からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -79ページ目

宅配屋と喫茶店(19)

「引き留めても無駄です。ではお世話になりました」
「おいちょっと」
チン太の母は勢いよく陽が赤くなり始めた町に出ていった。

「おい、お前の母ちゃん出ていっちゃったぞ」
「まあ、今の様子だと、帰ってくるのは夕飯のあとかな。何も持ってってないからね」
「けっ、ガキがなに大人ぶってんだ」
「父さんも少しは母さんに気を遣いなよ」
「大人の話に首をつっこんでんじゃねえ。…………おい、ケン太」
「なに?」
「お前あれだ、あれだよ。今晩の夕飯のおかず買ってこい」
「………ったく」
「なにしたり顔してやがんだよてめえは。親があれだあ、てめえんとこのガキを小間につかって何がわりいんだ。それとも夕飯のおかずいらねえってのか?、なら話は別だ」
「しつこいなあ、わかったから、早く金くれよ」

おかずを買うにしては少し多めの駄賃を渡されたチン太は、ため息をつくと母を追った。

「……………いち坊よ」
「は、はい」
「仕返しすんなら、ひとつ策があるぞ」
「はあ、ですけど」
「ああみなまで言うな。あれだろ?、仕返しして、また仕返しされたら困るって話だろ?」
「はい」
「大丈夫、これがうまくいけゃお前、そんなことはでえじょうぶだ」
「はあ、ではその策とは」
「ふむ唐の昔から、三十六計逃げるに如かず、というな」
「はあ、しかしこのまま尻尾巻いて逃げるってのも腹の虫が」
「なに、ただ逃げるんじゃねえ。こうすんだよ。いいか…………」



「ただいま」
しばらくしてチン太がひとり帰ってきた。
「おう、けえったな。ん?。おいおかずはどうした」
「晩のおかずは、“刈り取る前の米”だって」
「けっ、くだらねえこと言いやがってあのやろう。そんならおれは後家倒しの一法だってんだ」
チン太の父親は苦虫を噛み潰したように吐き捨てた。
「刈り取る前の米?」
いっちゃんがチン太に小さく耳打ちすると、チン太は、
「実るほど頭を垂れる稲穂かな、だよ」
「なるほど、難しい条件だな」
「そんなことはないよ。後家倒しだなんだ言ってるけど、こうなると毎回」
チン太がなにかを言いかけたとき、チン太の父親が、「ガキは二階に上がってろ」と言って、ふたりを喫茶店から追い出した。


「どうしたのさっきからにやついて」
再び六畳間に戻ったふたりだったが、なにやらいっちゃんはにやにやとしていた。
「ふふん、ちょっとな。光明がさしたんだ。仕返しのメドがついたぜ」
それを聞いたチン太は、はっ、と思い至るところがあり、
「あ、親父になにか吹き込まれたんでしょ。あまりあてにしない方がいいよ」
と、言った。
「まあ、へへ、なんとかなりそうだ」


次の日の土曜日に、いっちゃんはチン太の家を出て家に帰った。そして次の月曜日から、いっちゃんは学校に復帰した。上級生から受けた傷跡はまだまだ色濃く残っていたが、それよりも新しい青タンが顔のところどころに出来て目立っていた。
「親父にな。しょうがねえよ」
いっちゃんはそう言って、笑った。親父に殴られるなんて、いっちゃんにとっていつものことだろうから、大したことではない。
それよりもなによりも、あの、とても自分の父親が思いついたとは思えない作戦の成功を思うと、いっちゃんは笑わずにはいられないのだろう、チン太は思った。
復帰したいっちゃんは早速、例の上級生から呼び出しがかかる。
同級生は皆、いっちゃんがまたボコボコにされるだろうと井戸端会議に花を咲かせたが、教室に戻ってきたいっちゃんの顔に新しい傷はなかった。

