私は、このアメーバブログで、 just like an Amaranth (← やっちさんのブログです) というブログの読者にさせて貰っています。
先日は、下記に、リンクを貼りましたが、高橋大輔選手について書かれた、外国の著者の翻訳記事を拝読し、非常に感嘆しました。 そして、あらためて、そのブログの存在を称えておきたいという、募る気持ちを抱きまして、
・・・今日は、そういうことをここに、書いてみようと思います。
原文 ↓
Daisuke Takahashi – The Way of Art
May 08, 2012
By Vladislav Luchianov
この やっちさん の文章は、何処を取っても、素晴らしいのですが、その中から、少しの部分をここに、コピーせさせて頂きます。
勝利と敗北は二つで一つの形を作り、人生やスポーツにおいて積みあげる経験となり、その人の人格を作り上げる。
その道を辿った経験のあるスケーターは、そのパフォーマンスにより深いハーモニーを奏でるのだ。
勝利と敗北は二つで一つの形を作り ~ ~ ~
・ ・ ・ ・ ・ こんな表現は、どうしたら出来るのでしょう。
やっちさんは、読みながら、その英文が表わすものを心に映し、そして、再び、自分のことばに甦らせています。
私は、きっと、元の英文を、自分では、このやっちさんのように読み砕くことは出来ないと思います。
元の記事も、きっと、良い文章なのだろうと思いますが、私は、やっちさんの翻訳文のお陰で、その英文の価値を、漸く我が心に知ることが出来るのです。
この、『The Way of Art』 の訳文は、某メジャーブログでも載せていました。 そちらの文章の、上にコピーした箇所と同じところを、次に、引用致します。
こちらの文章は、一見、間違いもなく (脱字と思われる所が一箇所ありますが)、引っ掛かりを感じることもなく、スラスラと文字を追って行くことが出来るのですが、ところが、繰り返し読んでも、どうしても、心に届かせることが出来ません。
翻訳文では、このような、見た目は文として認められても、どうも、内容が分かるような、分からないような、という、そういうものが、よく見られます。
(多分、私が翻訳をしても、皆、そうなると思います)。
それは、英文の各単語を、只、訳して繋げているだけ、だから だと思います。 所謂、日本語の テニヲハ を無視した文章になってしまっている、ということです。 その、テニヲハ というのは、英語には無いもの ですから。
そして、ということは、つまり、英文を読んで、それを一度、我が心に汲み取る ということをしていない、ということです。
私は、そういう形だけの文章を、人が読んで、何をか知ることが出来るだろうか と、思います。
実は、私は、この訳文を、やっちさんのブログを読んだ数日後に読み、ちょっと、失望し、その時になって初めて、やっちさんの文章の秀逸さを理解しました。
今まで、ブログで幾つもの翻訳を読ませて頂いていましたが、いつも、彼女の文章のみから元の記事の内容を知るだけで、彼女が、一生懸命にその原文を理解し、表現を工夫する、という努力をしている処を想像したことがありませんでした。
やっちさんは、けして、簡単に翻訳をしていたのではなかった、という理解に及んだのは、この度が初めてです。
やっちさんの翻訳文の素晴らしさや魅力は、元の英文を書いた人には、おそらく、分かり得ることが出来ません。 日本語で読むことの出来る、日本人でなければ、絶対に無理なのです。
それで、今更ですが、それに気付いた私は、そのことを敢えて皆に云うべきと思いました。
やっちさんの文章なら、フィギュアスケートや、あるスケーターのファン達だけではなく、和文を読む人達の誰もが読んで、理解し、心をときめかすことが出来るのです。