つるつる
冷麦も素麺も麺汁も用意した。もう六月だというのに未だこれらを口に出来ないでいる。
雨続きで日中の気温がなかなか上がらず、冷製の食事を欲しないこともあるが、大きな理由は他にも或る。
昨年の今頃庭中に生えまくっていた大葉が一向に顔を出してくれないのである。五月に日照時間が足りなかった影響だと思うのだが、どうにも生えてこないのである。
薬味がないことには冷や麦なんぞは食べられやしないので、とにかく大葉待ちの状態。
生えるべきものが生えてこないということ。それが何と切なきものであるのかが、よくよく分かった六月某日の午後であった。
雨続きで日中の気温がなかなか上がらず、冷製の食事を欲しないこともあるが、大きな理由は他にも或る。
昨年の今頃庭中に生えまくっていた大葉が一向に顔を出してくれないのである。五月に日照時間が足りなかった影響だと思うのだが、どうにも生えてこないのである。
薬味がないことには冷や麦なんぞは食べられやしないので、とにかく大葉待ちの状態。
生えるべきものが生えてこないということ。それが何と切なきものであるのかが、よくよく分かった六月某日の午後であった。
話芸
逮捕前の午前中、件の社長がテレビで会見しているのを拝見した。時折笑みを見せての言い訳で、要は「金持ち喧嘩せず」という内容だったように思う。流石にお利口でお金持ち、プロ中のプロは話が上手であった。
しかしながら偉い人の話は概してつまらぬものでもある。卒業式、成人式、万博の開会式などいわゆるご挨拶形式などは我慢比べの類に属するぐらいつまらない。なまじ話慣れして流暢に原稿を読んだりされると余計に辛いものがある。たまには読み間違えてペロッと舌を出した方が愛嬌があってよろしかろうと思う。
つまらないと行っても所詮は話のプロでもなく、こちらも金を払って話芸を楽しもうとしているのではないから致し方ないところか。こちらがひたすら我慢すれば時が解決してくれる。
なら話芸のプロであるこの噺家はどうだ。
聴く前に酷評だらけのコメント欄を読んでしまい聴くのを止めようかと思ったが、そこはそれ、創業以来空前の暇をもてあましていたこともあり、聴くとは無しに聴いてみた。
なるほどプロだけに滑舌よろしく、話をとちることもなしに流暢に芸を披露してくれている。だがこのつまらなさはどうだ。間が悪い、呼吸が良くないなど雑多な物言いはあるだろうが、そんな問題では無いような気がする。有り体に言えば、絵心のない人がパソコンのお絵かきソフトを入手したからといって、苦労もなくイラストレータになれるのかという話である。余程の努力をしてみたところで、上がりが先日贋作を売り捌かれた塗り絵のように真似されやすい絵を描いた芸人さん程度で精々である。
何をするにも向き不向きはあって当然、早めに進むべき方向を転じるべしと、聴き終わってつくづく思った次第。
しかしながら偉い人の話は概してつまらぬものでもある。卒業式、成人式、万博の開会式などいわゆるご挨拶形式などは我慢比べの類に属するぐらいつまらない。なまじ話慣れして流暢に原稿を読んだりされると余計に辛いものがある。たまには読み間違えてペロッと舌を出した方が愛嬌があってよろしかろうと思う。
つまらないと行っても所詮は話のプロでもなく、こちらも金を払って話芸を楽しもうとしているのではないから致し方ないところか。こちらがひたすら我慢すれば時が解決してくれる。
なら話芸のプロであるこの噺家はどうだ。
聴く前に酷評だらけのコメント欄を読んでしまい聴くのを止めようかと思ったが、そこはそれ、創業以来空前の暇をもてあましていたこともあり、聴くとは無しに聴いてみた。
