第2回藻琴山/屈斜路湖トレイルラン&ウォーク
10月16日(日)に開催です。
申し込んじゃいました!!
たけちゃん、一緒に連れてってくださいね~
はじめてのトレイルラン。5年前くらいだったでしょうか、夜の山道を70キロ走る「ハセツネ」に興味を抱き、こんな過酷なレースもあるんだと思っていたら、トレイルランが弟子屈で開催と昨年聞きました。
が、私は故障中でしたので、何事にも自重していました。このたび晴れて足の方も普通になったようなので、数年来の願望を満たそうと思っています。
さすがにニセコトレイルは私にはちょっと本格的なので、まずはこのレースで勉強させていただきます。トレイルランにはまったたけちゃんやしなそばさんはじめみなさんとともに初秋の道東の自然を満喫したいと思っています。
レースはロングが25キロ、ショートとウォークが13キロです。
途中アトサ川の渡渉で膝くらいまで水につかってわたるところもあるようです。はじめの5キロくらいまでが登りであとは下りともどなたかのブログに書いてました。
俄然楽しみになってきました。
別海パイロットマラソン後の楽しみです・・・。
ちなみに申し込みは9月26日(月)までです。関心のある自然大好きランナーの方は下記のホームページをご一読してみてください。
http://do-walking.net/trailrun/index.html
申し込んじゃいました!!
たけちゃん、一緒に連れてってくださいね~
はじめてのトレイルラン。5年前くらいだったでしょうか、夜の山道を70キロ走る「ハセツネ」に興味を抱き、こんな過酷なレースもあるんだと思っていたら、トレイルランが弟子屈で開催と昨年聞きました。
が、私は故障中でしたので、何事にも自重していました。このたび晴れて足の方も普通になったようなので、数年来の願望を満たそうと思っています。
さすがにニセコトレイルは私にはちょっと本格的なので、まずはこのレースで勉強させていただきます。トレイルランにはまったたけちゃんやしなそばさんはじめみなさんとともに初秋の道東の自然を満喫したいと思っています。
レースはロングが25キロ、ショートとウォークが13キロです。
途中アトサ川の渡渉で膝くらいまで水につかってわたるところもあるようです。はじめの5キロくらいまでが登りであとは下りともどなたかのブログに書いてました。
俄然楽しみになってきました。
別海パイロットマラソン後の楽しみです・・・。
ちなみに申し込みは9月26日(月)までです。関心のある自然大好きランナーの方は下記のホームページをご一読してみてください。
http://do-walking.net/trailrun/index.html
2011北海道マラソン(3)
灼熱の新川直線は永遠に続き、いつになったら折り返し地点に到達するのかも知れない。地図で確認したら折り返し地点は、国道337号線のところで、まさに日本海まであと1キロくらいのところまで走ります。もうちょっと行ったら銭函です。そりゃ遠いはずです。
果てしないと思っていた折り返しも果てはあって、大きな円錐状のものがそそり立っていました。去年20キロでリタイヤした思い出を脳裏に浮かべながら走って、ようやく折り返しました。ここが25.728キロ地点です。ここからまた新川直線の帰り道。でもあとは帰るのみ。半分は過ぎました。
ここからも多くの私設エイドがあります。バナナがいっぱいあった中でスイカを出してくれている方がいました。このスイカ。人生50年以上ですが、最高においしかったスイカでした。灼熱の新川直線を走ってきて、あの瑞々しいスイカ。本当に最高でした。本当にごちそうさまでした。
新川通の帰路の半分くらいのところが30キロ地点です。水を浴びながら、びしょびしょになりながら、ここまでやってきました。なんとなく、ここまでやってきました。走るペースも変わらないで走り続けます。そうしているうちに周りが落ちてきます。どんどん抜けて行けます。
