小坂井彩の日記帳 -210ページ目

小坂井彩の日記帳

今日も平和です

関西にいないから詳しくわかんないけど、

昨日、ミナミのグリコの電光ポスターのライトが落とされていたそうです。


いくら私達が家庭で節電したって、企業のような大口顧客がひとふんばりしてくれなきゃ、効果は出にくいはず汗


アメリカンカーフェスタでモデルでお世話になった、プラチナムさんの石黒社長のブログで拝見しました。
プラチナムさんは、ミナミのど真ん中ですもんね。


ブログを拝見した後、武蔵浦和の我が家の回りを見渡してみました。
建物の階段とか、安全にかかわるもの、初めて来る人が目印になるコンビニの電光看板など、

住宅地には、必要な光だけが目につきました。


都内はどうだったんだろう。

首都高乗ってたら、命に関わらない宣伝ポスターが多く目につきますよね?

目印って意味で必要かもしれないけど、ある程度消してもいいんじゃないかなあ。

商業施設が一気に節電したら、街中が視覚的に緊急事態っぽくなりすぎて、かえって不安を煽っちゃうのかな?

緊急事態っぽくって…緊急事態ですがDASH!

こうやって《日本には緊急事態が発生してる地域があるんですから、人事と思わないでいましょうよ》って態度を、多くの企業が率先したら、一般生活者も真似できることだし、「それなら…」って、態度がシフトするんじゃないかなあ。

遠く離れた大阪ミナミで、節電をしていたグリコさん。

好感度アップしますよね!


その心が、被災された方の心を暖かくするでしょうしね。


まだまだ余震が恐いですし、
明日は我が身。
できるだけ、電気の備蓄に協力しなくてはね。

もしかしたら、その恩恵に与るのは、自分になっちゃうことだって、0%じゃないんですもんね。

そんなこと、あってほしくないけどあせるあせるあせる

自分がされたら嬉しいことを、微力ながら差し出すって、素敵で大切なことですね。
阪神大震災に遭われた方で、神戸から命からがら大阪まで歩いて来た人が、当時、

「大阪に着いたら、いつもどおりバーゲンしてたことに衝撃となんともいえない憤りを感じた」と、言ってました。


私は、阪神大震災にも今回の地震にも、酷くない範囲で遭い、被害を目の当たりにできる端っこあたりにいました。


私と同じぐらい、もしくはそれなりに阪神大震災で恐い思いをした人の中で、
あんなにニュースで緊急事態だと言っている今日、

ほぼ他人事のような感覚でいれている人がいることに対して、思いやりがなくない?と感じたことを書きます。


あくまでも、私との連絡や多くのブログを見ての個人的な感想ですが…


他の地方の人ではなく、阪神大震災にて、当人じゃなくても、身近に被災してる人を目にしたことのある地方の関西人が、

地震をまるで外国の話みたいに感じてはる人がいるのが、悲しかったです。

確かに、今日も日本の社会は回っていました。

しかし、ニュージーランドではなく、同じ日本ですよ?

人類どこにいる人が困っていても、手を差し延べるべきですが、
自分と同じ言語の日本語を話す、身近に感じられる隣人が、モニターの向こうで死ぬほど困っている様子が終日流れているのに、


まるでかやの外の態度なのは、冷たくない?まして、自分の楽しい話を挙げるのは、不謹慎というより、被災して心が弱っている人を傷つける行為ではない?

私、考え過ぎ?


被災した人達からしたら、普通の日常って、今、何より欲しいものじゃない。
それに対する感謝の気持ちじゃなく、ただただ、楽しい楽しいって…


楽しい話をするのは、戦時中に慰安に訪れた、マリリンモンローみたいなスター(今ならアイドルだけでいいと思います。
被災者とおなじ市民である私達は、同じ目線で助け合う気持ち、勇気づける気持ちを表すほうが、今はよくない?


