からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -120ページ目

小さじいっぱいのマボロシ(2)

「それで、話の方なのですが」

しびれを切らしたのであろう女は早速本題に入ろうとしたが、

「待った」

男はそれを止め、やはりじろりと女を観察した。

「ふうむ」

腰掛けた女をじっくりと見る男。またしても沈黙の時。本人がどう思っているか知らないが、興味深げに女をじろじろと見、観察し終わった男は、

「駄目だな。人間観察という点で、ホームズならあなたが何者で、どんな職につき、どのような日常を歩んでいるか察しがつくところだが、まるでわからん。やっぱりおれは探偵に向いてない」

そう言って苦笑する男。女は初めてこの男から愛嬌というものを感じた。

にやりとしたまま男は、

「では聞きましょう」

と、切り出した。

「娘を探してください。一人娘なのです。早く、早くに」

「娘さんをですか。ふうん。家出ということですか?」

「はい、おそらく、そうです」

「はあ。警察に捜索願いを出したのですか?それとも、私みたいな人間に頼る事情があるとか」

「出しました。昨日、出しました。しかし、お恥ずかしながら、娘の家出はこれまでに幾度かありまして、私は心配で心配で、その度に警察に相談していたのですが、一週間もすると娘はふらりと家に帰ってきまして。そんなことが続きましたもので警察が本気を出して捜索してくれているとは思えません」

「ははあ。なるほど。しかし、それなら今回もまたふらりと戻ってくるのではないですか?」

「なぜそんなことが言えますか!」

男の他愛ない文句に女は語気を荒げた。女の舌が次の言葉を吐く前に、

「とまあ、警察はこんな調子だと」

男はやれやれといった様子で、女のヒステリックな言動から先手をうって逃れた。

「…はい」

しゅんとなった女は続けて、

「早くみつけないと死んでしまうかもしれない」

と、つぶやいた。

「死んでしまうとは?」

この時、男は薄く、にやりと人を喰ったような笑みを浮かべたが、女は気がつかなかった。

「娘は、娘は年頃の、16歳です。親が守らなければ、物騒な社会から守らなければ」

女はうつむきながら、先程の気勢とは打って変わった憔悴しきったような声で淡々と語った。

「ただでさえ、片親だと」

「…はい」

女は小さく答えた。

「親の心子知らず、いつの世もそれは変わらぬ、か。今回はいつもの家出と違う、といった予感やなんらかの根拠でもあるのですか?」

「あります、これを」

女はそう言って、手提げカバンから携帯電話を取り出した。

「これは?」

「娘の携帯電話です」

「ほう。娘さんの」

「今まで携帯電話を置いて家を出ることはありませんでしたから、私今回こそ、何か重大なものに巻き込まれていやしないかと」

「ははあ、携帯を。それは何かあるかわかりませんね。どれ」

イザマは携帯電話閲覧の許しも取らずに女から携帯電話を取り上げ、ポチポチといじりだした。

「ふうん。さらっぴんになってますね。アドレス帳やらメール履歴やらなんやらが」

「私に見られたくないのでしょう。普段から学校のことや友達のことを私に話しませんでしたから」

「ふうん」

ポチポチといじりながら男は語りかける。

「昨日警察に届け出を出したのですよね?」

「はい」

「娘さんはいつ家を出たのですか?」

「おとついです。おとついの学校から帰ってきません」

「一昨日、それはまた」忙しないこって、喉まで上がった言葉を言いかけて男は飲み込んだ。またヒステリックになられても困る。

「ふうん」

鼻を鳴らして男はポチポチといじり続けている。

「あの、探偵さん」

「なんですか?」

男は携帯電話から視線を外さない。

「あの、何か書類などを書かなくていいのですか?確か法律で」

「ほう、よくご存知で」

「先程、カモメエージェンシーで聞きましたから」

「なるほどね。荻原さんはうちに関して何か言ってませんでしたか?」

「はあ。恥ずかしい話ですが、私お金をあまり持っていませんものですから」

「それは、まあ、あなたのような環境ではよくある話ですねえ」

「あちらでは、その」

「高過ぎた、と」

「しかし、私は夫の残した家を売ってでも!」

「ああいや、別に責めているわけではないのであしからず。それで、値段のことしか聞いてませんか?」

無表情で男は携帯電話をいじり続ける。

「…はい、こちらでは安く引き受けてもらえると。あの、こちらは探偵事務所でよろしいのでしょうか」

その質問に男は、

「違いますよ」

と、答えた。女は驚きと訝しの表情をたたえた。

「2007年に探偵業に関する法整備がありましてね。探偵業者は国に届け出を出さなきゃならなくなりまして」

「ええ」

「届け出を出さないと訊き込みをしたりしちゃいけなくなってしまった。さっき言った書類やらなんやらも。まあ、こっちは元から道楽で探偵の看板を掲げただけでしてね。元から開店休業状態だったのですが、面倒くさいのでそれを機にすっぱり足を洗いました。ほら、ここももぬけの殻でしょ?窓ガラスにはまだ探偵の文字が残ってますけどね。ふふん」

