。
 
 乾麺や米などが陳列された棚の横に見慣れた名前を印刷した袋に目がとまった。
 そういえばユニクロなんかも野菜(もうやめちゃたんかしらん)を売る時代である。日の出の勢いであるあの会社が、ソフトウエアの卸から雑誌、インターネットのインフラ、球団経営、携帯電話事業への参入と次から次へと様々な業界へ進出している。
 遂に食品産業へ進出したのかと驚きながら袋の前で立ち止まる。嘗て一丁二兆と豆腐屋のような商いがしたいと宣っていた社長のことだ、然もありなんと早速袋を手にしてみた。
 
 ところが翼々見れば、その袋に印刷されていたのは「ソフトパンコ(粉)」。
 たくっ、紛らわしい。

煙部屋

 子供を車中に置いてきぼりにして球戯に熱中してしまう親にも驚くが、どこへでも連れ回す親の頭も鬆(す)がたっているに違いない。
 超大型複合商業施設の二階にある頼みもしないのに半煮え中華蕎麦出してくれる粋な店で食事を済ませた後、火照った体を冷ましつつ店内を浪々とする。一服吸い付けべえと案内看板を頼りに喫煙所を探す。矢印誘導された場所はガラスで覆われており、中の子供はやぐるうように駆けずり回り、ベビーカーの乳飲み子は大きな欠伸をしつつ微睡んでいる様子。
 
 そんな長閑な室内の異常に気付くのに時間は掛からなかった。中で子供が火遊びをしているのだろうか霧が掛かったように煙のようなものか充満している。
 すわ大変と引き戸を開けて中に飛び込む。
 
 なんとそこには腰を抜かさんばかりの凄惨な光景が繰り広げられていた。森山中のようなおっかさん連中が寄って集って煙草を吸い散らかしているではないか。
 
 ここは排煙機能付き灰皿テーブルが四基ある喫煙所であったのだ。おっかさん連中以外にもいやいや買い物に付き合わされただんこんの世代の親父や、薄荷煙草の女子も複数吸い散らかしていた。その脇を大声上げながら走り回る幼児、うんこ座りしたおっかさん同士に挟まれ煙を堪能している乳幼児。
 密室の行為に呆れ果てた私は目的を果たすこともなく踵を返し帰途についた。

魔の刻

 とんでもない行為に及んでしまった。昨夜の疲れがあるとはいえ妻も子もあり、分別盛りでありながら何という失態をしてしまったのであろう。
 
 もう取り返しが付かない。
 お母さん指がお姉さん指にくらべほんの少しばかりの力が入ったがために、その情報は直ぐさまあちら側のサーバに送られ、あもすもなく全てが完了してしまっていた。
 
三十年ぶりの「金太」
 
 なんでこんなものを掴んじまったのか。魔が差したとしか言いようがない。iTunes Music storeではシングルが150円。