文学散歩2024③「晩秋の旧軽井沢を歩く~旧軽井沢ゆかりの文学者たち編~」終わる。
きのう、文学散歩2024③「晩秋の旧軽井沢を歩く~旧軽井沢ゆかりの文学者たち編~」が行われました。参加者6名。岡山市や神戸市、東京・杉並区などから参加されていました。歌人・片山廣子の研究者の方もいらっしゃいました。
これにより、今年予定していた軽井沢高原文庫主催のすべてのイベントが終了しました。ご参加くださった皆さまに、心よりお礼申し上げます。
お天気は少し曇っていましたが、寒くはなく、紅葉もまだ見頃には至りませんが、だいぶ色づき始めていて、赤・黄と緑のコントラストがかえって美しく感じられました。
今や軽井沢高原文庫の事業の柱の一つとなっている軽井沢文学散歩は、今年でちょうど30年目を迎えます。長年、従事している身としては、徒歩見学可能圏内で、約1時間半程度のコースを考えるとなると、どうしてもコースがやや固定化してしまいがちです。しかしながら、開催時期によって自然の風光は千変万化しており、参加者との出会いや語らいによって多くの学ぶ事柄もございます。私よりもずっと詳しくなられて、研究発表等をなさっている方もいらっしゃいます。嬉しい限りです。
きのうは、愛宕山下の古い別荘地帯を歩いていて、日本聖公会ゆかりの古い別荘を借りてテキスタイルを制作している染川さん夫妻がちょうどおられましたので、ご主人にお願いして、そのあたりの土地と建物に関して、少しお話をしていただきました。
また、室生犀星別荘(軽井沢町所有)を訪ねると、そこを管理する内藤さんがちょうど庭におられて、十数種におよぶという苔などについて、見事な苔庭を鑑賞しながら、うかがうことができました。200年ほど前に高野山で発見されたという、一見すると草のようなコウヤノマンネングサという珍しい苔も一隅にありました。
皆さまも、来年以降、この軽井沢文学散歩によろしかったらご参加ください。
ここに、きのうの室生犀星別荘の母屋と庭の一部の写真を載せます。 (大藤 記) 
今年最後の展示「軽井沢の文豪たちに逢いに行く<続>」開始。10/26旧軽井沢文学散歩、残席あり。
けさの軽井沢は一段と冷え込み、最低気温2.6℃でした。日中は青空が広がり、14℃まで上がりました。この状態が続けば、紅葉は一気に進むでしょう。今日は平日にもかかわらず塩沢湖周辺は人で賑わっていました。
さて、お知らせが遅れましたが、軽井沢高原文庫は3日前から今年最後の展示「軽井沢の文豪たちに逢いに行く<続>」が始まっています。11月30日まで。展示会場の動線のほぼ中間地点にあたる立体コーナーは堀辰雄「風立ちぬ」コーナーにしました。
私は一昨日、昨日と立原道造展の資料返却に出かけていました。昨日は東京都内と川崎市を訪れ、軽井沢に戻ったのは深夜でしたが、貴重な資料の返却を終えて、ほっとしました。
今日は、(公財)東京子ども図書館の吉田啓子さんが、旧朝吹山荘「睡鳩荘」で開かれている企画展「石井桃子とクマのプーさんの世界」を見学にいらっしゃいました。石井桃子さんの資料に関しては、今回、吉田さんにご相談して、自筆資料などの選定をさせていただきました。
さて、今週末10/26(土)13時~、軽井沢高原文庫の今年最後のイベントとなる文学散歩2024③「晩秋の旧軽井沢を歩く~旧軽井沢ゆかりの文学者たち編」を行います。この催しはまだご予約をお受けすることができます。メールか、お電話(0267-45-1175)でご連絡下さい。
なお、あす、私は深沢紅子野の花美術館の展示入れ替えがあり、一日、美術館で作業を行っています。さきほど、ごあいさつの文章を書きました。ここに載せるのは、冬の花、「ヤマツバキ」(深沢紅子、1992年、水彩)です。別名、ヤブツバキ。 (大藤 記)
立原道造展終了。今日から3日間、展示入れ替えのため休館とさせていただきます。
