今朝の朝日新聞の天声人語に、吉野弘さんの詩の一節が紹介されていました。


   他人を励ますのは、気楽です

   自分を励ますのが、大変なんです


現政府の失業、経済対策について言及し、

「自分を励ますことのできる灯を人の心身にともせ」

と切望する内容でしたが、その中に上記の詩が用いられていました。


吉野弘さんという詩人は、言葉の使い方が天才的にうまい人です。

読む人の心の奥底を覗き込んでくるような深い内容の詩を、数多く書いています。

上記に引用された詩の全文は、たぶんこれだと思います。


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                 《自分自身に》



              他人を励ますことはできても

              自分を励ますことは難しい

              だからーーというべきか

              しかしーーというべきか

              自分がまだひらく花だと

              思える間はそう思うがいい

              すこしの気恥ずかしさに耐え

              すこしの無理をしてでも

              淡い賑やかさのなかに

              自分を遊ばせておくがいい


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言い得て妙だと思います。

確かに、自分で自分を励ますことの難しさ。

多くの人が感じていることでしょう。

自分はまだ開くことのできる花だという自分への応援歌。

忘れてはならないと思います。


また、吉野さんの詩の中で、もっとも読まれているのではないかと思われるのは、次の詩です。少し長いのですがご紹介しておきましょう。


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                     《夕焼け》



                いつものことだが

                電車は満員だった。

                そして

                いつものことだが

                若者とが腰をおろし

                としよりが立っていた。

                うつむいていたが立って

                としよりに席をゆずった。

                そそくさととしよりが坐った。

                礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

                は坐った。

                別のとしよりがの前に

                横あいから押されてきた。

                はうつむいた。

                しかし

                又立って

                席を

                そのとしよりにゆずった。

                としよりは次の駅で礼を言って降りた。

                は坐った。

                二度あることは と言う通り

                別のとしよりがの前に

                押し出された。

                可哀想に

                はうつむいて

                そして今度は席を立たなかった。

                次の駅も

                次の駅も

                下唇をキュッと噛んで

                身体をこわばらせてーー。

                僕は電車を降りた。

                

                固くなってうつむいて

                はどこまで行ったろう。

                やさしい心の持主は

                いつでもどこでも

                われにもあらず受難者となる。

                何故って

                やさしい心の持主は

                他人のつらさを自分のつらさのように

                感じるから。

                やさしい心に責められながら

                はどこまでゆけるだろう。

                下唇を噛んで

                つらい気持ちで

                美しい夕焼けも見ないで。


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作者の吉野さんの、限りないやさしさがこの詩の中に見え隠れします。

吉野さんがやさしい人だからこそ、この娘さんのやさしさを理解できたのですね。


どこにでもある日常を切り取って、鋭く切り開いてみせるのがとても上手な詩人です。

彼の詩集を読んで、ふと見るいつもの景色に違うものを感じ取れるようになり驚くこともありました。


たくさんの言葉の中から推敲して推敲して、たった一つの言葉を探し出す。

大変孤独な、そしてしんどい作業を経て一編の詩は作リ出されているのですね。

いつも唇にうたを

今朝の朝日新聞の天声人語に、100歳で他界したフランスの人類学者、レビストロースさんの言葉が載っていました。


世界は人間なしに始まったし、人間なしにおわるだろう


人間のおごりを静かに戒める言葉である、と東京外大名誉教授の川田順造さんは述べています。


様々な近未来小説やSFの中にも、人間が消え去ってしまう未来のことがたくさん出てきます。

今のまま、何の手立てもなく人間の欲望のみを追求し、自然との共生を忘れて突っ走ってしまえば、遠からずそんな恐ろしい未来が私たちの行く果てに待っているでしょう。


未来の子どもたちがずっと笑顔で日々を暮らしていけるかどうか。

それは今の地球上に住む私たち大人の肩にかかっているのだと思います。

地球を守っていくために、自分に何か出来ることはないのかを一人一人が真剣に探さないと、本当に危険な崖っぷちまで来ている気がします。


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                   《地球は


                 地球

                 みどりを着るのが好き

                 とりわけ雨あがりは

                 洗いたてのシャツ

                 いきものを ブローチのように

                 くっつけて

                 地球 いばってる


                 みどりは

                 お前の 晴れ着だね


                           

                                  

                   《また あいたくて


                 さよなら三角

                 またきて四角

                 またあえるね と

                 うたってた


                 さよなら春 さよなら夏

                 さよなら秋 さよなら冬

                 さよならを くりかえし

                 さよならを つみかさね


                 また あいたくて なにかに

                 きょうも あるいていく



                                 ~工藤直子~


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春夏秋冬。

それがずっと続きますように。

また明日、大好きな人たちとちゃんと会うことが出来ますように。

それを心から祈りたい思いです。

自分の出来る地球を守るための何か一つを、今日から始めることにしましょう。


いつも唇にうたを

今日はどんより曇って寒く、出かける気が失せてしまう天気です。

肩こりは、昨日より少しましになりましたが、何より寒い!