走行しているうちに灼熱の新川通を抜け、35キロ地点です。JR学園都市線の下をくぐっていきます。この下は瞬間ですが、涼しい暗がりです。瞬間ですが、本当に気持ちいがよかったです。その直後だったと思います。ねっとらんのカナパパさんに会いました。カナパパさんともレースでお会いするのは菱ぶりです。カナパパさんからも「無理しないでね~」と言われましたが、そのままのペースでお先に失礼しました。
その後、もう少しで北大構内に入る手前の沿道にトライアスロンで活躍している方がいました。その方に声をかけたら、なんとそのとなりにトン子さんがいるではありませんか。ちょっと調子が悪いことはブログで見ていましたが、今回は応援に回ったんですね、と思っていました。その後トン子さんからもらったコメントで、その場所は数年前(平成19年?)にトン子さんとそこまで一緒に走って、そこからはトン子さんにおいていかれた思い出の場所でした。今回は色々な偶然がやってきます。ここでトン子さんと会って、またまたエネルギーをもらってスピードを落とさずに頑張れました。
そしてとうとう北大です。鬱蒼とした緑の杜を走っていきます。ちょっと後ろにはアンパンマンのかぶり物をしているランナーがいて、みんなの注目です。大盛り上がりでした。北大を抜けるちょっと手前のカーブのところでいっぱいの声援をいただいて北大を抜けて行きます。
北大構内で40キロ地点をクリアです。最後の北大の構内を出た直線で道庁の前を抜けて最後の41.6キロの打ち切りポイントをクリアして、最後の角を曲がってラストスパート。全精力を使って思い切り走り抜けました。
ゴール!!
4時間27分19秒。
長かったここまでの道のり。故障してから2年以上かかりました。ここでみんなに復活宣言を言えると思いました。足底筋はまだ手入れをしなければ、またまた痛くなりますが、じっくり手入れをしながらつきあっていけば、レースには出られるようになりました。本当にみなさんありがとうございました。どうにかここまで戻れました。これからは自分のペースで身体と相談しながら走ることを楽しみたいと思っています。
ゴールしたとたん気持ちが切れたのか。フラフラになってよたよた歩いてたら、大会の係の人に救護所に入りますかと尋ねられました。相当よたついていたことと思います。それを何とか行けますと断って、念願のメダルを首にさげてもらい、ボーイスカウトの少年に「ありがとう!!」とお礼を言って、ヨタヨタと荷物を取りにゆっくり歩いて行きました。
もらったおにぎりを食べて着替えをして、大通公園のベンチにしばし休んで、釧路のみんなに知らせようと簡単にブログアップしたら、一番はじめにみたのが道マラに参加していたたけちゃん。たけちゃんから電話が来て食事に行きませんかとのお誘いだったが、帰らなければならないと丁重にお断りしました。それんしてもはじめにブログを見たのがたけちゃんだったのにはびっくりしました。
そして、あめ玉さんに揉んでもらう予約を入れて大通公園の駐車場から千歳に向かおうとしたら、カッチさんから電話です。完走を讃えていただき、カッチさんは何時ゴールしたのと聞いたら、リタイヤしたとのこと、カッチさんも完走できない難しいレース。それが道マラなんですね。恐るべし道マラ!!
そしてカッチさんにご苦労さまでしたと言って電話を切って、いったん千歳に向かって自転車を回収し、回収後、釧路に向かいました。
千歳インターから夕張へ。外にマイマイガでいっぱいのコンビニで夕食をとり、釧路へ走ります。峠の霧、そして、最大の敵は「眠気」。ほぼ1時間ごとに休んで少し寝ては走るというようにゆっくり走って、自宅には午前2時15分に到着。お風呂に入って3時に就寝。5時半に起床し、7時過ぎに出勤。死ぬほど(ちょっと大げさ)つらかった1日でした。
そして長かった道マラも終了です。ここからまたランナー生活が始められそうです。本当にみなさんありがとうございました。これからもよろしくお願いします!!