昨日をもって、今年7月13日から約3か月間、開催してきた「生誕110年 立原道造展 夭折の生涯を辿って」が終了しました。今日から3日間、展示入れ替えのため、軽井沢高原文庫は休館とさせていただきます。どうぞご了承ください。
昨日は、最終日ということもあり、大勢のお客様で賑わっていました。午前中、映画監督・俳優の塚本晋也さん、町田市民文学館学芸員の神林由貴子さんらが来館されました。午後は、立原道造記念会の宮本則子会長や京都・河村能舞台の河村寧子さんら、今回の展示でお世話になった方々らも来館されました。
2日前は詩人のカニエ・ナハさん、3日前は四季派学会代表理事で法政大学教授の岡村民夫さん、4日前は作家・阿部知二のご子息で美術評論家の阿部信雄さんらがいらっしゃいました。
ここで、あらためて、立原道造展の会期中、ご来館いただいたすべての皆さまに、心よりお礼申し上げます。また、立原道造展開催にあたり、資料のご提供、イベントの講師、雑誌「高原文庫」第39号へのご執筆など、様々な形でご協力賜りました皆さまに、厚くお礼申し上げます。
きょうは、朝から展覧会場の撤去作業を行っております。草稿、詩集、建築スケッチ、建築論文、建築設計図、書簡、遺品など、約200点余を1点1点、状態なども確認しながら、借用先ごとに函や封筒、中性紙箱などに戻すのに相当の時間がかかっています。しかし、今晩中には当館所蔵資料を除き、借用資料の梱包作業は終えたいと思います。
そして、あす午前中は当館所蔵資料を戻す作業、および館内清掃を行い、午後から10月18日(金)からスタートする「文豪たちに逢いに行く<続>」の飾りつけ作業を行う予定です。
立原道造展の終了まで、残り5日となりました。
現在、軽井沢高原文庫で開催中の夏季特別展「生誕110年 立原道造展 夭折の生涯を辿って」の終了まで、残り5日となりました。10/14まで。立原道造に関心のある方は、どうぞよろしかったら、この機会にお出かけください。
おかげさまで、立原道造を愛する方々が全国各地からお越しになっています。以下、立原道造展に関することを、私の知る範囲で、思い出しながら記します。
4日前は、現代美術のギャラリーで、建築関連の本も刊行している東京・文京区の「ときの忘れもの」の綿貫不二夫さん夫妻や尾立副社長らが来館されました。同日、2年前に軽井沢にオープンした軽井沢安東美術館の設計者、武富恭美さんが東京の事務所スタッフの方々といらっしゃいました。
3日前は、山口市の中原中也記念館学芸員の菅原真由美さんがお見えになりました。
一昨日は、詩人の久保木宗一さんがいらっしゃいました。
昨日は、東京・目黒区の日本近代文学館の方がお見えになりました。
今日は、立原道造の美しい本『星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう』『四季』を近年、編集・刊行された東京・文京区の本郷書森の社主・矢野寛治さん夫妻が来館されました。
明日は、軽井沢中学校1年生の生徒さん7人ほどが、私への取材で来られます。
なお、記すのを忘れていましたが、4日前、辻邦生山荘見学会2024③が無事に終了しました。参加者16名(満席)。滋賀県長浜市や神戸市、横浜市など各地から辻邦生文学を愛する方が参加なさっていました。松本市の旧制高等学校記念館学芸員の方も参加されていました。辻氏がパリに借りていた仕事場跡に取り付けられた記念プレートを2度、見に行ったという男性もいました。
さて、これから軽井沢高原はいよいよ紅葉シーズンを迎えます。ここに掲げるのは私どものスタッフが10年くらい前に撮影した晩秋の雲場池です。 (大藤 記)
立原道造展終了まで残り10日余りとなりました。
現在、軽井沢高原文庫で開催中の夏季特別展「生誕110年 立原道造展 夭折の生涯を辿って」の終了まで残り10日余りとなりました。立原道造に関心のある方は、どうぞこの機会にお出かけください。
