【解答例①】 代理人となることができるとする立場からの[スペシャル答案]
<結論>
イ 代理人となることができる
<理由>
紛争解決手続中に、乙は、D社から、退職を前提に金銭和解の提案をされている。D社が乙に有償でD社の代理人としてEを説得してほしいと申し出たのに対して、乙は即答せずに、Eと連絡をとり、誠実に信義則に反することなく申し出の内容を正確に伝えている。
すると、Eからも退職を前提とした金銭和解の金額の交渉を依頼されたうえ、有償で「D社の代理人にもなっていただいて結構です」との回答を得ている。
同意があるので、法律上も双方代理の禁止には該当しない。
よって、乙は、D社の申出に応じて同社の代理人となることができる。(249字) |
(他の答案は掲載を省略。「究極の過去問題集」にはすべての答案が掲載されています)
〔出題の趣旨〕
第1回期日の直後、乙は、D社の代表者から電話で、「もしEが自発的に退職してくれるのであれば、相当額の金銭を支払って解決する用意がある。報酬として30万円を支払うので、D社の代理人として、Eをその方向で説得してくれないか。」という申し出をうけた。
乙は、即答せず、電話を切ったうえで、Eと連絡をとり、D社代表者から上記申し出をそのまま正確に伝えた。
すると、Eは「第1回期日におけるD社の頑なな態度を見て、私も、お金を支払ってもらえるなら退職してもいいかなと思っていたところです。その前提でD社と金額の交渉をしてくれませんか。D社の代理人にもなっていただいて結構です。乙さんも、両方から報酬がもらえて得ですよね。」と答えた。
この場合において、法律に照らし、乙は、D社の申出に応じて同社の代理人となることができるのか。①結論と、②その結論に至る理由の双方の記載を求める出題である。
<この問題を解く上での条文とキーワード>
【第19回(倫理2)】
民法108条、双方の同意
一般義務
社労士法1条、公正誠実、
社労士法16条、社労士としての信用や品位、
<北出博士のワンポイント解説>
【特定社労士の法律上の権限について】
まず、このような交渉をすることが特定社労士の権限内であるかについて考察をしなければならない。
この点、問題文より、乙はEの代理人として調停の第1回期日に出頭し意見を述べたが、合意に至らず、約1ヵ月後に第2回期日が設定されたことが明らかである。そして、この第1回期日の直後に和解交渉の申し入れがあったわけである。
とすれば、金銭和解の交渉自体は、紛争解決手続中であるため、社労士法2条3項2号(和解交渉)で特定社労士の業務の範囲内として認められるということになる。
【双方代理と双方の同意(許諾)について】
次に、乙はD社の代表からの電話で「報酬として30万円やるから、退職して金銭解決する方向で説得してくれ」と言われている。D社の申出に応じて同社の代理人になることができるか。
この点、D社の依頼を受けると双方代理となるのであれば、同社の代理人になることができないということになる(民法108条、弁護士職務倫理規定28条参照)。
しかし、本件についてみると、第一に、D社の代表は、乙がEの代理人として調停の第1回期日に出頭し意見を述べた経緯から、乙がEの代理人であることを当然分かったうえで依頼をしている。
しかも、乙は、即答せず、電話を切ったうえで、Eと連絡をとり、D社代表者から上記申し出をそのまま正確に伝えている。乙は誠実に職務を遂行し何ら信義則に反することはしていないのである。
さらに、第二に、Eも金銭和解の金額の交渉を依頼したうえで、乙がD社の代理人になることを承諾している。
すなわち、Eは「第1回期日におけるD社の頑なな態度を見て、私も、お金を支払ってもらえるなら退職してもいいかなと思っていたところです。その前提でD社と金額の交渉をしてくれませんか。D社の代理人にもなっていただいて結構です。乙さんも、両方から報酬がもらえて得ですよね。」と答えている。
Eは方向性が一致することを確認したうえで、乙がD社の代理人になることでより交渉が上手くいくことを理解したからこそ、乙がD社の代理人になることを快く許諾しているのである。
【あてはめと結論について】
本問では、わざわざ双方の依頼(許諾・同意)があることを浮かび上がらせている。そうすると、少なくとも双方代理として禁止される行為には当たらない。
この観点からは、代理人になることができる結論に傾く。明文上、そうであるし、双方が望んでいるのであるから、できない理由がないというのが素直な解釈である。
他方で、公正な業務遂行という観点からは慎重を要する、もしくは影響が僅少であっても倫理上許されないと考えることも(苦しいが)不可能ではない。
なお、双方代理になるから法律上許されないという回答では不合格答案になることは当然である。
そこで、代理人となることができるとする立場からの解答例(参考答案)を【4通】掲載した。
さらに、代理人となることができるが、慎重を要する立場からの答案を【1通】掲載した。
そして、双方代理にはならないので法律上は禁止されないが倫理上許されないので代理人となることができないとする立場からの解答例(参考答案)を【1通】掲載した。
合計で【6通】の解答例を掲載することにした。
以下の条文が参考になる。
<民法>
(自己契約及び双方代理等)
第108条 同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
2 前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
<社労士法>
(社会保険労務士の職責)
第1条の2 社会保険労務士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正な立場で、誠実にその業務を行わなければならない。
(信用失墜行為の禁止)
第16条 社会保険労務士は、社会保険労務士の信用又は品位を害するような行為をしてはならない。
(秘密を守る義務)
第21条 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員でなくなった後においても、また同様とする。
<弁護士職務倫理規定>
(職務を行い得ない事件)
第二十八条 弁護士は、前条に規定するもののほか、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第一号及び
第四号に掲げる事件についてその依頼者が同意した場合、第二号に掲げる事件についてその依頼者及び相手方が同意した場合並びに第三号に掲げる事件についてその依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合は、この限りでない。
一 相手方が配偶者、直系血族、兄弟姉妹又は同居の親族である事件
二 受任している他の事件の依頼者又は継続的な法律事務の提供を約している者を相手
方とする事件
三 依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件
四 依頼者の利益と自己の経済的利益が相反する事件
【追記】
<読者から「反面教師として非常に示唆に富む解答例がある」との連絡を受けたので、みなさんにも紹介させていただきます>
第19回紛争解決手続代理業務試験を解いてみた(倫理編=解答例):おきらく社労士のどたばた雑記帳@マジメ:SSブログ (ss-blog.jp)