あいつはクップクしたんだ。

クラスのみんなは口々にそう言った。自分達だってクップクしているくせに、自分達のことは棚に上げ、いっちゃんを抗えない現実からくる濛々と立ち込めるやり場のない怒りのスケープゴートに仕立て上げた。事実、いっちゃんは上級生達に土下座をして難を逃れていた。そのこともすぐに皆に知れ渡り、いっちゃんの株は暴落の一途だった。
近くにいると上級生に目を付けられると、いっちゃんと共謀して上級生を襲った仲間さえ、いっちゃんに近づくことはなくなった。いっちゃんはやり返されたとき、ついに顔が割れていない仲間を上級生達に売らなかったというのに。
それを作戦遂行上、そのことは覚悟していたいっちゃんだが、やはり淋しいと見えて、チン太とつるむようになった。
チン太にとって、それは大きなプラスになった。
チン太はともすれば、悪い奴らの巣窟であるこの学校において、周囲にいじめられるだろう要因を持った奴だったが、またちょこちょことちょっかいは出されていたが、いっちゃんとつるんでいるとなると話は違った。いっちゃんといれば紅海を割ったモーゼのごとく、皆が皆道をあけ、距離をとるのだから、それはとても都合が良かったし、なによりもいっちゃんと話しているととても楽しかった。
いっちゃんはチン太が思っていたよりも粗暴ではなかったし、「つまらねえよりは楽しい方がいいだろ。どんな時でも、少しでも、だ」と、口癖のように、チン太がため息をつくと必ず、言った。そして、まるで、宵越しの銭は持たない、を地で行くように、刹那的楽観な感性の持ち主だった。それは、時と場所を選ばずうじうじしてしまうチン太にとって、はじめて出会うタイプの人間だった。
その日が来るまで、いっちゃんは例の上級生達となるべく顔をあわさないようにした。廊下ですれ違うときも、さっと深く頭を垂れて、そのまま大名行列が通り過ぎるのを待つ町民のように、上級生達が行き過ぎるのを待った。
授業が終わればチン太を連れて、上級生達に捕まらないよう、そそくさと学校をあとにした。不良達も恐れる屈強な体育教師と一緒になって学校の最寄り駅まで行った日もあった。それらの行動を同級生達は蔑みの目で見た。軽蔑しきった目で見た。いっちゃんは完全に、学校内ヒエラルキーの最下層の住人になった。弱肉強食の社会において、中学時代の数々の悪行や上級生襲撃という名立ての印籠ももはや錆びついて、その歯牙にかかるのも秒読みになっていた。

そうして、いっちゃんが学校に復帰してから二週間ばかりが過ぎ、ついにその日はきた。いっちゃんが仕返しに出た日だ。


「その日は祭りでよ。三社よ三社。町内ごとに神輿がでんだよ。でな、これはうちの親父があいつに教えたんだが、うちの町内に戦争で体を悪くして、寝たきりになったオヤジがいたんだよ。うん。そのオヤジはなんでか知らねえが顔が広くてな。神輿を担ぐアレの親分がよ。その来年も生きてるかわからねえオヤジに最後の神輿を見せてやろうと神輿の通る道筋をいつもと変えたんだな。あれだよ、マラソンのおまけが出来たいきさつみたいなもんよ。そんでな。寝たきりのオヤジってのは“二階”で寝たきりなんだよ。そっから動かせねえってんで、“特別に”二階から神輿を見下ろすことを許されたんだな。なんせ神輿を見下ろすってのは神をもおそれぬ御法度だ。それを破っちまった日には、殴られたって文句は言えねえ」
マスターはもはや祐平に何を言いたかったのかを忘れ、あの日に戻ったよう悦に入って朗々と語り続けた。祐平はただじっとその話を聞いていた。忌み嫌う父親の若い頃の話を聞いたことがなく、興味が沸いたこともあるのだが、ここまできて話を止めるのもおかしいな、また、どう話を止めればいいのかと、ついさっきまでの怒声を張り上げた祐平とは別人のようになって空気を読んでいるからだ。


上級生達をその場に呼び出す下準備は至ってシンプルだった。なんせ、バカばかりだったものだから、近頃大人しくなった下級生に、いっちゃんからではない、に決闘だと呼び出されても、町中にある取り壊しが決まった小さな廃ビルの元社交ダンス教室が決闘の場であることも、誰も、おかしい、とは思わなかった。おかしい、と思わなかったというのは言うに過ぎたが、訝しみ方が、以前暗闇の中返り討ちにされたこともあり、向こうにまた闇討ちされてはたまらないと、懐中電灯の電池確認等まるでキャンプに出かけるような方向に重きを置いた素敵なバカ達だった。そのビルは大通りと路地裏に挟まれていた。そして裏に面するその路地裏こそ、変更された神輿が通るルートだ。

