【Feb 2011 Daisuke Takahashi 高橋大輔 FS ブエノスアイレスの冬】



2011~2012 シーズンの高橋大輔さんの演技には、大変な魅力があって、圧倒的でした。 

そのせいで、前年の、このフリープログラムを、私はすっかり忘れてしまっていました。 ふと、自分で録画していたビデオを見ていて、そのフリープログラムの振り付けが、2シーズン、殆ど同じであることに気付いて、少し、驚きました。

曲が違うので、印象が全く違ってくる、というのと、それから多分、高橋大輔さん自身の滑っている時の気持ちが違っているので、それで、同じ振り付けのものが、別のものに生まれ変わって行くのかもしれません。

両方のフリープログラム共、パスカーレ・カメレンゴ氏によるものです。

高橋大輔さんは、バンクーバーオリンピックの時も、カメレンゴ氏の協力を得て、日本人で初めて、男子シングルに於いて銅メダルを獲りました。 

氏の振り付けは、高橋大輔さんに、よく合っていたと思います。 昨年が、その集大成の時期となったのかもしれません。

素晴らしかった。

でも、カメレンゴ氏は、高橋大輔さんからは離れ、今度はロシアのプルシェンコさんを担当することになりました。 

おそらく、昨年迄の高橋大輔さんの演技、姿を、リンクで見ることは無い と、思います。


私は心の中で、“グッドバイ” と、言います。



浅田真央さんの ‘鐘’ が創造されるまでの苦難の道。  やはり、忘れることは出来ません。

今、又 次の新しい道に、彼女は踏み込んでいるのですね。

『just like an Amaranth』 〔やっちさんのブログ〕 の翻訳記事は、大変 味わい深い文章で出来ていることを、前回 書かせて頂き、私は、皆も、彼女の記事には信頼や好感を持ってくれたこと と、信じて、次の記事を書かせて頂きます。



「芸術への道 ~ 高橋大輔」 の前に、やっちさんのブログには、同じ、 Vladislav Luchianov 氏の著述である、「浅田真央という道」 ・・・(The fight must go on) という翻訳記事が載っています。


この、“芸術への道”、“浅田真央という道”、という日本語のタイトルにも、彼女なりの想いやセンスがあることを、感じ取ることが出来ると思います。


高橋大輔 選手 が 銅メダル を獲り、浅田真央 さん が 銀メダル を獲った、あの バンクーバーオリンピック (2010年) を見て、日本のフィギュアスケートの技術の高さと芸術性に魅了された人の数は世界的に増えたのです。


女子シングルに於いては、バンクーバー より前の トリノ で 荒川静香 さん が金メダルを獲っていますから、バンクーバー での 男子シングル で 高橋大輔 選手 が メダリスト になったことは、より、注目を高め、日本を誇示するのに、記念的な事柄となったと思います。


その バンクーバーオリンピック での 高橋大輔 選手 のフリープログラムが、“道” でした。 


そこで、Vladislav Luchianov 氏の ‘The Way of Art’ というタイトルに、そのバンクーバーオリンピックを意識させている処があるということは、誰もが察せられる処です。


ですが、やっちさんは、‘The Way of Art’ を見る前に、‘The fight must go on’ という記事のタイトルを「浅田真央という道」 という、日本語に変えていました。


やっちさんのブログに於いては、「浅田真央という道」 があって、「芸術への道」 が続いていますから、あたかも、luchianov 氏が日本人選手を取り上げて、連作を書いたかのようになり、記事に馴染み感を抱かせることになって、偶然的であったかもしれませんが、それで、絶妙な効果が生じたと思います。



「浅田真央という道」 (The fight must go on) の内容には無いことですが、私は、浅田真央さんを思いながら、この ‘~ ~ の道’ という 文字 を見ると、彼女の母親が いつか 語ったという、“・・・・フィギュアスケーター て、そんなもんじゃない と思うの” という ことば が思い出されます。


“フィギュアスケーター は、そんなものではない” ・ ・ ・ ・ フィギュアスケートに人生を掛けるということは、只のことではない、


ー ー ー 昨期の、グランプリファイナルの棄権、ワールドでの台落ち、という、そういう成績の裏での、浅田真央さんの、尚ひたむきな姿に、私は、彼女の母親のそのことばが、彼女の全身に貫かれてあった と、しみじみ、この頃は感じられてなりません。


「ジュピター」 を滑って、‘自分の気持ちにぴったりだった’ と、彼女は言いました。 気持ちで滑る、ということは、スケートに自分の心を注ぐ、ということです。


成績や評価を一切遮断して、自分の心のままに滑る、ということ、


20~21歳の若さで、最愛の母親と永遠の別れを体験する という、そういう、人生で起こった最も哀しいことに、他のどんなものも、そのあるべき価値は無になってしまうに違いありません。


一昨年、彼女は、競技場で、何度も転びました。 笑いませんでした。 涙を零した時もありました。


昨年は、難度を下げて、2Aにして、非の打ち所のない端正な滑りをして、穏やかな表情をし続けました。


本当に今更、思います。 彼女は彼女なりに、人生の哀しい時を受け入れ、逝ってしまう母親を見送っていた、と。




やっちさんが 「浅田真央という道」 というタイトルをつくった理由を考えたことはありません。 只、そのタイトルのお陰で、私は、浅田真央さんのあのシーズンをこんな風に見ることが出来るようになりました。