なるほどプロだけに滑舌よろしく、話をとちることもなしに流暢に芸を披露してくれている。だがこのつまらなさはどうだ。間が悪い、呼吸が良くないなど雑多な物言いはあるだろうが、そんな問題では無いような気がする。有り体に言えば、絵心のない人がパソコンのお絵かきソフトを入手したからといって、苦労もなくイラストレータになれるのかという話である。余程の努力をしてみたところで、上がりが先日贋作を売り捌かれた塗り絵のように真似されやすい絵を描いた芸人さん程度で精々である。
何をするにも向き不向きはあって当然、早めに進むべき方向を転じるべしと、聴き終わってつくづく思った次第。
オマージュな先生
写真をなぞるのに便利なトレスコープなんぞ使ってたりして。
そういえばこの機械で雑誌の写真を鉛筆でトレース、裏返しにしてキャンバスに鉛筆の黒鉛をなすりつけ、そのまま彩色した着物姿のご婦人を描き上げたイラストが、左前になっていたのには笑わせてもらいました。
同様にバイオリンをあべこべに持ったイラストを描いた人もいたっけ。
そいつは「左利きのバイオリン弾きもいるはずだ」と逆ギレしてきたが、まあ写し間違えたんでしょうな。
そんな時代もありました。
そういえばこの機械で雑誌の写真を鉛筆でトレース、裏返しにしてキャンバスに鉛筆の黒鉛をなすりつけ、そのまま彩色した着物姿のご婦人を描き上げたイラストが、左前になっていたのには笑わせてもらいました。
同様にバイオリンをあべこべに持ったイラストを描いた人もいたっけ。
そいつは「左利きのバイオリン弾きもいるはずだ」と逆ギレしてきたが、まあ写し間違えたんでしょうな。
そんな時代もありました。
みんかん
鯉の滝のぼりを風呂場で見せてくれた方と同期になり、楽しくも緊張の連続だった合宿 自動車学校を卒業してもうすぐ二十年。
それまでに犯した交通違反は、パーキングメータの時間超過で五千円納めた罰金のみで、ほとんど車に乗らず電車での移動が多かった結果なんだなと感じ入る。実際仕事で頻繁に車を利用していたら駐車禁止違反でそこそこ汚れた免許証になっていたと思う。
三河に引っ越してからは何処へ出かけるにも車を使うようになったが、幸いなことに田舎には土地に余裕があるようで駐車場には困らない。だから路上駐車などの違反も未だない。そもそもが駐車違反の取り締まりを見たことがない。
明日からの道路交通法改正。まずもって名古屋に出かける際は車は避け、従来通り電車で出掛けることにしよう。
この民間委託、スピード違反や一旦停止などにも下ろす予定はあるのかなぁ。
ねずみ取りなら一度はやってみたいと常々思っているもんで。
それまでに犯した交通違反は、パーキングメータの時間超過で五千円納めた罰金のみで、ほとんど車に乗らず電車での移動が多かった結果なんだなと感じ入る。実際仕事で頻繁に車を利用していたら駐車禁止違反でそこそこ汚れた免許証になっていたと思う。
三河に引っ越してからは何処へ出かけるにも車を使うようになったが、幸いなことに田舎には土地に余裕があるようで駐車場には困らない。だから路上駐車などの違反も未だない。そもそもが駐車違反の取り締まりを見たことがない。
明日からの道路交通法改正。まずもって名古屋に出かける際は車は避け、従来通り電車で出掛けることにしよう。
この民間委託、スピード違反や一旦停止などにも下ろす予定はあるのかなぁ。
ねずみ取りなら一度はやってみたいと常々思っているもんで。
たまには清涼飲料水でも飲むかと、自販機で購入した或る商品についての感想
