インターネット上で大人気のメールマガジン、『「格闘詩」~がんばる自分を応援する言葉』というのがあるそうです。

9万人も読者がいるらしいのですが、不覚にも私は最近まで知りませんでした。

で、その著者、野崎美夫さんの本をアマゾンで買ってみました。

東京の方だと思っていたら、意外にもこの京都の同志社大学を卒業されていて、京都に縁のある方だったのですね。

一気に親近感が湧いてきました。

広告制作会社に勤務後、30才で独立し、様々なご苦労をされたあと、今は3つもの会社を経営されている努力の人。


本のなかでは、その題名にもなっている詩が、やはり心に残りました。


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                《大きなやかん》


             がんばってもがんばっても

             がんばってもうまくいかない


             がんばってもがんばっても

             いくらがんばっても

             なかなかできるようにならない


             そんなときは

             自分を

             大きなやかんだと思えばいい


             小さなやかんは

             すぐに沸く

             大きなやかんは

             なかなか沸かない


             熱しても熱しても熱し続けても

             なかなか

             なかなか熱くならない


             でも

             それは自分が大きなやかんだから


             小さなやかんが

             あっという間に沸いても

             コーヒーを入れたら

             カップラーメンをつくったら

             もうなくなってしまう


             大きなやかんなら

             沸くのに時間はかかるけれど

             いったん沸騰したら

             みんなにコーヒーをいれてあげられる

             パスタだってどんどん茹でられる

             いろんなことができる


             大きなやかんは

             沸くのに時間がかかる


             ただ

             熱しつづけているかどうか

             それだけは

             つねに確かめつづけないと


             熱い心を持ちつづけること

             たとえすぐに沸かなくても

             熱い心を燃やしつづけること


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この詩を読んで、私は小学校の時の担任の先生の言葉を思い出しました。

卒業前に、一番最後に逆上がりがやっと出来た私に向かって、先生はこう言われました。

「お前は、大器晩成型だな。

あきらめずにコツコツ頑張ったら、きっと後でいいものをもらえるタイプだ」


私がそうなれるかどうかはともかく、この詩は私にとても勇気を与えてくれました。

「自分は大きなやかん

そう信じて、まだまだ努力を続けていこうと思います。

いつか熱い熱いお湯が沸いて、たくさんの人にふるまえる日が来ることを信じて。


いつも唇にうたを

12月になり、喪中葉書がちらほら届きます。

その度に、そのご家族の心中をお察しして心が痛みます。

家族を亡くした心の痛みは、無くなることはないにしても、時と共にいつか少しずつ薄れていきます。

遺族となった人たちは、『日にち薬』という言葉どおり、その流れる時が傷みを癒してくれるのをひたすら待つことしか方法がないのかも知れません。

亡くなった人の存在を、今度は自分の中で違う何かに変化させて。


今日の天声人語に、先月の「声」の欄に載った喪中葉書の話が取り上げてありました。

余りにも印象的で深く心を打たれたので、その記事を切り抜いて取っていました。

その全文をご紹介することにしましょう。

投稿された大阪市の山村規子さん。

ここに掲載することを、どうかお許し下さい。


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             『亡き友自身から喪中はがき


                             無職 山村 規子(大阪市 55才)