ネコのように寒がりの私は、今朝からコタツを出られません。

で、いつものように手の届く範囲に必要なものを置いて、コーヒーを飲みながら読書に励んでいます♪


前にも書いたことがありますが、

『名言の正体~大人のやり直し偉人伝』山口智司著

というのを読んでいます。

この本の一番初めに出てくるエジソンの有名な言葉。


 天才とは、99%の努力と 1%のひらめきである


このあまりにも有名な言葉の、真の意味がまた衝撃的なものだったので、ご紹介しましょう。


トーマス・エジソンは、ご存知の通り19世紀のアメリカの大発明家。

電球、蓄音機をはじめ、生涯で1300もの発明をした人です。

が、子どもの時の彼は全く勉強が出来ず、結果教師とそりがあわなくて小学校を中退しました。

しかし、好奇心だけは人並みはずれていたようで、

「空はどうして青いの?」

「風はどこから吹いてくるの?」

などと質問攻めにして、回りの大人たちを困らせました。

また、火がどんなことをするか見たくて、自宅の納屋を火事にしてこっぴどく叱られたこともあるといいます。

それでもエジソンは懲りることなく自分の好奇心を満たすことに全生涯を費やしました。


学歴がないので苦労の多い青年時代を送りますが、発明家になった後も、ひたすら努力の日々を過ごします。

やっとのことで研究所を設立したあとは、

「睡眠時間を減らせば能力は増大する」

をモットーに、ほとんど毎日、仮眠しかとらず研究に打ち込んだといいます。


こんな仰天エピソードがあります。

彼の製造工場が、エジソン68歳の時大火事に見舞われ、莫大な損失をこうむる事件がありました。

が、彼は意気消沈するそぶりもなく、すぐさま再建計画を描いていたとのこと。

それどころか、家族をわざわざ呼び寄せてこう言いました。


「こんな大火事にお目にかかる機会はめったにないから、じっくりと見ておくがよい」


繰り返される挫折と、それに負けない努力。

そんなエジソンの苦難の生涯とともに、この名言は至る所で努力の大切さを語るものとして引用され続けたのです。


が、エジソン自身はこの反響の大きさに戸惑うばかり。


「99%の汗ばかり強調されている・・・・・

99%の汗が実るのは、1%のひらめきを大切にしたときなのだ」


エジソンの名言の生まれた背景。

それは、新聞記者に、

「これまでの発明の中で最も素晴らしいひらめきの結果は何ですか?」

と聞かれて次のように答えたことからこの名言は生まれたといいます。


 「それは赤ん坊の頭脳の中に天才を見いだしたことだ。

 生まれたての頭脳ほどリトルピープルにとって住みやすい場所はない。

 つまり、年が若いほど、リトルピープルの声に耳を傾けることができる。

 大人になってからでは至難の業となるが、それでも、何とか1パーセントのひらめき  

 と99パーセントの努力があれば不可能ではないだろう」


リトルピープル」とは、ネイティブアメリカンの間で語り継がれている「妖精」のこと。

日本人の感覚では、『天啓』とでも訳すれば近いのではないかと思われます。

つまり、エジソンが伝えたかったのは実は、「努力すること」ではなく、「ひらめきを大切にすること」だったのです。


その生涯を自分の才能を信じ、情熱を失わずに努力を続けたエジソン

そんな彼だからこそ、『天啓』はたびたび舞い降りたのではないでしょうか。

天才ほど直感、ひらめきに重きを置いて、目に見えないものに感謝の念を捧げる人物が多い気がします。


以前も書きましたが、ビートルズの一人、ジョン・レノンも神への信仰が篤い人だったみたいですし、スティーブン・スピルバーグ監督もやはり、そう。

神に愛された人

とは、やはり子どものように素直になって、天の声を素直に聞き入れられる人だと思います。

もちろん、自分の出来る限りの努力をしているということが最低条件になるのでしょうが・・・。


  《いつまでも子どもの心を失わず、素直に天の声に耳を傾ける


これは、歌を学ぶ上でも非常に大切なことなので、出来る限りそうあろうと、私も常に心がけています。

そうすると、不安にしめつけられていた心がふっと軽くなる。

自分一人で頑張っている訳ではない。

目には見えないが、ちゃんと手助けをしてもらえる不思議な力がある。

そう感じることが出来、なぜだかすべてに喜びさえ湧いてくるのです。


その、子どもの心。

それを描いたステキな詩がありました。

ご紹介しておきましょう。


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                 《こどものころに みた空は》