2011北海道マラソン完走記完結。
果てしないと思っていた折り返しも果てはあって、大きな円錐状のものがそそり立っていました。去年20キロでリタイヤした思い出を脳裏に浮かべながら走って、ようやく折り返しました。ここが25.728キロ地点です。ここからまた新川直線の帰り道。でもあとは帰るのみ。半分は過ぎました。
ここからも多くの私設エイドがあります。バナナがいっぱいあった中でスイカを出してくれている方がいました。このスイカ。人生50年以上ですが、最高においしかったスイカでした。灼熱の新川直線を走ってきて、あの瑞々しいスイカ。本当に最高でした。本当にごちそうさまでした。
新川通の帰路の半分くらいのところが30キロ地点です。水を浴びながら、びしょびしょになりながら、ここまでやってきました。なんとなく、ここまでやってきました。走るペースも変わらないで走り続けます。そうしているうちに周りが落ちてきます。どんどん抜けて行けます。
走行しているうちに灼熱の新川通を抜け、35キロ地点です。JR学園都市線の下をくぐっていきます。この下は瞬間ですが、涼しい暗がりです。瞬間ですが、本当に気持ちいがよかったです。その直後だったと思います。ねっとらんのカナパパさんに会いました。カナパパさんともレースでお会いするのは菱ぶりです。カナパパさんからも「無理しないでね~」と言われましたが、そのままのペースでお先に失礼しました。
その後、もう少しで北大構内に入る手前の沿道にトライアスロンで活躍している方がいました。その方に声をかけたら、なんとそのとなりにトン子さんがいるではありませんか。ちょっと調子が悪いことはブログで見ていましたが、今回は応援に回ったんですね、と思っていました。その後トン子さんからもらったコメントで、その場所は数年前(平成19年?)にトン子さんとそこまで一緒に走って、そこからはトン子さんにおいていかれた思い出の場所でした。今回は色々な偶然がやってきます。ここでトン子さんと会って、またまたエネルギーをもらってスピードを落とさずに頑張れました。
そしてとうとう北大です。鬱蒼とした緑の杜を走っていきます。ちょっと後ろにはアンパンマンのかぶり物をしているランナーがいて、みんなの注目です。大盛り上がりでした。北大を抜けるちょっと手前のカーブのところでいっぱいの声援をいただいて北大を抜けて行きます。
北大構内で40キロ地点をクリアです。最後の北大の構内を出た直線で道庁の前を抜けて最後の41.6キロの打ち切りポイントをクリアして、最後の角を曲がってラストスパート。全精力を使って思い切り走り抜けました。
ゴール!!
4時間27分19秒。
長かったここまでの道のり。故障してから2年以上かかりました。ここでみんなに復活宣言を言えると思いました。足底筋はまだ手入れをしなければ、またまた痛くなりますが、じっくり手入れをしながらつきあっていけば、レースには出られるようになりました。本当にみなさんありがとうございました。どうにかここまで戻れました。これからは自分のペースで身体と相談しながら走ることを楽しみたいと思っています。
ゴールしたとたん気持ちが切れたのか。フラフラになってよたよた歩いてたら、大会の係の人に救護所に入りますかと尋ねられました。相当よたついていたことと思います。それを何とか行けますと断って、念願のメダルを首にさげてもらい、ボーイスカウトの少年に「ありがとう!!」とお礼を言って、ヨタヨタと荷物を取りにゆっくり歩いて行きました。
もらったおにぎりを食べて着替えをして、大通公園のベンチにしばし休んで、釧路のみんなに知らせようと簡単にブログアップしたら、一番はじめにみたのが道マラに参加していたたけちゃん。たけちゃんから電話が来て食事に行きませんかとのお誘いだったが、帰らなければならないと丁重にお断りしました。それんしてもはじめにブログを見たのがたけちゃんだったのにはびっくりしました。
そして、あめ玉さんに揉んでもらう予約を入れて大通公園の駐車場から千歳に向かおうとしたら、カッチさんから電話です。完走を讃えていただき、カッチさんは何時ゴールしたのと聞いたら、リタイヤしたとのこと、カッチさんも完走できない難しいレース。それが道マラなんですね。恐るべし道マラ!!