辛い状況にいる人が読んだら、なんか心が寂しくなるような、羨ましくなるような話を、わざわざ今しなくても…


考え過ぎ?


阪神大震災後、福井・金沢あたりで起きた地震の時は、名古屋で、これまた被害の端っこあたりにいた私。


一昨年の兵庫県の鉄砲水も、1日ずれとかで岡山国際サーキットの行き来で通ってました。


なんか、めっちゃ薄くずつ災害の端っこに遭ってるから思うんか知れないですがねあせる


地震後すぐには何もできない私達一人一人ですが、

せめて、被災した人に対して、胸が詰まるような気持ちにならないのかと。


こういうエマージェンシーの時、本音っていうか、その人の本当のアガペー・無償の慈悲度合いが見えるなって感じた日でした。


思いがけない人から、直後の安否確認が来たり、

思いがけない人が、手を差し延べてくれたりしました。


携帯が全く連絡できない中で、まずは合流する親戚と安否確認をしなくてはならない状況のため、充電を切らしたくないという思いから、すぐに全員に安心してもらえず、申し訳なかったと思ってます。

自分が元気でいるという事実だけで、喜んでくれる人がいるのに、悪かったダウン


今日のこの《被災した人に何かできないか》て気持ちを、今後この気持ちが薄れてしまうほどの長い時間がかかる復旧の間に忘れてしまわないようにしないといけないなと思ってます。

阪神大震災の時も、かなり長い時間、被災者用仮設プレハブがありましたよね?
あの時も、私含め多くの人が、どんどん他人事になっていきましたよね。



今回の地震は、日本みんなが助けの手を差し延べないと、復旧が難しそうだし、今まで以上に《何かできないか》アガペーを持ちたいと思います。


今、被災されている方、

人の心の傷を癒してくれるのは、人しかいないと思います。

小さくても暖かいネットワークを、リアルでもバーチャルでも持ってくださいね。


なんか正義を押し売りしているようで、わざわざ書かないでいいかなって思ったんですが、

やっぱり書いちゃいました。

考え過ぎですかね?
すいません。
ようやく15時前に帰宅して、TVを見たり仕事したりしています。

TVを見ていると、自分がなかなか帰宅できなかったなんてこと、ちっちゃいことだと実感します。


家族や親戚、友人が、無事でいてくれたことが、こんなに有り難いことなのかと、感謝の気持ちでいっぱいです。

ぼんやり「携帯繋がらんなぁ。繋がったら連絡返そう」と思ってたけど、私を大切に思ってくれている人たちに、凄い心配かけたと申し訳ない気持ちになりました。


ご家族、大切な人をなくされた方、安否が解らない方を待つ気持ちを思うと、胸が詰まります。


今から気温も下がっていきますよね。

今朝、日が昇り、状況把握を行った後の今日の晩は、不安から絶望感に変わった方もいらっしゃるかと思います。


被害に遭われた方が、少しでも早く安心できること、少しでも小さい被害で納まることをお祈りいたします。

被害に直接遭われてない方も、人事と思わず何かできないかという気持ちに、自然となりますよね。

復興には恐らく、莫大な労力とコスト、そして時間がかかるでしょうから、今、日本にいるみんなが持っているこの気持ちを、継続しなくてはならないなと思います。


まだまだ余震に気が抜けないですから、お互い避難用品などの準備をしましょうね。


携帯電話が繋がらないのは、もう仕方がないから、他のネットワークを持っていないとね。

今回、妹からはツイッターで安否確認が来ました。

主人とは、アメブロメッセージで連絡が取れました。

電池が減るのを防ぐため、ブログはあげる余裕がなかったですが、(というより、家族親戚の安否をとり続けることで、ブログを書き込む時間がなかったあせる)あげていたら、関西の友人は一気に安心してくれたよなと反省します。