腹が減っているとき、大概はどんなに旨くないものでも旨いと感じるものである。散々滑った後のロッジで食べるカレーライス、深夜残業時に差し入れを受けたきんちゃんぬーどる、昼飯を食い損ねて半端な時間になり、どこでもいいやと飛び込んだ東山公園のうどん屋で喰った親子丼。どれも命を繋いでくれる栄養摂取が前に出て、味覚の方はおざなりになった結果だろうが印象としては頗る旨いと感じ入った。例えば、舟が難破して飲むものも食べるものの無い状態の時、偶然流れ着いた腐りかけのゴーヤも旨いと感じるに違いない。飲み物とて海水以外で喉を潤すもんであれば何でも口に入れ、乾きを癒やすだろう。そして旨いと感じずにはいられないだろう。
この清涼飲料水も、はたしてその状況下ですら不味いと評価されてしまうのだろうか。
想像の世界での話なので現実感はないが、多分小生なら旨いと絶賛するに違いないと思いたい。
笑えない落語より、猫ひろしの芸に心惹かれてしまうのが残念な、今日この頃
先月談志の「野晒し」を聴いたばかり。今日はネットで拾ってきた若手落語家の野晒し」「を仕事の道々聴いてみた。
家元と若手の二つ目を比較できるものではないのだが、家元の「野晒し」は今から四十年ほど前昭和四十一年の録音で、今日聴いた二つ目と同じ年代のころに語られたものである。もう三度ばかり聴いているのだが毎回同じ箇所で笑ってしまうのは年のせいだけではあるまいと思う。枕を経て知らぬ間に話の世界に聞き手を引きづり込んでしまう家元の話芸。
一方、二つ目さんはといえば大声張り上げての熱演も喧しいだけ、せっかく脳内ビジュアルで「野晒し」の世界を構築しかかっているのを台無しにしてくれる。
間も悪い。
大層間が悪い。偉そうに解説するならば、客との呼吸がまるで合っていない。録音の中で時折客の笑い声は入るのだが、笑い所がかなり違う。まるで中日新聞朝刊連載の漫画に吹き出すが如く、笑いのツボが違うのである。ていふか、これで笑えるんだったら知り合いの割烹店主(料理は美味)が始終放っている下らない駄洒落で、お腹の皮が捩れて奥歯がガタガタになる。
修行して上手くなるのなら精々精進してもらいたいと思う。
家元と若手の二つ目を比較できるものではないのだが、家元の「野晒し」は今から四十年ほど前昭和四十一年の録音で、今日聴いた二つ目と同じ年代のころに語られたものである。もう三度ばかり聴いているのだが毎回同じ箇所で笑ってしまうのは年のせいだけではあるまいと思う。枕を経て知らぬ間に話の世界に聞き手を引きづり込んでしまう家元の話芸。
一方、二つ目さんはといえば大声張り上げての熱演も喧しいだけ、せっかく脳内ビジュアルで「野晒し」の世界を構築しかかっているのを台無しにしてくれる。
間も悪い。
大層間が悪い。偉そうに解説するならば、客との呼吸がまるで合っていない。録音の中で時折客の笑い声は入るのだが、笑い所がかなり違う。まるで中日新聞朝刊連載の漫画に吹き出すが如く、笑いのツボが違うのである。ていふか、これで笑えるんだったら知り合いの割烹店主(料理は美味)が始終放っている下らない駄洒落で、お腹の皮が捩れて奥歯がガタガタになる。
修行して上手くなるのなら精々精進してもらいたいと思う。
よんなな二十八
中学時分だと思ったが国語の授業中「よんじゅうななページ文中の云々について……」と質問した生徒に対し、「しじふしちページだろ、ごらっ」と、それはそれは大層な剣幕で叱った先生がいた。如何にも九九では「ししちにじふはち」だし、「よんななにじふはち」じゃぁ馬券呑屋の電話番だ。
この授業のおかげもあって、「ななごさん」やら「よんじゅうきゅうにち」とか「赤穂よんじゅうななし」と読み誤ることは無かった。ただし麻雀で天棒を数える際は「にぃよん、よんぱー、くんろく」と数え、馬券購入時には「よんごー、よんろく、よんななの三点流し」とは使っている。
一発ギャグが寒々しい巨匠が主宰している某教育番組の予備校編で「人の噂も七十五日」という解答があった。解答を読み上げる利口そうなアナウンサーは「しちじふごにち」と言っているのだが、講師役のおちゃらけたタレントや、唯一の売りが某有名進学高校出身ということで芸名に校名を戴いているタレントまでが、「人の噂もななじゅうごにち」と繰り返し喚いていた。