そしてカッチさんにご苦労さまでしたと言って電話を切って、いったん千歳に向かって自転車を回収し、回収後、釧路に向かいました。
千歳インターから夕張へ。外にマイマイガでいっぱいのコンビニで夕食をとり、釧路へ走ります。峠の霧、そして、最大の敵は「眠気」。ほぼ1時間ごとに休んで少し寝ては走るというようにゆっくり走って、自宅には午前2時15分に到着。お風呂に入って3時に就寝。5時半に起床し、7時過ぎに出勤。死ぬほど(ちょっと大げさ)つらかった1日でした。
そして長かった道マラも終了です。ここからまたランナー生活が始められそうです。本当にみなさんありがとうございました。これからもよろしくお願いします!!
2011北海道マラソン完走記完結。
2011北海道マラソン完走記(2)
完走記1号から大分たってしまいました。すみませんでした。またまた、思いだしながら徒然に書いていこうと思います。
創成トンネルをいい調子でくぐりぬけました。昨年の湿度70%の世界と比べればすっごく快適でした。くぐりぬけた後には母親と妹が応援に来ているはず、幌平橋の応援もあと移動して間に合えばだけど・・・。
左端を走って、二人を探したけれどなかなか見つからない。間に合わなかったかと思ったときにようやく発見。二人の声援を受け、キロ6分程度(いまだにラップは不明)で走り続けた。
国道5号線を北上していきます。次の二人の応援ポイントが地下鉄24条駅です。そこまで知り合いに一切会いませんでしたが、とうとう会えました、naviさん。本当に久しぶりです。スタート地点の中島公園では会えなかったので、会えるとは思いませんでしたが、ふと横を見るとnaviさん。「naviさん」と声をかけました。すると「おっ、カナダさん」でした。
naviさんも完走が目標。年齢に合った無理のない走りをするとのこと。私も同様なので、しばし2人で同伴。今回の完走メダルを持って帰るんだとのこと。なんかnaviさんと話をすると、その自然体の姿勢にほっとします。おそらく神様が私に無理をせずじっくり走って行きなさいとnaviさんの声を通じて言いにやってきたとしか思えません。約1万人の走者の中にあって私とnaviさんが会える確率なんて極めて小さいと思うんです。だから、こんなことも考えてしまいます。
そうですね。神様の言うとおり無理せずじっくり走りましょう。naviさん(神様)ありがとう。ちょっと快調だともしかしたら無理をしそうだったときにnaviさんを遣わしてくれて・・・。
そんなことを思いながら地下鉄24条駅のところ。母と妹がいるはずの場所だけど見つかりません。後で聞いたら残念ながら間に合わなかったようでした。炎天下であっちへこっちへと引きずりまわしてすみませんでした。心の中で謝りながら走り続けます。
僕らランナーはこんな風にして応援してくれる人たちからエネルギーをもらって走ります。
国道5号線から北24条通に入ると13.5キロの打ち切りポイント。更に15キロ地点を通過していきます。暑さは頂点に達しつつあります。水を飲みすぎたのか胃がムカムカします。これ以上あんまり水は飲まないようにしようと決意しました。コップを2つずつもらって、水を一口飲んで残りともう一杯は頭からかぶりました。スポンジも首にあてて冷やしました。氷をキャップに何度も入れました。途中、薬缶の氷水もかぶりました。沿道からホース水をかけてくれる中も走り抜けました。体中水びたしです。
そして、とうとうひたすら走り続ける修行のような直線通りにでてきます。そう、新川通です。その果てしなく続く直線通りを見た瞬間、かなりのやる気、走り抜こうとする気が殺がれます。
昨年リタイヤした20キロ地点。前回はスタミナがまったくなく、15キロ地点で座って小休止し、走り抜けていくという気持ちはなく、新川通に出た瞬間、こりゃだめだとリタイヤしました。