今回の展示は、過去に当館で1989年、2014年、2020年に開催した立原道造展と比べても、遜色ないどころか、たとえば手づくり詩集、パステル画、建築設計図、知友との書簡のやり取りなど、どの側面においても、最も充実した資料内容となっています。
ここで、最近1週間の出来事を、時系列に沿って記しておきます。
9月28日は旧朝吹山荘「睡鳩荘」で「石井桃子とクマのプーさんの世界」がスタートしました。同日、私は慶應義塾大学三田キャンパスで開かれた生誕百一年「2024周作忌」に参加してきました。昨夏、「生誕100年記念 遠藤周作展」を開催させていただきましたので、長崎市遠藤周作文学館や町田市民文学館の方々、周作クラブの皆さん、「高原文庫」第38号に執筆いただいた加藤宗哉さんや今井真理さんらに、改めてお礼を申し上げてきました。慶応義塾史展示館も慶応義塾大学図書館旧館(重要文化財)でのぞいて触発されるものがあり、今、『福翁自伝』を鞄に入れています。
9月29日は北杜夫夫人の齊藤喜美子さんが立原道造展を見学にいらっしゃいました。
9月30日は「石井桃子とクマのプーさんの世界」の開催にあたり、コレクション資料を提供して下さった筑波大学教員の大庭一郎さんが奥様とお見えになりました。
10月1日は堀辰雄1412番山荘で「幸せを運ぶ世界の蝶と蝶ことば」がスタートしました。この約15年来、昆虫と「ことば」を組み合わせた博物学的展示でお世話になってきた新部公亮さんが蝶の標本箱を日光市から運んで下さり、青木村信州昆虫資料館の松沢館長と私が飾りつけのお手伝いをしました。新部さんはその後、信州大学へ移動しました。
10月2日は私は深沢紅子野の花美術館に入っていましたが、会員の原洋一さんが埼玉県から来られて、私が7月21日に堀辰雄文学記念館で講演した際、会場からの質問にうまく答えられなかった点に関して、原さんなりに整理なさったペーパー5枚を届けてくださいました。それを拝見しながら原さんと雑談すると共に、私なりの意見も申し上げました。
10月3日は私はペイネ美術館に入っていましたが、画家の深沢紅子先生がもっとも多く絵のモデルに描いた西宮市出身の故番浦裕子さん(旧姓土井)と親友だったという神戸市出身の女性がお友達と来られて、しばらくお話をさせていただきました。私は裕子さんの西宮のご実家にご母堂土井昌子さんを訪ねたことがあります。
さて、あす10月5日は辻邦生山荘見学会2024③があります。神戸市や愛知県など全国各地から参加されます。このイベントは満員となっております。
長々と失礼しました。
ここに載せる写真は、昔の撮影ですが、場所は軽井沢高原文庫前庭の立原道造詩碑周辺です。左奥に碑の一部がわずかに見えます。こんなに色づくのは1か月くらい先でしょうか。 (大藤 記)
本日から堀辰雄1412番山荘で「幸せを運ぶ世界の蝶と蝶ことば」がスタートしました。
本日から軽井沢高原文庫に移築されている堀辰雄1412番山荘で「幸せを運ぶ世界の蝶と蝶ことば」がスタートしました。11月30日(土)まで。蝶と蝶ことばを組み合わせた誠にユニークな展示です。蝶の標本箱22箱を含む約80点を展示しています。
きょう午前、企画者であり標本箱などを制作された新部公亮さんが日光市から資料を車で運んでこられました。信州昆虫資料館の松沢館長さんと共に私も飾りつけのお手伝いをしました。
堀辰雄山荘を訪れた来館者は、標本箱の蓋を自身の手で持ち上げて、世界中から集められた蝶(主に南米)の美しさに見入っていました。
なお、今回、約300年前のオランダの女流画家メーリアンの『スリナム産昆虫変態図譜』の図版展も同時開催しています。メーリアンの関連文献も、ミュンヘンのプレステル社やフランクフルト・アム・マイン歴史博物館、ロスアンゼルスのポール・ゲティ美術館など世界各地で刊行されたものを展示しています。