昨日、災害時用の番号には、携帯自体がつながりませんでした。

色々ともしもの時対策を考え直す必要があるなと実感しました。

とにかく、無事であることに感謝しますキラキラ
彩製作所 小坂井彩の日記帳-110311_2054~01.jpg


たくさん「生きてる?大丈夫」メールをいただきましたが、メールが繋がらず、ご心配をおかけしています。


地震発生時、会社の1階の居室におりました。
「間もなく、地震が来ます」てアナウンスが流れたので、
防災ヘルメットを被り、机の下に潜りました。

うちの会社は防災センターがあり、アナウンスも流れたし、今週火曜日に防災訓練があったとこだったので、みんな結構落ち着いてました。


地震後、通常業務に戻りましたが、

携帯電話もメールも全く使えず、山手線が終日運休になっちゃい、五反田から浦和に戻れなくなり、会社に泊まるしかないかあ…

と諦めていたら、兵庫県のおばちゃまから、たまたまメールが通じたアップ

「ゆりちゃん(従姉妹)が戸越に住んでるから、1駅だしよかったら泊まって」
アップ

ありがたいクローバー


しかし、ゆりちゃんと携帯通じないし…

とりあえず、会社の固定電話から大阪の実家に電話をし、続いて兵庫県のおばちゃま宅にお電話したら、

おばちゃま、ゆりちゃんと携帯電話で通話中だった!

しかも、ゆりちゃん、銀座から歩いて帰宅中で、電話が繋がった時、たまたま五反田駅前にいた!

急いで会社を出て、合流キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ


奇跡!


さらに奇跡が!


《おかし》
小学生で習った、防災訓練の基本、
お…押すな
か…駆けるな
し…喋るな

を守りながら、歩いていたら、

(この防災訓練のおかし、毎年消防署の人が言うてただけはあるわ)


先週もごはんに行った、稲本佑生ちゃんにバッタリ!



暗い夜道の上、朝のラッシュぐらいの凄い人だったから、もし5秒ずれていたら、会えなかった。

というわけで、3人でごはんナイフとフォーク

道にいても、邪魔だし、万が一、次食べれなくなっても困るから。


夜中、銀座松屋に勤める従姉妹の絵美子ちゃんも、ゆりちゃんちに合流。


従姉妹3人で、全く気兼ねなく過ごしました。

親戚って縁、そして友人との縁っていう、日地とのつながりの大切さをかつてない程実感しました。





しかし、ゆりちゃんちで初めてテレビ見て、東北はえげつない様子になっていると、視覚で初めて知りました。

自分の身は、無事だったけど、

そりゃあのテレビ見たら、いっぱい安否確認の連絡来るわ…


すぐに安心して頂けなくてすいませんでした。




ちなみに、主人は茨城県筑波サーキットにいたので、もう、凄い地震だったようです。

大森のTMCまで帰ってきたのが、朝の4時あせるあせるあせる

12時間以上の渋滞。

サーキットは平面が多いから、落下物の心配はあまりしてませんでした。

地割れが起きているかもしれないという心配と、火事や津波に遭っていないかを心配してしまいましたが、

なんとか夜5時半に連絡とれました。

関東同士の携帯電話は全く通じなかったんで、お互いのアメブロのメッセージで連絡を取り合いました。


そして、大阪にいる妹の悠ちゃんが、とっても助けてくれました。
まだ、大阪の自宅のほうが繋がったので、従姉妹、うち夫婦、みんなの仲介をしてくれました。


妹の優しさや思いやりの強い性格を、改めて受け取りました。


ほんとにありがとうドキドキ


仮眠した主人が、ゆりちゃんちまで迎えに来てくれたので、
(大森と五反田の間に、戸越があります)

お昼頃合流でき、ようやく今、ランチしています。

平凡な日常生活が送れる幸せ。




本当に大変な状態の方がたくさんいらっしゃる中で、自分たちの無事を、有り難く感謝します。


以上、私周辺の安否の御報告でした。