でも今回は頑張る気持が切れません。頑張れそうです。ひたすら走ります。時々足元に目をやって折れそうな心を修復しながら走ります。
このあたりから私設エイドが出てきます。感謝でいっぱいになります。何にも関係のないただ選手というだけで水、氷、バナナ、スイカを食べやすい大きさに切ってくれて、「氷ありますよ~」と声援ばかりではなく、給食もしてくれるんです。
僕はそんな応援してくれる皆さんに手を振ったりするだけで精いっぱいでした。声はもう出せません。でも心で感謝していました。わずかに手を振るだけで応援してくれている沿道の皆さんは、私のその一振りに「がんばれ~」と大きな声で背中を押してくれます。外気温は既に30度を超える猛暑の中を名も知れぬランナーのために。
やはり北海道マラソンはやめられません。ありがとうございます。
あのときの光景を思い出すと涙が出そうなんです。年はとりたくないものです。次号に気持ちを整理してから続けます。すみません・・・。
(つづく)
創成トンネルをいい調子でくぐりぬけました。昨年の湿度70%の世界と比べればすっごく快適でした。くぐりぬけた後には母親と妹が応援に来ているはず、幌平橋の応援もあと移動して間に合えばだけど・・・。
左端を走って、二人を探したけれどなかなか見つからない。間に合わなかったかと思ったときにようやく発見。二人の声援を受け、キロ6分程度(いまだにラップは不明)で走り続けた。
国道5号線を北上していきます。次の二人の応援ポイントが地下鉄24条駅です。そこまで知り合いに一切会いませんでしたが、とうとう会えました、naviさん。本当に久しぶりです。スタート地点の中島公園では会えなかったので、会えるとは思いませんでしたが、ふと横を見るとnaviさん。「naviさん」と声をかけました。すると「おっ、カナダさん」でした。
naviさんも完走が目標。年齢に合った無理のない走りをするとのこと。私も同様なので、しばし2人で同伴。今回の完走メダルを持って帰るんだとのこと。なんかnaviさんと話をすると、その自然体の姿勢にほっとします。おそらく神様が私に無理をせずじっくり走って行きなさいとnaviさんの声を通じて言いにやってきたとしか思えません。約1万人の走者の中にあって私とnaviさんが会える確率なんて極めて小さいと思うんです。だから、こんなことも考えてしまいます。
そうですね。神様の言うとおり無理せずじっくり走りましょう。naviさん(神様)ありがとう。ちょっと快調だともしかしたら無理をしそうだったときにnaviさんを遣わしてくれて・・・。
そんなことを思いながら地下鉄24条駅のところ。母と妹がいるはずの場所だけど見つかりません。後で聞いたら残念ながら間に合わなかったようでした。炎天下であっちへこっちへと引きずりまわしてすみませんでした。心の中で謝りながら走り続けます。
僕らランナーはこんな風にして応援してくれる人たちからエネルギーをもらって走ります。
国道5号線から北24条通に入ると13.5キロの打ち切りポイント。更に15キロ地点を通過していきます。暑さは頂点に達しつつあります。水を飲みすぎたのか胃がムカムカします。これ以上あんまり水は飲まないようにしようと決意しました。コップを2つずつもらって、水を一口飲んで残りともう一杯は頭からかぶりました。スポンジも首にあてて冷やしました。氷をキャップに何度も入れました。途中、薬缶の氷水もかぶりました。沿道からホース水をかけてくれる中も走り抜けました。体中水びたしです。
そして、とうとうひたすら走り続ける修行のような直線通りにでてきます。そう、新川通です。その果てしなく続く直線通りを見た瞬間、かなりのやる気、走り抜こうとする気が殺がれます。
昨年リタイヤした20キロ地点。前回はスタミナがまったくなく、15キロ地点で座って小休止し、走り抜けていくという気持ちはなく、新川通に出た瞬間、こりゃだめだとリタイヤしました。