 きれいな版画の年賀状を毎年くれる大学時代の後輩の死を告げる喪中はがきが、2通届いた。

1通は彼女のご両親から、ひっそりと家族葬をおこなったというおしらせ。

もう1通は、彼女自身からの喪の知らせである。

「7年の闘病の末、10月16日45歳で、未知の世界を旅することになりました。

今まで支えてくださった大好きなみなさんにお目にかかれなくなり残念です」

 パソコンで作られた文書の日付は、死後、ご親族が空欄に数字を書き加えたもの。末尾には、本人の直筆で、私への感謝の言葉と署名が記されていた。

死を目の前にして、ここまでの心配りができる人はどれくらいおられるだろう。

人生半ばで病に倒れた友を、決して忘れまい。

そう心に誓った。

 朝日歌壇で、自然と人間への深いまなざしに満ちた短歌を数多く詠んだ彼女。

はがきの中の小さな顔写真は、学生時代そのままの笑顔だった。


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天声人語には、

「それこそ天から舞い降りた、心に染みる一枚(ひとひら)だろう」

と書かれていました。


死を前にしての心構え。

果たして自分にも、この「後輩」さんのような潔い別れが出来るだろうか。

思わず自分自身を省みてしまいました。

きちんと、お世話になった人々に「ありがとう」と、感謝の念を伝えて逝く。

それだけのことが、どんなに大変であることか。

毎日をもっとていねいに生きなければと、しみじみ思いました。


この旅立った「後輩」さんは、今頃未知の世界のどの辺を旅しておられることでしょう。

私たちもみんないつか、そこに訪ねてゆくことになるのですね。


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                  《 十二月のうた   


                熊はもう眠りました

                栗鼠(リス)もうつらうつら

                土も樹木も

                大きな休息に入りました


                ふっと

                思い出したように

                声のない 子守唄

                それは粉雪 ぼたん雪


                師(し)も走る

                などと言って

                人間だけが息つくひまなく

                動きまわり


                忙しさとひきかえに

                大切なものを

                ぽとぽとと 落してゆきます 



                             ~茨木のり子~


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ペタしてね いつも唇にうたを

今日は金曜日。

いつものようにコーラスの練習に行きました。

朝は冷たい小雨が降っていて、寒いし眠い!

文句たらたらで電車に乗りこみました・・。

が、その中で思わず目が覚めるようなラッキーなことが。


窓の外をふと見ると、空に驚くほど大きな虹がかかっていたのです。

それが何でラッキーだ、と夢のないことを言う人は言えばいい。

とにかく、私は虹が大好きなのですよ。

「あの虹の足下には、宝物が埋まっている」

という昔聞いた話を、いまでも虹を見るたびに思い出します。


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                    《にじ》


                  にじ

                  にじ

                  にじ

                  

                  ママ

                  あの ちょうど したに

                  すわって

                  あかちゃんに

                  おっぱい あげて


                                ~まど・みちお~



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この詩も、虹をみると思い出します。

さぞおいしいおっぱいが赤ちゃんにあげられそう。

おっぱいも、まずいの、おいしいのがあるんですよ。

どうせあげるなら、どうかお母さんたちよ、赤ちゃんにおいしいおっぱいを飲ませてあげて下さいね。


お母さん、といえばこの詩もいい味わいをかもし出しています。


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                  《みずうみ》


            〈だいたいお母さんてものはさ

             しいん

             としたとこがなくちゃいけないんだ〉


            名台詞を聴くものかな!


            ふりかえると

            お下げとお河童(かっぱ)と

            二つのランドセルがゆれてゆく

            落ち葉の道


            お母さんだけとはかぎらない

            人間は誰でも心の底に

            しいんと静かな湖を持つべきなのだ


            田沢湖のように深く青い湖を

            かくし持っているひとは

            話すとわかる 二言 三言で


            それこそ しいんと落ちついて

            容易に増えも減りもしない自分の湖

            さらさらと他人の降りてはゆけない魔の湖


            教養や学歴とはなんの関係もないらしい

            人間の魅力とは

            たぶんその湖のあたりから

            発する霧だ


            早くもそのことに

            気づいたらしい

            小さな

            二人の

            娘たち



                           ~茨木のり子



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ペタしてね いつも唇にうたを

今日は冷たい雨のそぼ降る暗い一日。

気分も落ちこみがちですが、こんな日はいっそにちなんだ詩を探してみましょう。


いくつか見つかりましたが、やはりといえばトップバッターはこの詩かなぁ。


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                《都に雨の降るごとく》


        

               都にの降るごとく

                     わが心にも涙ふる。

               心の底ににじみいる

               この侘しさは何ならむ。


               大地(たいち)に屋根に降りしきる

               のひびきのしめやかさ。

               うらさびわたる心には

               おお 雨の音 雨の歌。


               かなしみうれふるこの心

               いはれもなくて涙ふる

               うらみの思(おもい)あらばこそ

               ゆゑだもあらぬこのなげき。


               恋も憎(にくみ)もあらずして

               いかなるゆゑにわが心

               かくも悩むか知らぬこそ

               悩(なやみ)のうちのなやみなれ。


                            ヴェルレエヌ作

                            鈴木信太郎訳


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これは、の詩の極めつけとでも言うべき詩で、知らないと恥と言ってもいいかもしれません。