               ひとはみな

               みえないポケットに

               こどものころに みた の ひとひらを

               ハンカチのように おりたたんで

               入れているんじゃなかろうか


               そして

               あおむいて あくびして

               目が ぱちくりしたときやなんかに

               はらりと ハンカチが ひろがり

               そこから

               あの日の風や ひかりが

               こぼれてくるんじゃなかろうか


               「こどものじかん」というのは

               「人間」のじかんを

               はるかに 超えて ひろがっているようにおもう

               生まれるまえからあって

               死んだあとまで つづいているようにおもう


                   

                                    ~工藤直子~


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いつも唇にうたを

今日は、また寒さがぶり返した感じで冷たい一日でした。

明日はもっと気温が下がるという話。

寒さに弱い私としては、どこかあったかい洞穴にでももぐりこんで冬眠したい気分。


実は、私は肩こりが数日前からハンパでなく、それをほぐすクリームをおとといの夜、肩全体に塗りました。

それ以来、こりがほぐれだしたからか、全身がだるくて何もする気が起きなくなってしまったのです。

肩こりをほぐさなかった方が元気でいられたなんて・・・。

数日経つと体がそれに慣れて楽になれたらうれしいのですが。

早くそうなってくれることを祈ります。


さて、今日も一つだけ、好きな詩をご紹介しておきましょう。


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                 《荷》


                を持つと

                力が働いた。

                「落ちるよ」


                あぶない空の崖っぷちで

                地球がひきとめる

                思いやり。


                だから重かった。

                私たちにとって

                いつも

                愛は


                   

                                ~石垣りん~


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いつも唇にうたを

今日は週一のコーラスのレッスン日。

朝は寒いけど頑張って出かけました。

昨日あたりから体調が悪く、しんどいのを押して出かけていったのに、行ってみれば先生はお休み。

先生も『体調不良のため』、だそうです。

どこもここも、『体調不良』が流行っているのでしょうか。


先輩の人たちは怒って、

「あの先生は虚弱すぎる!」

と、首にでもしたい勢い。

ま、合唱団の雇われ指揮者なわけだから、先生も弱い立場です。

確かに、月に一回は先生の体調不良という理由などでレッスンを休まれる。

それはやはり、とても困ります。

来年春にコンサートを控えているので、なおさらです。

本当に、本番に間に合うように十何曲もを仕上げる事ができるのでしょうか?

非常に不安がつのって来ます。


で、今日は仕方がないのでこの間音楽祭に指揮をしてくれた先輩に指導をお願いしました。

宗教曲を猛特訓せよ」

という先生からのメールが会長の携帯に入ってきたということで、(先生も休んでいても気が気ではないんでしょうね。布団の中で一生懸命メールを打っている先生を想像して、思わず笑ってしまいました)

今日はいつもにも増して厳しい宗教曲練習です。


私は声の質が宗教曲向きらしく、このシリーズは得意です。

先週はなぜか上手く歌えなかったけれど、今日はいい調子♪

自分の中ではわりとどんどん快調に進んでゆきました。

(他はさまざまなゴタゴタがあったようですが・・・。)


で、次はいよいよ難関の民謡調の3部の合唱組曲

これは舟歌も出てくる、もろに下腹に力を入れて歌わなければならない難曲です。

そして私の最も苦手とする楽曲でもあります。

ところが、先週の練習では、しっかり下腹に息が落ちて本当に会心のできばえだったのです。

「だから今日もきっと楽勝だ!」

と油断してしまったのが悪かったのでしょうか。

練習になると、息が上にあがって来て、全く上手く歌えないのです。

「下腹に落とさないと!」

と焦れば焦るほど息が上がってきて、弱々しい上ずった声しか出なくなりました。

先週のあの快調さは、一体どこへ行ったの・・・?!


そしてその時ふと気づきました。

そういえば、先週は宗教曲が上手く歌えなかった。

そして合唱組曲が上手く歌えた。

今日はその全く反対だ、ということに。

もしかして宗教曲と民謡調の合唱曲は、相反するのではないだろうか。

どちらか一方が上手く歌えたら、もう一曲は歌えなくなるのかもしれない・・・。


えらいことになりました。

来年のコンサートは、宗教曲が一番初め。

そのあと映画音楽シリーズ、日本歌曲と続いて、最後に合唱組曲が来るはず。

どちらか一方しか上手く歌えないんだったら、そのどちらかに賭けるしかないんでしょうか。

そしてもう一方の方は、不本意な歌い方で我慢する・・・。


いいえ、そんなの絶対イヤです!

なんとか両方が上手く歌えるいい方法はないものでしょうか。

目下、その方法を必死に模索中です。


では、昨日詩を載せなかったので、今日は短いのを一編、載せておきましょう。

これも、私の好きな詩の一つです。


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               《一粒》


          

          風が背中を さっとなでていく

          見あげると

          あ、空が わたしを抱いてくれた


          おおい 空

          わたしも あなたを抱こう


          空を抱いて

          わたしも「景色の一粒」になろう



                              ~工藤直子~


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いつも唇にうたを