恵美酒吉外備忘録 -13ページ目

パノラマカー

名鉄のパノラマカーに乗った。

別段名鉄が好きな訳ではないのだが、どちらかと言うとアンチJRな私は

平行私鉄があるとついそちらに乗ってしまう。

特別料金を払うというドケチでイラチという関西人の性格を地でいくような私の性格からするとまあ非常に珍しい事なのだが、これにはいろいろな事情があるというものである。


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実はこのブログ、愛知県は半田市というところで書いている。

いい歳して何なのだが、私のいる業界の、初級者並みの研修を受けさせられるという事になってしまったのである。

人生無意味なことはあっても無駄なことはないと自分に言い聞かせて行く事にしたものの決して心中は穏やかではない。

で、贅沢とは思いながらも特別料金を払ってでもパノラマカーのしかも先頭車に乗ることにしたのである。

さて、研修であるが、確かに人生に無駄なことはないというものである。


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では、今の店はどうかというと、異業種からの参入であるので、とかく技術を軽視する傾向がある。若い連中の物言いを聞いていると、自分自身若い時にこうやって年長の人間をイラつかせていたのだなと思うようになってきた。


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家族のある身では軽率なことはできないが、まぁひとつ先に進む決断があってもいいのかなとも思いつつも、どうせそこまで根性が座ってないんだよなぁとセルフで突っ込む愛知の夜である。

さて今夜は何処に呑みに飯喰いに行こうか・・・。

私の青空

夕暮れに仰ぎ見る 輝く青空

日暮れて辿るは わが家の細道


せまいながらも 楽しい我家

愛の灯影の さすところ

恋しい家こそ 私の青空


現役の時の事は知らないが、むかし仕事中にカーラジオから流れてきたエノケンの歌声を思い出す。


さて、ここに出てくる一軒の家、私がかつて住んでいた岡山の借家である。ちょっとしたきっかけで、過去の白黒ネガをデジタル化することになり、ついでに作成してもらったものである。


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岡山には僅か4年しか住んでいなかったが、決して豊かではなかったが楽しかった日々の事を思い出す。
不思議なもので僅か4年しか過ごさなかった岡山の人達との結び付きは今でも強い。

それまで住んでいた神戸に比べると、子供会等の地域活動が盛んだったのと、中学入学とともに部活が始まったのが影響しているのかもしれない。因みにこの写真、私の成人式の日に撮影したもので、当然この時はまったく別の人が住んでいた。そして、もうこの建物自体存在しない。


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よくよく考えてみれば、私の人生において岡山での生活とともに重大な影響を与えたのが大学での生活なのだが、これも4年間であった。どちらかと言えば個々の制作に重点を置いた様な学生生活ではあったのだが、その割には未だに付き合いのある人達も多い。意識はしていなかったのだが、それぞれに精神的な連帯感が強かったのかなと、今にして思う。


そう考えたら私の人生の中で、4年というのは何か特定の周期になるのだろうか。


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今の寓居に引っ越してきて間もなく4年、所謂人生最大の買い物というものをした訳なのだが、狭いながらも楽しい我が家、4年間色々あったが、多くの人達の支えを受けここまでやって来る事が出来た。

4年周期説を採るならば、今年は節目の年、今思い出したが、寓居に入ったのは結婚4年になる年の事だった。

さてさて、今年は吉と出るやら凶と出るやら・・残すところあと10ヶ月・・・。

祖母の話

高知に住む祖母が脳内出血を起こして入院した。
出血は収まり、悪いながらも症状が安定しているのと、齢89という年齢を考慮し、もう手術はしないとの事。


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病状もさることながら、ここ最近、痴呆が進み、自分の娘、即ち私の母親の顔と名前がもう解らないらしい。
私は別段おばあちゃんっ子ではないのだが、父方の祖母は私が幼稚園児の時に他界し、祖父に至っては父母方とも両親の結婚前に他界しているので、おばあちゃんイコール母方の祖母になる。


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正直な所、すぐにでも顔を見に行きたかったし、たまたま連休になっていたので行けなくはなかったのだが、ふとした事で一瞬考えてしまい、行かない方がよいのかと思ってしまった。


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自分の子供のことが解らなくなっている状況で、ここ最近数年に一度位しか顔を会わさない孫の顔をはたして覚えているのだろうか、色々可愛がってくれた祖母に顔と名前を忘れられているという事を突きつけられた時に、その現実を受け入れられるだろうか、たぶん出来ないと思う。


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今も痴呆は進行していて、母の兄弟のも少しづつ解らなくなってきているらしい。残念ながら祖母との思い出の終幕を意識せざるをえなくなってしまっているのだろう。