この展示の料金は軽井沢高原文庫入館料に含まれています。10月14日まで開かれている夏季特別展「生誕110年 立原道造展 夭折の生涯を辿って」、10月18日から11月30日まで開催の「軽井沢の文豪たちに逢いに行く<続>」のご見学と合わせて、どうぞお楽しみください。
ここに、飾りつけが終わった後の会場風景を数点、載せておきます。書物のキャプションは今晩、これから作成します。なお、この展示は写真撮影OKです。 (大藤 記)
本日から旧朝吹山荘「睡鳩荘」で「石井桃子とクマのプーさんの世界」がスタートしました。
本日9月28日から軽井沢タリアセン内の旧朝吹山荘「睡鳩荘」で「石井桃子とクマのプーさんの世界」がスタートしました。11月4日まで。会期中無休。入場料は大人200円、小中学生無料(軽井沢タリアセン入園料大人900円が別途かかります)。
今回、大庭一郎氏(筑波大学 図書館情報メディア系)から国内で刊行された『クマのプーさん』全点(40点。すべて石井桃子氏訳)揃いなどをお借りすることができ、それに加えて石井桃子氏(1907-2008)の著作権継承者である(公財)東京子ども図書館から石井氏の自筆資料や愛用品、写真などお借りしました。
石井氏が1968年に軽井沢町追分に山荘を建てて以降、40年ほどにわたり、毎年夏を過ごし執筆活動を行っていたゆかりの地で行う初の展覧会です。資料点数約80点。追分山荘での写真なども飾りました。
英国の児童文学作品『クマのプーさん』(ミルン作)は、世界で最も有名なクマのぬいぐるみの物語です。『クマのプーさん』は、たくさんの子どもの本を世に送り出した石井桃子氏の翻訳デビュー作(1940)にして代表作です。
昨晩、睡鳩荘において、展覧会の飾りつけをようやく終えました。
今回の展示により、親から孫の3世代にわたり読み継がれてきた、日本で絶大な人気を誇る『クマのプーさん』の魅力の一端をご紹介いたします。また戦後80年を来年に控えて、戦中から戦後にかけて様々な形で刊行されてきた『クマのプーさん』の書物の変遷も辿ります。実に壮観です。
ここに、最初の邦訳となったミルン作・石井桃子訳『熊のプーさん』(1940年12月、岩波書店)、有名なE.H.シェパードの挿絵の『The World of Pooh』(1958年)、今回の展示チラシの3画像を載せておきます。
皆さま、よろしかったらお出かけください。 (大藤 記)
10/1~「幸せを運ぶ世界の蝶と蝶ことば」を堀辰雄1412番山荘で開催します。
軽井沢高原文庫では、10月1日(火)~11月30日(土)までの期間、敷地内に移築されている堀辰雄1412番山荘において、「幸せを運ぶ世界の蝶と蝶ことば」を開催いたします。蝶と蝶ことばを組み合わせた誠にユニークな展示です。
これまでも主に堀辰雄山荘での展示でお世話になってきた新部公亮さん(日光市在住)による独自企画です。しかし、その新部さんも今回は、『幸せを運ぶ世界の蝶と蝶ことば』(西山保典、中江信、小林禎彦共著)という同名の心温まる素敵な本にヒントを得たようです。
今回、展示する標本箱は22箱。また同時展示として『スリナム産昆虫変態図譜』の図版展も開催します。料金は軽井沢高原文庫入館料に含まれています。
夏季特別展「生誕110年 立原道造展 夭折の生涯を辿って」(10月14日まで)を見学した後に、ちょっと覗いてみてください。どの箱からも、宝石のような輝きが放たれています。ここにその一部をご紹介します。 (大藤 記)
9/28~旧朝吹山荘「睡鳩荘」で「石井桃子とクマのプーさんの世界」を開催します。
来週末の9月28日(土)から旧朝吹山荘「睡鳩荘」において「石井桃子とクマのプーさんの世界」を開催します。
英国の児童文学作品『クマのプーさん』(ミルン作)は、世界で最も有名なクマのぬいぐるみの物語です。『クマのプーさん』は、たくさんの子どもの本を世に送り出した石井桃子氏の翻訳デビュー作(1940)にして代表作です。