この男を頼って大丈夫なのだろうか、女の当然な思考を察知するのもまた当然。

「いつもなら、このあたりで私を探偵だと勘違いしたお客さんには帰ってもらうのですがね。あなたさっき怒っている男に会いませんでしたか?」

「会いました」

先程階段で出会った男がなぜあれほど怒り狂っていたのかを女は理解した。

「ははは、怒ってましたねえ。一方的に彼がペチャクチャと家庭の恥部を話してただけなのですけどねえ。私は話を聞いていただけで。しかし、あなたの場合、私も、その荻原さんって人には弱みを握られてましてね。まあ、ですから、お金については依頼に成功したあかつきに、謝礼ということでいいですよ。交通費とか、必要経費だけでね。知人に捜索を協力してもらったといった形ですかね。私に不安があるなら、お金を工面して他にも頼むといいでしょう」

「はあ」

「ところで、あなたのお名前は?ああ、私は、イザマと申します、どうも」

イザマは携帯電話を見ながら軽く頭を下げた。

「私は、原田敏子です。あの、お名刺などを戴けませんでしょうか」

「ああ、そんなものはありませんからお気になさらずに」

「はあ」

「生年月日は?西暦で」

「19XX年の6月8日です」

「それと血液型は?」

「血液型?A型ですが」

「A型ねえ。おっ」

「あの、何か」

イザマはにんまりした。

「良かったですね原田さん」

「は?」

「今日の運勢いいですよ。しかも、探し物が見つかる、ときてます。ほら」

そう言ってイザマは携帯電話を敏子に差し出した。画面には占いサイトが映っていた。

「あなた!なんなのですか!」

さすがに憤然とする敏子にイザマは、

「いやね、何かわかるかなとこの携帯の前回表示画面をさかのぼっていたら、占いサイトに行き着きまして」

「あまりに馬鹿げてます!いい加減にしてください!依頼は受けてくださるんでしょう!?」

「まあ、ボチボチとさせていただきますよ」

のっぺりしたイザマの口調に、

「そんな!早く!早くしてください!アカリが死んでしまったらどうするんですか!」

と、とうとう激昂に達した敏子。しかしイザマは変わらずに携帯電話をいじっている。

「まあまあ、落ち着いてくださいよ。あっと、そうだ。お茶か何か飲みますか?おーい!高梨君!」

この事務所にイザマの他に誰かがいたなんて、敏子は思いもよらなかったらしく、恥ずかしさが込み上げてきたのか、またしてもしゅんと小さくなった。

「今、手が離せません!」

部屋の奥から若い女性の声が聞こえた。敏子は驚いたのかびくりと身を揺らした。

「しょうがないな。ああ、今のは、まあ、助手ってところですかね。ふふん」

そう言ってイザマは立ち上がると、携帯電話を持ったまま奥へ、おそらくは入口で左右に別れた廊下の右の部屋へと続いているであろう扉の中に消えていった。

「きゃあ。なんで入ってくるんですか!」

「しょうがないじゃないか。少しは話の流れから推察出来ただろうに。しかし、君はまた…」

「見ないでよ!」

「はいはい」

イザマと女との会話が漏れ聞こえる。ということはイザマと敏子との会話も壁向こうの女には聞こえていたということだ。

「お待たせしちゃって」

しばらくして出てきたイザマの腕にはアイスコーヒーが握られていた。

席に着くとイザマは、

「おもしろいことがわかりましたよ」

と、言った。

「おもしろいこと?」

「ええ、先程の占いサイトなのですがね」

「占いサイトに…何か手掛かりでも?」

「ふふん。いやね、私自身も占ってみたのですが、運勢は最悪で、しかも、探し物は見つからず、ときた。これはどういうことになるんでしょうかねえ」

怒りでわなわなと拳を震わせる敏子。顎の下の肉もプルプルと震えている。

「おっと、怒らないでくださいよ。では、当の娘さん、アカリさんですか。アカリさんの写真か何か持ってきてますよね?」

敏子はぶっきらぼうにカバンから数枚の写真を出した。

「ふうん。きれいな娘さんですね。なるほど。これは心配になるわけだ。これは最近の写真ですか?化粧をあまりしていませんね?化粧をした写真ありますか?女性は化粧で変わりますからね。ましてや、家出するぐらい、携帯電話を捨て去ってまで家出をするぐらいですから。変身願望、脱皮願望といいますか、普段と180度違う格好や化粧をしている可能性がある。まあ、ともかく、一度娘さんの部屋を見せてもらいたいですね。これを飲み終わったら早速行きましょうか。早い解決を願っておられるのですよね。娘さんのことは道すがら聞きましょう。なに、私はこう見えて根は真面目な人間なのですよ」