会うべきか、会わざるべきか、苦悶は続いている。


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しかし、嫁が祖母の事を色々聞いてくるとどうも無性に腹が立ってくる。嫁も結婚してから父方の祖父母と母方の祖父を亡くしているので心中は穏かでないのだろうが、今の私の心境では正直ほっといて欲しいと思うのが心情である。実は「ふとした事で一瞬考えた」元は、私の勤務シフトを見た嫁が、高知行について首を縦に振らなかったと言う事情がある。私のことを気遣っての事なのだろうが、それを受け入れられない自分自身にさらに腹を立ててしまうのである。

人身事故と危機意識

昨日は朝から人身事故のとばっちりを受けてしまった。

私の乗車する一つ手前の駅で人身事故が発生し、私の向かう方向二つ先の駅までしか電車が来なくなっていた。
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幸いなことに駅に着くと間もなしに運転が再開し、約70分遅れの列車(時間的には恐らくこれが事故が発生した列車だと思うのだが・・。)に乗ることが出来、何とか仕事には間に合ったが、それはそれは恐ろしいほどの混雑ぶりで、会社に着くまでにすっかり疲れ切ってしまった。この先、京都大阪へ30分1時間と掛けて向かう人も多いことだろうが、もうご苦労様ですとしか言いようのない混雑ぶりだった。

聞けば、80過ぎの老人が線路にいきなり侵入してきたらしい。老人故の事なのか、或いは意思によるものなのか解らないが迷惑な話である。

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ところで、日頃愛読しているブログに

「線路は電車が通るもの、ホームは基本的に危険なものであるという基礎認識がこの頃、欠落しているのではというと言いすぎでしょうか。 」が書かれていた。

死者に鞭打つ様な話なので余り大声では言いにくいのだが、私もこの意見には賛成なのである。

私は通勤時、出口の関係から行きは先頭車、帰りは最後尾に乗るのだが、先頭車に乗っているとホームのぎりぎり端を歩いている客が多く、素人目にも危なっかしく感じる。しかもそういう人間にかぎって再三警笛を鳴らされているにもかかわらず、反応することも無くメールを打っていたりするので運転士としては緊張の連続だろう。

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こういう連中って、今、自分が非常に危険な状況置かれている事に気づいていないのだろうか?

先日、神戸の駅で、ホームから線路に向かってしゃがみ込んでいた人を撥ねたという事故があった。私自身、一度だけホームで吐いたことがある。私のする事だから、泥酔してゲロでも吐いたと思われそうだが、さにあらず、素面の時に食べ物が当たったのか急に気分が悪くなり、大量の唾液と胃液を吐いたのだが、流石に線路に向かって吐くという選択は無かった。第一怖くてそんな事は出来ない。我慢してホームの端まで走って行き、人目に付かぬように吐いていた。我慢できなければ、恐らく他人の迷惑を顧みず、ゴミ箱に吐いていたと思う。それだけ線路に身を乗り出すことに恐怖感を感じるのである。


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よく「安全のためにホームドアの設置を。」と言われる。特に視覚障害者のホームからの転落が後を絶たないことを考えると確かに必要だとは思うのだが、電車のドア数や、更に誰が費用負担をするのかと言うことを考えると、まだまだ道程は長いとしか言いようが無い。それまでは一人ひとりが危機意識を持たないと仕方がないのかと思う朝の「痛勤」であった。

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以上何かもっともらしく書いてみたが、私は例えば夜道で後ろに人の気配を感じるだけで恐怖感を感じ、途中で止まって後ろの人を先に行かせるほどの怖がりである。


危機意識を持っていると言うより、単にビビリなのかもしれない・・・。

空気のように当たり前

空気のように当たり前に存在するものがあると思う。
例えば、私の産まれた街姫路には建物をぶち抜いてそびえ立つ橋脚やコンクリートの橋梁、更にそれがビルを貫いたりしている。


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いわゆる姫路モノレールである。
私が産まれた頃に営業休止になったので現役の姿は見たことがない。ただ当たり前の様に橋脚とレールが建物を貫いている。最近では流石に撤去が進んでいるがそれでも当たり前の様に風景に溶けこんでいる。


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よく、列車の車窓から京都タワーが見えると、「京都に来た。」と実感する人がいるそうだが、

私の場合は、旧大将軍駅跡、所謂公団高尾アパートを見ると姫路に来たと実感する。


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先進的過ぎたかもしれないモノレールの痕跡は大して話題にもならなかったが、20年程前かつての駅跡にテレビカメラが入り現代遺産か何かについてのトークをしている番組を見た。その背景にモノレールの車両が映っていて、まだ車両が残っていた事に驚いたものである。


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この時テレビに映っていた車両だが一年程前に一日だけ公開された。ゆくゆくは整備の上展示されるらしい。
今までひっそりと眠っていたものが当たり前の様に展示され、街に当たり前の様に存在する橋脚や橋梁はいずれひっそりと消えていくのだろうか。
当たり前に目を向けておこうと思うのである。


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ところで姫路モノレールの車両と智頭急行のHOT7000型貫通型車がなんとなく似ていると思えるのは気のせいだろうか・・・。 姫路つながりでどうも気になってしまう。