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World Figure Skating  エディター  Vladislav Luchianov

World Figure Skating日本語版   管理者・翻訳者  やっち


テーマ:
Luchianov: No one touched hearts like Lipnitskaia
by Vladislav Luchianov
special to icenetwork





icenetworkは5月15日に、icenetworkが選ぶ2013~14シーズンの“パーソン・オブ・ザ・イヤー”を発表する。今回、icenetworkのライターによってその賞にノミネートされたスケーターの内の一人をここに紹介したい。

実際のところ、私自身の中ではかなり前にicenetworkが選ぶ“パーソン・オブ・ザ・イヤー”はユリア・リプニツカヤであると決めていたにも関わらず、彼女についてエッセイを書くことは簡単な仕事ではなかった。それはなぜか?なぜなら彼女は、最も若いオリンピックチャンピオンかつ最も若いヨーロッパチャンピオンである彼女は、フィギュアスケーターに対する一般的な固定観念では語れないからだ。

そしてこの賞がもしフィギュアスケーターだけに留まらず、有名な政治家や俳優、ビジネスマンなども考慮に入れ選考しなければいけなかったとしても、それでも私はユリア・リプニツカヤを選んだであろうと言える。

私たちはこれまでスケーターを2つのグループに分けて来た:プログラムの技術的な面に良く対処するスケーターと、芸術的な部分に良く対処するスケーターとに。しかしどれ程考えても、私はリプニツカヤをどちらかのグループに仕分けることが出来なかった。実際、彼女に“これ”というラベルを貼ることは出来ないのだ。

リプニツカヤが技術的な部分を確実にこなすが為に、何人かの専門家や批評家達と同じく上記の私の考えに同意しない人もいるだろう。確かに、1年前の彼女はそうだったと言える。当時の彼女は申し分のない技術力によって顕著だった。

しかし全てがオリンピックシーズンで著しく変わったのだ。彼女が現代の女子フィギュアスケートでも最も難しいエレメンツの数々を行ったということは疑いようが無いが、今年はその最高のテクニックでさえも最も重要なことではなかった。今シーズンの彼女のFS“シンドラーのリスト”は、自身をスケートコミュニティの代表者と位置付けている人たちのみならず、ソチオリンピックでのリプニツカヤのパフォーマンスを無言の驚きを持ってじっと見つめていた世界中の何千何百という人たちにも深い印象を残した。

この15歳のスケーターのパフォーマンスに感動したという沢山のメールを、私は世界のあちこち---オーストラリアから南アメリカまで---から受け取った。そのメールの中には、フィギュアスケートを良く知らない人たちも含まれていた。

リプニツカヤには芸術性が欠けている、と言う人たちに、私は映画監督のスティーブン・スピルバーグの考えを是非とも知ってもらいたいと思う。彼は彼女のパフォーマンスに深く感銘を受け、それを手紙にしたため彼女に送っている:


Dear ユリア

あなたが見せた赤いコートの少女、私の映画“SCHINDLER'S LIST”のジョン・ウィリアムスの曲での金メダルパフォーマンスを見て、私がどれ程感動したかを伝えたく、この手紙を書いています。あなたの魂を込めたパフォーマンスが、ホロコーストの記憶に尊厳を齎してくれました。私には3人の息子と4人の娘がいます。あなたのパフォーマンスを見た日、カリフォルニアの私の自宅では涙を流さない人は一人もいませんでした。

あなたは今回のソチオリンピックでの最高の発見でした。そして2018年のピョンチャンオリンピックでのあなたも楽しみにしています。いつの日か、あなたの家族と私の家族が会えることを願っています。本当に本当に、願っています。

お体に気をつけて

スティーブン・スピルバーグ



“私の自宅で涙を流さない人は一人もいませんでした”という言葉に注目したい。私の家でも涙を流さない人はいなかったし、そしてそれは世界中の家でもそうであったろうと思う。上記の様な、数々の名作を生みだした世界的な映画監督からの賞讃の手紙は、リプニツカヤの芸術性を証明する強力な後押しではないだろうか。

