今朝の朝日新聞の天声人語に、吉野弘さんの詩の一節が紹介されていました。


   他人を励ますのは、気楽です

   自分を励ますのが、大変なんです


現政府の失業、経済対策について言及し、

「自分を励ますことのできる灯を人の心身にともせ」

と切望する内容でしたが、その中に上記の詩が用いられていました。


吉野弘さんという詩人は、言葉の使い方が天才的にうまい人です。

読む人の心の奥底を覗き込んでくるような深い内容の詩を、数多く書いています。

上記に引用された詩の全文は、たぶんこれだと思います。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


                 《自分自身に》



              他人を励ますことはできても

              自分を励ますことは難しい

              だからーーというべきか

              しかしーーというべきか

              自分がまだひらく花だと

              思える間はそう思うがいい

              すこしの気恥ずかしさに耐え

              すこしの無理をしてでも

              淡い賑やかさのなかに

              自分を遊ばせておくがいい


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


言い得て妙だと思います。

確かに、自分で自分を励ますことの難しさ。

多くの人が感じていることでしょう。

自分はまだ開くことのできる花だという自分への応援歌。

忘れてはならないと思います。


また、吉野さんの詩の中で、もっとも読まれているのではないかと思われるのは、次の詩です。少し長いのですがご紹介しておきましょう。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


                     《夕焼け》



                いつものことだが

                電車は満員だった。

                そして

                いつものことだが

                若者とが腰をおろし

                としよりが立っていた。

                うつむいていたが立って

                としよりに席をゆずった。

                そそくさととしよりが坐った。

                礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

                は坐った。

                別のとしよりがの前に

                横あいから押されてきた。

                はうつむいた。

                しかし

                又立って

                席を

                そのとしよりにゆずった。

                としよりは次の駅で礼を言って降りた。

                は坐った。

                二度あることは と言う通り

                別のとしよりがの前に

                押し出された。

                可哀想に

                はうつむいて

                そして今度は席を立たなかった。

                次の駅も

                次の駅も

                下唇をキュッと噛んで

                身体をこわばらせてーー。

                僕は電車を降りた。

                

                固くなってうつむいて

                はどこまで行ったろう。

                やさしい心の持主は

                いつでもどこでも

                われにもあらず受難者となる。

                何故って

                やさしい心の持主は

                他人のつらさを自分のつらさのように

                感じるから。

                やさしい心に責められながら

                はどこまでゆけるだろう。

                下唇を噛んで

                つらい気持ちで

                美しい夕焼けも見ないで。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


作者の吉野さんの、限りないやさしさがこの詩の中に見え隠れします。

吉野さんがやさしい人だからこそ、この娘さんのやさしさを理解できたのですね。


どこにでもある日常を切り取って、鋭く切り開いてみせるのがとても上手な詩人です。

彼の詩集を読んで、ふと見るいつもの景色に違うものを感じ取れるようになり驚くこともありました。


たくさんの言葉の中から推敲して推敲して、たった一つの言葉を探し出す。

大変孤独な、そしてしんどい作業を経て一編の詩は作リ出されているのですね。

いつも唇にうたを