他にこのヴェルレエヌの有名な詩には、「秋の日のヴィオロンのためいきの・・・」で始まる『落葉(らくよう)』などがあります。


では、次は哀しいの詩です。

戦争で死んでいった妹への鎮魂歌です。


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                       《木琴》


                  妹よ

                  今夜はが降っていて

                  お前の木琴がきけない


                  お前はいつも大事に木琴をかかえて

                  学校へ通っていたね

                  暗い家の中でもお前は

                  木琴といっしょにうたっていたね

                  そして よくこういったね

                  「早く街に赤や青や黄色の電灯がつくといいな」


                  あんなにいやがっていた戦争が

                  お前と木琴を焼いてしまった


                  妹よ

                  お前が地上で木琴を鳴らさなくなり

                  星の中で鳴らし始めてからまもなく

                  街は明るくなったのだよ


                  私のほかに誰も知らないけれど

                  妹よ

                  今夜はが降っていて

                  お前の木琴がきけない



                                  ~金井直~


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かわいい盛りの小学生の妹を奪っていった戦争。

空襲を恐れて走り回ることも出来ず、おもちゃもなく、せめて木琴を小さな音で鳴らすことだけを楽しみとしていた当時の子どもたち。

この小さな妹のような亡くなってしまったたくさんの命が、星の中で今も木琴を鳴らし続けているのでしょうか。

二度と戦争のない世の中であるように、今は祈ることしか出来ません。


さて、最後の詩は、自然をうたったとてもやさしい詩です。


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                《お日さん、雨さん》



                ほこりのついた

                しば草を

                雨さんあらって

                くれました。


                あらってぬれた

                しば草を

                お日さんほして

                くれました。


                こうしてわたしが

                ねころんで

                空をみるのに

                よいように。


                                ~金子 みすゞ



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金子みすずさんの詩は、そのどれにも、小さなものへの限りないやさしさや、自然や神への深い感謝の気持ちが綴られていて感動的です。

たった26歳の若さでこの世を去ったこの天才詩人。

合唱にもたくさん彼女の詩が用いられ、今も多くの合唱団に好んで歌われています。

             

ペタしてね いつも唇にうたを

12月になり、書店に来年の「京都手帖」が並ぶ季節となりました。

あれ、何でしょうね。

私も長年京都に住んでいますが、一度も買ったことがありません。


 「京都手帖」を持たない人間は、京都市民にあらず


とでも言うように、京都中の書店の一番目立つところに並べてあるのですが。

1050円。微妙な値段です。

ちなみに、「京都旅行手帳」というのもあって、こちらは980円。

何度も手にとってはめくってみるのですが、未だに購入に至らず。

京都の皆さんは、これを毎年本当に買っているのでしょうか?


今日の天気は晴れていましたが、冷たい風が吹いていました。

時々、何の前触れもなくふっと心が冷たく落ち込むことがあります。

昔のいやな思い出がよみがえったり、自分自身の暗い反面を見つけたりした時。

今日もその波に襲われたので、その特効薬、曽野綾子さんの『うつを見つめる言』の本をめくりました。


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      自分の中に、動物みたいな部分と、優しい気高い部と、

      両方が確実にあると思えれば、

      人間は大きく間違えないでいられる。

      だけど、たいていの人が、

      自分はどっちかだと決めてかかるからおかしくなるんだ。


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何か重大事が起きた時、果たして自分がいつものように余裕を持って行動することができるかどうか、とても不安になる時があります。

パニックになって、なりふりかまわず自分本位に行動をしてしまうかもしれない、と思うと、自分の事なのにそんな自分に恐怖すら覚えます。

でも、曽野さんのこの言葉に触れて、とても救われました。

人間は誰しも一つの面だけではない。

いろんな顔を持っているのですね

そう思うと、自分以外の様々な周りの人のことまでが、愛しく思えてきたりもします。


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                    《今ここで》


                  元気な顔見せてね

                  とは言わないよ

                  元気じゃない顔でもいい

                  顔見せてください

                  笑った顔

                  怒った顔

                  泣いた顔

                  生きている顔


                  この億万光年の時空の中で

                  奇跡的に

                  すれちがうこともせず

                  あなたが生きている顔を

                  見られるしあわせ


                                  ~すずきゆかり~


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いつも唇にうたを