日曜日の昼下がり、遠雷のように祭り囃子が轟く下町の路地裏に、今も昔もとち狂ったとしか思えない、祭り向きといえばそうであるような出で立ちの高校生数人がRPGゲームの最序盤で手にはいるような装備を身につけ現れた。
祭りの日に草野球たあ偏屈なやつらだ、と、思ったか思わずか、町の住人は何かを威嚇するような出で立ちの彼らを奇異の目で見たが、しかし派手な出で立ちで威嚇しているという進化を遂げた生物は弱肉強食の自然界に於いて主にそれで強者から身を守ろうとする弱者だということを彼らは知っているのだろうか?、その中のひとりに、休みだというのに律儀なというか後先考えずというかなんというかバカというか、あの学校の学ランを着ている奴がいて、触らぬバカにたたりなし、と、口をつむいだ。そんなことより祭りだ祭りだ。
廃ビルに入った彼らと、近づく神輿を遠くから見ていた、担ぎ手と同じく祭り装束のいっちゃんは、静かに“見張り台”をあとにした。傍らにいた同じく祭り装束のチン太はいっちゃんの背中が笑っているように見えた。
去り際にいっちゃんは、
「ちゃんと表をふさぐんだぞ」
と、チン太に言い残した。

あとは楽チン。路地裏からあらかじめ開けて置いた二階の窓に向かって叫び、こちらに上級生を集め、そしたら、近づいた神輿の先方を担ぐ親分に聞こえるように、「あそこから神輿を見てる奴がいる」と、指差し、親分を焚き付ける。べらんめえ、と意気を上げた親分を見て、ようやく、はめられた、と気づいた上級生は這う這うの体で廃ビルから退散せんとするが、残念、表口には法被姿の茹で上がったタコのように上気した男が数人で出口を封鎖している、それはチン太とチン太の父親とその友人達だ、それを親分の手下と勘違いを起こした上級生達は、ならば裏口からと、走り出したがバカの壁。外に出たのはいいけれど、そこにいたのは鬼より怖い親分と、それを取り囲む血の気の多い若い衆だった。
もはやこれまで、上級生達の金玉はさぞ縮みあがったことだろう。
「神輿を上から覗くバカがどこにいんだ!」
びくっ、と上級生達の体を震わせた一喝の声の主は親分、ではなくいっちゃんだった。もちろん、この総括の主人公は自分でなくては腹の虫がおさまらない。
「てめえら何考えてやがんだ。そこになおりやがれ!」
さすがにひとりで上級生達をまとめて相手にはできない。古臭い啖呵をきったいっちゃんは、神輿を取り巻く大衆の真ん中で、上級生達の中のリーダー格をボコボコに、褌姿の充分に可動範囲のあるわがままな脚でそいつを踏んだり蹴ったりし始めた。周りの上級生達はそれを止めることができない。ヘビに睨まれたカエルのよう、でっかいヘビに睨まれているからだ。ここでいっちゃんに手を出したら、周りの本物によりひどく扱われることは目に見えている。御法度をおかしてしまったのだ。
「一昨日きやがれってんだ!」
リーダー格を思う存分にいたぶったいっちゃんがそう言うと、失神したリーダー格を頃合いとみた仲間が肩に担いだ。その仲間の尻を蹴り飛ばすといっちゃんは、
「汚ねえ神輿見せんじゃねえ」
と、言った。火事と喧嘩は江戸の華、いっちゃんが見せた見事な裁きに、観衆は、わあっと沸いた。
この喧嘩は私怨ではなく、あくまで、不作法を起こした人間への処罰、だ。上級生達にはやられた仕返しをする口実がない。そんなもの構わないとこの件の恨みからいっちゃんに手を出せば、粋、じゃない。それが知れた日にはこの現場にいて全てを見ていた粋な親分に何をされるかわかったもんじゃない。いっちゃんは見事やり逃げを果たしたのだ。

学校が始まると、いっちゃんは素知らぬ顔で、その上級生達に以前と変わらぬ平身低頭っぷりだが、上級生達にとってみれば、いささか居心地が悪い。その居心地の悪い雰囲気が、いつしか下級生にも伝わり、また風聞は往々にして大袈裟に伝わるものだ、いっちゃんはまた一目置かれることになった。

吐き気がするほど

…寝た。

もう眠れそうにありません。

インフル皇帝とタミフル和尚

幼いころから覇王としての教育を受けてきたインフル皇帝にとって、下々の民から信望厚く、しかしインフル皇帝の治世にいちいちネガティブなことを言って下々の民から感心されるタミフル和尚はインフル皇帝にとって目の上のたんこぶだった。タミフル和尚を合法的に始末してしまおうと思っても、タミフル和尚はとにかく、とんちがきいて……ってまんま一休さんじゃねえよ!