他にも伝説的なアスリート達が同様の反応を示している。

“15歳のタラ・リピンスキーが金メダルを勝ち取った1998年の長野と同じく、今回もまたセンセーショナルだ”と言ったのは、自身のパフォーマンスでも多くの人々に涙を流させたアレクセイ・ヤグディン。

“彼女も15歳だから共感してるんでしょと言う人もいるわ”とNBCのコメンテイターとして現地入りしていたタラ・リピンスキー。“でもそれは違うわ。彼女は金メダルを獲得するチャンスがある・・・何か特別なもの、スターの素質を持ってるのよ”

“何て完璧で美しいパフォーマンスなのかしら。ユリア・リプニツカヤ、まだ15歳だなんて!あの最後のスピンといったら・・・”とツイッターに書きこんだのはトップテニスプレーヤーのマリア・シャラポワ。

このような感情をかき立てること。それはただ素晴らしい業績というだけではない---それは世界中の人々の魂に対する大いなる貢献だ。フィギュアスケートどころか、一般的なスポーツに関してもそれほど関わりを持っていない多くの人々の魂をも揺さぶったという点で、リプニツカヤのパフォーマンスはこのフィギュアスケート界で起こった途方もない出来事なのだ。この様な出来事は私たちのこのスポーツでは、何年もの間目にすることが無かった。

勿論、彼女のオリンピックとヨーロッパ選手権での金メダル、そして世界選手権での銀メダルという成績もとても重要だ。しかしそれらよりももっと重要なのは、リプニツカヤは彼女のそのプログラムで、人々の心の奥底にある本物の何か、本物の誠実さを目覚めさせたことなのだ。この苦痛に満ちた今日の世界では、その様な瞬間が今までよりもずっと大切になってきているのではないだろうか。

そして私たちは、リプニツカヤがプログラムで提起したテーマの重要性についても忘れてはならない。残念なことに、いくつかの国が再び非常に危うい状況となっているこの世界で、ホロコーストに変わらぬ注意を向ける重要性は、いくら強調してもしすぎるということはない。これは、この星に住む全ての人々が記憶しておかなければいけないことで、それを忘れるということは非常に危険なことなのである。

今年、リプニツカヤ自身が本当に気に入った音楽だけで滑ることに決めたということによって、彼女の個性が明らかになった。これは彼女のFSだけではなく、SPでも同じことが言える。マーク・ミンコフの“You Don't Give Up on Love(愛はまごころ)”は世界の人々には恐らく馴染みのない曲だったかと思う。そんな“わからない曲”を使う明らかなリスクにも関わらず、リプニツカヤはそれを選び、そしてその選択が正しかったことを自身のパフォーマンスで証明してみせた。

そしてこの若いスケーターがあなたの賞讃に価する理由がもう一つある:彼女の独立性である。リプニツカヤは自分の力でのし上がってきた人だ。何も与えられたものはない。彼女が今掴んでいるものは、彼女が自分で掴み取って来たものなのだ。

彼女はロシアスケート連盟のエリートというパトロンを得たことが無い。ソチオリンピックに出場した他のスケーター達とは違い、彼女はオリンピックの準備に関し特別な支援を受けてもいない。スポーツ研究機関の専門家達によって作られる“特別チーム”も彼女には無ければ、トレーニングの為の十分な財源もなかった。不遇とも言えるこの状況が、ロシアを超えて世界中の人々に彼女が真摯に応援される理由の一つなのではなかろうか。

オリンピックが終わり、ロシアのポップスターや“企業”などが彼女の名声にあやかろうとしている。しかし、セレブリティはこのエカテリンブルグ出身者とは相容れない。広く名前が知られるようになった今も、彼女は静寂を好み、そしてその静寂は、彼女が激務をこなした後とても必要としているものなのだ。

リプニツカヤのパフォーマンスが、この先もずっと人々の記憶に留まり、そしてお気に入りのプログラムの一つに加えられるであろうことを、私は信じている。そして、何年か経った後も、彼女がシンドラーのリストのプログラムで見せた射るような視線は、私たちの魂の奥底に深く深く潜り込み、そして魂を浄化させるだけではなく、私たちの魂を目覚めさせる涙を流させるのだろう。

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