小さじいっぱいのマボロシ(1)

9月中旬、都内某所、周りをオフィスビルに囲まれた古いチビたえんぴつビルの階段を、脂ののった中年女性が昇っている。ふうふうと息荒く、風通しが悪いのだろう、気温湿度共に高く、ぬわっとまとわりく陰鬱な空気が、ただでさえ汗っかきだと見受けられる中年女性の体の至る所に汗溜まりをつくっている。中年女性は最上階である四階を目指している。濡れ雑巾になったハンドタオルがむなしい。

三階の踊場で立ち止まり、下向きだった顔を上向けにし、目当ての扉を視認したその時、があん、とその所々錆びた金属製の扉が、勢いよく開け放たれた。中からは禿げを坊主頭にして隠した壮年の男が出てきた。ちらりと見えたその男の顔は赤黒く上気し、

「なめやがって!ふざけんじゃねえウスバカが!訴えるぞ!」

捨て台詞らしきものを部屋の中にいるであろう人物に吐き捨てた。

男の剣幕に呑まれ、呆然と立ち止まっている中年女性、「ふざけやがって」、そんなことを小声でつぶやき続ける男。扉を蹴り飛ばし、閉め、階段を降りようとするところで中年女性と男は目が合った。男は常軌を逸した顔をしていた。

「あんた、ここの人間か?」

ぶつけ所の無い怒りの為か、独り相撲を見られた気恥ずかしさの為か、男は目が合った女に話しかけた。

「いえ、違います」

女は踊場の隅に移動して男の通り道を空けた。早く去ってもらいたかった。そのささやかな意思表示、いや、無意識の心理的サイン。

「じゃあ、あんたもここに用があるんだな」

一階一室の最上階であるが故、それの他に無い。

「ええ、いや、はあ」

女は、いくつかの言い逃れを考えたが、

「最低だよここは。あんたも期待しないほうがいい。すぐにわかる」

男はそうぶつぶつと言いながら空けられたスペースを通り過ぎて行った。

呆気にとられた女性がしばらく動けないでいると、階下より、どむ、とコンクリートの壁を蹴りつけているのであろう音が聞こえた。危険が去ったのを確認し、女は、ふう、とため息混じりの深呼吸を一拍、最後の階段をのしのしと昇った。

扉には呼び鈴がついていなかった。女はこんこんこんとノックする。しかし、返事はなかった。三回繰り返したが、結果は変わらなかった。ドアノブを握る。鍵は開いていた。ぎいい、と金切り声をあげる扉を開ける。目の前には壁、左右に続く廊下。ごめんくださいと声をあげたが、やはり返事は無い。返事が無いどころか、昼間とは思えないほどに暗い。

先程の様子からして、誰もいないはずはない。そして、女には部屋にあがり込む理由があった。左へ。右はトイレらしきものと部屋が一つで、行き止まりだったからだ。

廊下から見える、道路に面した広い窓はその全てにブラインドが降ろされていた。何も無いがらんとした部屋。しかし、その奥から蛍光灯の明かりが漏れている。女は廊下を進み、何も無い広間に出て、といってもあまり広くないが、明かりの漏れる方を振り向いた。

「日に二回も来客だなんて珍しいこともあるもんだ」

男の声。がらんとした部屋の奥詰まりにいくつかの本棚に囲まれ、見るからに高そうで重厚なデスクと、革張りの椅子。まるでハリウッド映画のいかがわしいオフィスのよう。その椅子にこちらに背を向けたままふんぞり返り、窓のサッシに脚をかけて座る男が見えた。男の視線の先には窓があるが、窓の先はビルの壁があるだけであった。

「あの」

女が何か言おうとすると、

「旦那の浮気調査ならやらないよ。離婚裁判の証拠集めもね」

と、女からは後頭部だけ見える、居留守を決め込んだ男が言った。男の声は若くもなく年寄りでもない、面妖な声だった。

「いえ、違います。それに旦那はもうずっと以前に亡くなりました」

「ほう」

間の抜けた声だったが、男は少し驚いているようだった。が、

「ま、ともかく、今日はもう満足したから。あなた帰りなさい。探偵なら他をあたってくれ。おれは探偵じゃないんだ」

「探偵じゃない?あなたはここの人じゃないんですか?」

女の至極真っ当な疑問に、

「ここの人だよ。一応所長になる」

イザマ探偵事務所所長はぬけぬけと言い放った。

「でも、探偵業はやってないんだ。あなたもあなただ。探偵探してるならこんな怪しい所じゃなくてもっと大手のちゃんとした所に行けばいいだろうに。まあ、ということでどうもわざわざご足労いただき誠にお疲れ様でしたね。気をつけて階段を降りてください」