インフル皇帝とタミフル和尚、ほんとは異母兄弟みたいな!?、まんま一休さん。

名前も似てるしな、インフル皇帝とタミフル和尚。きっと異母兄弟じゃなくて、兄インフル皇帝を生まれながらの皇帝にするために、内々に捨てられた双子の弟…それがエンザ上人。

めんどくせ。

いやあ、インフル疑惑出ちゃった。とりあえず明日は引きこもって様子見だ。

宅配屋と喫茶店(18)

「あれは小学生のころだ、ちょうどあれだよ。団塊の終わりだからな、おれたちは。小学生に入るとよ。いるんだわ、たくさんのいる子供たちのなかにひとりよ、そういや、祐平君の外見はあいつの子供のころに似てるな」
マスターが、やや震えてる祐平に向かって、のたりと語りだした。
「クラスによ。いかにもやんちゃそうなチビがよ」
マスターがのたりのたりと語る途中、祐平は、
「もううんざりだよ!」
と、声を荒げた。マスター夫婦の見る初めての祐平の姿だった。
「なんだよ!、おれだけじゃねえかよ!、おれだけ全部知らねえでよ!、みんな全部知ってて、なんなんだよ!、いい加減にしろよ!」
怒りからか不安からか、今までの祐平ならば確実に涙をためている場面だが、不思議と涙はでなかった。
「まあまあ、祐平君」
奥さんが祐平をなだめにかかった。
「まあまあじゃないでげすよ!」
祐平が「ないでげすよ」と言ってから、店内にはしばしなんともいえない空気が流れた。
敬語と言い切りのはざまに生じた、感情を爆発させ慣れてない人の悲しいミスだった。
怒りと不安のタッグに勝るとも劣らぬ羞恥により祐平は頭をかき乱したが、あとに続く言葉はなかった。