でも今回は頑張る気持が切れません。頑張れそうです。ひたすら走ります。時々足元に目をやって折れそうな心を修復しながら走ります。
このあたりから私設エイドが出てきます。感謝でいっぱいになります。何にも関係のないただ選手というだけで水、氷、バナナ、スイカを食べやすい大きさに切ってくれて、「氷ありますよ~」と声援ばかりではなく、給食もしてくれるんです。
僕はそんな応援してくれる皆さんに手を振ったりするだけで精いっぱいでした。声はもう出せません。でも心で感謝していました。わずかに手を振るだけで応援してくれている沿道の皆さんは、私のその一振りに「がんばれ~」と大きな声で背中を押してくれます。外気温は既に30度を超える猛暑の中を名も知れぬランナーのために。
やはり北海道マラソンはやめられません。ありがとうございます。
あのときの光景を思い出すと涙が出そうなんです。年はとりたくないものです。次号に気持ちを整理してから続けます。すみません・・・。
(つづく)
2011北海道マラソン完走記(1)
冒頭から(1)と連載を宣言して始めます。長くなることが予想されますので、みなさんは飛ばし読みしてくださいね。
今回の北海道マラソンは、先日の高山猛暑30キロ練習会と先週のノサップで感触を得ていたので、何とか行けるかもと思いながらの遠征でした。
でも私が完走したのは、平成20年の今のコースになる前の北海道マラソンで、今のコースは昨年の20キロリタイヤまでの記憶しかなく、心もとないものでした。
さて、出発の朝。今回も前日の土曜日の朝5時半に家を出ました。昼には札幌について受付をしました。そうそう行く途中の清水町のあすなろファーミングでソフトを食べながらの旅です。
受付会場では、あすなろファーミングをブログで紹介していた中標津のおやぢさんに会いました。足の調子がイマイチで大事をとっての走りをするとのことでした。
その後、一度実家に戻り、千歳のトライアスロンショップ「スポーツスウェット」に行って自転車の調整をお願いしてきました。
そして当日、車を大通り公園の地下駐車場に置いて、中島公園に行きました。午前8時には家を出て会場には9時にはついてました。やっぱり早すぎました~
そのうちねっとらん札幌に合流し、しばし歓談してたらじろーさん登場。奥様にメダルを取って来なさいとの指令がでてここ3年ボラをやっていたのを急きょ参戦の運びとなったとのこと。今回メダルをとったら道マラは引退するとのこと。はじめて完走を目指してじろーさん主催の道マラコース試走会に行った平成19年のがんばったときのことを思い出して、なんかさびしくなりました。
その後、釧路マラソンクラブのみなさんと合流。ゴローさん、こーじさん、コニッチさん、鬼さん、山中さん、カッチさん、ハッチャンさん、かつどんさん、ごろーさんの友人、島くんもきました。たけちゃんとしなそばさんとみじちゃんは私が最後のトイレで待っているときに偶然会えました。私を含めて14人。鬼さんは、腰にあやしげな薬(塩ですが)をカットバンでふっつけていました。鬼さんが怪しげな粉状のものを隠している行為自体冗談になりません。こーじさんは腰は相変わらず調子悪いようで、公衆の面前でお尻を出してテーピングをしていました。三越の前ならつかまっていることでしょう。
そのうち整列の時間になりました。私はみなさんと違ってG列。A,B,C,D,E、Fの次のGで、その後ろにはHしかありません。およそ1万人の選手のほぼケッツです。スタートラインは果てしなくはるか彼方です。もうタイムを狙うとかの位置ではありません。まあ、完走を目指しているので関係はありませんが。
ほぼ最前線のレース気分満々のみなさんと違ってほのぼのとしています。
