メグビーメールマガジン  5月号 Vol.110

三石巌全業績 17、老化への挑戦
 
「 クロスリンク老化説」
 老化といういまわしい現象をすべての人に押しつける悪役として活性酸素が指名手配されることになったのは、ごく新しいことである。1969年に、フリドビッチとマッコードの両人によって活性酸素除去酵素SODが発見されて以来のことなのだからだ。老化に関する本はいくつもあるが、活性酸素に目を向けないものがあるのも不思議ではない。
 われわれはすでに、活性酸素の障害作用の標的として、遺伝子と生体膜との2つがあることを見てきた。ハーマンの実験で、飽和脂肪酸食をしたネズミの寿命が、不飽和脂肪酸食をしたネズミの2倍ほどになることが明らかになったが、この結果は、ラジカルによる生体膜の損傷によると説明されている。ハーマンのラジカル老化説を証明するものとして、この実験は位置づけられた。ご承知のように、活性酸素は、多くのラジカルの中心に存在する。
 ところで、活性酸素の標的となるものは、DNAと生体膜との2つだけではない。大きなものとして<コラーゲン>がある。このものは繊維状タンパクであって、結合組織の主役なのだ。したがって、その分布は全身的である。それだから、コラーゲンに異常がおこることは、合目的性の阻害になり、老化の促進につながるわけだ。
 老化学説はハーマンのものだけではない。その一つに<クロスリンク説>がある。これは1940年代にビョルクステンの唱えたものであって、老化説としてはハーマンよりはやい。これは加齢とともに、細胞内のタンパク質分子のあいだに橋がかかることが老化の正体であるとする仮説である。この現象は<架橋>または<クロスリンク>とよばれている。だから、この仮説がクロスリンク老化説とよばれるわけだ。
 タンパク質は活性をもって活動するものだから、これがクロスリンクでつながれたら、二人とか三人とかの人間が手錠でつながれたようになって、活動がさまたげられるというのがビョルクステンの説明である。
 それから30年ほどの歳月をへて、彼の考えたようなことが、細胞内ではなく細胞外で、コラーゲン分子のあいだにおきていることが発見された。
 老人の特徴を外見でとらえるとすれば、顔のしわ、背骨の変形などがポイントとなる。このほかにもいろいろな現象があらわれるが、骨折しやすいとか、からだが硬いとかいうのも老人の特徴である。これらはすべて、コーラゲンのクロスリンクに関係していると考えてよい。
 コラーゲンの分子を見ると、それは3本の繊維がよりあわさった形をしている。そして、三本の繊維の末端は<テロペプチド>とよばれる部分になって、よりあわさっていない。
 また、正常な状態では、そのようなコラーゲン分子が、結合組織のなかではきちんと整列している。その整列が保たれるのは、クロスリンクができているためだ。
 コラーゲン分子の三つ編み構造は、その強度のためにも弾力性のためにも不可欠の条件である。そして、このような構造をとるうえで、ビタミンCが重要な役割をもっている。ということは、ビタミンCの存在下に、コラーゲン分子にふくまれる2つのアミノ酸、すなわちリジン及びプロリンに水酸基が付加される。これがあると、3本の単位がゆるく結合して、コラーゲン特有の三つ編み構造が、自己運動的につくられるのである。
 ビタミンCの欠乏が<壊血病>の原因であることはよく知られている、このとき、血管壁のコラーゲンは、三つ編みになっていないために弱く、そこから血液がもれだす。これが壊血病の場合の出血である。
 コラーゲンは、いかだを組んだような形の構造をつくっている。この構造が角度を変えて重なるので強いのだ。コラーゲンが結合組織という丈夫な組織をつくることができるのは、このような理由による。 コラーゲンは繊維芽細胞の分泌物であって、細胞外にある。したがって、コラーゲンを骨組とする結合組織は細胞の間にあるわけだ。われわれが経験しているように、新生児の結合組織は、みずみずしくて弱く、老人の結合組織は、弾力が低下して硬く、しかももろいのが特徴である。
 われわれが、飛んだり跳ねたり、押えつけられたり、あるいは関節を大きく動かしたりしても、体形がくずれることはない。これは、骨格があること、関節がはずれないしくみになっていること、細胞の相対位置が安定していることによる。これらはすべて、結合組織、したがってコラーゲンのおかげといってよい。
 コラーゲンは全身的に分布しているが、それがすべて同じものであるのではない。大きく分けて9種に分類されている。皮膚や骨のコラーゲンはI型である。軟骨のコラーゲンはII型、血管壁のものはIII型、腎臓の糸球体のものはIV型である。
 いずれのコラーゲンも、正常な形は三つ編みである。しかし、3本を結合する力は弱いので、少し温度をあげるとバラバラにわかれてしまう。このものがゼラチンである。ゼラチンがひえると部分的に三つ編みができてかたまる。これがゼリーである。
 ところで、クロスリンクはコラーゲンにだけできるのではない。DNA分子のあいだにもそれのできることが知られている。
 加齢に伴っておこる細胞の形態上の変化は、とくに肝臓において顕著である。そこでは、核が大きくなるとか、2つになるとか、染色体の数が2倍、3倍になるなどの異常が見られる。その一方で、細胞数の減少がおこるのである。この異常な細胞では細胞分裂ができないのにDNAの複製がおこり、それがクロスリンクをつくっている。このような細胞の機能は正常ではない。
 ここに述べたような現象は、肝細胞ばかりでなく心筋細胞や大動脈内皮細胞などにも見られるのである。DNA分子のあいだに架橋がおこるためには、接合部に異変があるはずで、それをおこすにたりるエネルギーが活性酸素から供給されることは想像にかたくない。
 コラーゲンのクロスリンクが異常に多くなり、DNAに本来なかったところのクロスリンクができるなどの現象が加齢によっておこるとすると、ビョルクステンの仮説は老化の一面を語るものといえよう。彼は、コラーゲンやDNAに的をしぼったわけではなかったが。
【三石巌 全業績 17 「老化への挑戦」より抜粋】

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