そう言って男はやる気なく手を上げ、力なく数回左右に振った。

女は先程階段で会った男の怒りの理由がわかった気がした。事実、女もこの男にむかっ腹を立てている。しかし、女にはこの男に頼る理由があった。

「大手には行きました。だけど、色々あって、こちらを紹介されたんです」

「紹介だって?」

男はサッシにかけていた脚を降ろした。

「はい、カモメエージェンシーの荻原さんから」

しばしの沈黙のあと、男は頭をかきむしり、はあ、と大きなため息をつくと、くるりと椅子を回転させ、正面を向いた。

「どうぞそこにお掛けください。話を伺いましょう」

縦ストライプのYシャツの袖を肘まで捲り、その両手を顎で組んだ男。細身で、声同様、若くもなく、かといって年のいったようでもなく、年齢不詳、決していい男ではないが、独特の渋みがある。ぼさぼさ頭ではないが整えているとも言えない髪。まさしく面妖としか言いようのない男の姿。ぼんやりとしながらも、どこか眼光鋭い目で、じろりと女をねめまわし、観察しているようだ。

女は男に生理的な恐怖を抱いたが、体躯に似合わずしとやかに来客用の椅子に腰掛けた。



松明はいつも(4)

齢50前後の、そこにいるだけでオヤジ臭が香ってきそうなおっさんは、タバコに火をつけると遠い目をして、

「おいらもなぁ。今からちょうど25年前かぁ。25年前にあんなことがなけりゃあなぁ。今頃なぁ。大統領だぜぇ。はぁあ」

深いため息が灯りのついていない部屋に吸い込まれ、消えた。腐ったチーズのように臭い。なぜ灯りがついていないかというと、巨大な物体が現れた折に電線が切断された模様だからである。

「はあ、あの、それで、あなたは」

僕の素朴な疑問は、

「はぁあ。ちくしょうばかやろう」

おっさんの哀愁陰る独り言にかき消された。

彼女はどうしておじさんになったか。どうして、は後々の話になるが、どのようにしておじさんになったか。胎児に性差が形成される過程に於いて、胎児のはじめの性は、外見上、皆女性の特徴を持っていることは知られていよう。それはまだ男性が男性たる特徴が未発達なだけであるのだが、おそらく、彼女は潜在的に未発達な……………そして催眠術でいうところの後催眠、すなわち、この天変地異と云える事態、巨大な物体を引き金に……………強烈な、他人にさえ幻覚を、否、否、おそらく、同棲中に男に対し何らかの…………その上、精子を体内に…………ホルモンバランスが云々………また巨大な物体と云うが……カロリー…………地球上の重力に於いて…………物体Xが地表(アスファルトと仮定)に…………





作・マジメ・ダケガ・トリエーロウ

※この作品は連作小説です。この物語を紡ぐ一人になれたことを光栄に思います。

編集部注)規定文字数を大幅に超えていたため、一部割愛させていただきました。

金のなる木に五円玉をつけるバイト(時給五円)

生ける身は悲し、ああ、書物みな読み終わりて。
逃れる、遠くへ逃れる!未知の水泡(みなわ)と
天空との間にあって、鳥どもの陶酔を、私は知る。
……………………
出帆だ!はばしらをゆする汽船よ、
異国の自然へと錨を揚げよ!

マラルメ「海の微風」(訳者失念、失敬)


関係ないけど、少し前、実家に帰ったおり、古いアルバムを見つけた。兄が生まれた頃の思い出アルバム(ちなみに、兄姉とそれぞれに焦点をあてた思い出アルバムがあるけど、末っ子のおれにはおれ特集アルバムが一冊も無い。露骨!世の親に言いたいね。飽きるなよ、と。じゃないとおれみたいにろくでもない人間になっちまうぜ)。見ててびっくりした。ちょうど母が現在の姉と同じくらいの歳なのだけど、母と姉がクリリン!もといクリソツ!そしてクリント~ン!!はぁ…ろくでもねえ…。いや、当たり前っちゃ当たり前なんだけど…間違いの無い間違い探し図みたいにそっくりでさ。びっくりしちゃったなぁもうって話。ちなみに兄おれ共に父とは似てなかった。なんかほんわかしちゃったなぁ(?)。たまにはいいか。それにしても遺伝子怖いわぁ。おれは残さないようにしよう。

続、を量産してやろうとしたけど心折れた!

せしゅう

世襲禁止って笑えるよね。げらげら。だってさー…

おっと、いかんいかん。せいしはよくてもせいじはね。