このとき既に私のガーミン君は前日に充電したにもかかわらず、充電してくださいの指令を発し続けるのです。ここでガーミン君は退場。私の頼みはお出かけ用のタイメックスの時計のみ。まったく使えないガーミン君でして、ペースはわからないままで走ることとなりました。
そうしてとうとうスタートの号砲。まったく聞こえません。いや、正確に言うと、かすかには聞こえたかもしれません。という遠さです。でも周りは歩き始めるわけでもなく、微動だにしません。レースは後半の選手には関係ないように時間は動き続けます。
結果、スタートラインを踏んだのは4分後でした。その時の気温28度。湿度45%、無風でした。無風はいらない情報だなあと周りでみんながぼやくほど、暑さを感じさせる状態でした。でも昨年の湿度70%に比べれば快適だなと思うこととしました。
レースは中島公園の沿道を過ぎ、幌平橋を渡り、中の島通を南下していきまし。まったくペースは体感でこのくらいがキロ6分くらいかなあという感じで走りました。走るまえにゆっくりキロ6分で行ける所まで行こうとカッチさんからアドバイスをもらっていましたので。でもガーミン君はいません・・・。
中の島通からブーメランのように北上し、平岸通を走ります。太鼓や吹奏楽などの応援もありました。私は体感のペースのみで走り続けます。なんとも頼りないものでしたが、5キロ地点で30分くらいで通過し、なんとなくカナダ式体感ペースはかなりの精度を有することが証明されました。すばらしい!!
でも北海学園大学の前を通過し、南7条橋を渡って市街地へ進入します。周りは札幌駅界隈の高層ビル群です。そのとき、偶然にもガーミンを持った女性が私と並びました。すかさず、彼女に「今、キロ何分か教えてくれますか?」と丁寧に聞いたら、衛星をキャッチできなかったとのこと。ここにも使えないガーミン君がいました。なんとも・・・。
私はやむを得ずカナダ式体感ペースで行くしかなく、いつも使ってないタイメックスの時計のラップの押し方も不十分なのか1キロごとのキロ表示で押したつもりが押していなくて、結局キロ何分か不明のまま、まさに体感のみの非科学的走法という何とも覚束なく、先のタイムスケジュールの立てられないレース展開が繰り広げられるのでした。
でも、創成トンネルは去年と違っていくらかは快適にいくことができました。そうそう、このとき鬼さんが言っていた創成トンネルの出口の登り坂を苦しげに走ればペースが速いということを思い出して、出口の坂を上って行きました。快調でした。ここで初めてこのペースで頑張ろうとひたすら同じペースで走り続けました。
(次回につづく)
今回の北海道マラソンは、先日の高山猛暑30キロ練習会と先週のノサップで感触を得ていたので、何とか行けるかもと思いながらの遠征でした。
でも私が完走したのは、平成20年の今のコースになる前の北海道マラソンで、今のコースは昨年の20キロリタイヤまでの記憶しかなく、心もとないものでした。
さて、出発の朝。今回も前日の土曜日の朝5時半に家を出ました。昼には札幌について受付をしました。そうそう行く途中の清水町のあすなろファーミングでソフトを食べながらの旅です。
受付会場では、あすなろファーミングをブログで紹介していた中標津のおやぢさんに会いました。足の調子がイマイチで大事をとっての走りをするとのことでした。
その後、一度実家に戻り、千歳のトライアスロンショップ「スポーツスウェット」に行って自転車の調整をお願いしてきました。
そして当日、車を大通り公園の地下駐車場に置いて、中島公園に行きました。午前8時には家を出て会場には9時にはついてました。やっぱり早すぎました~
そのうちねっとらん札幌に合流し、しばし歓談してたらじろーさん登場。奥様にメダルを取って来なさいとの指令がでてここ3年ボラをやっていたのを急きょ参戦の運びとなったとのこと。今回メダルをとったら道マラは引退するとのこと。はじめて完走を目指してじろーさん主催の道マラコース試走会に行った平成19年のがんばったときのことを思い出して、なんかさびしくなりました。
