ゼッケン120番

ゼッケン120番

目標 77分台/中間点 やればできる!







 LSDで走りこんでいた公園の芝生から
5年ほど前に追い出される形で練習地を土手に変えた。


 芝生内でのランニングは禁止の看板が設置された。

 俺の気のせいかも知れないが、俺が公園に到着すると
テーマソングをわざわざ流してくれるようになった。


 テーマソングってのは
ネェーちゃんの声で録音された、芝生立ち入り禁止の紋々が繰り返し流される放送。


 伏線は十数年も前からあった。

 地元の中高陸上部が芝生内にコースを作り、同じところを踏むので土が露出して、かなり酷く荒れていた。

 公園の造園管理者(植木屋)がトラロープを張り巡らしては立ち入り禁止を作っていたが、陸上部がコースを変え走り続けていたのでイタチごっこになっていた。

 陸上部が駅伝熱から覚めて公園から撤退したのちの矛先は、たった独りで芝生をゆっくりと走っている俺になった。


 看板、テーマソングを無視して市民のための公園の芝生を相変わらず走っていた。

 顔なじみの植木屋のおっさんから呼び止められた。
俺が踏んで通っている脇の桜並木が近年はきれいに花を付けないというではないか。


 芝生の下には土があり、その下に桜の根が張っている。
五十数キロ体重の俺が、どんだけ桜の開花に影響すんだって言ってやった。

 一部露出している根を植木屋が仮払い機で散々痛めているほうが、よっぽど桜並木には酷だと思っていたが、何言っても伝わらないから言わなかった。

 散歩している多数の人が毎日のように同じ通り道を踏んでるよなって言ってやったら認めたが、俺の罪状は取り下げられることはなかった。


 スマホ片手に歩いている散歩人が何十人も通っても良くて
ランナーが数人走るだけなのは禁止ってのはね。

 植木屋が企んだことなんだけど、公園管理は三セクの市役所天下りの
働かないオジサンだらけなんで、ズルイ奴らにまともな話は通じないと思い、俺が去ることにした。



 広大で気持ちの良い公園なんだがね。
長年走っていたんで離れるのは辛かったけど
新たな出会いが生まれたんで
今は良しとしている。











 迷いが出たら終わりだ



 一週間ほど前までは調子良かったんだが
練習以外のことが原因で身体が悪くなった。
 毎年のことだが、生きていくためには必要不可欠なことだが
突き詰めて考えれば不要なことでもある。



 一週間を迷いながら中途半端な練習を繰り返す。

 出るのか、出ないのか、自分への問いかけを続ける。

 コロナ前2年間は本番前に体調を崩していた。

 コロナと故障で5年マラソンをまともに走っていなかった。
去年から復帰したが、大会が本当に行われるのか半信半疑で
ジョグ程度の練習しかしていなかったので恥をかいただけだった。



 試合への未練を断ち切るために
半年以上前から予約していた宿を捨てる。

 ゼッケン引換証を握り潰しゴミ箱に投げる。

 本番は迫っているので、脚の落ちを極力小さくするため
休まず走り続けることにはした。


 走れるんじゃないか。

 緩く走っているだけだから
そう感じるだけなんだろうが、気持ちが動く。

 ゴミ箱の底の方から引換証を見つけだす。

 宿を探すとバカ高いが取れる状態。
それでも予約を入れて、参戦の準備をする。



 金曜日の夜遅くに宿を捨てたが、翌朝に再び宿を取る。

 土曜日に旅券を買うと宿と合わせ5万円ほどになる。

 ここで諦めがついた。

 半端な状態で試合に出ても、わかり切った結果で終わる。
走り切れる状態であることも、かなり怪しい。
 無理して今シーズン全てを失くすかも知れない。



 選手誰もが想うだろう欠場の迷い

 
 次戦に賭ける

















 やり場のない思い



 失格させられた高校生選手4人に手紙を届けた。



 長距離種目に挑戦していることを讃え
地味ではあるが、隠れた花形種目であること。
 めげずに陸上競技を続けることを伝えた。


 参加賞のタオル、スポーツ店の割引券、クオカ、前年度の道内大会で勝ち獲った金メダルをそれぞれに同封。
 俺があの日、あの一瞬に抱いた感情と、今までどれだけ陸上競技に打ち込んできたかを綴った。



 1人の選手が返信をくれた。


 検索をかけてみると
現在は札幌の強豪大学で陸上競技を続けていた。
 関東の選手のようにはいかないものの
順調に記録を伸ばしていたのが何よりだった。


 ふたたび目にした手紙
俺は走りでこたえる。





 

 

 

 

 

「審判長はどこにいる」

 

「なんで、失格させんだよ」

 

「最後まで走らせても競技終了は二、三分しか変わらないだろうが」

 

「進行の遅れを何で5000mの選手に負わせんだよ」

 

