フー・ボー監督『象は静かに座っている』
  監督 : フー・ボー
  製作 : 中国

  作年 : 2018年
  出演 : チャン・ユー / ポン・ユィチャン / ワン・ユーウェン / リー・ツォンシー / ワン・チャオベイ

 

 

フー・ボー 象は静かに座っている ポン・ユィチャン チャン・ユー
 

人生が色を持たないまま(何か醒めない夢のように)始まったのだと彩度がなく霧のように立ち込めるこのいがらっぽい画面は私たちに教えます。色だけでなく(キャメラは絞りを開いて圧倒的に薄い被写界深度に)焦点の合うところが皮膜のように世界に揺らめいていて主人公の横で話しかける友人の顔すらおぼろに沈みながら彼らを取り巻く外界は見つめても見つめても茫漠としたどこかとなってそこにあります。(これとまったく逆の画面を私たちは黒澤明に見てキリッキリッに絞り込まれたキャメラは黒光りする深刻な焦点で作品を隅々まで浮き上がらせてすべてを捉えるのだという黒澤の作家としての欲望を漲らせます。当時のフィルム感度の低さもあって絞りに負けない光を当てようとありったけの照明に役者のカツラが焼けて煙を上げるなんて物ともせず... 高度成長の闇雲な日本と同じく高度成長の闇雲な中国にあって両者は違う手法で向かい合っています。黒澤が<見る>ことの意志であるなら、本作にあるのは<見えない>ことがひろがっていく不安と苛立ちでしょう。)一党独裁の上に太子党と呼ばれる革命二世たちの尊大な野心が経済的にも軍事的にもアメリカを抜き去って地球を土足で踏みつけようといういまの中国で映画作りが重い制約の下にあるのは簡単に見て取れます。だからこそいまを、(権力に尻尾を掴まれるような観客へのメッセージなど込めることなく寧ろそれがないことの空白に自分たちのいまを)映す希望と絶望に映画は鍛えられるのでしょうしそれに耐えて本作は底なしの現実にかろうじて浮かんでいる私たちを照らしてその先に暗闇が待ち受けようとも旅出とうと叫びます。3時間56分...  本作の長大さはその内容によるのではありません。内容はたわいもないもので(90分で十分描けますが)そのたわいないものが否応ないものとなって主人公たちを縛りもがけばもがくほど事の是否でも真偽でもなくただ何というかそうするしかないという生きることの埋め合わせに誰もが従っていてすべてが予め書きつけられた運命、いや端的に茶番であることに主人公たちばかりが気づかされて生きることと死ぬことが馬鹿馬鹿しいほどひとつになっていく、そんな物語です。主要な登場人物は四人いてひとりは男子高校生で友達を庇う余り学校をわが物顔で牛耳る不良に詰め寄られますが振りほどいた弾みに不良がよろけて呆気なく階段を転落です。彼が必死で逃げているのは不良が地域で知れ渡る実力者の溺愛の息子だからで有無を言わせず半死半生か下手をすると殺されることにもなりかねません。もやいで頼りなく行く手を掻き分けても掻き分けても柔らかく塞がれてたなびく彼の行方が本作の軸となって他の三人のいまも揺さぶられていきます。主人公の女友達は(事態のヤバさを思えば)彼の力になるほどお人好しではありませんが、重く淀んだ学校の日常がこの事件で(表面は誰も憚って目を伏せつつ)抑えつけられていたものが底から掻き回されるような不安に疼いています。実のところ彼女は妻子持ちの(何というか食事のあとにへし折った割り箸のような)中年教師と関係を持っていて男が言う結婚を真に受けてもいませんが、母とふたりきり必死に働いて何とか<母親>をこなそうとしているだけで家中の洗い物の山に埋もれた自分の家から見上げるそれがひとつの希望なのです。それが突然明るみに出ます。そして主人公と同じアパートに住む老人は同居する娘夫婦から孫娘の教育を理由に別居を言い渡されて身の振り方を自分で決められるほど蓄えがあるではなし、長く住んだ町なかで行き場もなくぽつねんと路頭を見つめています。高校生が引き起こした事件は緩やかな波となって突っ立った彼の心に押し寄せ引く波の力に彼も歩き出さずにいられません。もうひとり高校生を追うチンピラは怪我をした不良の兄で町でも噂される無法者ですが自分のなかでは後悔(と一歩ごと足許からゆっくりと動きを止めていく諦め)を抱えていて誰よりもこの町を出ていくことを夢見る男です。内省的に自分の内と外を見つめる目をなまじっか持っているがために耐え難いいまに腐っていくばかりの自分を許せずしかし結局は許してしまっている自分を更に許せないわけで高校生を追いかけるうちに彼に自分を重ね自分の何かを託さずにはいられなくなります。歩くこと、それがこの映画の速度でありそれ故の3時間56分であって、歩くこと、考えること、考えさせられること、夢見ること、夢が見られないこと、寝られないこと... 走ってはいけない、君たちは逃げようとしているのではないのだから、君たちは旅立とうしているのだから走ってはいけない。

 

 

 

フー・ボー 象は静かに座っている ポン・ユィチャン

 

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フー・ボー 象は静かに座っている チャン・ユー

 

 

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