その後、釧路マラソンクラブのみなさんと合流。ゴローさん、こーじさん、コニッチさん、鬼さん、山中さん、カッチさん、ハッチャンさん、かつどんさん、ごろーさんの友人、島くんもきました。たけちゃんとしなそばさんとみじちゃんは私が最後のトイレで待っているときに偶然会えました。私を含めて14人。鬼さんは、腰にあやしげな薬(塩ですが)をカットバンでふっつけていました。鬼さんが怪しげな粉状のものを隠している行為自体冗談になりません。こーじさんは腰は相変わらず調子悪いようで、公衆の面前でお尻を出してテーピングをしていました。三越の前ならつかまっていることでしょう。
そのうち整列の時間になりました。私はみなさんと違ってG列。A,B,C,D,E、Fの次のGで、その後ろにはHしかありません。およそ1万人の選手のほぼケッツです。スタートラインは果てしなくはるか彼方です。もうタイムを狙うとかの位置ではありません。まあ、完走を目指しているので関係はありませんが。
ほぼ最前線のレース気分満々のみなさんと違ってほのぼのとしています。
このとき既に私のガーミン君は前日に充電したにもかかわらず、充電してくださいの指令を発し続けるのです。ここでガーミン君は退場。私の頼みはお出かけ用のタイメックスの時計のみ。まったく使えないガーミン君でして、ペースはわからないままで走ることとなりました。
そうしてとうとうスタートの号砲。まったく聞こえません。いや、正確に言うと、かすかには聞こえたかもしれません。という遠さです。でも周りは歩き始めるわけでもなく、微動だにしません。レースは後半の選手には関係ないように時間は動き続けます。
結果、スタートラインを踏んだのは4分後でした。その時の気温28度。湿度45%、無風でした。無風はいらない情報だなあと周りでみんながぼやくほど、暑さを感じさせる状態でした。でも昨年の湿度70%に比べれば快適だなと思うこととしました。
レースは中島公園の沿道を過ぎ、幌平橋を渡り、中の島通を南下していきまし。まったくペースは体感でこのくらいがキロ6分くらいかなあという感じで走りました。走るまえにゆっくりキロ6分で行ける所まで行こうとカッチさんからアドバイスをもらっていましたので。でもガーミン君はいません・・・。
中の島通からブーメランのように北上し、平岸通を走ります。太鼓や吹奏楽などの応援もありました。私は体感のペースのみで走り続けます。なんとも頼りないものでしたが、5キロ地点で30分くらいで通過し、なんとなくカナダ式体感ペースはかなりの精度を有することが証明されました。すばらしい!!
でも北海学園大学の前を通過し、南7条橋を渡って市街地へ進入します。周りは札幌駅界隈の高層ビル群です。そのとき、偶然にもガーミンを持った女性が私と並びました。すかさず、彼女に「今、キロ何分か教えてくれますか?」と丁寧に聞いたら、衛星をキャッチできなかったとのこと。ここにも使えないガーミン君がいました。なんとも・・・。
私はやむを得ずカナダ式体感ペースで行くしかなく、いつも使ってないタイメックスの時計のラップの押し方も不十分なのか1キロごとのキロ表示で押したつもりが押していなくて、結局キロ何分か不明のまま、まさに体感のみの非科学的走法という何とも覚束なく、先のタイムスケジュールの立てられないレース展開が繰り広げられるのでした。
でも、創成トンネルは去年と違っていくらかは快適にいくことができました。そうそう、このとき鬼さんが言っていた創成トンネルの出口の登り坂を苦しげに走ればペースが速いということを思い出して、出口の坂を上って行きました。快調でした。ここで初めてこのペースで頑張ろうとひたすら同じペースで走り続けました。
(次回につづく)