「3000mは12分、女子は13分、周回遅れでも走ってたじゃねぇか」

 

「俺の3000m通過は10分30秒だぞ」

 

「遅いんか、このタイムが」

 

「30分も待たせて、不公平な審判下したんだろうが」

 

 

 

 

 試合終わらされて怒鳴り込んだ

 

 

 

 

【大会要項】

長距離種目(3000m、5000m)では周回遅れの場合に競技を途中で中止させる場合があります。

 

 運悪く居合わせた役員は大会要項に記載があるとスマホ画面を即座に見せたが、如何なもんか。

 

 

 

 801人の選手がエントリーして行われた大会。

 

 DNF:途中棄権の記録が付いたのは

男子3000mSC 1人

女子100mH 1人

男子5000m 7人

 たったの9人。

 

 障害とハードルの選手2人は自分の意志で棄権したんだろ。

 

 男子5000mの選手7人は棄権させられたんだからな。

 

 

 

 50戦はトラックで闘っていると思うが

棄権させられたのは初めてだった。

 

 死んでジョグ状態の選手を時間切れでの

競争中止は何度か居合わせたことがあるが

死んでいない選手をレース終盤の勝負所で

コースアウトさせる行為はトラックでは見たことがなかった。

 

 

 俺とすぐ前の1人と後ろに離れた2人だけの失格(棄権)なら

少しは気が落ち着いたのかも知れないが

俺より半周ほど先を走っていた3人が浮かばれないと思う。

 

 なぜなら、3選手は少なくとも3000mを9分台後半で通過している。

 俺ら後方4選手は3400mでコースアウトを命じられたんだが

3選手は3800mで競争を中止させられていた。

 後半に踏ん張れるなら、確実に16分中ほどは出せるはずだ。

 

 

 結果を見て彼らの悲惨さが記録から読み取れた。

 

 適当に選手を間引いたんだろう。

 

 結果的に16分50秒台の選手が2人いた。

 3選手との違いが俺には理解できない。

 4位以下の選手も周回遅れだ。

 前3選手で競り合い大会記録での決着。

 優勝選手のタイムは実業団並み。

 

 

 14人しか出走していないのに

7人に競争中止を命じる無能な審判。

 

 

 1分でも早く帰りたかったんだろうな。

 

 

 俺は後半に真価を発揮する。

 毎回ラストは72″前後で廻る。

 前の5選手を追えれば際どい勝負が出来た。

 

 

 

 俺は悔しさを酒で紛らわしたけど、連日の深酒だ。

 大人の都合で中止させられたんだ

陸上競技に打ち込む未来ある高校生選手が哀れだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現地入りする道すがら、2週後の試合中止の一報が入る。

 

 

 

 

 先週は番組最初の競技として9時開始だった。

気温5度で強風、寒過ぎたのでウール長袖にランシャツを重ね着して走った。

 汗など一滴も出ず、鼻水垂らして固まったまま試合を終えた。

 

 

 今日は番組最終から2つ前で15時10分だったが

30分は大幅に遅れての競技開始となりそうだ。

 

 アップがてらに傘を差しながら駅から4キロ歩いて競技場入りした。

 間もなく冷たい雨は上がり、時より陽が差し、寒さを感じなくなった。

 

 風も弱く、今期一番の気象条件で走れる。

 

 4月から上げて行き5月後半戦で勝負を賭ける戦略だったが

コロナ悪化一途の状況では、今後の試合も中止に追い込まれるだろう。

 

 

 狙える条件は揃った。

 

 

 去年は順調に記録を伸ばしていたが

16分台を目前にして試合中止、福岡県選手が除外され続け

半年近くトラックの試合に出られなかった。

 脚は出来上がっていたが試合無くては記録の出しようがない。

 

 

 去年の何十倍もコロナは酷い状態。

中止を決めていない試合も残されてはいるが当てにならない。

 連戦で脚はパンパンに張っているが

今日やるしかない。

 

 

 

 2人欠場、14人の選手で試合開始。

 

 定位置の最後方から攻める。

 

マークしていた地元選手の直後に付けて三番手で様子を見る

81″

ペース掴めないのか地元選手が高校生の前へ

84″

風が吹き始めて地元選手ペース落ち

86″

ここで一気に捲り上げて2選手の前へ

高校生が巻き返して来るが俺が譲らなかったので

82″

高校生が離れ地元選手を引き連れて

84″

トップ選手に合わせて100mほど付け切って

82″

地元選手が千切れて独走

86″

ライバルを振り切って緩んだか下がったんで上げて

85″     10′30″/3000m

 

 

周回を重ねるごとに脚はほぐれ軽くなっている

 

先行選手との差が見る見るうちに縮まる

 

 

 

涙を呑んで

 

羽田行きに乗らずに

 

札幌行きに乗ったんだ

 

生涯最高記録を叩き出す

 

俺の弔い