「そのチビはいじめん坊でな。いや、本人はそれをいじめとは認識してなかっただろう。絵に描いたガキ大将みたいによ、あっちで悪さして、こっちで悪さして。宿題なんかあれだよ、先生に向かって、僕は一度もやるなんて言ってません、とか言ってよ。はは、まあバカだったな」
「…………」
祐平は、自身のミスのせいで、耐えることになった。
「おれあおとなしいガキだったからよ、いつもそいつにいじめられてた。まあいじめられてたってのはこっちの言い分で、あいつは遊んでたってことになってるだろうが」
「………」
そいつ、が、あいつ、だということは祐平だってわかっている。あいつのやりそうなことだ。
「いじめられた日に家に帰るとよ、泣くんだわ。メソメソよ。親は、バカヤロー泣かされたまま敷居またぐ奴がいるか!、なんつってな、メソメソしてっと家にもいられない。こうなると友達の家に行くんだが」
「ちょっとあんた」
「まあ、いいやな。そのいつも寄る優しい感じの家の、おれの友達の姉ちゃんがこいつ」
マスターはふらっと奥さんを指差した。
祐平はまさかの馴れ初め談に、揺れ動く心のなかで生来の周りを楽しませなきゃいけないというピエロ気質が顔を出し、あがなえない感情からちらりと奥さんをみた。
「…と友達だったんだよな。あれは二十歳過ぎたあたりにわかったんだよな」
なんだよ、と、なんだよ、と、なんだよ、と、祐平は繰り返し思った。
「びっくりしたわあの時は」
(今のおれのがびっくりしてるわ!、のろけてんじゃねえ!。)
「そんな調子で小学生のころは仲良くなかったんだよ。中学は別の学校に行って、そいつと再開したのは高校、おれは、おれ達はバカだったから、おれはバカの集まる高校におれの中学の仲間内からはおれだけがその高校に行ったんだよ。その高校は私立なんだが、名前が言えりゃ入れるような学校でな。ひでえもんだ。近隣のバカが集まる質のわりい学校だよ。まあおれもそのひとりだったんだがよ。それでも、高校に入るのは楽しみだったのにな、入学初日にあいつを見つけて、せっかく楽しみにしてた高校生活が始まったのにまたあいつと一緒になるのかってよ、憂鬱だったなあ。あいつは相変わらずのチビで粗暴なガキ大将でよ。相変わらずというか益々磨きがかかったというか。まあ中学のころから風の噂で聞いてたし、実際おれらの番長がのされたなんてのも聞いたなあ。今でいう暴走族とかなんかはやってなかったが、バカのなかのバカっつう立場でよ、あれよあれよという間に新しく入ったバカたちに一目置かれちまいやがってな」
「あんたも相当バカだったんだねえ」
「バカヤロー、おれはお前、中学の終わりから今でいうニートだったんだから」
「文句につける言葉じゃないねえ、そんな自慢、ひきこもりじゃないのニートじゃなくて。いじめられてたんでしょ?」
「バカヤロー、中学のこらあいじめられてねえ。自主的な、なんだ、ひきこもりか。お前おらあ自主的なひきこもりだったんだ。学校なんてつまんねえっつってな。そんならってんで親父の店手伝ってたんだ」
「なんでもないじゃないのさ、ニートでもひきこもりでも」
「うるせえお前バカヤロー」
「バカヤローはそっちでしょうに。学校嫌いなくせに高校生活を楽しみにしてたってどういうことだよ、いじめられてたんでしょ?」
「てめえは少し黙ってろ」
「これが黙っていられますか!」
「いやいや、この場合は黙ってる場合だろうが!」
「そうやってあんたはいつもあたしをのけ者に」
いつの間にかのけ者にされている祐平は、ただじっとしていたが、
「………それで?」
繰り返されるコミュニケーション言葉の応酬に、祐平はいつものようにそう言わざるを得なかった。きっと自分が止めなければ永遠と続くからだ。益々祐平は立つ瀬がない。
「…そんでな、新入生のなかであっつう間に一目置かれちまいやがったもんだから、上級生にとっちゃあいつをしめれば一年は抑えられるわけだ。あいつは標的にされてな。よくある入学初日に先輩に呼び出されボコボコにするってのは、そんな学校だったからよ、そんなことはなくて、ある程度調べてからやりやがんだよ。そいつがヤクザの子供かもしんねえからな。一年の間でも、あいつ明日しめられるぞ、明後日だって話だぞ、とか噂がはびこってよ。でもあいつはあいつで、静かにボコボコにされるような奴じゃない。計画を練ってやがった。襲ってきた奴らを逆にとっちめる計画を」
「怖いねえ」
「黙ってろって言ってんのがわからねえのか」
「はいはい、しつこいねえ」
「おま……でよ、その日はきた。つら貸せやってあいつは放課後、体育館に呼び出された。でもよ、もう上級生はあいつの作戦のなかにあったんだよ。あいつはいざことが始まろうとしたそのとき、仲間に体育館の電気を落とさしたんだ。もちろん体育館のカーテンはあらかじめ閉め切ってな、真っ暗闇にして、いやそいでずらかろうってんじゃねえんだ。その上級生全員の学ランにこれまたあらかじめ発光塗料を塗り付けてたんだな。そんでそれを目印に隠れて目を暗闇に慣れさせていた仲間と一緒になって上級生をボコボコにしたんだ」
「あらまあ」
「だからお前は」
「はいはい」
「……んで、まあその場はそれでよかったんだが、報復ってもんがあるわな。あいつも油断してたんだろ、しばらくたったある日の帰り道、あいつは見るも無惨にやられちまってよ」
「一向に出てこないねえ、あんたが」
「今から出てくんだよ!、……そんであいつ、なにを思ったか血だるまになって足を引きずりながら、おれんとこの店に顔出してな。当時はビルじゃなかったが、ここだよ。そん時おれも手伝ってたからよ、知らない仲ではねえから何が起こったか訊くと、やられた、と。笑っていいやがんだ。血だるまになって興奮して、それに恥ずかしかったんだろうな。笑っていいやがんだ。んで、病院に行くぞっつったら、行かねえって言ってよ。バカヤロー早く行くぞっつっても頑なに行かねえって。じゃあ家に連絡だってなったら、それは困る、とな。帰れるかっつったら、やられたまま帰るわけにはいかないっつって。おれの親父はおれがこんなだからあいつの、なんだろうな、気概ってやつに触れてよ、だったらうちで看病してやるっつってよ。とりあえずうちでしばらく預かることになってな。そんでまあ、おれとあいつは仲良くなるわけだ」