軽井沢ゆかりの文学者の石井桃子氏(1907-2008)は、1968年に軽井沢町追分に山荘を建て、以後晩年まで約40年にわたり、毎年夏を過ごしていました。今回、国内で石井桃子氏が翻訳刊行した『クマのプーさん』全点(40点)揃いのほか、石井桃子自筆資料等を展示することで、親から孫の3世代にわたり読み継がれてきた、日本で絶大な人気を誇る『クマのプーさん』の魅力の一端をご紹介します。また戦後80年を来年に控えて、戦中から戦後にかけて様々な形で刊行されてきた『クマのプーさん』の書物の変遷も辿ります。
今回、石井桃子氏が増刷の際に多くの修正の手を加えた『プー横丁にたった家』訂正本や、ミルン自伝翻訳のためのノート類、辞書などを、(公財)東京子ども図書館のかつら文庫(石井氏が60年余り、仕事場として過ごされたご自宅)からお借りしました。また国内で刊行された『クマのプーさん』全点(40点)揃いなどを、大庭一郎氏(筑波大学 図書館情報メディア系)からお借りしました。そうした資料を計70~80点、展示いたします。
入場料は大人200円、小中学生無料(軽井沢タリアセン入園料別途)。展覧会は11月4日まで。会期中無休。
なお、旧朝吹山荘「睡鳩荘」について一言。2008(平成20)年に軽井沢タリアセンに移築されたこの建物は、実業家朝吹常吉(三越社長等歴任)が1931(昭和6)年に旧軽井沢・愛宕山に建てた朝吹家別荘です。睡鳩荘は居心地の良さを追求したウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の軽井沢別荘建築の白眉ともいえる作品です。スタジオジブリ作品の映画「思い出のマーニー」のモデルとも言われています。
皆さま、どうぞよろしかったらお出かけください。 (大藤 記)
最近の出来事から
このブログも、少し時間が経ってしまいました。皆さま、お変わりございませんでしょうか。
軽井沢高原文庫は、夏季特別展「生誕110年 立原道造展 夭折の生涯を辿って」を開催中です(~10/14日)。詩人・建築家立原道造に関心のある方々が全国各地から足を運んでいらっしゃいます。
そうした中には、類似の文学館や美術館の方もお見えになっています。8月25日の建築家・青木淳さんの講演の際は、青木さんご自身が京都市京セラ美術館館長ですが、パナソニック汐留美術館や高崎市美術館、サントミューゼ上田市立美術館、ルヴァン美術館の方が参加されていました。
最近ですと、9月11日には、東京都北区田端文士村記念館の方が芥川龍之介資料の複製製作のための資料撮影に訪れ、業者の方々と丸一日かけて、有島武郎別荘2階の一室で撮影していかれました。9月12日には、学習院大学史料館関係者が4人、辻邦生山荘のやはり撮影の為、ほぼ一日かけて、来年の辻邦生氏生誕100年に向けての準備作業の一環として、現地で山荘内外を撮影されました。この山荘撮影データは当館にもご提供いただけることになっています。
なお、私は9月14日、北区田端文士村記念館で講演「室生犀星・芥川龍之介・堀辰雄の交友と文学~軽井沢を中心に~」を頼まれていて、行ってきました。テーマが3人であっただけに、事前の準備で3文豪の全集に目を通すのに時間がかかりましたが、ちょうど良い機会と思って、愉しむことができました。他館のイベントの際の会場設営の様子や、スタッフの方の役割分担なども舞台裏からうかがえて、学ぶところがありました。
なお、一昨日9月16日、詩人の岸田衿子さんのご子息、岸田未知さんが北軽井沢から私を訪ねてくださいました。祖父は岸田國士。未知さんは立原道造展を見て、いいですね、とおっしゃっていました。
きょうは、これから東京子ども図書館へ資料借用に行ってきます。9月28日から旧朝吹山荘「睡鳩荘」で始まる「石井桃子とクマのプーさんの世界」のための準備です。私が担当しています。この催しについては、あらためてご紹介させていただきます。ここに掲げる写真は、昨年10月に私が撮影した旧朝吹山荘「睡鳩荘」です。 (大藤 記)