昨今、日本語などのお勉強番組が放送界を賑わしているが、この様な為体にすぎる番組制作管理 ではせっかく教養を身に付けんと貴重な日曜の夕飯時にテレビ桟敷に座った子供達がまたぞろ間違いを覚えることになる。
そういえば子供がやっと言葉を覚えだした頃、「これ何個あるか?」との問いに「全部でごっつ」と返してきた。和語の数え方を「ひとつ ふたつ みっつ よっつ」くらいまでしか教えていなかった。
この授業のおかげもあって、「ななごさん」やら「よんじゅうきゅうにち」とか「赤穂よんじゅうななし」と読み誤ることは無かった。ただし麻雀で天棒を数える際は「にぃよん、よんぱー、くんろく」と数え、馬券購入時には「よんごー、よんろく、よんななの三点流し」とは使っている。
一発ギャグが寒々しい巨匠が主宰している某教育番組の予備校編で「人の噂も七十五日」という解答があった。解答を読み上げる利口そうなアナウンサーは「しちじふごにち」と言っているのだが、講師役のおちゃらけたタレントや、唯一の売りが某有名進学高校出身ということで芸名に校名を戴いているタレントまでが、「人の噂もななじゅうごにち」と繰り返し喚いていた。
昨今、日本語などのお勉強番組が放送界を賑わしているが、この様な為体にすぎる番組制作管理 ではせっかく教養を身に付けんと貴重な日曜の夕飯時にテレビ桟敷に座った子供達がまたぞろ間違いを覚えることになる。
そういえば子供がやっと言葉を覚えだした頃、「これ何個あるか?」との問いに「全部でごっつ」と返してきた。和語の数え方を「ひとつ ふたつ みっつ よっつ」くらいまでしか教えていなかった。
【人財】
経営者側だけの論理。社員を歯車や部品とみなし、さらに所有権をも顕わにする封建的な考え方。
材という漢字に対して木材・資材・機材などの言葉しか浮かばないらしいやや教養の足りない人がどこかで聞き囓った軽佻な駄洒落熟語。
材という漢字に対して木材・資材・機材などの言葉しか浮かばないらしいやや教養の足りない人がどこかで聞き囓った軽佻な駄洒落熟語。
たまご
名古屋に住んでいるときには百円の卵を買うのに自動車で買いに来る奴の気がしれない。と思っていたが、ここはそれ田舎である。今ではワンパック八十八円の卵を買いに二キロ先の安売り食品スーパーへ車で買い出しの為体。
今日もお一人様ワンパック限りの卵を、乳飲み子を抱え、さらに幼児二名と親父をを加えた一家四人組が四パックの卵を争うように購買するのを横目で見つつ、当方も卵のみを入手してレジへと向かう。振り返ると二百パック余り用意された「新鮮卵」は棚から霧散していた。レジに並ぶ買い物カゴを垣間見れば、卵のみの買い物客の何と多いことか。廉価品につられて他のスケジュール品を買って、商品にかかるガソリン代を平たくするのが賢いのか、八十円の卵にガソリン代約四十円余りかけてしまう行為が正しいのか分からずじまいだが、兎に角、女房に頼まれたお使いを果たす。
今日もお一人様ワンパック限りの卵を、乳飲み子を抱え、さらに幼児二名と親父をを加えた一家四人組が四パックの卵を争うように購買するのを横目で見つつ、当方も卵のみを入手してレジへと向かう。振り返ると二百パック余り用意された「新鮮卵」は棚から霧散していた。レジに並ぶ買い物カゴを垣間見れば、卵のみの買い物客の何と多いことか。廉価品につられて他のスケジュール品を買って、商品にかかるガソリン代を平たくするのが賢いのか、八十円の卵にガソリン代約四十円余りかけてしまう行為が正しいのか分からずじまいだが、兎に角、女房に頼まれたお使いを果たす。