狭い三畳間の物置で、ふたりは作戦会議をしていた。
「いっちゃんさあ、やり返しても、どうせまたやり返されるよ」
「…学校の奴らはおれとお前がここでこうしてるなんて知らねえんだろ?」
タバコをふかしながらいっちゃんは言った。あれから一週間がたったが、まだ傷跡が痛々しい。学校にも出てはいない。
「誰にも言ってないけど」
「そうか…確かに、普通にやったらやり返されるだけだな」
「いっちゃんいなくなってから学校じゃ先輩たちが我が物顔で伸し歩いてるんだよ」
「へへ、我が物顔はもとからじゃねえか」
「まあ、そうだけど」
「…おれぁ気に食わないんだ。二年先に生まれたか、数ヶ月先に生まれたか知らねえが、どうしてそれだけのことでおれたちがあいつらの手下にならなきゃならねえんだ。学校ってのはもっと楽しいところだろ。もっと、もっと、和気あいあいと学校生活を楽しむところだろ」
「…そんなつもりで戦ってたのか君は」
「え?…いやまあ、なんだよ、おれの兄貴の学校じゃ、こんなことにはなってねえんだぜ?」
「いっちゃんの兄貴は頭がいい学校に行ってるじゃないか。うちとは根っこから違うよ」
「まあなあ。しかし、おれたちにだってもっと自由を楽しむ権利がある」
「意外だな君がそんなことを言うなんて」
「なんだよ、お前はこのままヤクザにでもなるつもりなのかよ。おれは嫌だ」
「僕は、この店を」
「そうか、お前はそれがいいな」
「いっちゃんだって」
「おれは絶対に親父のやってることと同じことはしない。絶対にだ」
「………で、どうするってのさ。やり返すにしてもむつかしいよ」
「そうだなあ。柔道部にでも入るか」
「ああ、あいつらも柔道部の連中には手を出さないからね。それはいいね」
「冗談だよバカヤロー。本気にすんな。そんなもんお前、尻尾巻いて逃げるようなもんじゃねえか」
「だけど」
「それによ、男子校で柔道部に入って一体なんになる?、華がねえよ。一度しかない高校生活に華がなくなっちまうぜ」
「そんなにも学校生活を楽しみたいのか君は」
「…楽しみたい。おれはよ、ギターでもひいて楽しく過ごしたい」
「ははは」
「笑うなよ」
「君がフォークを?。似合わないことこの上ないよ」
「笑うなバカヤロー、へへ」
「で、なにか考えでもあるのかい?」
「………それを考えてんじゃねえか今」
「そうか」
「やり返されるってんなら、いっそ殺しちまうか?」
「むちゃくちゃ言うな君は」

ふたりがなにやら物騒な密談を交わしているとき、下の店から声がした。

「おーい!、お前ら腹減らねえのか!」
「減ってます!」
いっちゃんがすぐさま答えた。
「じゃあ降りてこい。上等なもん食わしてやらあ」
「はい!」
「ああ言ってるけど、どうせまたオムライスだよ」
「おいおい、おめえんとこのオムライスは世界一だぜ?」
「………」
「なんか言えよバカヤロー」
いっちゃんはそう言って、若き日のマスター、ちん太の肩を叩いた。

「うまいか?」
「うまいです」
「そうかそうか、そんだけ食えんだ。もう治ったな」
「はい、おかげさまで」
「おかげさまたあ、口のうめえやつだ。こっちは厄介この上ねえってのに」
「すみません」
「ははは、いいってことよ。で、どうだい?。仕返しの算段はついたのかい?」
「仕返すだなんてそんなこと」
「おいおい、やり返す気がないってのか?。隠すなよんなことをいちいちよ」
「…はは」
「お父さんは黙ってなよ」
「うるせえ奴だなお前は。一体どいつに似て生まれたんだか」
「正真正銘あんたの子だよ、バカだね」
「うっ、うるせえ男同士の話に口を出すんじゃねえ!」
「子供つかまえてなにが男同士だよ。それがいい年こいた男のいうことかね」
「うるせえ引っ込んでろおたふく」
「おたふく、おたふくって言ったかい!」
「ああ言ったよ」
「おたふくってあんた!」
「文句あるのかよ、おたふくにおたふくっつってなにが悪いんで。誰の金でそんだけおたふくになってると思ってんだ!」
「ろくな稼ぎもないくせに誰の金だなんて言い出すんじゃないよ。そんなことはビルのひとつでも建ててから言うんだね」
「くっ、ババアは引っ込んでろ」
「ババア!?、自分の嫁にババアだなんて、あんた見損なったよ!」
「うるせえ」
「もう耐えられない。出て行きます」
「おう、帰れ帰れ!」
「ふん」
「バカヤロー、家を出る女が店の正面からでていくとは何事だ!」
「ふん、その手は食わないよ」
「え!?」

ますおさん

SM隠し。


それが大人になってわかったこと。


そういや、子供がみるとイルカの絵だけど大人がみると男女がもつれあってる絵ってあるよね。そんな感じで。若夫婦の部屋から変な声が聞こえるからって覗きに行くあの夫婦はどうかしてる。


普通の感想だな…